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芸能・アイドル

2016年6月24日 (金)

村下孝蔵の命日

今日は村下孝蔵の命日、あれから17年が経ちました。

今年も8月に村下孝蔵を偲ぶイベント・コンサートが行われますが、既にキャンセル待ちのようです。

POPS系の歌手としては珍しく本人の死後10年が経過して初めて伝記が出版され、15年が過ぎて新聞で特集が組まれ、毎年のように偲ぶイベントにファンが集うことにも驚きますが、ネット上にもコンテンツは増え続けています。

ネット検索では、彼に関するブログなどの記事、写真、動画などは、見る度に増え、写真は私が撮ったものも多く流出(?)しており、17年間新たなものはないはずですが、ネット上では増え続けています。

以前、YouTubeで戦前のフルトヴェングラーやトスカニーニの演奏を見付けて驚いていましたが、村下孝蔵の演奏も再生回数が600万を超えるヒット曲の動画からアマチュア時代の録音までが公開されてきていて、本人の気持ちに関係なく公開され続けるコンテンツには、どうなのだろうかと思うものもあります。

かつては事務所側が本人の意向を汲んで公開しなかったものも、今では野放しのようですし、故人についての情報は「死人に口なし」という面もあります。

人間がAI(人工知能)に勝る点として「忘却」をあげる人もいます。
ネット上では「忘れられる権利」も議論されていますが、あくまでプライバシーと検索に関するもので、故人についてのデータが自動的に消えるようなことはありません。

マイナンバーの管理に関しては、削除まで義務付けられていますが、今にデータには公開期限を付加するような技術も必要になるかも知れません。

とは言え、今日は村下孝蔵を想う日です。
年末にベートーヴェンのシンフォニーを聴くように、今日は村下孝蔵の歌を聴いて過ごします。

https://www.youtube.com/watch?v=mQfEP9KSJt8

Photo

村下孝蔵ホームページ
http://www.murashita-kozo.com

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先日お墓参りに行きました。親族の方も来ていらっしゃいました。これからも、ずっとファンです。

投稿: 孝蔵ファン | 2016年6月24日 (金) 12時59分


昨日は私も久しぶりにYouTubeで村下孝蔵さんの曲を沢山聴きましたが、いつの間にか思っていたより歌詞を覚えている自分に驚きました。孝蔵さんが亡くなられる前は、工場長さんの作られていたファンの間でも公式扱いのホームページと、ファンの方が作られたホームページが1つか2つあったように思いますが、動画はもちろん演奏もありませんでした。それが今ではYouTubeで視聴し放題ですし、それも当時のテレビより良い画質や音質のものもあります。20年前には考えられなかったことですが、いつも時代の先を行かれている工場長さんの記事を読むと、この先10年20年でも大きく変わるのだろうと思いながら参考にさせていただいてます。

投稿: 古株 | 2016年6月25日 (土) 10時47分


昨日は11時27分に黙祷しました。
「春雨」からファンになりました。
初めて聴いたその歌声はあまりにも繊細で綺麗で、
それでいて心を揺さぶられる旋律を奏でていました。
その後「ゆうこ」も良く聴くようになり、
暗いけれどやはり心に深く残る 旋律と歌詞に魅了されました。
これからもずっとファンです。

投稿: 古参 | 2016年6月25日 (土) 11時28分


孝蔵ファンさん

お墓参りをする人、村下孝蔵ゆかりの地を巡る人、未だに根強いファンの方が多いですね。

投稿: 工場長 | 2016年6月25日 (土) 22時02分


古株さん

イライザさんの記事にもコメントしましたが、音楽を聴く媒体も機器も随分変わってきました。でも、音楽の価値は変わらないものだと思います。

ネット上には明らかに事実とは異なる情報も多くありますが、それによって音楽の価値が変わるものではありませんね。

投稿: 工場長 | 2016年6月25日 (土) 22時04分


古参さん

あの日は夕方のニュースで報道され、対応に追われたことを思い出しました。
今でも心にしみる歌詞、旋律、歌だと思います。

投稿: 工場長 | 2016年6月25日 (土) 22時05分


私に発売前のiPhoneを見せてくれた方が私がチャーの次に尊敬するギタリストである村下孝蔵のご友人であり私と同じ業界の裏のカリスマ氏であったことには仰天しましたが一つ質問です。遺作となった最後のアルバムについて須藤Pは収録は全て終わっていたとしていますが本当でしょうか。それから前妻のゆうこさんがブログで曲(歌詞)について解説されているものがありますが真に受けて良いものでしょうか。いずれも私には疑問符が付くのですが…

投稿: ヒロ | 2016年6月26日 (日) 08時53分


ヒロさん

音楽史上最も有名な楽曲の一つであるベートーヴェンの交響曲第5番の「運命」という通称は、冒頭そして第1楽章全体を支配し全体をも象徴する「ダダダダーン」という動機に対し、ベートーヴェン自身が「運命はこのように扉を叩く(開く)」と言ったとされることに由来しており、ピアノソナタ18番や23番などの同様のフレーズも「運命の動機」と言われています。

そして、ベートーヴェン自身は「運命」より高く評価したとされる交響曲第3番「英雄」はナポレオンを讃える曲として作曲されたものの、ナポレオンが皇帝に即位したことに激怒したベートーヴェンが「奴も俗物に過ぎなかったか」とナポレオンへの献辞の書かれた表紙を破り捨てた、という逸話もよく知られています。

しかし、実際はウィーン楽友協会に現存する浄書総譜には表紙を破り取った形跡はないため、ベートーヴェンは終始ナポレオンを尊敬していた、とか「英雄」とはイェーナの戦いで戦死したプロイセン王子ルイ・フェルディナントではないか、という説もあります。

このように、それぞれの楽曲には「運命の動機」のように、ほぼ定説となっているようなエピソードもあれば、200年経っても諸説色々、未だに真偽が議論されているものもあります。

いずれにしても、音楽というのは、子どものように、親とはまた別の人格を持つもので、こんな風に育てたつもりが、あんな風になってしまった、ということも良くあるものです。

事実がどうであったか、より、それぞれの人が、どう感じるか、の方が重要なのではないかと思います。

投稿: 工場長 | 2016年6月26日 (日) 10時19分

2016年4月 5日 (火)

きらきら亀仙人

4月10日・11日は伊勢志摩サミット「G7広島外相会合」が開催され、会場となる元宇品周辺はもちろん、広島市内は厳戒態勢となります。

その上、ポスターすら度重なるミスに何度も回収し作り直すような松井市長が会長を務める推進協議会ですから、当日は広島市にはいない方が良いでしょう。

ポスターにも「広島市には来るな」と書いてあります。

そこでお勧めは福山城で行われるコスカレード=コスプレイベントです。

福山城は福山駅に隣接した極めて便利なお城で日本100名城にも選定されています。

コスカレードの中心人物と言えば、Facebookも公式に認める世界の著名人、Master Roshi=亀仙人こと河口知明さんですが、コスプレを始めるきっかけは、秋葉忠利前広島市長の言葉だったそうです。

その河口さんが新キャラは「おそ松くん」のイヤミです。
「おそ松くん」が懐かしい年代も、初耳だという年代も、楽しめるイベントになることと思います。

きらきら広島人
https://youtu.be/-fLFQQZCbKw

Master Roshi 亀仙人・Dot Pixis ピクシス司令官
https://www.facebook.com/MasterRoshi.japan

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2014年5月30日 (金)

亀仙人は著名人

このブログの読者には知っている方も多いと思いますが、広島のIT起業を支援していたアキハバラ塾の塾長さんは、今やコスプレ界で有名な「著名人」です。

彼は、亀仙人がはまり役の自称「最高齢コスプレーヤー」で、若い女性を大勢従えて、各地でコスプレイベントを行っており、ネットでもアジアを中心に世界的に有名になっています。

そして、今や彼はFacebookに公式に「著名人」と認定され、有名人ランキングでも佐野元春やプリンセスプリンセス、TM NETWORKあるいは田母神俊雄より上位にランクされています。

その名は「Master Roshi 亀仙人・Dot Pixis ピクシス司令官」です。

もうコスプレは若者だけのものではないようです。

Master Roshi 亀仙人・Dot Pixis ピクシス司令官
https://www.facebook.com/MasterRoshi.japan

Kame

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ドラゴンボールは子供が小さい頃に一緒に見ていましたが、本当に亀仙人そのままですね(@_@;)
ハリウッドの実写版ドラゴンボールは誰もあまり似ていませんでしたが、この亀仙人は本当にソックリです。
近所に鶴仙人に似たお爺さんがいるので、今度コスプレを勧めてみましょうか( ̄ー ̄)ニヤリ

投稿: サチ | 2014年5月30日 (金) 12時03分

2014年5月21日 (水)

テレサ・テンと母

テレサ・テンの歌とその生涯を、BS朝日で、2時間番組として放送していた。
これもBSだからできることだろう。

Image_2

アグネス・チャンの歌声もそうだったが、
中国系の女性の喋る日本語はなんともいえず可憐で可愛らしい。

「つぐない」、「愛人」、「時の流れに身をまかせ」、
テレサ・テンの歌はそれに加えて、
優しく、切なく、哀しい。

それ故にか、中国では反体制グループから熱烈に支持されたようだ。

叔父はテレサ・テンを大好きだった。

歌い方が好きなのかと思っていたが、
どうもそれだけではなく、
「テレサ・テンは顔も雰囲気もお母さんとそっくりよ」
と妻にいわれたが、
そういわれてみれば、そんな感じがする。

男は皆、
好きな歌手も、
結婚する相手も、
母親の面影を探しているようだ。

可笑しい。

私の妻も母に似ている?

元安川

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2012年9月18日 (火)

二葉あき子さんの功績を後世にも

「夜のプラットホーム」「フランチェスカの鐘」や「水いろのワルツ」のヒットで知られ、昭和の歌謡界を代表する広島出身の歌手二葉あき子さんが昨年8月16日に96歳で亡くなってから、間もなく1年を迎える。
 現在の広島市東区二葉の里生まれということで、このほど広島市東区役所があらためて本人の魅力に触れるコンサート「東区の魅力再発見-昭和に輝いたわが町の女性」を開いた。8月18日午後1時から東区地域福祉センターで、入場無料。
 「フランチェスカの鐘」等に込めた思いなど、二葉さんについて筆者が語り、オーディオ・音楽愛好家の黒田昭さんがLPレコードを、音楽愛好家の菊波勇さんがSPレコードを、それぞれ演奏する。
 ところで、昨年11月に筆者が主催した二葉さんの「偲ぶ会」で,生家の近くにモニュメントを設けたらと呼びかけた。三次市の父の生家には「フランチェスカの鐘」がある。二葉さんの生家はJR広島駅の近くでもあり「夜のプラットホームがふさわしい。
 また生家は東区牛田新町の「不動院」から東山町の「才蔵寺」を結ぶ「二葉の里歴史の散歩道」の途中にある。同地区土地区画整理事業も進められており「散歩道」や緑地・公園の整備もされる。それに伴ってNPO法人「二葉の郷に桜並木を復活させる会」「田辺良平理事長」も立ち上がっている。
 「散歩道」で平和を考えるイベントもある。今月28日に国前寺や広島東照宮、饒津神社など被爆神社巡り、8月6日には前出のほか、明星院、鶴羽根神社、尾長天満宮「平清盛ゆかりの地」、国前寺、聖光寺の七社寺で「夏の夜、祈りと平和の夕べ」がる。地元のボランテイアガイドが案内してくれる。
 今回のコンサートを機に、民間レベルで二葉さんのモニュメント制作に取り組んでいきたい。「散歩道」のブラッシュアップにもつながるので、是非実現したい。

上村和博

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二葉あき子さんの歌は私も大好きです。特に「夜のプラットホーム」は昔よく歌いました。今は高音が出ませんので。もっとも低いところも出ませんが・・・。音域が広くて歌うには大変ですがそれでも大好きです。先日からテレビで録画も含めて「昭和の歌」に浸っていましたが、いいですねえ。もしモニュメントができたら、またブログで写真をご紹介くださいね。

投稿: おおたき | 2012年9月18日 (火) 08時56分

2012年4月 7日 (土)

80歳、宮島三郎さん今後もお元気で

鶴田浩二、三浦洸一、フランク永井、和田弘とマヒナスターズや橋幸夫など多くの歌手を育てた戦後日本の歌謡史を代表する作曲家・吉田正の門下で、ただ一人内弟子となった広島出身の歌手がいる。宮島三郎さんだ。広島では戦後、二葉あき子、若山彰に次ぐプロ歌手。
昭和7年、広島市西区天満町生まれの80歳。今年で歌謡生活55年になる。現在、広島でビクター歌謡音楽研究会本部講師として後進を育てたり、歌謡教室を運営している。
宮島さんは中学1年の時、原爆で母を亡くした。本人は父と強制疎開のため東広島市に家を探しに行って被爆を免れた。その後「流行歌手になろう」と、父の反対を押し切って広島音楽高校の声楽科に入学。2年で中退し、歌手になるには東京と、単身広島を離れた。
レコード会社を次々と訪れたが門前払い。「作曲家に習おう」と、当時「有楽町で逢いましょう」をヒットさせていた吉田正の門をたたいたが、これもだめだった。
下宿先のおかみさんの世話でビクターレコードの専務に会い、吉田正を紹介してもらった。一回だけ歌を聴くという約束のため「弟子入りをしよう」と毎日朝駆け夜駆けでやっと入門した。
昭和34年、ビクター専属歌手として契約。しかしデビュー曲は会社の意向で吉田正作品ではなく、吉川静夫作詞、平川竜浪作曲の「霧と涙の3番ホーム」だった。
その後、吉田作品「雨の夜の東京」「悲しみは捨てるから」「海は涙の捨てどころ」など次々とリリース。レコードは茨城県日立市の吉田正記念館に展示されている。
当時のサラリーマンの月給は1万3800円。宮島さんの1日のギャラは1万円だった。三浦洸一、マヒナ、フランク永井らとともに活躍した。しかし10年を区切りに歌手を廃業。広島へ帰り歌謡クラブ「嫗(おきな)」や「みやじま」を開業した。
平成元年、吉田の特命でビクターの広島教室を開設。平成14年に本部講師に就任。これまで認定講師51人を養成し、26人が現役で活躍している。教室から元キングレコードの佐野文香や風見朱香といったプロ歌手も輩出した。
「現在は歌う時代。指導者の責任は重い。へたな人を好きにさせて、楽しく歌える指導が必要。まだまだ頑張ります」と宮島さん。今後もお元気で、広島の歌謡文化の向上に尽力されることを願う。


上村和博


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2009年2月18日 (水)

カープフアンが親しむ南さんの「広島天国」

 広島を中心に全国で活躍している歌手、南一誠さんが今年30周年を迎える。昭和55年に「雨の湊から」でデビュー。1月には『広島市民球場支援「広島天国」30年感謝のつどい』が催され、4月には新曲をリリース、記念リサイタルも予定されている。
 南さんはこれまで数多くの曲を発売している。その中で全国区の歌は、なんといっても「広島天国」だ。広島の盛り場と広島カープが出てくるリズミカルなご当地ソング。広島に勤務したサラリーマンが、一杯飲みながら手拍子で覚え、次の転勤先で歌って浸透していった曲。
 もちろん、南さんが全国に行き、先々で歌ったことも手伝っている。インターネットで「広島を訪れた時に聴いたがどういう曲か」と問い合わせもあるほど耳に残る歌だ。
南さんにとってこの曲は“よさこい”バージョンを作ってフラワーフェスティバルに参加したり、さらに今年リメークするなど思い入れの強い歌になっている。広島カープに関連のある歌は昭和50年の初優勝以後たくさん誕生した。しかしこの曲ほど広く歌われていない。
 現球場五回終了時によく流れていた塩見治朗「それ行けカープ」、事埼正司(現加納ひろし)「燃えろ赤ヘル 僕らのカープ」、富永一朗、佐々木久子、有馬三恵子他広島カープを優勝させる会「カープ音頭」、平石重信と私設応援団有志「燃えろ赤ヘル」、柏村武昭「痛快赤ヘル音頭」、若宮彰「カープ讃歌」、東為五郎「ガッツだMr赤ヘル」、江夏豊「俺の詩」、山本浩二「ひとり」、高橋慶彦「君の声がきこえる」、山本譲二「星空の鎮魂歌」。ほかに南さんが参加した「選手別応援歌」を3回CD化されたり、カープの選手と東為五郎青春仲間「今が青春」、江夏豊作詞「さすらい星」などたくさんある。
 新球場にふさわしい歌が生まれ、大勢の人に親しまれ、球場で大合唱されてカープが優勝という、夢と感動を与える歌を期待したい。

 上村和博

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2008年10月23日 (木)

沢田研二の「我が窮状(9条)」

 NHKで偶然つけた番組でジュリーこと沢田研二が歌っている歌が気になって聞いた。
 タイトルがふるっている「我が窮状」と「日本国憲法9条」に引っ掛けた歌だ。少しふざけているのかと思ったら、大真面目で「憲法9条を守る」歌を静かに訴えている。 

♪ 麗しの国 日本に生まれ 誇りも感じているが/
忌わしい時代に 遡るのは賢明じゃない/
英霊の涙にかえて 授かった宝だ/
この窮状 救うために 声なき声よ集え
我が窮状 守り切れたら 残す未来 輝くよ…と続く。

 9条は「英霊の涙にかえて 授かった宝だ」とは、天皇の為お国の為に死んで行かねばならなかった無名で無数の戦死者の無念や悲しさ怒りを歌いこんで、彼らが命と引き換えに残した憲法9条を守り抜く事の大切さを強調している点に共感を覚える。

 沢田研二と言えば’60年代にグループサウンズの“ザ・タイガース”のメンバーで一世を風靡し、その後は歌手として役者としてまた作詞作曲家して幅広く多彩な活動をしてきた。
 
 コーラスをバックにバラード風の歌詞は自身の作詞で、紛れもない憲法9条の賛歌だ。
‘48年、鳥取に生まれ京都で育ち戦争体験もない彼がいま何故「憲法9条」の賛歌に結びついたのか不思議だ。
 朝日新聞の記事によると『60歳になったら、言いたい事をコソッと言うのもいいかな、と。いま憲法は、改憲の動きの前でまさに“窮状”にあるでしょう。言葉に出さないが9条を守りたいと願っている人達に私も同じですよと言うサインを送りたい』とこれまでも目立たない様に賛同してきたが、自らの還暦記念だと語っている。

♪この窮状は 救えるのは 静かに通る言葉
 我が窮状は 守り切りたい
 許しあい 信じよう…と歌う「我が窮状」は、嘗て“時の過ぎゆくままに”“君だけに愛を”を歌ったジュリーとは少し太めの沢田研二は前にも増して輝いているようだ。

 所信表明で天皇の承認を“御名御璽”として、歴史の歯車が逆転しかねない政治感覚を剥き出しにした新総理が更にどんな憲法感覚を示すかわからないが、きな臭さを感じる。
 選挙も遠くないこんな時期である。
 それだけに是非とも一度、視聴されることをお勧めしたい。

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