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文化・芸術

2017年10月16日 (月)

我が家のハロウィン?


本通りのダイソウの前を通りかかったら、お店の前面一杯にハロウィン絡みの商品がならんでいた。
100円でハロウィン?
カボチャ、帽子、仮面、マントの仮装グッズ・・・

カボチャを被った子供がお菓子を集めている小さなフィギュアがあった。
可愛い!
思わず買ってしまった。

早速、玄関の靴箱の上に飾った。
これが我が家のハロウィンパーティ?

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「また無駄な物を買って」と妻に文句をいわれそうだ。

デパチカにいけば、お菓子の包み紙etc.のデザインは殆どハロウインハロウィン絡みになっている。

「ハロウィンは、元々ヨーロッパのケルト文化の収穫祭が発祥です。 
その日には、死後の世界の扉が開いて死者が戻ってくると信じられ、
この時に、悪魔や魔女や悪い精霊たちも地獄から出てきて、この世をウロウロすると考えられていたのです。
 そのため、悪い霊たちから身を隠し守るために、仮面をつけたり仮装をしたりしていたのが、ハロウィンの仮装の由来です。
仮装して悪霊の役になる子供にお菓子を配るのは、悪霊たちに「お菓子をあげるから悪さをしないでね」という意味です」
とのことだ。

10月31日には渋谷駅前交差点は人であふれ、車は遮断され、警官が出るほどの大混雑になるという。

キリスト教の祭日であるクリスマス、バレンタインデー、それに今度はハロウィンだという。

日本人はその本来の意味に関係なく、
全て楽しいイベントの日にしてしまう。

呆れるばかりの消化力だ。

元安川


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2017年10月12日 (木)

カズオ・イシグロさんと二重のアイデンティティ

40年前になるだろうか、私がアメリカの大学にいたころ、
日本から来ていた留学生が
「私は18歳からアメリカに来ている。
英語は喋れるようにはなったけれど、日本人でもないし、アメリカ人でもない。
中途半端になってしまった」
と嘆いていた。

小さい頃から英語教育をすることにも、そうした類の反論があるようだ。

しかし現実は、国際結婚はどんどん増え、日本人としてのアイデンティティ云々をいっていられない状況が進んでいる。
それは日本に限った現象ではない。

国際結婚をした人にとっても、生まれた子供にとっても、
母国が曖昧になったとき、どうすればいいのかについての悩みは深いようだ。

こうした現象を「アイデンティティ クライシス」というらしい。

こうした現象が一般化する今、
日系イギリス人の作家カズオ・イシグロさんがノーベル文学賞を受賞したことの意味は大きい。
イシグロ氏は日本で生まれ、5歳からはイギリスで育ち、作品は英語で書いているそうだ。

今までは、生まれた国の文化の背景等がその人のアイデンティティとして、精神的にも社会的にも極めて重要なこととみなされ、そうしたベースがないと、根無し草になると思われてきた。
そうしたことに対して、イシグロさんは、「二重のアイデンティティ」として捉え、これからの社会のありかた、生き方について考えることを文学作品にまで高めてくれたようだ。

そうしたことが評価されてノーベル文学賞となったのだろう。

最近テレビでも「世界の村で発見、こんなところに日本人」という番組がある。
モンゴルの草原の中に住む日本人女性、アフリカの内戦のさなかに住む日本人etc.
が紹介され、人気番組となっている。

そこにはとてつもない苦労もあるはずだが、
それを面白さ、楽しさ、可能性としてしまうという逞しさが人間にはあるということを見せてくれる。


イシグロさんの作品『わたしを離さないで』はテレビドラマ化され、10月14日と15日にTBSチャンネルで再放送されるそうだ。
再放送では10月14日に1話から5話まで、15日に6話から10話までを一挙に放送され、
各日4時間を超える放送時間となるとのことだ。
大変な長さだ。

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本国イギリスでは100万部を超えるベストセラーとなり、
2010年にイギリスで映画化、2014年に蜷川幸雄演出で舞台化されているとのことだ。

それならと、
小説「わたしを離さないで」をアマゾンで注文した。
中古しかないようで、2980円もした。

さあ最後まで読み切れるかな、
楽しみだ。

元安川


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初コメント失礼します。
カズオイシグロの作品は「私を離さないで」や「日の名残り」ほどには有名ではないのですが、「忘れられた巨人」もおすすめです。
中世ヨーロッパの幻想的で荒涼とした景色が、浮かび上がってくるような文章でした(翻訳ですが)
言語で読むほどの英語力がないのが残念なのですが。
非日常にひたる、という小説の醍醐味を体感できました。
一方的なおすすめコメントで、ごめんなさい。

投稿: itatchi | 2017年10月12日 (木) 11時15分


私の従兄弟もイギリス留学を経て、長くモンゴルに住んでいましたが、まさに「多様性こそ未来の力」ですね。
http://kokoro2016.cocolog-nifty.com/blog/2017/10/post-ab69.html

投稿: 工場長 | 2017年10月12日 (木) 12時26分


Imachiさま

イシグロさんがノーベル賞をもらったことで、大増刷されるそうですね。
楽しみにしています。

投稿: 元安川 | 2017年10月12日 (木) 13時23分


工場長さま

モンゴルですか。
身内に海外にすんでいるとか、国際結婚をしたとかの話はよく聞きます。
アイデンティティ=ナショナリティ
という捉え方が融けつつあるようですね。

投稿: 元安川 | 2017年10月12日 (木) 13時30分


そのうち、日本人という在来種は絶滅するのでしょうか。
アメリカでは元々の在来種は、100年以上前から絶滅危惧種になってますよね。

投稿: ゲン | 2017年10月12日 (木) 13時38分


この人を知らなかったので、速報で日本人の氏名なのにカタカナで表記されていたから、日系の二世か三世の人なのだろうと思っていましたが、日本で生まれイギリスで育っち国籍を取得したと聞いて、ちょっとビックリしました。日本国籍から変えたことに。
この方の父親は、気象庁の研究者だったそうですね。イギリスの気象の研究で招かれたそうですね。
気象は地球を研究する学問ですから、国境という概念に影響を受けないのでしょうね。
もしかした、その影響を受けて、国籍に拘らず、自分らしさでいられるイギリ国籍を選ばれたのかなと想像します。
○○人とか、△△国人とで分類する時代ではなくなるのでしょうね。
生まれ地、育ってくれた地、そこの文化がその人の人間形成におおきな影響を与えるのでしょうから、生まれて死ぬまでその地を離れなかった時代は少なくなるのでしょうね。
もし、移動できずともネットで多くの情報が手に入り、影響を受けたら、やっぱり今までのような○○人と△△国人に縛られない世界になるのでしょうね。
そういえば、昔に読んだ江戸時代の生活に書かれた本は、日本人の作家がドイツ語で書き、それを他の人が日本語に翻訳したものでした。
英語が使える人が多くなっていますから、将来には英語で本を書き、それを日本語に翻訳して出版てのも増えるのでしょうね。

投稿: やんじ | 2017年10月12日 (木) 13時44分


ゲンさま

スポーツ界、芸能界では、すでにハーフ、クオーターの方が優秀だと証明されつつありますね。
純粋であることを証明する血統書付きペットは、弱いですよね。
どこの馬の骨ともわからないペットのほうが強く、優秀であったりしますね。

人間の世界では、そんなことより、混血が進むことで、世界が平和になればいいですね。

投稿: 元安川 | 2017年10月12日 (木) 13時57分


やんじさま

私は生まれてから、もう計10回引っ越しをしています。
アメリカにも住んだことがあります。
今やこんなことは珍しいことではなくなっているようです。
インバウンドは2020年には4000万人と予想されています。
新宿、銀座、浅草を歩いているのはほとんど外国人という感じです。
2020年は混血元年といわれるようになるのではないでしょうか。

投稿: 元安川 | 2017年10月12日 (木) 14時08分

2017年9月18日 (月)

ニラの花とヒガンバナと梅林と夕焼け

丁度夕暮れ時、夕焼けを背景に、実家の近くの梅林、400〜500m2はあるだろうか、
下草に白い花が群生し、一面に咲いている。
その中に真っ赤なヒガンバナがポツンと咲いている。
そのコントラストがなんとも美しい!
この梅林の持ち主がデザインしたのだろうか。
随分と洒落たセンスの持ち主だ。

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それにしてもこれだけの面積に一面に咲く白い花とは、
なんだろうかと気になる。

妻に聞けば、
「ナデシコかな」、「ニラではないかな」というが、よくわからないという。
本棚にある「散歩で出会うみちくさ」、柳宗民の雑草ノオト」を見ても、どうもはっきりしない。
ネットで検索すると色々な花の名前検索の無料アプリがある。
花の画像のインストールすれば即教えてくれるアプリもあれば、
「花の名前ダウト」はなんと花の名前をゲームにまでしているではないか。
面白い。

それらを見ると
「ニラの花」のようだ。
あの「レバニラ炒め」として食べることもできるニラは、こんなに綺麗な花を咲かせるのだ。

花の名前を調べるだけでも結構楽しめる。

元安川


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2017年9月14日 (木)

模型には本物にない味があるー広島市交通科学館

アストラムラインの長楽寺車庫の上に、広島市交通科学館がある。
今は命名権を取得した沼田自動車学校によりヌマジ交通ミュージアムと名称を変えている。

交通科学館はアストラムラインという新しい交通機関の竣工を記念してつくられた。
「3000点を超える乗り物の模型及びその情報と体験型展示を中心とした常設展示、そして特定のテーマに添った特別企画展に加え、子供を中心とした工作教室などを実施している」
とのことだ。
その後さらに広島を象徴する被曝電車の展示や、
水素で走るマツダRXー8ハイドロジェンREも展示されている。

3、4階のスペースには近未来の交通機関を想定しての大きなパノラマ模型ビークルシテイが展示されている。
近未来の交通システムの街とことだが、
ほとんどは実現してしまっているからか、どこか陳腐で、いまひとつ感動がない。

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広島市交通科学館のHPより

それならどのように改造したらいいのか、それもお金をかけずにということになると、なかなか難しい。

大宮にあるJR東日本の交通博物館のように、
日本の鉄道の歴史を伝える本物列車を展示するなんて、とても不可能なことだ。


横浜市に鉄道模型のコレクションを展示する「原鉄道模型博物館」があるそうだ。
http://www.hara-mrm.com/

鉄道模型約1,000両、コレクターの原氏が「撮り鉄」として集めた13000ページもの鉄道写真、
そして約310m2の広さのジオラマの中、長さ70mもの線路を走る鉄道模型が展示されているという。
これだけのコレクションを、コクヨ元専務で鉄道模型製作・収集家の原信太郎氏が1人であつめたというのだから凄い。
今でいう鉄道オタクの最たる人だろう。

前原民進党代表も鉄道オタクだそうだが、
私の周りにもかなりの鉄道オタクが何人かいる。

交通科学館は、
そんなたくさんの鉄道オタク、車の人たちが集まり、
「鉄道模型」を展示するということに、特化したらどうだろうか。

模型には本物にない拘り、味わい、美しさ、面白さがある。

鉄道オタクの人たちが集まってNPOを作って、収集、展示するようにしてもいいだろう。
運営、経営まで、任せてもいいかもしれない。

2階の様々の交通機関の模型はなかなかの見ものだ。

それに加えて鉄道模型等を展示することで、
鉄道、車模型のメッカになることを目指したらいい。

元安川


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あの展示の運営を、
鉄オタ中心のNPOなどに任せたらどうでしょうか。
レイアウトなどのアイデアは、全国から募集しても
いいかも知れません。

目指すのは「西日本一の鉄道ジオラマ」です。
鉄オタが満足するジオラマに変えてしまうのです。

オタの考えることですから、費用は膨大になります。
軽く数千万円、下手したら億単位になります。

そこでその費用の一部が全額をクラウドファンディングで広く
全国から集めます。協力者が増えれば増えるだけ
内容を充実させるのです。
協力してくれた人のメリットは、自分の模型を走らせる
「貸し切り時間」の提供ではいかがでしょうか。
来館者の増加も見込めます。

投稿: 鉄道フアン | 2017年9月14日 (木) 09時59分


鉄道フアン様

カラオケでもそうですが、マニアの人は、人に見てもらう、聞いてもらう、そしてそれが高く評価しされれば、大変喜びますよね。
この展示にかかわった人たちには、自分の模型を走らせる「貸し切り時間」の提供というのは、いいアイデアかもしれませんね。

投稿: 元安川 | 2017年9月14日 (木) 10時07分

2017年7月20日 (木)

世界的なイベント・盆踊り

実家のある町の町内会の夏祭り、盆踊りがあった。
町内会の太鼓グループや子供たちが櫓の上で太鼓を叩き、
民謡のグループが浴衣で輪になって踊り始めた。
そんなグループができているとは知らなかった。
焼き鳥、焼きそば、綿飴の屋台が並びその前には長い行列ができている。
例年に比べ、子供の参加が多かったようにも思うが、
最近は2世代で住む人も増えているのだろうか。
こうした町のお祭りが減っていることもあってか、
周辺の小学校の友達が参加していることにもよるように感じる。
町内に住むドイツ人の男性等の外国人が役員に加わっているのも、最近では珍しいことではなくなったようだ。

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モスクワでは、日本の夏祭り・盆踊りが大使館と日本企業の主催で行われ、9万人を超えるロシア人の参加者があったと報じている。
浴衣を着て、盆踊りを踊り、焼きそば、たこ焼きを美味しそうに食べている様子も報じられていた。

日本の夏祭り・盆踊りも極めてローカルな行事であるが、
今や極めて世界的なイベントにもなったようだ。

可笑しい!

元安川


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8月13日(日)は、グランドプリンスホテル広島で元宇品町内会主催の盆踊り大会が開催されます。涼しいホテルの屋内で、天候に左右されず行われる盆踊りは全国的にも珍しく、和太鼓などのアトラクションもあります。

改めて池原義郎氏を偲び、その作品であるホテル内での盆踊りを堪能するというのはいかがでしょうか。

https://motoujina.jimdo.com

投稿: 工場長 | 2017年7月20日 (木) 08時38分


工場長様

グランドプリンスホテル広島の中での、町内会の盆踊り大会とは、随分贅沢な!
羨ましい。
広島の名所となりそうですね。

投稿: 元安川 | 2017年7月20日 (木) 08時58分


盆踊りという日本の文化が世界に認められるのは良い事ですね。
でも、盆踊りはたんなる祭りでなく、先祖供養だとも知らせてほしいですね。
私の母の実家のある地域は、昔は初盆を迎える家が主催してました。地域の人が集まり故人を供養し思い出話をしながらその家の庭先で踊ってました。
ご接待もその家がしてましたね。
文化は形だけでなく精神や心も伝えないとと思います。
グラウンドプリンスホテルで行われる元宇品の盆踊りは、ホテルができてから続いてますよね。
地域貢献するホテルは、凄いなって思ってます。

投稿: やんじ | 2017年7月20日 (木) 18時36分


やんじ様

へー、
盆踊りは新盆を迎える家の庭先で踊られていたんですか。
勉強になりました。
プリンスホテルのイベント、盆踊りは素晴らしいですね。

投稿: 元安川 | 2017年7月20日 (木) 18時58分

2017年6月30日 (金)

「池原義郎先生を偲ぶ会」と弔電


「池原義郎先生を偲ぶ会」が、6月27日、早稲田大学大隈講堂で行われた。
池原先生の遺影は、
重要文化財に指定されているという早稲田大学を象徴する講堂のステージに設けられた白い花の祭壇に飾られていた。
私は池原先生の遺影を見るだけで、涙が出てきてしまった。

式が始まるまでの間、
池原先生の手がけられたグランドプリンスホテル広島、西武ドーム、そうして池原先生のインタビューの動画が映された。

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「池原義郎先生を偲ぶ会」に先立ち、
早稲田大学芸術功労者表彰式が行われた。
鎌田総長から、表彰状とメダルが先生のご長男正氏に授与された。
先生の亡くなる2年前に授与が決まっていたが、健康が優れないので、順延されていたのだという。

「池原義郎先生を偲ぶ会」は、
日本芸術院第一部長 澄川 喜一 先生
早稲田大学名誉教授 穂積 信夫 先生
日本建築学会会長  古谷 誠章 先生
早稲田大学名誉教授 中川武選手先生
の弔辞が読まれた。

引き続いて、弔電の披露。

最初に、グランドプリンスホテル広島を建設した時の西武グループ代表の堤義明氏からの弔電。
「ご逝去の報に接し、悲しみに耐えません。
先生のモダンでありながら自然との調和を見事に実現された作品に感銘を受け、ライオンズ球場をはじめ、数多くの関連施設の設計をお願いしました。
以来、長きにわたりお付き合いをさせていただきましたが、その間、芸術院会員、そして日本を代表する建築家の重鎮となられても、その作品同様崇高で自然体のお人柄は変わることがありませんでした。
在りし日のお姿を偲びつつ、心からご冥福をお祈りいたします」
短くも、心の籠もった言葉に感動した。

続いて松井一実広島市長からの弔電が読まれた。
池原先生の広島との関わりはそれほど多くはないが、その影響は大きい。
広島カープの現在のドムドムスタジアムの設計コンペの審査委員長は、
西武ドームを設計した池原先生がされた。

参列者は800名くらいとのことだが、
池原研究室の卒業生の1人、歌手の小田和正氏も参列してくれた。
小田和正氏は日経アーキテクチャーのインタビューで、
「無理に研究室に入れてもらったのに休学したり、最後に主任教授を怒らせたり、とんでもなかった。まだその恩を池原先生に返していない。それはとっても心残りなんだ」と話している。
https://kenplatz.nikkeibp.co.jp/pdf/NA/07/051100721/index.html
小田和正氏は修士論文で「建築への決別」というタイトルの論文を書いて物議をかもしたが、
フッと、あの有名な歌「さよなら」が思い出された。

池原先生との思いはこの日の出席者1人1人に、それぞれにあるのだろう。
偲ぶ会が終わって、講堂を出た人達のかなりの人がすぐには立ち去らずに、
あちこちで、グループを作って何かお喋りしていた。

池原義郎先生が亡くなって、
私はただ寂しく、悲しい。

元安川


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2017年6月14日 (水)

「何れ菖蒲か杜若」と書いて、 「いずれあやめ か かきつばた」と読む

実家近くの東村山市の北山公園の菖蒲の花を見にいった。

6300m2という敷地はさして広くないが、敷地全体が菖蒲園になっている。
年に1度の菖蒲まつりを周辺の人々は楽しみにしているようだ。
300種、8,000株(約10万本)というが、白、紫、黄色の花菖蒲が咲き、壮観だ。

20〜30店の屋台が出、野点の茶席、お琴の演奏もされる。
人力車も2台あり、乗る人も多く、走り回っている。

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ボランティアのガイドさんさの説明も初めて聞いたが、
これが結構面白い。

「いずれ菖蒲か杜若」とよくいわれるが、
元々は、いずれ劣らぬ美人が2人いるときに、どちらも美しく、決めかねるということから、選択に迷うことのたとえに使われるようになったのだという。

菖蒲と書いて「アヤメ」と読むのだというが、
実は、花の咲く花菖蒲と菖蒲は違うのだという。
5月の菖蒲湯等に使われるショウブは、ショウブ科(古くはサトイモ科)に分類される別種の植物だという。

花菖蒲とアヤメと杜若はいずれもアヤメ科だが、
花弁の元をみると、花菖蒲が黄色の目型模様、あやめが網目模様、杜若が白の目型模様になっているので判別できるのだというが、
私には判りそうにない。

また咲く時期も異なり
杜若は5月中旬、あやめは5月中旬~下旬、花菖蒲が5月下旬~6月下旬に咲くのだという。
ここ北山公園にも杜若はあるが、すでに花は散ってしまっていた。

ここに咲いている花菖蒲には
「江戸系 沖津白波」とか名前がつけられているが、なんでわざわざ「江戸系〇〇」とかいうのかいつも不思議に思っていたが、
江戸時代の初期、徳川将軍が大変花菖蒲を好まれたことから、肥後の殿様は肥後に持ち帰り独自の品種を作り出したことで、それは「肥後系」と呼ばれるようになり、
伊勢の殿様が持ち帰って育てたのが「伊勢系」と呼ばれるようになったのだという。
部下がボスの好みに合わせるというのは、何処にあっても同じようだ。
可笑しい。

北山公園周辺には、この花菖蒲に取り憑かれたマニアックな趣味人が相当にいることも確かだろうが、
こうした菖蒲の花を愛でるという文化が、江戸時代に始まるというのも面白い。


江戸時代は、封建時代として、暗黒の時代だともいわれてきたが、案外そうではなく、
平和であったことで、
こうしたクールジャパンと呼ばれる文化が生まれ、育った時代であるともいえそうだ。

元安川


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2017年6月12日 (月)

「村野藤吾の建築」展と街歩き

広島駅南口地下広場の壁面に設けられた現代美術館のPRスペースに、
「村野藤吾の建築」展の大きなポスターが貼られていた。
建築家の展覧会とは珍しい。

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会場を入ってすぐのコーナーには
「世界平和記念聖堂」の模型がおかれ、
壁には鉛筆描きのたくさんのスケッチ、図面が飾られている。
当時主任司祭であったフーゴ・ラサール神父が、自らも被爆した幟町の地に慰霊と平和を願う聖堂を建設するために大変な苦労をされたことは知っていたが、
設計について、神父が当時早稲田大学建築学科教授であった今井兼次氏に相談し、
「設計コンペを行ったが、1等当選案がなく、審査員の1人である村野藤吾氏に設計を任せることになった」とは知らなかった。
記念聖堂のレンガの積み方一つとっても、工事に携わった人々の思いを感じることができるし、あの四枚の花びらのような窓は日本文化を象徴する梅の花を感じさせてくれる。
その村野氏のいわば最初の作品が、1928年に建設された「南大阪教会」ということも初めて知った。
村野氏の建築図面約5万点は京都工業繊維大学に寄贈され、保存されているというが、
その村野氏の建築作品量の多さにも圧倒される。
建築家が生涯にかかわれる数をはるかに超えていることにも驚く。

今回展示されている建築模型は66点とのことだが、
大学の授業の一環として学生が作ったのだろうか、
それらの模型は、建築の面白さ、楽しさを見せてくれる。
日本の建築デザインの歴史を教えてもくれる。

今回の作品展では、あまりよく伝わらないが、
私は村野氏の設計した伊豆の三養荘新館等の数寄屋風の木造建築が大好きだ。
繊維で、粋で、なんとも艶かしい。

アーキウオークの人たちも広島の建築を紹介してくれているが、
広島には大高正人氏設計の基町の集合住宅、谷口吉生氏設計の広島市中工場、池原義郎氏設計のグランドプリンスホテル、この広島市現代美術館の設計をした黒川紀章氏等のたくさんの建築文化の蓄積がある。

いまテレビでは街歩き系の番組が人気だが、
そんな町歩きの視点を絡めての建築家、建築作品の展覧会を現代美術館でもしたらいい。
街歩きがもっと楽しくなるかもしれない。

元安川


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2017年6月10日 (土)

心豊かな1日 ・ チャリティーコンサート

東京赤坂の紀尾井ホールで行われた
「三井住友銀行 チャリティーコンサート・名曲のおもちゃ箱」に
妻と2人ででかけた。

私は映像がないと、すぐに退屈してしまうほうなので、
滅多に音楽会には行かないが、
妻がネットで応募したら当たったとのことで、「たまには」と妻に付き合うことにした。

出演はすべて三井住友銀行の社員。
今日のための練習も大変だったろうが、
ステージの緊張感が伝わり、こっちも一生懸命聴きいってしまった。

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女性合唱団が大ヒットしたキャンディーズの「年下の男の子」を
踊りながら、歌うのもちょっとコミカルで可笑しかった。
室内合奏団のヴィバルディの「四季より春」etc.のクラッシック、
最後に、観客と一緒になってスマップの「世界に一つだけの花」を歌った。
すべて日ごろよく耳にする曲ばかりなので、退屈することなく3時間を楽しめた。

休憩時間に、
ロビーのお店で、孫にと、キャラクターグッズの「こぐまちゃん」Tシャツ、お弁当箱を買った。
5人もいるからすぐ1万円を越した。
売り上げはすべて難民支援のために「国連UNHCR協会」に寄付されるという。

久しぶりのコンサート、それに難民支援の寄付、
何か心豊かな1日を過ごせたように感じた。

元安川


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2017年6月 8日 (木)

建築家 池原義郎先生が亡くなられた

グランドプリンスホテル広島を設計された芸術院会員でもある池原義郎氏が亡くなられた。
悲しさ、寂しさがジーンと広がってくる。

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6月27日 13:00から、早稲田大学大隈講堂で「偲ぶ会」が行われる。
http://www.asahi.com/articles/ASK5Y3F8XK5YUTIL009.html


先生は、
日本建築学会賞を受賞した所沢聖地霊園礼拝堂
日本芸術院賞を受賞した早稲田大学所沢キャンパス、
下関市唐戸市場、浅倉五十吉美術館etc.
たくさんの作品を残された。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/池原義郎

先生の建築についての思いは、
早稲田大学建築学科の作成したアーカイブスにも残されている。
http://waarchives.org/000033/

先生が早稲田大学建築学科の教授をされていた頃の教え子の1人である歌手の小田和正氏が早稲田大学池原研究室で学んだ頃のことについて、AERA、日経アーキテクチャに載っている。
https://dot.asahi.com/dot/2017022700026.html
https://kenplatz.nikkeibp.co.jp/pdf/NA/07/051100721/index.html
「無理に研究室に入れてもらったのに休学したり、最後に主任教授を怒らせたり、とんでもなかった。
まだその恩を池原先生に返していない。それはとっても心残りなんだ」
とも話されている。

先生の教えを受けた1人である私は、
研究の指導はもちろん、卒業してからも仕事も一緒にさせていただいたし、お酒もよく一緒に飲んだ。
研究室では、5時を過ぎると、助手が黙って、お酒をグラスに注いで持ってきた。
お酒ならなんでも嬉しそうに飲まれた。
もともと寡黙な先生だったが、いくら飲まれても、まったく変わらなかった。
よく喋るようになるわけでもないし、姿勢も変わらなかった。
そうしたことをよくご存知のクライアントから、焼酎がポリタンクで1ダースも届いたことがある。


池原先生は、
ガウディ、シュタイナーの作家研究と建物の使われ方の研究をベースに、
折り紙をヒントにしたと思われる作風を創り出し、
ディーテールにこだわり、粋で華やかな建築作品を作ってこられた。
色が使える数少ない建築家でもあった。

「工事が難しいと業者が泣いてますよ」
といったら、
「考える方も大変なんだよ」
といわれてしまった。

そんなこと、あんなことが思い出される。
今は「寂しい」だけだ。

元安川


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