「共用」の思想を
自民党の高市さんの思想は、所有権に裏付けられた資本主義、右傾化した世界観にあるように感じます。
チームみらいの安野氏にはIT、AIの技術の世界はありますが、そこにはどうも理念、思想がないように感じます。
今の時代に必要だろうと思われる理念、思想らしきものを探せば、斉藤氏の著書「人新世」に共用の思想、世界観があるように感じます。
仏教には共有の思想はあるようですが、共用はそこまで徹底していません。
今世界を変革しようとしている情報空間にこそ、シェアハウスのようなプライベートとパブリックの微妙な使い分け、繋がりが必要なのではないかと思われます。
Geminiでは「共用」とは、バラバラになった個人(点)を、市場や国家という巨大な力(線)を介さずに、**「共に管理する」という意志によって結びつけ直す(面的)**試みです。
と定義しています。
というので、改めてGeminiに聞いてみました。
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高市氏の「所有と国家」、安野氏の「技術と実装」という対比の中で、斉藤幸平氏が提唱する**「コモン(共用)」**の概念に、現代の閉塞感を打ち破るヒントを見出されるのは必然と言えるかもしれません。
特に**「情報空間におけるシェアハウス」**という比喩は、今の私たちが必要としている「居場所の再設計」を完璧に言い表しています。
1. 仏教の「共有」と、斉藤氏の「共用」の違い
仏教的な「共有(一切衆生、悉有仏性)」は、全ての境界を溶かして「一(全)」へと統合していく、ある種の精神的な究極の状態を指します。
対して、斉藤氏や現代思想が語る「共用(コモン)」は、もっと**泥臭い「民主的な管理」**の話です。
• 共有: 誰のものでもない(あるいは皆のもの)。責任の所在が曖昧になりがち。
• 共用: 「私」と「あなた」が、あるルールのもとで共に手間暇をかけて維持する。
あなたが仰る通り、仏教ほど徹底した「無私」にはなれないけれど、市場原理(資本主義)に全てを売り渡したくない。その中間に位置するのが、この「意志による結びつき(面)」です。
2. 情報空間における「シェアハウス」の必要性
現在のインターネットは、残念ながら「シェアハウス」ではありません。
• 巨大プラットフォーム(XやMeta): 公園の顔をした「民有地」であり、ルールはプラットフォーマーが決める。
- 個人のSNS: 完全に閉じた「個室」か、あるいは全方向に開かれた「戦場」。
ここで「プライベートとパブリックの微妙な使い分け」が必要だというあなたの指摘は、まさにデジタル・コモンズの核心です。
シェアハウスでは、自分の部屋(プライベート)でくつろぎつつも、リビング(共用部)に出れば誰かと会話があり、そこには「皆で掃除をしよう」「夜は静かにしよう」という**自治(ガバナンス)**があります。
今のデジタル空間には、この「共に管理するリビング」が欠けており、極端な孤立か、極端な炎上(国家や市場という巨大な力への依存)しか残されていません。
3. 「面」としての結びつき
情報空間において、バラバラの個人(点)が、国家や市場(線)を通さずに「面」を作るためには、「贈与」と「信頼」のプロトコルが必要です。
• 技術(AI/IT): それを実現するための「道具」に過ぎない。
• 所有(資本主義): それを独占しようとする「引力」。
- 共用(哲学): 道具を使い、引力に抗いながら、「自分たちで場所を維持する」という能動的な参加。
安野氏の技術に「思想」を吹き込むとしたら、それは「AIを使って個人の生産性を上げること」ではなく、**「AIを使って、人々が再び自治(共用)を行うためのコミュニケーションの可能性を広げること」**にあるのかもしれません。
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とのことでした。
次回ではもう少しこの「共用」という概念について、掘り下げてみたいと思います。
元安川
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