もう1人の自分
先日の日経新聞の「私の履歴書」に森村泰昌氏が面白いことを書かれていました。
彼はマリリンモンローや三島由紀夫の一コマを、自身が変身した写真や像を作った作家だそうです。
人は誰でも「私はだれ?、何?」と、自分探しをしますが、彼は誰か具体的な別の人になるのです。
チャップリンがそうして、時代を風刺しましたが、彼はそれを現代芸術にまでしてしまったのです。
街のゲームセンターなどにはポートレート写真を変顔させる装置があったり、スマホには変顔アプリなどがありますが、人間にはそうした本能があるのでしょうか。
そうすることで、新しい自分が見えてくるのかもわかりません。
とのメールをカナダに住む友人送りましたら、下記のような返信がありました。
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私の子供たちがまだ小さい頃、学校や近所の友達がよく遊びに来ていました。
この子たちの遊びで驚いたのは「仮想ごっこ」(デギザージュ)でした。
親のタンスや洋服ダンスから洋服を取り出しては、みんなで着て遊ぶのですが、帽子から、お化粧、マフラーとかいろいろ使って、魔法使いやスーパーマンに化けるわけです。
日本でもハロイーンの日に仮装しますが、子供たちはかくれんぼや鬼ごっこする手軽さで、しょっちゅうこの遊びにふけっていました、
日本では考えられない遊びで、ままごとの服装版ですね。
「所違えば遊びも違う」の服装版で、面白く眺めていました。
人類学で「祭り」を民族の特性としてよくあげますが、「仮想ごっこ」という特殊な子供の遊びはコーカシアン民族の一つの特性でしょうかね。
衣装を変えることによっておのずからの人格を変えようとすることに遊びを見出すのはなかなか知性度の高い遊びですね。
大学の謝恩会とか祝賀会も仮装パーティーになるケースが多いのですが、「もう一人の自分になって」楽しむのですかね?
「通常の自分からの脱却」でしょうか?
スマホやPCの変装アプリは衣装のみならず、自分の肉体からも脱出しているわけで、脱出した先には何があるのでしょうか?
自由になるのでしょうか?
おもしろいですね。
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そういえば私も小学生の頃かな、保育室の先生の白いガウンを借りて、仮装行列に参加したことがあります。
妙に恥ずかしかっただけでしたが。
元安川
案外不登校の治療に有効かも知れませんね。
不登校様
俳優、役者も他人になる快感もあるでしょうね。
私はセリフを覚えれませんから、俳優になるなんて考えたこともありませんが。
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案外不登校の治療に有効かも知れませんね。
投稿: 不登校 | 2025年8月31日 (日) 15時50分
不登校様
俳優、役者も他人になる快感もあるでしょうね。
私はセリフを覚えれませんから、俳優になるなんて考えたこともありませんが。
投稿: 元安川 | 2025年9月 3日 (水) 11時30分