小石川植物園のハナミズキ
東京都文京区の小石川植物園を見てきました。
元々は江戸幕府によって1684年に小石川御薬園として開園されたとのことですが、
今では東京大学大学院理学系研究科附属植物園(小石川植物園)となっています。
新広島球場が4~5個入りそうな広い敷地の中に、100年を悠に超える大木が鬱蒼と茂っています。
都心にある施設とはとても思えません。
東大理学部の附属施設ですから、基本的に見る人のことなんか殆ど考えられていません。
敢えて言えば、木に名札がついていることとか、トイレが数カ所設けられているくらいでしょうか。
戦前にアメリカから送られたハナミズキが日本ではたった1本残されているということでしたので、
入園するときに受付の人に聞くと、分厚い資料を調べてくれ「3ー4のゾーンにハナミズキはあります」とのことと教えてくれました。
100年を超えるような大きな木は見つからず、
最近植えたと思えるような小さなハナミズキの木が2本と、枯れてしまった直径20cmくらいのハナミズキの木があるだけでした。
このハナミズキに関わる物語を調べると、
明治45年(1912年)に当時の尾崎行雄東京市長が米国にサクラを寄贈した返礼として、大正4年(1915年)と大正6年(1917年)に米国からハナミズキが贈られたそうです。
日本から贈呈したサクラは、首都ワシントンのポトマック河畔に植えられ、今では2000本を越えるサクラ並木としてCherry Blossom Festivaとしてビッグイベントとなり、日米友好交流の象徴となっているとのことです。
米国から寄贈されたハナミズキは、日本では、戦時中に敵の花として全て伐採されてしまったそうですが、1本だけ、戦禍を免れ、ここ小石川植物園で確認されたそうです。
しかしそのハナミズキも枯れてしまい、今ではその切り株が尾崎行雄の憲政記念館に展示されているそうです。
広島では、平成23年(2011年)から数年かけて、当時の広島市長の秋葉氏が市民ボランテイアと一緒になって、京橋川河岸緑地にハナミズキを植樹しました。
そうした歴史のあるハナミズキが、今またこの植物園に再生されているということのようです。
「ハナミズキに関わる物語」を知るのもまた面白いですね。
元安川
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