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2019年10月25日 (金)

分散型都市への期待

元東芝の技監といわれる方が「これからの人口減少社会を見据えた時、小規模な原子力発電が好ましい」というような趣旨のことを書かれていて、その方向での研究も進んでいるとのことでした。
小規模な発電設備を分散的に設けるということについては、歓迎すべきことだと思います。ただ、原子力発電すなわち核発電設備は、小規模であるほどリスク管理が難しくなるのではないかと、私などは思うのですが、身近に未利用の自然エネルギーが膨大にある中で、無理して核エネルギーに頼らなくてはならない理由はどこにあるのでしょうか? 核エネルギーの利用に関しては、いきおいイデオロギーの問題になって、なかなかその是非論が噛み合わないようですが、少なくとも地球上でこれまで解放されたことのない、太陽に由来しないエネルギーを利用するということは、地球の熱収支の安定にとっては最後の最後の選択肢ではないかと思います。
やはり東芝など原発に関わっていた人たちは、どこかで思考停止することを強いられているのでしょうか? 環境活動を熱心にやっている友人は某電力会社に勤めているのですが、原発に関しては批判的な意見を全く口にしないだけでなく、むしろ擁護・推奨しています。こういう人たちは「核を用いることが善か悪か」という根本的な問までは絶対に遡らないような訓練を受けているとしか思えません。

ところで分散については、たとえば都市は分散していく、というのが夢ですね。
人類が定住という生活様式をとりはじめたのは、700万年の歴史の中で高々ここ1万年ちょっとのことで、それが都市規模にまでなっていったのは、日本でいえばおそらく1500年前の奈良時代くらいから、ということになるのでしょう。日本国内で巨大都市が形成されて、地方との間に平板なヒエラルキーが生まれ、中央集権型の国土となりはじめたのは、明治以降の150年に過ぎません。
そういう意味では、いま一瞬ちょっと実験が進んでいるだけのことで、実験してみた結果これではどうももちそうにないな、という不具合が意識されはじめているのではないでしょうか? 高密集中居住の問題は、災害に対しても、供給処理に関しても、生活環境の質に関しても顕在化しているように見えます。
おそらくこれからは、新しい分散型の都市構造、定住構造が模索されて、500年後には今とはまったく異なる世界地図が描かれるようになっているかもしれません。それには、幸せとか富の定義に関して、新しい哲学が生まれる必要があると思いますが。

いまの社会で、大規模集中がアプリオリな前提となっているのは、エネルギーと廃棄物処理と、それに社会統治であろうかと思います。汚水処理もかつては公共下水道や流域下水道が唯一の選択肢のように叫ばれていたものの、最近は各戸浄化槽などのメニューも増えて、より柔軟になりつつありますね。コンピュータなどは、出現して70年、当初は大型計算機センターを中心とした集中機構だったものが、50年とたたないうちにPCやスマホといった形でけたたましく分散機構になってきています(最近はクラウドサービスなどという怪しげなものも介在するようになってきましたが)。
PCやスマホに投資されている資源を全部集めてひとつの大型計算機に回せば、とてつもなく優秀な装置が生まれ、その恩恵をみんなが今以上に受けられると思うかもしれません。今の状況は、したがって恐るべき重複投資で、冗長であるという指摘もありえます。ところが、そのために全体としての安全や、多様性による進化の可能性が確保されているのです。冗長こそは、生き延びるための命の綱です。
大規模集中を信奉する人たちは、そうでないと冗長になる、ということを心配してるようですが、だから心配は不要ですね。エネルギーも廃棄物処理も、それほど年をへず分散して冗長なシステムに組み替えられていくでしょう。
社会統治だけは、ひょっとするとしぶとく中央集権が残されるかもしれません。役所の人の話を聞いていると「同じテーマで各地域が頭を悩ますのはもったいないから、国できちんと検討して結果を通達してあげるのだ」というような義務感を、平気で口にする幹部がいます。だからしばらく

社会統治だけは、ひょっとするとしぶとく中央集権が残されるかもしれません。役所の人の話を聞いていると「同じテーマで各地域が頭を悩ますのはもったいないから、国できちんと検討して結果を通達してあげるのだ」というような義務感を、平気で口にする幹部がいます。だからしばらく時間はかかるでしょうが、それでもやがて千年もすれば、中央政府というのもなくなるかもしれません。したがって、首都機能の分散などは、当然のことです。

私たちの生きている間に、いずれも実現は期待できませんが、少なくともそういう流れに矢を引くようなことだけはしたくないものです。

 

 

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東日本大震災の後、アメリカの政府系シンクタンクが公表したレポートには、災害の多い日本では、どこにでもある自然エネルギーをベースとした小規模分散型の電力システムが望ましいと結論づけていました。

原子力はまだまだ研究途上の技術で、個人としては唯一原子力の研究で賞をとっている武田邦彦氏も「原子力を商用利用するのは200年早い」と言っていますが、それを災害の多い国に50基以上作るというのは正気の沙汰とは思えません。

今現在、原子力はリスクが大きいだけでなくエネルギー源としても非効率で高価で脆弱なもので、専門家ならエネルギー源ではなく、安全保障上の「核保有への道」でしかないことを誰もが知っています。エネルギー源としての原発の必要性を説く専門家は単なる嘘つきでしかないと思います。仮に悪意はないとしても、嘘も方便と思っているのでしょう。

情報システムが大きく変わり、エネルギーに加え、交通システムも大きく変わることが都市の姿も大きく変えると思いますが、その速度はデジタル技術で世界30位まで落ちた日本で考えるより、遥かに速いと思います。

「原子力を利用するのは200年早い」
というのは、上手い表現ですね。

そもそも大規模発電、大規模送電というシステムそのものが間違っていますね。

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コメント

東日本大震災の後、アメリカの政府系シンクタンクが公表したレポートには、災害の多い日本では、どこにでもある自然エネルギーをベースとした小規模分散型の電力システムが望ましいと結論づけていました。

原子力はまだまだ研究途上の技術で、個人としては唯一原子力の研究で賞をとっている武田邦彦氏も「原子力を商用利用するのは200年早い」と言っていますが、それを災害の多い国に50基以上作るというのは正気の沙汰とは思えません。

今現在、原子力はリスクが大きいだけでなくエネルギー源としても非効率で高価で脆弱なもので、専門家ならエネルギー源ではなく、安全保障上の「核保有への道」でしかないことを誰もが知っています。エネルギー源としての原発の必要性を説く専門家は単なる嘘つきでしかないと思います。仮に悪意はないとしても、嘘も方便と思っているのでしょう。

情報システムが大きく変わり、エネルギーに加え、交通システムも大きく変わることが都市の姿も大きく変えると思いますが、その速度はデジタル技術で世界30位まで落ちた日本で考えるより、遥かに速いと思います。

「原子力を利用するのは200年早い」
というのは、上手い表現ですね。

そもそも大規模発電、大規模送電というシステムそのものが間違っていますね。

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