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2014年4月20日 (日)

パブリックドメイン

インターネット(もしくはパソコン通信)の黎明期には、パブリックドメイン(Public Domain Software)と呼ばれる著作権を放棄したプログラム(アプリ)が沢山ありました。

その後、著作権は放棄しないが、無料で自由に使ったり配布できるフリーウェアや、ダウンロードや配布は自由に行えるが、気に入って継続的に使うのであれば、何らかの対価を求めるシェアウェアなど、有料化(商業化)が進みました。

そもそもコンピュータソフトでお金を儲ける、というのはマイクロソフト社を設立したビル・ゲイツに始まったと言われていますが、私がコンピュータソフト=プログラムを作り始めた頃も、まだ「プログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律」はありませんでしたし、「頭の中で作ったものに対価を求める」には難しい環境がありました。今でもプログラム言語、プロトコル、アルゴリズムは著作権では保護されません。

当時は、パブリックドメイン(知的発見は人類共通の財産)という考え方に一つの理想を感じると同時に、知的労働が評価されないことへの不満はありましたが、今はアメリカを中心に何もかも「知的財産権」と言い私的権利にし、カネにしようとすることには抵抗があります。

自然に存在するものを、誰よりも早く見つけたことが、どれほど個人や企業の権利とされるべきなのか、適正な評価の難しいところです。

そして、これだけデジタル技術で効率的な情報処理が行われている社会で、知的財産権を主張する証拠として手書きのノートなどを付けることを強制される社会にも疑問を感じます。

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実験ノートが、重要だと言われていますが、本当にそれが全てでしょうか。
ほとんど全てをパソコンで管理でしてる現在で、実験ノートに全て書き込むでしょうか。
画面に表示されて画像を、わざわざプリントアウトして実験ノートに貼付けるのでしょうか。
実験中に進行している方法や問題点や解決点や改良方法は、メモ的に書き込むでしょうが、画面に表示されている画像は、パソコン上に保存して説明を添付する方が、合理的だと思います。
実験ノートが全てだというのは、若い研究者にとっては、パソコンを自由に扱う人にとっては、如何なものでしょうか。
会社の重要会議では、タブレットは使ってはダメ、紙に印刷されてものに捺印・署名されていないと資料として認めないと言っているようなものと思います。
実験ノートばかり注目され、彼女のパソコンには注目されないのは、どうなんでしょうね。

投稿: やんじ | 2014年4月20日 (日) 08時06分


やんじさん
自然科学というのは、人間が創作できるものではありません。あくまで観察や実験によって事実を探るものです。「そこに山がある」という事実を、誰よりも早く見つけた、というだけで権利を主張し、それをお金にしようとする人たちにとっては「村の掟」は重要かも知れませんが、そうでない学者も少なくありません。

今朝も小保方氏には厳しい姿勢を示すフジテレビの報道番組で、大学の副学長が「小保方さんは全然悪くない」と言い「論文におけるコピペは当たり前だ」と言っていました。「もう20年以上、研究ノートなどは付けていない。データは全てデジタル化して保存してある」という学者、それも論文の査読を行うような学者にもそうした意見の人はいます。

「てにをは」は正しく使われた方が良いに決まっていますし、誤字脱字もないに越したことはありません。多くの東大教授が書くような「間違いがない」ことにしか価値のない論文では、そうしたことが重要かも知れませんが、内容に大きな価値のある論文については、そうした間違いは些細なことです。

コピペは良いことです。

コピペ=Copy & Paste は、スティーブ・ジョブズが開発したMacintoshの登場により広まり、今やパソコンだけでなく、どのデバイスでも当たり前になりましたが、知的生産性を向上させ、社会に貢献してきました。

これが許されないのは、文章を書く力が未熟で、それを勉強中の学生か、自然現象すら自分のモノにするための「証拠」を必要とする人たちでしょう。

今回の理研の調査でも、コピペ(無断引用)と思われる箇所が認められていますが、そこは「不正」とは認定されていません。

学生がインタビューに答えて「コピペはいけない」と言っているのは彼らが「勉強中」で「未熟」だからです。まだ文字をきちんと習得していない小学生の場合、パソコンで作文を書くことは許されないかも知れません。それと同じことです。

自然科学における知見は人類共通の財産です。
人間の精神活動による産物も同様です。

これが大前提ですが、まぁ功労賞のようなもので、例外的に創作物に対して著作権という一時的な権利が与えられ、発明に対しては特許権が一時的に与えられる、というだけのことです。

法治国家において、法律の手続きもなしに、個人が罰せられることはあってはならないことです.
しかし、現実に法律を犯したわけでもない個人が、まるで魔女狩りのようなリンチを受けているように感じます。

投稿: 工場長 | 2014年4月20日 (日) 15時42分


〉コピペはいいことです。
とは目からウロコですね。

投稿: 宇品灯台 | 2014年4月20日 (日) 17時16分


政府は、日本の超電導リニア新幹線の技術を米国に無償提供する方針を固めた。米国のものは知的財産権で高いライセンス料を取られても、日本で開発した技術も、育てた人材も、最終的には米国に差し上げる。政府やマスコミに騙されているとは言え、このカラクリにいつまでも気がつかない国民は、悪意はないだろうが責任はある。

投稿: K | 2014年4月20日 (日) 19時18分


宇品灯台さん
敢えて言えば「悪用もできますが」というところでしょうか。
本来は、良いことです。

投稿: 工場長 | 2014年4月21日 (月) 19時41分


Kさん
今回のSTAP細胞の論文に関する「不正疑惑」に関しても様々な陰謀論があるようですね。
「悪意」ということで言えば、細かいミスに悪意があるとは思いませんが、その細かいミスを見つけ出すことには悪意を感じます。

投稿: 工場長 | 2014年4月21日 (月) 19時43分

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コメント

実験ノートが、重要だと言われていますが、本当にそれが全てでしょうか。
ほとんど全てをパソコンで管理でしてる現在で、実験ノートに全て書き込むでしょうか。
画面に表示されて画像を、わざわざプリントアウトして実験ノートに貼付けるのでしょうか。
実験中に進行している方法や問題点や解決点や改良方法は、メモ的に書き込むでしょうが、画面に表示されている画像は、パソコン上に保存して説明を添付する方が、合理的だと思います。
実験ノートが全てだというのは、若い研究者にとっては、パソコンを自由に扱う人にとっては、如何なものでしょうか。
会社の重要会議では、タブレットは使ってはダメ、紙に印刷されてものに捺印・署名されていないと資料として認めないと言っているようなものと思います。
実験ノートばかり注目され、彼女のパソコンには注目されないのは、どうなんでしょうね。

やんじさん
自然科学というのは、人間が創作できるものではありません。あくまで観察や実験によって事実を探るものです。「そこに山がある」という事実を、誰よりも早く見つけた、というだけで権利を主張し、それをお金にしようとする人たちにとっては「村の掟」は重要かも知れませんが、そうでない学者も少なくありません。

今朝も小保方氏には厳しい姿勢を示すフジテレビの報道番組で、大学の副学長が「小保方さんは全然悪くない」と言い「論文におけるコピペは当たり前だ」と言っていました。「もう20年以上、研究ノートなどは付けていない。データは全てデジタル化して保存してある」という学者、それも論文の査読を行うような学者にもそうした意見の人はいます。

「てにをは」は正しく使われた方が良いに決まっていますし、誤字脱字もないに越したことはありません。多くの東大教授が書くような「間違いがない」ことにしか価値のない論文では、そうしたことが重要かも知れませんが、内容に大きな価値のある論文については、そうした間違いは些細なことです。

コピペは良いことです。

コピペ=Copy & Paste は、スティーブ・ジョブズが開発したMacintoshの登場により広まり、今やパソコンだけでなく、どのデバイスでも当たり前になりましたが、知的生産性を向上させ、社会に貢献してきました。

これが許されないのは、文章を書く力が未熟で、それを勉強中の学生か、自然現象すら自分のモノにするための「証拠」を必要とする人たちでしょう。

今回の理研の調査でも、コピペ(無断引用)と思われる箇所が認められていますが、そこは「不正」とは認定されていません。

学生がインタビューに答えて「コピペはいけない」と言っているのは彼らが「勉強中」で「未熟」だからです。まだ文字をきちんと習得していない小学生の場合、パソコンで作文を書くことは許されないかも知れません。それと同じことです。

自然科学における知見は人類共通の財産です。
人間の精神活動による産物も同様です。

これが大前提ですが、まぁ功労賞のようなもので、例外的に創作物に対して著作権という一時的な権利が与えられ、発明に対しては特許権が一時的に与えられる、というだけのことです。

法治国家において、法律の手続きもなしに、個人が罰せられることはあってはならないことです.
しかし、現実に法律を犯したわけでもない個人が、まるで魔女狩りのようなリンチを受けているように感じます。

〉コピペはいいことです。
とは目からウロコですね。

政府は、日本の超電導リニア新幹線の技術を米国に無償提供する方針を固めた。米国のものは知的財産権で高いライセンス料を取られても、日本で開発した技術も、育てた人材も、最終的には米国に差し上げる。政府やマスコミに騙されているとは言え、このカラクリにいつまでも気がつかない国民は、悪意はないだろうが責任はある。

宇品灯台さん
敢えて言えば「悪用もできますが」というところでしょうか。
本来は、良いことです。

Kさん
今回のSTAP細胞の論文に関する「不正疑惑」に関しても様々な陰謀論があるようですね。
「悪意」ということで言えば、細かいミスに悪意があるとは思いませんが、その細かいミスを見つけ出すことには悪意を感じます。

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