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2013年6月13日 (木)

益子焼の街

友人に誘われ、益子に行った。
都心から車で約1時間半。

益子陶芸美術館脇に車を停め、
陶芸メッセを抜けると、
益子焼のお店が並ぶ通りに出る。

緩い傾斜の道の両側に白い壁と黒い屋根の古民家風のお店が並び、
白い小さな花の咲くヒメシャラの並木道、
散歩するだけでも楽しい街だ。

日本でも数少ない登り窯のある「大誠窯」、
本田父子の経営する「知床窯」で、彼はこの秋に結婚するという弟さんにと夫婦茶碗を買った。
私も、「陶庫」で、オーストラリアから来た友人のお土産にと夫婦茶碗を買った。
「陶庫」は、何とも不思議な雰囲気の空間になっている。
古くは肥料のお店だったという母屋と2つの蔵を繋げ、改装し、益子焼のお店にしている。
大谷石で作られた蔵というのも珍しい。
栃木県の景観建築物として表彰されている。

Image_2

益子焼のお店とカフェの一体になった「壺々炉」でしばらく休憩した。

茅葺の屋根の家「日下田藍染工房」は、藍染用の大きな壺が72個も埋められているという。
益子は元々は藍染の街でもあったらしい。
今ではそんなことを知る人はほとんどいない。

益子焼は元々鉢、水かめ、土瓶など日曜日の産地であったらしいが、
柳宗悦らの進めた民藝運動の中心的役割を果たした浜田庄司が1924年、この地に居を移し、
作品を作り始めたことから、益子焼は「芸術品」としての側面を持つようになり、
その後全国からその思いに影響を受けた陶芸家が益子に集まり、作品を作るようになったようだ。

いわれてみるとどのお店でも、誰かの作品展をやっている。

益子ではお店が約50、窯元が380ヶ所もあるという。

春と秋には陶器市が開かれ、
GW には40万人、11月3日 前後には20万人からの人が集まるという。

2011年3月11日の東日本大震災の時には、
益子の街も震度6強の地震があり、市内の窯はほぼ全壊、
在庫品の半分程度が損傷を受け、
あまりの惨状に手がつけられなかったほどの被害を受けたというが、
全国的なニュースとしては全く取り上げられなかった。

しかし、そんなに凄い被害を受けていたとは全く思えないほどに、街は再生していた。

こんな素晴らしい街が、
浜田庄司氏というカリスマ的影響力をもった作家が一人いたことで、
普通なら歴史の中に消えていたであろう街が、
こんなにも素晴らしい街になったいうことなのだろう。

聞けば、
10年くらい前に来た時はこんなきれいな街並ではなかったという。
いわれて見ると、古材を使っているが、どのお店もそれほど古くはなさそうだ。
かなり計画的に街作りを進めて来たのだろうことが伺える。

広島にも、
古い歴史のある街はたくさんある。

いつの日か、「原爆ドームと厳島神社と・・・」
といわれるよう都市になることを期待したい。

元安川

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広島では、例えば どこがそのような街になる候補になるでしょうか。
そこが語り合えれば面白いと思います。

投稿: 二河川 | 2013年6月13日 (木) 13時51分


二河川様

広島市内であれば、
まず挙げたいのが草津地区、次に湯来町ですね。
府中市の家具の町ももっと評価されていいと思います。

投稿: 元安川 | 2013年6月13日 (木) 16時46分

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旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

広島では、例えば どこがそのような街になる候補になるでしょうか。
そこが語り合えれば面白いと思います。

二河川様

広島市内であれば、
まず挙げたいのが草津地区、次に湯来町ですね。
府中市の家具の町ももっと評価されていいと思います。

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