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2013年4月 7日 (日)

アメとムチ

女子柔道に端を発した体罰問題で、私がふと思い出したのは、勉強に報奨金を付けるという制度で学力を上げたというアメリカの学校の報道でした。

日本でも小遣いを餌にして勉強させるという親はいます。しかしアメリカでは学校が生徒に対して、本を読んだり、宿題をしたり、成績を上げることに対して、お金を払うというのです。

いずれもムチとアメによるもので、教育というより動物の調教レベルとしか思えません。

私がテレビで見たのは成功事例でしたが、調べてみると失敗した学校も沢山ありました。

確かに、お金をもらって本を読んでいるうちに、読書の素晴らしさを知る子どももいるとは思います。

最初は強制されて行なっていたことでも、それを続けるうちに本当の意味や価値、意義を見出して、自発的に正しいことが行えるようになるかも知れません。私は、そうした全ての可能性を否定しようとは思いません。

ただ、人間として、互いの信頼関係にもとづいた教育ではなく、家畜のような方法しかとれない理由が、その子ども自身の抱える問題によるもなのか、あるいは環境の特殊性なのか、それとも教える側の力量不足なのか、十分に考えて意識する必要はあると思います。

アメとムチは教育でしょうか。

私には、体罰も報奨金も、人間としては決して堂々と使える手段ではないように思えます。

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アメリカの学校については、以前テレビで見ました。
本を一冊読むと1ドル?もらえるとか、一番になるとリムジンでの送迎まであるとか、それで学力が伸びたという肯定的な報道で、私もその時は「アメリカって凄い」としか思いませんでした。
でも改めて今日の記事を読んで考えさせられました。
確かに動物の調教と人間の教育は同じではない、同じであってはいけない、そう思います。

投稿: アコ | 2013年4月 7日 (日) 09時45分


学ぶ楽しさは、損得でなく、いかに興味を持たせるかだと思います。
型にはまった教育では、無理でしょう。
教科書でない、資料を先生が一生懸命につくってくれていた授業は興味深かったですね。
マニュアル教育でなく、教えることを本当に深く知っている人だからこそできる教育が必要ではないでしょうか。
授業中に、教えている事から関連していく、いわゆる「脱線」は、興味を持たせることができるでしょうし、それは教える人が深く学んでいる知識が必要ですからね。

投稿: やんじ | 2013年4月 7日 (日) 09時47分


女子柔道や大阪の高校で起きていたことを「体罰」というのは間違いです。
それらは単なる暴力で、教育でも指導でもありません。
既に十分なモチベーションを持って上を目指している選手や生徒に手をあげるのは教育者でも指導者でもなく、ただのアホかサディストです。

それより、あんなアホ指導者やバカ教師の起こした暴力事件を「体罰」として報道することで、遅刻した生徒を立たせることも、宿題を忘れた生徒を残して勉強させるようなことまで「体罰」として禁止されることの弊害は少なくありません。

それから適切な信賞必罰は必要です。特に公平であることが重要です。

投稿: 教師 | 2013年4月 7日 (日) 10時09分


アコさん
手段もですが、どういう人間を目指すのかゴールを考えることも重要だと思います。
311以降デタラメなことを言う東大教授が大勢いることを見ると、いくら学力や学歴が立派でもダメな人間が出来ることが良く分かります。

投稿: 工場長 | 2013年4月 8日 (月) 08時31分


やんじさん
その通りだと思います。
学ぶ楽しさ、考える喜びは、どんなご褒美より強力なインセンティブになりますが、下手なご褒美はその喜びを覚えるチャンスを遠ざけてしまいます。

ゆとり教育は、一律でない創意工夫した授業と、保護者や地域とも連携し、生きる力を付けるもので、土堂小学校など一部の学校では目覚ましい成果をあげましたが、残念ながら多くの学校では制度を活かすのに時間がかかり過ぎ、やっと目処が見えてきたところで方向転換となりました。
それでも詰め込み教育で育った大学生はパチンコや麻雀それにバイトに明け暮れていたのに比べ、ゆとり教育で育った大学生の方が遥かに真面目に勉強しているのですが・・・

投稿: 工場長 | 2013年4月 8日 (月) 08時34分


教師さん
「体罰」として報道されたものの多くが暴力だということについては、その通りだと思います。
また、懲罰ということはあって良いと思いますが、教師の気分ではなく、他の多くの国のように、誰にでもわかるように明確で具体的なルールによって行われるべきだと思います。

投稿: 工場長 | 2013年4月 8日 (月) 08時37分

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コメント

アメリカの学校については、以前テレビで見ました。
本を一冊読むと1ドル?もらえるとか、一番になるとリムジンでの送迎まであるとか、それで学力が伸びたという肯定的な報道で、私もその時は「アメリカって凄い」としか思いませんでした。
でも改めて今日の記事を読んで考えさせられました。
確かに動物の調教と人間の教育は同じではない、同じであってはいけない、そう思います。

学ぶ楽しさは、損得でなく、いかに興味を持たせるかだと思います。
型にはまった教育では、無理でしょう。
教科書でない、資料を先生が一生懸命につくってくれていた授業は興味深かったですね。
マニュアル教育でなく、教えることを本当に深く知っている人だからこそできる教育が必要ではないでしょうか。
授業中に、教えている事から関連していく、いわゆる「脱線」は、興味を持たせることができるでしょうし、それは教える人が深く学んでいる知識が必要ですからね。

女子柔道や大阪の高校で起きていたことを「体罰」というのは間違いです。
それらは単なる暴力で、教育でも指導でもありません。
既に十分なモチベーションを持って上を目指している選手や生徒に手をあげるのは教育者でも指導者でもなく、ただのアホかサディストです。

それより、あんなアホ指導者やバカ教師の起こした暴力事件を「体罰」として報道することで、遅刻した生徒を立たせることも、宿題を忘れた生徒を残して勉強させるようなことまで「体罰」として禁止されることの弊害は少なくありません。

それから適切な信賞必罰は必要です。特に公平であることが重要です。

アコさん
手段もですが、どういう人間を目指すのかゴールを考えることも重要だと思います。
311以降デタラメなことを言う東大教授が大勢いることを見ると、いくら学力や学歴が立派でもダメな人間が出来ることが良く分かります。

やんじさん
その通りだと思います。
学ぶ楽しさ、考える喜びは、どんなご褒美より強力なインセンティブになりますが、下手なご褒美はその喜びを覚えるチャンスを遠ざけてしまいます。

ゆとり教育は、一律でない創意工夫した授業と、保護者や地域とも連携し、生きる力を付けるもので、土堂小学校など一部の学校では目覚ましい成果をあげましたが、残念ながら多くの学校では制度を活かすのに時間がかかり過ぎ、やっと目処が見えてきたところで方向転換となりました。
それでも詰め込み教育で育った大学生はパチンコや麻雀それにバイトに明け暮れていたのに比べ、ゆとり教育で育った大学生の方が遥かに真面目に勉強しているのですが・・・

教師さん
「体罰」として報道されたものの多くが暴力だということについては、その通りだと思います。
また、懲罰ということはあって良いと思いますが、教師の気分ではなく、他の多くの国のように、誰にでもわかるように明確で具体的なルールによって行われるべきだと思います。

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