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2012年10月15日 (月)

100%安全なものはないが

原発やオスプレイの配備を容認する人の意見の中に「世の中に100%安全なものはない」というものがあります。

しかし99%と100%の間には、随分と大きな隔たりがあります。

人間の感覚では、99%というのは限りなく100%に近いものですが、技術的には決定的とも言えるほどの大きな差があります。

例えば、同じ電気精錬で作るアルミとシリコンですが、100円ショップでも売っているような鍋にするアルミニウムは99%で十分ですが、半導体に使うシリコンでは99.9999%という純度が必要です。そのための技術も費用もまるで違います。

マスクにしてもウィルス感染を防ぐために使うためには99%ウィルスカットではダメです。

宇宙ロケットの部品に必要とされる精度も99%の小数点の後に9がいくつも並びます。

原発で許容されている安全性も100%ではありませんが、大きな事故の許容される確率は100万年に一度とも言われています。「1億年に1回あるかないかくらい」という学者さえいました。

ところが、現実に今ある原発では、小さな事故は日常茶飯事で、大きな事故ですら僅か半世紀に3度も起こしていまう。これでは使い物にならない安全性です。

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100%は無理かも知れませんが、99%では使い物にならないものは沢山あります。

原発のように、大きな事故を起こした時に、膨大な被害を及ぼすようなものは、99%ではダメなのです。

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あの被害を見ると、私は原発に関しては100%安全なものが出来ない限り作ってはいけないと思います。

僅かでも危険があるということは、いつかはどこかで犠牲が出るということで、それは殆どの人が自己責任ではなく、どこかの誰かの犠牲の上に利益を得るということで、それはあってはならないと思うからです。

投稿: アコ | 2012年10月15日 (月) 08時14分


少なくとも今の技術(設計から建設、運用の全ての面で)では、日本で商業炉は百年早いのではないかと思いますね。

投稿: 灰猫 | 2012年10月15日 (月) 09時01分


99%と99.999999%は違う、
それでも100%ではない、
というのは、面白い指摘ですね。

投稿: 宇品灯台 | 2012年10月15日 (月) 12時52分


私は原発事故の被害は自己責任だと思います。
原発の建設に関して、地元は賛成し、莫大な補助金をもらい、分不相応な施設を沢山創リ潤っていたのではないでしょうか。
地震や津波の被害者とは違うと思います。

投稿: 親猫 | 2012年10月15日 (月) 13時30分


それいうなら歩道歩いて事故にあう確率のほうがよほど

投稿: | 2012年10月15日 (月) 16時41分


アコさん
確かにそうかも知れません。
リスクはメリットと比較して引き受けられるものですが、メリットが補助金などの支出による高い電気代では、どんなリスクも引き受けられませんね。

投稿: 工場長 | 2012年10月15日 (月) 16時59分


宇品灯台さん
確率というのは何かにかけるものですから、そのリスクが地球の生物の滅亡まで考えられる原発は、小数点以下の9の数は相当並ぶべきでしょうね。

少なくとも想定されていたような小さな確率=リスクでないことは、この半世紀で証明されました。

投稿: 工場長 | 2012年10月15日 (月) 17時04分


親猫さん
権威のある学者、政府、マスコミがこぞってウソをついていて、誰も正確な情報を得ないまま騙されていたわけですから、自己責任ではありません。

投稿: 工場長 | 2012年10月15日 (月) 17時07分


名前のない方
「それいうなら」の「それ」が何を指しているのか分かりませんが、毎年交通事故で亡くなる方は日本では5千人くらいで、1万人くらいは許容されてきたように思います。また放射線被ばくについても、その程度のリスクが設定されて計算されてきたようで、その程度のリスクは利便性と引換えに出来るというのが社会の合意なのでしょう。

ただ原発はそんな小さなリスクでないことが分かりましたし、そのリスクを引き受けるのがメリットを享受する人達でじはなく、特定の地域と何万年もに渡る子孫であることに大きな問題があります。

投稿: 工場長 | 2012年10月15日 (月) 17時15分


確率ほど曖昧なものはないと思ってます。どのようにもなりますから。
例えば、99%を年ですると、100年に1度、日なら100日に1度、
秒なら100秒に1度。つまり2分足らずの間に1度の事故があったとしても、秒なら99%。逆に、100年なら、100年に1度の事故は0%になってしまいますね。
交通死亡事故でも、車や二輪車の登録台数が約8000万台あり、交通死亡者が1万人なら、その事故率は0.012%になるので、安全率は99.98%ですね。
たったの0.012%のために、自動車にはシートベルトやエァーバックや車体の剛性や最近ではぶつかりそうになると車が止まるシステムまであります。
日本の原子炉の安全基準で建設された原発54炉のうち、今回の福島原発の事故で、致命的な大事故で4つの原子炉が破壊しました。
たとえストレステストをしようとも、同じ基準で作られた原発の安全性は、92.5%しかありません。いまある原発の安全性が、99%になるとはいえないと思います。これに中小の事故や島根原発のような故意による手抜き点検などを考慮すると、安全性は50%もなくなるのではないでしょうか。
もし、99%の安全性がある原発にしようとするなら、新たな安全基準で原発を建設するしかないのでは。
シートベルトやエァーバックのない車が沢山走っていては、死亡事故の件数は増えるのですから、安全性の向上はありえないでしょう。

投稿: やんじ | 2012年10月16日 (火) 05時56分


やんじさん
放射線の健康被害も確率的に起きるというのが厄介なところですね。

そのために、政府は「直ちに健康に影響はない」と言い、権威ある学者ですら「安全」だと言います。それは単に市街地を100キロで走っても、飲酒運転をしても「事故をしない人の方が多い」ということだけのことであり、全体としては事故は増える=人の命を奪うことになる、ということを隠しているものです。

原発の場合、100万年に一度の大事故を想定されていたと言われていますが、それが50基あれば2万年に1度ということになるものの、それが50年もたたないうちに起きたとすれば、日本の原発は今の400倍は安全なものにしなければ、想定内のリスクにもならないということになります。灰猫さんが書かれているように、日本で原発の商業炉を作るのは百年早かったのかも知れません。

投稿: 工場長 | 2012年10月17日 (水) 09時35分

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電力問題」カテゴリの記事

コメント

あの被害を見ると、私は原発に関しては100%安全なものが出来ない限り作ってはいけないと思います。

僅かでも危険があるということは、いつかはどこかで犠牲が出るということで、それは殆どの人が自己責任ではなく、どこかの誰かの犠牲の上に利益を得るということで、それはあってはならないと思うからです。

少なくとも今の技術(設計から建設、運用の全ての面で)では、日本で商業炉は百年早いのではないかと思いますね。

99%と99.999999%は違う、
それでも100%ではない、
というのは、面白い指摘ですね。

私は原発事故の被害は自己責任だと思います。
原発の建設に関して、地元は賛成し、莫大な補助金をもらい、分不相応な施設を沢山創リ潤っていたのではないでしょうか。
地震や津波の被害者とは違うと思います。

それいうなら歩道歩いて事故にあう確率のほうがよほど

アコさん
確かにそうかも知れません。
リスクはメリットと比較して引き受けられるものですが、メリットが補助金などの支出による高い電気代では、どんなリスクも引き受けられませんね。

灰猫さん
同感です。
日本のように地震と津波の頻発する国で使える原子力の技術は、まだまだ研究炉止まりのものでしかなかったようですし、使用済み核燃料の処分も出来ないうちから商業炉というのは無理だったと思います。

宇品灯台さん
確率というのは何かにかけるものですから、そのリスクが地球の生物の滅亡まで考えられる原発は、小数点以下の9の数は相当並ぶべきでしょうね。

少なくとも想定されていたような小さな確率=リスクでないことは、この半世紀で証明されました。

親猫さん
権威のある学者、政府、マスコミがこぞってウソをついていて、誰も正確な情報を得ないまま騙されていたわけですから、自己責任ではありません。

名前のない方
「それいうなら」の「それ」が何を指しているのか分かりませんが、毎年交通事故で亡くなる方は日本では5千人くらいで、1万人くらいは許容されてきたように思います。また放射線被ばくについても、その程度のリスクが設定されて計算されてきたようで、その程度のリスクは利便性と引換えに出来るというのが社会の合意なのでしょう。

ただ原発はそんな小さなリスクでないことが分かりましたし、そのリスクを引き受けるのがメリットを享受する人達でじはなく、特定の地域と何万年もに渡る子孫であることに大きな問題があります。

確率ほど曖昧なものはないと思ってます。どのようにもなりますから。
例えば、99%を年ですると、100年に1度、日なら100日に1度、
秒なら100秒に1度。つまり2分足らずの間に1度の事故があったとしても、秒なら99%。逆に、100年なら、100年に1度の事故は0%になってしまいますね。
交通死亡事故でも、車や二輪車の登録台数が約8000万台あり、交通死亡者が1万人なら、その事故率は0.012%になるので、安全率は99.98%ですね。
たったの0.012%のために、自動車にはシートベルトやエァーバックや車体の剛性や最近ではぶつかりそうになると車が止まるシステムまであります。
日本の原子炉の安全基準で建設された原発54炉のうち、今回の福島原発の事故で、致命的な大事故で4つの原子炉が破壊しました。
たとえストレステストをしようとも、同じ基準で作られた原発の安全性は、92.5%しかありません。いまある原発の安全性が、99%になるとはいえないと思います。これに中小の事故や島根原発のような故意による手抜き点検などを考慮すると、安全性は50%もなくなるのではないでしょうか。
もし、99%の安全性がある原発にしようとするなら、新たな安全基準で原発を建設するしかないのでは。
シートベルトやエァーバックのない車が沢山走っていては、死亡事故の件数は増えるのですから、安全性の向上はありえないでしょう。

やんじさん
放射線の健康被害も確率的に起きるというのが厄介なところですね。

そのために、政府は「直ちに健康に影響はない」と言い、権威ある学者ですら「安全」だと言います。それは単に市街地を100キロで走っても、飲酒運転をしても「事故をしない人の方が多い」ということだけのことであり、全体としては事故は増える=人の命を奪うことになる、ということを隠しているものです。

原発の場合、100万年に一度の大事故を想定されていたと言われていますが、それが50基あれば2万年に1度ということになるものの、それが50年もたたないうちに起きたとすれば、日本の原発は今の400倍は安全なものにしなければ、想定内のリスクにもならないということになります。灰猫さんが書かれているように、日本で原発の商業炉を作るのは百年早かったのかも知れません。

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