男女の機敏 情感豊かに
「霧にむせぶ夜」「夜明けの停車場」「みちのくひとり旅」などのヒット曲で、日本の歌謡史を飾った作詞家の丹古晴己さんが亡くなった。
その日の午前中、丹古さんの唯一のデュエット曲「みちのくしぐれ」がリメークされ、来月発売されることを伝えようと広島市佐伯区の自宅に何度電話しても応答がない。外出だと思った。
ところが午後になって、美代子夫人から緊急入院したという電話があり、友人の面村信行さん(歌謡講師)と駆けつけた。丹古さんは酸素マスクをつけた状態で、言葉を交わすことはできなかった。しばらくして病院を出た直後の訃報だった。あまりのショックにニ人とも絶句した。
葬儀は花輪がずらりと並び、いつも笑顔を絶やさず、温厚で、決して威張らない人柄に大勢の人が別れを惜しんだ。私もその一人。思い出をたくさんもらった丹古さんに心から感謝している。
「みちのくひとり旅」が大ヒットした山本譲二さんは「この楽曲がなかったら今の自分はない」とよく口にする。ことし野球殿堂入りした津田恒美投手のために丹古さんが作詞した「星空の鎮魂歌(レクイエム)」を、山本さんは歌うだけでなく、作曲も手がけた。
丹古さんは酒をたしなまず、釣りは名人の腕前だった。阿蘇へ旅行し、山あいの駅で、「夜明けの停車場」はその寂しい駅での別れをイメージして作詞したこと。岩国で暮らしていた時期があり、「霧にむせぶ夜」は錦帯橋にかかった霧をモチーフにしたこと。
「みちのくひとり旅」はレコード会社の関係で丹古晴己ではなく、市場肇の名前で発表された。私は無類の競馬ファンだった丹古さんが馬場をイメージして付けたと思ったが、実は当時の五日市町長達の名前をくっつけていたこと… 。
地元歌手に提供した歌詞も多い。男女の機微これほど情感豊かに表現できる人はなかなかいないだろう。広島歌謡界にとっても大きな損失だ。7月、暑中見舞いの電話をした際の「涼しくなったら会いたいですね」と言う優しい言葉は今でも耳に残る。近いうち「しのぶ会」を開いて、丹古さんの歌を多くの人に歌ってもらいたい、思い出を語り合いたい。
上村和博
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