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2011年12月 9日 (金)

大崎下島御手洗の重要伝統的建築群地区

大崎下島の御手洗は国指定の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
通称、「伝建地区」といわれている。
平成19年現在で、伝建地区は全国に79ヶ所あるようだが、広島には竹原とここの2ヶ所だけだ。
そのくらい価値のある地区だ。

朝9時ちょっとすぎ、広島市内の家を出て、大崎下島御手洗地区に向かった。
安芸大橋、豊島大橋をわたり、海沿いの道を走り、2時間ちょっとで着いた。
瀬戸の海は美しい。
亡くなった兄がリタイアしたら、瀬戸の島で住みたいといっていたのが思い出される。
途中、みかん農家の庭先で、みかんを買って、車の中で食べた。
とりたてはのみかんは美味い。
島の産業はみかんだったのだろう、急な斜面もすべてみかん畑になっている。

御手洗地区は江戸時代には北前船の拠点として栄えた。
朝鮮通信史の拠点でもあったようだ。

その頃の木造建物が沢山残されている。
白い漆喰の建物もある。
洋館もある。
街は美しい。

街の中の道は、車がやっと1台通れる程の広さしかない。
海に向かう路地は、幅半間、90cmほどで、人がすれ違うのにやっとというほどの広さだ。
港町特有の街の造りだ。

江戸、明治、昭和のそれぞれの時代の建物が残されている。
町の歴史を感じる。

胡子神社、住吉神社、大東寺、天満宮とう街の規模に比べて、随分と多くの寺社がある。

海に面しての船宿だったという木造の建物の2階の座敷で、海を見ながらコーヒーを飲んだ。

白い漆喰の外壁の立派な建物は若胡子屋跡だ。
若胡子屋は遊女を百人以上抱えていたという。
表の建物部分は復元されたのだろうか、内部はまだ大きさだけがわかる感じだが、びっくりするほど小さい。
ちょっと大きな邸宅といったほどの大きさだ。
ここに遊女が百人以上住んでいたとはとても思えない。

Image002

伊能忠敬はここ御手洗を拠点にして、瀬戸内の島々、尾道周辺まで測量調査をしたという。
金子邸では、幕末には、薩長が密談し、御手洗条約を結んだという。

松浦時計店は日本で最古の時計店だという。

元映画館だったという乙女座は洋館だ。
客席は畳だ。

この地区は、平成6年、国の重要伝統的建造物群保存地区似指定され、
補助金が7割支給されたこともあってだろう、殆ど建物は、綺麗に整備されている。

個人負担は3割だというが、それでも、結構大変だったろうと思う。
住民の人たちの心意気を感ずる。
数百軒の街に数千人が住んでいたのだ。
相当ににぎやかだったことが伺える。

今では住民は数百人程度しか住んでいないという。
小学校は複式教室だという。

資料館に残されている写真をみると小学校の卒業式だろうか、沢山の先生父兄と子供たちが写っている。
相当に栄えていたことが解る。

これだけ歴史がある地域だ。

東京に近ければ、観光客であふれているだろうが、殆ど人通りもない。
時々、どこからきたのだろうか、中年の観光客と行きかう程度だ。
勿体ない。

大崎下島御手洗地区は、瀬戸内海文化の拠点だったという歴史的価値もある。
整備を進め、大々的にPRする価値はある。
湯崎知事のいう瀬戸内1兆円構想の重要な1大拠点施設となるのではないだろうか。
期待したい。


元安川


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コメント

先月末同級生9人で島を訪れました。行きは竹原で町並み保存地区を見学、船で大崎上島へ、清風荘泊。翌日フェリーで下島へ渡り、御手洗の町並み見学。帰りは島伝いで、楽しい旅でした。

私の住む三次市布野町にも200年前に伊能忠敬がやって来て測量しています。その時泊まって食べた食事の食材が記録として残っています。ただ、この地を通っている出雲街道は交通の要路だったためか、文化の流入も出ていくのも激しく昔の町並みなどは全く残っていません。

4日の日曜日に、伺いました。
東京、愛知のお友達ご案内しました。
私は、2回目ですが、あと、数回は行こうと思います。
若胡子屋の鉄漿事件とか帰って調べました。
幼い子の写真もあり、胸が痛みました。
船宿のカフェで、レモン善哉も頂きました。

少し、道を逸れて岡村港に行きますと、
素晴らしく美味しいサザエが、300円であります。

纏まりのない話しで、スミマセン・・・

なんでも辛口様

御手洗地区が栄えたのは船の時代です。
御手洗は船で行くほうが実感があるでしょうね。
次は船で行きたいと思います。

三次布野町は出雲街道の交通の要路だったとのこと、
相当に立派な建物があったろうと思いますが、もう残っていないとは残念ですね。

素朴な島々で、なんかほっとするところです。
もう少し足を伸ばせば、愛媛県までいけますからね。
ネックは橋の料金ですね。こんど少し値下がりするとか。
私もできるなら住んでみたい場所です。
同じ場所を見ていても、時間が流れるように、海の色や表情が変わっていく、
瀬戸の美しさの一つです。

ナナママ様

鉄漿事件、悲しい話ですね。
そうした話が、本当はもっともっと沢山あるんでしょうね。

岡村港、
次回はいってみようと思います。

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