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2011年6月

2011年6月29日 (水)

コンビニの冷やし中華

お昼時のコンビニは弁当を買う人で混む。
コンビニに並べられているおにぎりも弁当もサンドイッチも、コンビニのノウハウの塊だ。

私の今日の昼食は、冷やし中華「直火炙り焼き豚たっぷり」。

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プラスチックケースの1番下に、中華そば、
ビニール紙を挟んで、ビニール袋に入ったスープ、
その上の中蓋のくぼみの中に、焼き豚、ネギ、ショウガ、キュウリ、ゆで卵、からしが乗っている。
ちょっと豪勢だ?
昔流にいえば3段重ねのお重ということになる。

冷やし中華を、テイクアウト出来るようにしたなんて、とんでもない発明をしたもんだ。

昔サンドイッチが日本に入ってきた頃、こんなことはパンだからできることで、そばや、ご飯では出来ないだろうと思っていた。

それがいまや、ほとんど何でもテイクアウトできるようになった。

その上、安いし、美味い。

ローソンのこの冷やし中華「直火炙り焼き豚たっぷり」は、450円だ。
中華レストランの半額程度だ。

カップラーメンがいまや世界中で売られ、毎日数億食売れているようだが、
これも日本人の発明した文化だろう。

冷やし中華のテイクアウトなんて、他の国ではありえない。
もう韓国、中国ではある???

これから夏に向かう。
私はすっかり「冷やし中華」のフアンになってしまった。


元安川

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2011年6月27日 (月)

バーバラ・レイノルズさんの碑の除幕式

6月12日、日曜日、雨のふる平和公園で、バーバラ・レイノルズさんの碑の除幕式があった。
私自身は、バーバラ・レイノルズさんがどんな人か全く知らなかったが、友人から誘われて、出席した。
アメリカから、レイノルズさんの娘、親族の方来られ、出席されていた。
娘さんは大変上手な日本語で挨拶された。
レイノルズさんの日本への思いを感じた。

碑には、墨で大きく「私もまた被爆者です」と書かれている。
通常、石の碑には文字が刻まれるか、スティールの板に文字が浮き出すように嵌め込まれるが、
この碑は、嵌め込まれた白いセラミックの板に、筆で直接書かかれたかのように、文字が書かれている。
なかなかオシャレな、いい碑だ。

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バーバラさんは、被爆者ではない。
原爆を落とした側のアメリカ人でありながら、被爆者の苦しみに寄り添い、核廃絶を訴え続けるという運動を続けてきた人のようだ。

「1951年、原爆被害に遭った子どもの調査のために米国から派遣された夫とともに広島に来た。
被爆者が平和を願う姿に共感して核兵器廃絶を訴え、ヨットで核実験場に乗り込んで抗議するなどの活動を行った。
65年に平和活動の拠点として広島にワールドフレンドシップセンターを設立。
75年には広島市特別名誉市民に選ばれた」
という。

前の市長、秋葉氏はバーバラ・レイノルズさんと共に行動してきたという経緯もあるようだ。
氏の挨拶はそれだけに、気持ちが籠っていた。

こうした様々の人たちの献身的な活動があって、初めて大きな核廃絶の流れが出来て来ていることを改めて感ずる。
同時に、そうした人たちの活動がありながら、まだ今回のような原子力発電所の事故を起こしてしまうような状況をみると、残念であり、また悲しくもある。

この日の出席者は100人もいなかった。
核廃絶を実現するためにも、もっともっと沢山の人に出席して欲しい式だった。


元安川

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2011年6月25日 (土)

靴底の修理―「くつの病院」

先日、通勤用の黒の靴のかかとが、大分すり減ったので、金座街にある「くつの病院」で修理した。
かかとだけだったので、1,980円だった。

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出来上がりを待っている間、修理した靴を取りに来た人が何人もいた。
中には、15,000円位も払っていた人がいた。
新品の靴が買えてしまうほどの額ではないか。
靴底を全面的に張り替えていたが、それにしていい額だ。
履きなれた靴への拘りがあるのだろう。

昔は靴の修理というと、なんとなく貧乏たらしく感じたもんだが、
こんな時代になると、修繕して使うということの方が新しく買うというより、その人の品格を感じるから可笑しい。

しかしだからといって、お店が儲かるということでは必ずしもないようだ。
最近の靴は、特にスニーカーがそうだが、靴底から上まで、全て一体になっていて、底がすり減ったからと言って、修理ができるようにはなっていない。
もう捨てるしかないというように出来ている。
ということもあって、修理しようという人が減っていたが、また最近増えてきたと、お店の人はいっていた。

いいことだ。

そういえば、先日は擦り切れたスーツの袖も直した。
数か月前には、椅子も直した。
新品の半額近かったが、使いなれた家具の方がいい。
どこか安心感もある。

靴、スーツ、家具等に限らずなんでも修理して使う時代になったようだ。

「もったいない」
いい言葉だ。


元安川

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2011年6月23日 (木)

脱原発解散


「菅総理がいつ辞めるのか」で国会は、まさに混乱状態だ。
6月22日の朝日新聞は「国会70日延長で合意 首相と岡田氏 再生エネルギー法案念頭」
とある。
産経新聞は「首相、国会延長50日拒否 退陣時期の明確化難色」
と書かれている。

民主党の幹部は、菅さんを辞めさせたいと思っているが、その菅さんは辞めないという。

菅首相自身は、
「諦めないのが、自分のキーワード」だともいっている。
まあしぶとい人だ。

一般国民はうんざりしているが、国会議員の先生方はそんなことはお構いなしだ。

菅総理は、市川房江さんの選挙運動を支援する市民運動家であったことに、原点があるが、今に至るも、彼がどのような政策を実現しようとしているのかは、実はよく見えない。
かなり政局を乗り切るのに巧みな人物であることは確かなようだ。

日本人はとかく「そんな奴は駄目だ」と否定しがちだが、それならそれで、使いようはある。
第一、菅さんが辞めたからと言って、何かがよくなるとはとても思えない。

「〇とハサミは使いよう」というではないか。

菅さんは「国民の望むモノは何か」をきちんと見極め、行動すればいい。
国民は自分たちの望みをはっきり表現すればいい。

自民党も民主党もそれに財界も、脱原発については大反対のようだ。
しかし、街でアンケートをとれば、その殆どは「脱原発に賛成」だ。
一般国民の意識と、国会議員の間に、大きな意識の差がある。
こんな大きな差があるのは、大変珍しいことだ。

脱原発に反対する理由はそれなりにあることは、よく理解できる。
国民だって、これだけ朝から晩まで原発のニュースを聞かされれば、
原発を廃止したらどんなことになるかは、相当にわかってきている。

原発の発電量に占める割合が8割をこえるというあのフランスは、最近の世論調査では、77%が原発即時廃止か段階的廃止だったという。

しかし、国会の中でいくら議論していても、脱原発という結論になりそうにない。
それならここで、菅首相は脱原発を掲げて解散すればいい。

いまなら、被災地の人たちも解散の意味を理解してくれるだろう。

今なら菅さんは勝てる。
勝てば、あとは一気加勢に脱原発に進めばいい。

破れれば、菅さんが好きだというあの奇兵隊になれる。

まあいずれにしろ、脱原発を掲げて衆議院を解散すれば、歴史に残る政治家になれることは確かだ。

「頑張ろう 日本」
「頑張ろう 菅さん」??


元安川

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2011年6月21日 (火)

袋町公園がハイボールガーデンになった!

今年も、「とうかさん」のお祭りが、6月最初の週末、2,3,4日の3日間開かれた。
今年の人出は45万人だという。
すっかり広島の初夏の風物詩として定着した

梅雨入りはしていたが、3日間とも天気には恵まれた。
過去11年間、「とうかさん」の開かれた33日間に雨に降られたのはたったの4日間だという統計もあるという。

とうかんの期間中「ゆかたで、きんさいまつり」も開かれた。
上手い仕掛けだといつも感心している。

浴衣姿の女性も皆楽しそうだ。
コスプレの影響だろうか、
その浴衣姿も超ミニであったり、片肌脱いでいたり、大きな花を髪にさしていたりと、かなり自由にアレンジしている。
街を歩くのもが楽しい。

とうかさんのお祭り期間中は、円隆寺稲荷大明神のある中央通りがメイン会場だが、いつもだと控えの場所になっている袋町公園が、今年はサントリーの出店するハイボールガーデンが設けられ、すっかりメイン会場の一部になった。

一段高くなったステージでは、AKB48の広島版といえるような女子高校生のようなユニホームをきた女の子10人ほどが踊りながら歌を歌い、その前では、若い男性が掛け声をかけていた。
掛け声もきちんと皆あっている。
これはこれで、見ていて楽しい。

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観客席はサントリーが、ビアガーデンならぬ、ハイボールガーデンを設けていた。
最近、ウイスキーのトリスの復刻版をベースに、炭酸で割って飲むハイボールが若者の間ではやっているようだ。
ウイスキーに炭酸に氷が入っていれば、涼しそうに感ずる。
夏はビアガーデンというのが普通だが、ハイボールガーデンとは上手いこと、考えたもんだ。

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私も1杯買って、白いプラスチックの椅子に座って飲んだ。
350円だ。
昔飲んだハイボールの方が、もっと美味かったように思うが、それだけ口が贅沢になっているということだろう。

街のお祭りも、毎年少しずつではあるが、何か新しい要素を加えて行く。
素晴らしいことだ。
それが街の歴史を作っていくのだ。


元安川

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2011年6月19日 (日)

Uさんの思い出

東洋大学教授のUさんが急逝した。

Uさんは、先生と呼ばれるのを嫌い、常々「僕は、Uさんでいいよ」といっていた。
だから、ここでも「Uさん」と呼ぶことにする。

それは本当に急なことだった。
友人から「1月26日、Uさんが急性心筋梗塞で亡くなりました」と電話があった。
本当にびっくりした。
ついこの間まで、一緒に酒を飲み、議論していたのに。
Uさんは中学の1年先輩で、妹さんは1年後輩だ。
大学は別々だったが、研究分野が近いこともあって、顔を合わせることはなくとも、お互いにどんな研究をしているか、よく知っていた。
1960年代にあっては、まだまだ学会に発表される論文数は極めて少なかった。

1970年代中ごろだったと思うが、大学の先生になっていたUさんが、「Sグループで開発した大泉学園、国立学園等の住宅地開発の資料を見せて欲しい」と私を訪尋ねてこられたことがある。
他ならぬUさんの頼みだということで、社内に残る資料をあちこち探したが、全く資料らしきものは残っていなかった。

民間企業とはそんなもんだ。
収益に直接結びつかない資料は、残しておいても邪魔だと、プロジェクトが終われば、即刻捨ててしまうというのが常だ。

その後Uさんから、S社で大学の卒業生を雇って欲しいというお話をいただき、数人の卒業生を採用したこともある。

私は会社に勤務する傍ら、某大学で講義をしていたこともあり、東洋大学でも講義をして欲しいと頼まれ、半期の講義を、8年間ほどしたこともある。

その後、私が広島に移り住んでからは、市の主催するコンペの審査委員をUさんにお願いしたこともある。

ある街のまちつくり計画で、私の娘がUさんにお世話になったこともある。

人と人との出会いは、随分と色々な形であるんだなーと改めて感じたこともある。

白髪をなびかせ、ふくよかな笑顔が似会うUさんは、正義感にあふれた人だった。
全共闘の闘士だったということを全く感じさせない、穏やかな人でもあった。

「学位論文としてまとめた研究を本にしました」と、分厚い本をいただいた時には、その凄まじいエネルギーに圧倒されたこともある。

2人でゆっくり酒を飲むと、なんとも楽しい人だった。
「こんな人に、私もなりたい」と感じさせるのがUさんだった。

そんなUさんはもういない。

寂しい。

さようなら、Uさん。


元安川

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2011年6月17日 (金)

ネット時代の大学

アメリカハーバード大学のサンデル教授の授業「JUSTICE( 正義)」がNHK・TVでも放映され、大変な人気を博している。
日本の大学と提携して、ネットを使っての授業もされている。

私の知人の大学教授は、こうした状況をみて、
「これからは、こうしたネットでの授業がどんどんされるようになる。
そうなったら、いわゆる大学はいらなくなる」
といっていた。
そうなれば、教授も、大量に失業せざるをえなくなる。
大変だ。

そうでなくとも、少子高齢化時代を迎え、学生数が減少し、定員を確保出来ない大学が増え、倒産する大学もでてきている。

そこに、今度はネットで授業を受ければ、大学になんか行かなくてもいいということになれば、大学の経営はますます厳しくなっている。

近頃の若者は、ニュースはネットをみればいいと、新聞をとらなくなっている。
You Tubeのほうが面白いとTVすら見なくなっている。
韓国等のネット先進国では、新聞社はどんどん潰れている。
アメリカでは既存のTV局の経営は極めて厳しくなっている。

それと同様の現象が、大学でも起こるだろうというわけだ。

でも、
私のように一応大学は出ているが、大学の授業など殆ど出たことがない者からみると、大学の講義がネットで配信されるようになるからといって、大学がいらなくなるとはとても思えない。

東京の某有名私大なんぞは、学生1流、校舎2流、教授3流といわれ、そもそも学生は大学の授業をばかにして、真面目に聞いている学生はいないと以前からいわれていた。

教授は、講義中に寝ている学生がいると「こいつ、俺をバカにしているのではないか」と不安になるといっていた。

それでも大学が何の役にたったかといわれ、改めて考えてみると、
沢山の友達と知り合い、世の中にはこんな変な奴もいるんだ、こんなことを考える奴もいるんだと知ったこと、
そしてそんな友人から沢山の刺激を受けたことだったように思う。

教室では、まったく見たこともない奴が、凄い国際的な賞をとったりもしていた。
千夜一夜物語をアラビア語で読んだという奴もいた。
ネットに関しては教授が足元にも及ばない知識と技術を持った奴もいた。

自分の作った作品と、他の学生の作品を比べて、何で俺のが評価されないんだと怒り狂ったこともある。
自分の才能のなさにガックリしたこともある。

酒を飲んでいるんだか、議論しているんだか、ナンパしているんだかわからないような日々に明け暮れ、いつのまにか卒業してしまったというのが学生時代だった。
でもそこには感動があり、悩みがあり、沢山の刺激があった。

大学とはそもそもそんな空気のような存在だといえる。
いわば場だ。

今の大学はさらに状況が進み、
授業に出席し、講義を聞き、知識を覚えるだけの場ではなくなっていることは確かだ。

サンデル教授の授業の人気があるのは、サンデル教授が正義とは何かについての自分の理論を学生に教え授けるのでなく、学生に考えさせ、発表させ、議論させる場を創りだし、教授自身はその場の演出家のような役割をしていることにあるのではないだろうか。

ハーバード大学は図書館の中に大学があるようだったし、MITはコンピューターの中に大学があるようだった。
ネット時代になり、いまではパソコン1台持っていれば、ハーバードの図書館の知識とMITのコンピューター世界を越える環境をだれでもが手にすることが出来るようになった。
それは見方を変えれば、知識と技術は、特定の大学の中に閉鎖的に閉じ込めておくことは完全に不可能になったというkとでもある。

日本の知識、技術の水準が、欧米に遥かに遅れていたときは、教授の仕事も知識を教え授けていればよかった。
しかしもうそうゆうわけにはいかなくなった。
学生のレポートがネット情報をコピー、ペーストで簡単に作成できるようになったことにもそれは伺える。

企業の求める人材も変わった。
単に豊富な知識をもっている人材ではなく、自ら課題を見付け、解決する人材を求めるようになった。

民間企業での実務経験のある教授は、随分と以前から、
「身の周りのおかしな点を指摘させ、それをいかにしたら解決できるか、そしてその効果はどのようなものか」
という演習を、授業の中で課していた。
学生にとっては、講義よりはるかにおもしろいと評判だったといっていた。

大学は「学の独立」ということもいってきた。
東日本大震災と福島原発の事故が起こってみると、大学がそれに対して、何を、どう発言するかも問われるようになった。

近頃産官学ということも持て囃されている。
大学には確かに眠れる知識、技術が膨大にある。
それをもっと活用すべきだということが背景にあるが、それも学の独立ということがあって、初めて意味をもってくることのように思う。
そして大学には膨大な資産がある。
キャンパス、校舎だけでなく、図書館、博物館的資料も膨大に抱えている。
そうした資産をどうやって市民に開放するかも問題だろう。

こうした状況をみると。
大学は、単に知識を教え、授ける場であるということでは、もう価値がなくなったと言わざるを得ない。
そんなことをしていては生き残れなくなったのだ。

ということでは、大学も教授もその存在価値は、きちんと授業をすることにあるのでなく、いかに学生をより創造的にさせることができるのかということにシフトしているようだ。

学生1流、校舎2流、教授3流という表現も、ネット時代になってみると、なかなか含蓄のある言葉のように見えて来る。

ネット時代になって、大学も、そして教授も、そのあるべき姿が大きく変化していることを認識し、大きく自己変革をしていく必要があるようだ。


元安川

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2011年6月15日 (水)

EVの電気代はゼロ?

友人のM氏は自身の書かれているMIXIの中で
「電気自動車の燃費は、一般的には1キロ1円とか2円と言われていますが、実は日本ではゼロ円なのです。

まだ少ないですが、一部のコンビニやスーパーなどには電気自動車用の充電設備(充電スタンド)を持つところがあります。
しかし、日本の現行法では個人や民間の店舗などが電気を転売することは出来ません。
ですから、充電スタンドは無料にするしかないのです。

要するに、日本人には電気を買う自由も、電気を売る自由もありません。

我が家は太陽光発電で余った電気をご近所に売ることも出来ませんし、夜間など電力が不足する時も近所の工場や家庭の燃料電池から電気を買うことは出来ません。
売るのも買うのも決められていて、こちらが選ぶことは出来ません。

余っている電力を捨てて「電気が足りない」と言うのは納得できないことです」
と書いている。
M氏らしく、表現は極めてやわらかいが、内容はきつい。


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コンビニで、EV用の給電装置が設置されているのは知っていたが、そのコンビニでは電気代を利用者からもらえないというのは知らなかった。
給電装置にメーターが付いていて、使用電気量に応じて、電気代を払うようになっているのだと思っていたが、そうではないようだ。
発電が自由化されたとき、売電もセットになって自由化されたと思っていたが、それもちょっと違うようだ。

どうせ売れるようにするなら、
コンビニに限らず、スーパー、デパート、家電量販店でも、
全ての小売店で、電気を売れるようにしたらいい。
売電の自由化とはそういうことだろう。

そうなれば、ポイントが付いたり、CMがついたりするようになるだろうし、店によっては、中電から買うより、安く電気が買えるなんてこともあるかもしれない。

小売業にとっては新たな商品になるだけでなく、新たな集客装置になるかもしれない。
そして、プラグインハイブリッドカー、EV、スマートシティー構想も一気に進展することも期待できる。

売電の自由化については、
市民も、小売りに関係している企業のすべてが、今こそ、力を合わせて声を挙げるべき時ではないだろうか。

そんなことをしたら、電気の安定供給が確保できなくなるというのが、電力会社の言い分だろうが、電力会社のいうことがいかに信用できないか、今度の福島原発の事故でばれてしまった。

たった4基の原発が壊れたことで、東電管内の電気が一気に不足するという事態が起こった。
巨大化した電力システムを見直すいいチャンスだ。


元安川

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2011年6月13日 (月)

雨傘のビニール袋自動装着機

5月26日、梅雨入りした。
今年の梅雨入りは例年より12日、昨年より18日早いという。
5月中の梅雨入りは随分と珍しいという。
今年は、梅雨入りと一緒に台風2号が近づいたこともあって、連日強い雨が降っていた。

雨の日には、コンビニ等お店に入る時、さしていた傘を店の前に置かれた傘立てに入れて店の中に入るのが普通だ。
しかし店の中にいる間中、自分の傘なくなっていないか心配になるし、出る時も他人の傘と自分の傘を間違えていないか心配になる。

今はコンビニでもビニールの傘を300円で買える。
歩いている途中で雨が降ってきたら、コンビニに飛び込んで買えばいい。
そうして買った傘が、自宅の傘立てには数十本ある。
だから、その日に持ってでた傘が、どんな傘だったかちゃんと覚えていないことがある。
自分の傘を他人に持っていかれる前に、自分の傘がどれかきちんと判別する方が問題だともいえる。

デパート、カフェ等では、店の前にビニール袋のセットが置かれ、そこからビニール袋を1枚取って、濡れた傘を入れ、店内に入るケースが多い。
結構、これは面倒だ。
ビニール袋を一度に数枚取ってしまうこともある。
元に戻すわけにもいかないから、ゴミ箱に捨てることになる。
勿体ない。

穴の中に傘を突っ込めば、自動的にビニール袋を装着してくれるという器械を置いているお店を時々見かける。
これは、なかなか具合がいい。
荷物を持っている時に、ビニール袋の装着を片手でできるのもいい。


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ネットで調べてみると、なんとこのメーカーは広島県福山市にあるタムラ産業という会社のようだ。
商品名はPAO-PAO。
1回に、ビニール袋1,000枚程度セット出来るようだ。
装置の価格は5~20万円位、ビニール袋は1枚2円位のようだ。

この装置を置いていての、コストパーフォマンスがどうかは知らない。
殆どのお店には置いていないことをみると、お客へのサービスとしては厳しいもんがあるということだろう。
でも使う側としてはまことに具合がいい。
お客からすれば、傘がなくなるという心配をしなくてもいいだけに、お店に入ってからも、気分よく過ごせるのもいい。

しかし、1度使用したビニール袋はその都度捨ててしまうというのは、ちょっと勿体ない。

最近ではあまり見かけなくなったが、ビニール袋を何度も使えるようにということで、かなり分厚いビニール袋が使われたことがあるが、あまり流行らなかった。
今でも幼稚園や小学校では使ってはいるようだが。

そんなことを色々調べていたら、ケースの中に傘を突っ込むと1分とかからず、水を拭き取ってくれるという装置が開発され、販売されているようだ。

この方が資源を無駄にしないというエコの時代の理念には適っている。
この装置はまだ広島ではみたことがない。
使いやすさはどうか、傘を傷めないかどうか、価格はどうか等色々チェックすべき点は色々ありそうだ。

濡れた傘をどうするかについては、まだまだ開発の余地はありそうだ。


元安川

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2011年6月11日 (土)

電動3輪自転車

袋町公園の近くで、電動3輪自転車を見かけた。
なかなかスマートで、恰好いい。
美しい女性が乗っていれば、さらに恰好よく見える?


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ネットで調べてみると、価格は20万円近い。
結構な値段だ。
ママチャリなら1万円でそこそこのが買えてしまうから、かなり高い。
ちっちゃなバイクが買える値段だ。
しかしバイクに比べたらたら、はるかにスマートではある。

3輪車は、2輪より安定していることは確かだ。
これなら身障者だって、乗れるだろう。
これからの高齢化社会には相応しい乗り物だ。

1回の充電で40~50KM位走れるようだから、街中を走るには充分だ。
今はまだ電池が高いが、それだってすぐ数万円に下がるだろう。
そうなれば、私も買いたい?

自転車時代になって、随分と多様な自転車が作られるようになった。
街を歩く楽しみも、これでまた一つ増えた。


元安川

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2011年6月 9日 (木)

広島市の修学旅行生が増えている ―広島の価値

広島市を訪ねる修学旅行生が、最近やけに増えているように感ずる。

平和公園の中には、もうスペースがないのだろうか、
近頃、サンルートホテル前の木立の下、ANAホテルの前の広場に、高校生の修学旅行生が、集合しているのをよく見かける。


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東日本大震災と福島原発の事故があったがために、修学旅行の行き先が東京、東北に行くのが難しくなったとのことで、旅行先を変更せざるをえなくなっているようだ。
それなら、今時代のテーマである被爆について勉強するのには、広島が適当ではないかということのようだ。

理由はどうあれ、広島に来て、平和、核について勉強することはいいことだ。

しっかり、学んで帰って欲しい。

あるホテルでは、
「今年の修学旅行生は昨年の同月比で、3割くらい増えているが、外国人旅行客はゼロに近い。
宿泊客はトータルとして減っている」
といっていた。

原発の風評被害は、観光部門にも大きく影を落としている。
早急になんとかして欲しいが、解決するまでには、ちょっと時間がかかりそうだ。

日本の景気もおかしくなっている。
日本の景気がよくならないと、広島の景気もよくならないのだろうか。

しかし、今広島の存在価値が、改めて評価されていることは確かだ。

時代は、広島がその意味をしっかり世界に向かって、発信していくことを求めている。

広島市はどうやってそれに応えていけばいいのかが、今問われている。
頑張ってほしい。


元安川

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2011年6月 7日 (火)

もったいない ―クリーニング店のハンガー

ワイシャツ、スーツ等なんだかんだといって、クリーニングに出す洋服は多い。
すると必ず、プラスティック製のハンガーや針金にコーティングしたハンガーが付いて返ってくる。
ハンガーはクリーニングしたワイシャツをロッカーに吊るすには、絶対に必要だが、ロッカーから取り出して、ワイシャツを取った後は、全く不要になる。
そんな不要になったハンガーは平均すれば毎日1個は出て来る。
あっという間に凄い量が溜まってしまう。

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そんなハンガーも以前は、クリーニング店が1個1円で引き取ってくれたが、今は引き取ってくれなくなった。
再利用するための手間暇を考えたら、捨てたほうが安いということだろう。
確かに誰が使ったか、どんな風に使われたか判らないハンガーを再利用するというのは、お客様に対して、責任が持てないということは、あるだろう。

捨てることを前提に作られているからだろう、デザインも恰好いいとは言えない。

しかし勿体ないよなー・・・

ハンガー代を有料にしてもいいから、恰好いいデザインのものを、何度でも使えるようにできないもんだろうか。

食料品スーパーでは、ビニール袋を有料にしたことで、誰もがマイバッグを持つようになった。
別にだからといって、それほど不便ではない。

クリーニング店もビニール袋を有料にして以来、私もクリーニング店専用のマイバッグを買った。
価格は1,000円だったから、5円のビニール袋に換算すると200回分になる。
約3年半程度使わなければ、元が取れないということになる。
原価計算するとそれほど得ではない。

こうした原価計算から、ハンガーをどうするかという捉え方も必要だろうが、一度使ったら、捨ててしまうというのは、どうもおかしい。

何度か使えるハンガー、そしてシャレたデザインのハンガーを考えて欲しい。
そのためなら、それなりの費用を別途払っても客は納得してくれるだろう。

クリーニング店が、広島市内のデザインを専攻する若者を対象にデザインコンペをしてデザインを決めれば、話題にだってなる。
そうなれば、そのクリーニング店の評価だって上がり、売り上げも伸びる可能性だってある。

中にはAKB48の写真入りのハンガーがあってもいいだろうし、
スポンサーのロゴ入りのハンガーがあってもいい。

いろいろやり方はありそうだ。
なにか考えられそうだ。


元安川

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2011年6月 5日 (日)

節電中

福島原発の事故があって以降、夏の電力不足に対して、
政府は、7月から9月までの間、原則15%節電するよう呼びかけている。
東電管内で、なおかつ大口利用者が対象のようだが、わざと違反した場合には100万円以下の罰金を科すとまでいっている。
事の深刻さを改めて感じる。

羽田空港に降り立つと、廊下の照明は以前と比べ、随分と暗くなっているし、電照広告は消えている。
だからといって、歩いていて、危険だということはないし、広告が良く見えないからといって、困ることもない。

地下鉄のエスカレーターも止まっている。
上りと下りのエスカレーターがあるところは、下りのエスカレーターを停めているが、1本しかないエスカレーターも止めているところもある。

以前は、止まったエスカレーターに、「節電中」と書かれた断りの紙が貼られていたが、今は止まっているのが当たり前であるかのように、進入禁止のテープ、ロープが張られただけになっている。
それでも誰も文句はいわないようだ。

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自販機の照明も無くなっている。
でもお金をいれれば、買うことはできる。
商品が良く見えないからといって、困ることはない。

日本は欧米に比べ、室内は極端に明るいといわれている。
たしかに日本のデパートは欧米のデパートに比べてはるかに明るい。
ホテルにしても明るい。
欧米では、ちょっと薄暗いホテルのほうが高級だとすらいわれているようだ。

その最たるのが、ドラッグストアのマツモトキヨシだろう。
店内が明るければ明るいほど、購買意欲が増すという理論があるようだ。

鉄道会社にしても、お店にしても、今までなら、照度を落としたり、エスカレーターを停めたりすれば、お客の顰蹙を買うだけでなく、売り上げを落とす結果になったのだろうが、今回は違う。
そんなことをやっても、節電中ですと、誰もがわかってくれるから、気兼ねなく停めている。

こうした試みは、逆に空間に明るいところから、薄暗いところ、暗いところというように、微妙なレベル差ができたことで、生活に幅ができた、潤いができたようにすら感じる。
可笑しい。

東京都は勤務時間を1時間早めるという。
企業は土日に勤務するようにし、平日に休むようにするともいう。
これで観光地のあの凄い休日の混雑が無くなるかもしれない。

広島県の湯崎知事はポロシャツ、チノパンツでの勤務をOKにしたという。
これで、紳士用衣料の販売額が増えるかもしれない。

企業にすれば、単純に節電に協力するというだけでなく、費用の削減にもなるという思惑も見えるが、
まあそれはそれで、いいではないか。


広島の鉄道会社もデパートも、節電だといって、駅や電車内の照明を落としたり、エスカレーターの運行を止めたり、電照広告を止めたらいい。

節電はあちこちに思わぬ効果ももたらしているようだ。
私たちにとって、無駄を無駄と思わなくなっていた生活を見直すいいチャンスかもしれない。


元安川

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2011年6月 3日 (金)

逃げる ・・三十六計逃げるに如かず

東日本大震災を受けていま懸命に復旧、復興計画が検討されている。

今回の東日本大震災は地震の規模が9・0と巨大だっただけでなく、その後に来た津波による被害が酷かった。
街は被爆直後の広島の街のように、見渡すかぎり瓦礫の街と化した。
場所によっては、津波は最大で38.4Mの高さに達し、海岸線から4~5KM奥の内陸部まで達したという。

明治の三陸沖地震の後に「ここから下に住むべからず」と書かれた石碑も建てられていたのに、その先人の教えに学ぶことがなかったから、今回のような甚大な被害を被ることになったのだというようなこともいわれている。

復興計画はそうした状況を踏まえて、
残された瓦礫で防波堤をつくり、海に近い平野部は農地にし、住宅は高台に作るべきだと等、様々の提案がされている。

宮城県のある保育所では、日ごろから徹底して避難訓練をやってきたことで、1人も被害者も出さなかったという。
その保育所では、
「地震があったら、ともかく津波が来ると想定し、逃げるようにしていた。
来なかったら、笑われるかもしれない。
それでもてもいい」
ということで、避難訓練をしていたのだという。
日ごろの避難訓練の効果があったというわけである。

建築は、火事で燃えないような建物、地震で壊れないような建物をつくるようにとの基準もあるが、同時に、火事があったときどのようにして逃げるかについての基準も設けられている。

街のスケールでは、避難場所として、公園、小学校等が指定されている。

しかしどうも、街のスケールになると、防波堤にしても、橋にしても、ダムにしても絶対に壊れないということを前提に考えられているようだ。
大きな津波でも越えられないような防波堤、地震にも絶対壊れないような防波堤をつくるのは、これは至難の業だ。
地震にしても、津波にしても、想定外のレベルで起こることが、今回の東日本大震災は教えてくれた。

こうなったら、
ある程度の地震、津波には耐えられるようにつくると同時に、「逃げる」ということを前提に、街づくりを考えて行ったらどうだろうか。

火事に対しても、イギリスでは、ロンドン大火のあと、レンガ、石造りの建物を作り、燃えない都市を作るようにしたという。
しかし日本では、江戸時代、何回も大火がありながら、同じように木造の建物がつくられてきた。
石造りの建物が作られることはなかった。
技術がなかったということもあるだろうが、地震の被害の方を優先したということだろう。
地震がきたら、逃げる暇がないが、火事なら、逃げればいいということもあるだろう。
半鐘を鳴らして、逃げるように促し、火消の組も作られた。

津波は地震があってから、しばらくしてから来る。
IT技術の進歩は凄まじい。
今の時代にあっては、半鐘の代わりに、「津波のくることを知らせるIT技術を使ったシステムを開発する」こともすべきだろう。

闇雲に地震にも、津波にも絶対に壊れないような建物、街をつくろうとしないで、地震がきたらともかく逃げるということを前提に新しい形でのまちづくりを考えたらどうだろうか。

逃げ先の確保、逃げるルートの確保も必要だろう。

人間誰しも、できれば、いままでのところに住みたいと思う。

いままでの所に住もうと思えば、逃げた後、地震や津波で家を失うかもしれない。
そうであれば、失ってもいいような生き方をする必要もあるだろう。
生き方そのものを考える時かもしれない。

日本には「三十六計、逃げるに如かず」という諺もある。

東日本大震災復興計画もハードから復興計画を考えるだけでなく、逃げるというソフト面から考えることも必要だろう。


元安川

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2011年6月 1日 (水)

腕時計・・・・

夏になると、皮のバンドはべとつき、暑苦しいからと、金属バンドの腕時計を買った。
ちょっと重い。

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近頃の若者は、腕時計をしない。
携帯電話をみれば、時間はわかるからということのようだ。
腕時計をしているだけで、おじん扱いをされる。

しかし時間を見るのに、いちいちポケットから携帯を取り出すなんてのは、かなり面倒ではないかと思うが、若者はそうは思わないようだ。

その昔懐中時計のいうのがあった。
そのころは、懐中時計をもっているだけで、結構なお金持ちであるとみなされた。
懐中時計を持っていることは大変なステータスでもあったのだ。

東大の卒業式では成績優秀者に、恩賜の懐中時計が贈られたという話を聞いたことがある。
鉄道員が「出発進行」というのも、懐中時計を睨んでだった。

そんな時代にあっては、正確であればあるほど、時計は高価だった。
高価な時計とは正確であるということを保証することでもあった。

それを日本が開発したオーツという技術が、そんな関係を吹き飛ばしてしまった。
今は、千円もしなくとも、充分正確な時計は買える。

今では逆に、スイスの時計は、全ての部品を一つ一つ職人の手作りするということを売りにして、数千万円もする時計がある。

それでも、正確さということからいえば、千円もしない時計の方が正確だったりするのではないだろうか。

随分昔、ある国の留学生から、ダンヒルの腕時計をプレゼントされたことがある。
「君から、こんな高価な腕時計をもらう理由はないよ」というと、
「偽物、偽物・・・」
「大丈夫! 先生がすれば、本物に見えますよ」といわれ、唖然としたことがある。

電池が切れ、デパートで電池交換を頼んだら、
店員に「この時計の電池の交換は、ここではできませんので、しばらく預けさせてください」
と言われ、困ったことがある。

アンカレッジの空港の免税店で、初めて買ったスイス製のロンジンの腕時計は、1カ月分の給料、全額を払って買ったような記憶がある。
今娘がしている。
手巻きの時計は、恰好いいのだという。

そういえば、家の中にある一つ一つの物に、様々な思い出がある。

東日本大震災で家を失った人は、そうした思い出をみんな失ってしまったんだろう。
辛いだろうな。

でも改めて考えてみると、我が家は戦災にあって、戦前からの物は全て失ってしまった。
両親の小さい頃の写真もない。
そうしたこともあってか、我が家には、まったく歴史という概念がなかった。

それもまた妙に、気楽なもんだった。
??


元安川


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