引きこもりは勿体ない ―ボランティア世代
今回の東日本大震災の被害は目を覆うばかりだ。
しかしそんな状況のなかにあっても、被災者は互いに助け合って、生活する様は感動的ですらある。
取材した海外のメディアは、そんな日本人を驚きをもって見、称賛している。
タヒチの大地震でも、インドネシアの大津波の際も、そうだったようだが、被災者は自分だけは生き延びようと、店舗を壊し、水を、食料を奪い合い、弱いものに暴行を加えるというのが当たり前にあったようだ。
しかし、今回東日本大震災にあっては、そうした美しい話は、被災地だけに限ったことではない。
被災者だけでなく、全ての国民が、被災者の痛みを分かち合い、被災者を助けようと様々の活動を始めている。
街角では義援金を募集する人たちを、沢山見かける。
こうした姿は阪神大震災のときにもあったが、それが今回は、全ての日本国民が、そして企業が義援金を出している。
街中のお店のカウンターの脇には、義援金を求める箱が置かれている。
孫正義さんは、百億円というとてつもない金額を寄付した。
石川遼は、今年開かれるゴルフ大会の賞金のすべてを、被災地に寄付するという。
こんなことは、いまだかってなかった。
お金だけではない。
今回は阪神大震災の時にも増して、沢山の人々がボランティアとして活動を始めた。
大学生は勿論、医師、介護士等の人々は、その若さと体力を、そして資格を生かし、被災地の人々を助けようとしている。
普段はサラリーマンとして仕事をしている人々も、少ない休日をやりくりして参加している。
新潟の大学院生がツイッターでボランティアを募集したら、アッという間に数千人の応募者が集まったという。
ボランティア向けの説明会も各地で開かれている。
ボランティアの活動も、当初は瓦礫の片付けといった、体力を要するものが主体だったようだが、時間が経つにつれ、順次その内容も変わり、数カ月もすると心のケアといった類の内容に変化していくという。
ボランティアの活動はさらに広がりを見せている。
車椅子を必要とする人もいるだろうからと、自分たちのもっている技術を持ち寄り、車椅子を組み立て、現地に送っているグループもある。
住むところをも失った人たちのためにと、自宅の空いている部屋を提供する人もいる。
ボランティア活動は、直接現地にいかなくともできるのだ。
少しでも被災者のお役に立ちたいという思いは、日本人の全てに広がっている。
今回の東日本大震災は、日本人の生き方を変えてしまったようだ。
1960年代、70年代は学生運動が吹き荒れた。
そのころ学生たちは
「権力は腐敗している。
今それを壊さなければ、日本は駄目になってしまう。
それを自分がやらなければ誰がやるんだ」
という思いが、その時代の若者たちにはあった。
学生のデモ隊と警官隊が衝突し、学生たちは石をなげ、火炎瓶の投げるという過激な行動になっていった。
店のガラスは壊され、車は焼かれるというようなことも起った。
それはもう一般市民にとっては、迷惑でしかないような状況になっていった。
広島大学が東広島に移転したのも、街にとって大学は迷惑施設だとみなされたということも大きな理由だった。
しかし、壊した後、どうするのかについて、明確なビジョンはなかった。
そして、その行動も、一般市民、国民の理解を得られるようにはならなかった。
一方、彼らは益々先鋭化し、過激になっていった。
それと共に、幾つもグループに分裂し、消滅していった。
そのあと、次の時代になると、若者は自分を見失い、自信を失い、生きる価値がわからなくなっていった。
引きこもり、登校拒否、メンタル社員といわれる現象である。
知的であることは、何事も否定的に批判することであるような状況にも陥った。
権力を否定することは、自分自身をも否定することになってしまったようだ。
1960年代の大学への進学率は8%程度であったが、その割合も徐々にふえ、いまでは50%程度になり、大学への入学は希望すれば誰でも入れるようになった。
当然それは、それほど大量の大学卒業生を、大学卒として、社会は受け入れることが難しいこととなっていった。
それは大学を卒業しても、それなりに受け入れられないことに、若者たちは自分の生き方に、自分の価値に疑問を持つようになり、自信を喪失することにもなっていったようだ。。
人々は、内と外の両面から否定されるという状況に陥ってしまったのだ。
しかし今回の大震災が起こって、人々は、ほんの少しのお金でも、寄付することで、被災者から感謝されるということも知った。
若さを生かし、持っている資格を生かした活動をすれば、それも感謝されるということも知った。
そんなボランティア活動は、多種多様にあることも知った。
何もしなくとも、ただ単に、被災者のそばに寄り添ってあげるだけでもいい。
自分にできることをすればいいのだ。
人々は、今回の大震災に遭遇し、自分が生きていることの有難さを知っただけでなく、自分が生きていることの意味と価値を、改めて確認することができたのだ。
こうしたボランティア活動は、継続性と、金銭的な裏付けがされるようになれば、NPO活動に発展し、ビジネスとして存在できる可能性もあることを教えてくれた。
社会企業家という新しい生き方も注目されている。
NPO活動は、東電のような巨大企業ではない。
学歴はさして重要ではない。
NPOは市民1人1人の思いが結集した組織だ。
小さな組織に大きな存在価値があることを、今回の大震災は教えてくれた。
大企業に就職することに価値があるとか、高学歴であることが、価値あるとの概念を、今回の大震災はひっくり返してしまった。
日本発の新しいビジネスモデルを生み出すことになるかもしれない。
日本の国内総生産は世界第3位なのに、幸福度となると、世界90位という調査結果もある。
日本人は経済的に豊かなのに、幸福と感じる度合いが低いというわけだ。
経済成長率も今年度はマイナスになるだろうが、来年度はプラス2%と予測されている。
来年度にあっては、幸福度も、GDPと一緒に、大きく伸びるだろうことが期待される。
1960年代、70年代の若者が全共闘世代と言われた。
2010年代の若者はボランティア世代、NPO世代、社会企業家世代と呼ばれるようになるかもしれない。
引きこもりで閉じこもっている人も、できることがある。
期待して待っている人がいるのだ。
引きこもっているなんて、「勿体ない」ことは止めた方がいい。
東日本大震災は日本人の生き方を変えてしまった。
大震災は悪いことばかりではない。
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