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2011年3月17日 (木)

広島市の市長選挙

2月18日には豊田氏が、翌19日には松井氏が、市長選への出馬を表明している。
2月22日、共産党は大西理氏を市長選に擁立することを決めた。
数日前には前島修氏も立候補を表明した。
元市議の大原邦夫氏(61歳)、元市議の桑田恭子氏(49歳)、それに呉羽山人氏、田中正之氏の4氏は、かなり早くから立候補を表明していた。
これで広島市の市長選挙の立候補者の顔ぶれはほぼ出そろった。

松井一実氏(58歳)は元厚生労働省中央労働委員会事務局長であり、
豊田麻子氏(44歳)は、総務省の技官であり、秋葉市長の3期目に初めての女性副市長として登用されたというのが、2人を特徴付けている。

松井氏は自民党の支援を受けることをかなり鮮明にしているが、豊田氏は民主党に対しては、幾分距離を置いている。
これだけ既成政党がメロメロになっているときに、支持母体が何処かを曖昧にするのは当然だろうが、市長とはそもそも市民のために政策を実行する人であるのだから、市民党というのが、正確なのかもしれない。

豊田氏につては、副市長であったということもあって、秋葉市政の後継であることは、誰が見てもはっきりしている。
そのわりに、オリンピックや西飛行場についてはいま一つはっきりした態度を示さないのは、ちょっと残念だ。

市長選が近づくに従って、
あらためて、広島市の市長選は、他の都市の市長選とはちょっと違っているということに気がつく。

広島市議会議員は広島市全域で55名、区を投票範囲とし、各区6~7名程度選出される中選挙区制となっている。
大体5,000票程度獲得すれば当選できる。
広島市民派は、市議は地元の利益を代表する人でいい、PTA会長や町内会会長等、地元のために尽くしてくれる人でいいと思っているようだ。
市議会議員になるには、日ごろの1人1人の選挙民とかなり密接な付き合いが求められ、俗にいわれる「どぶ板選挙」の運動をしなければ、票は獲得できない。
こうした状況は全国どこでも同じだ。

違っているのは、広島市の市長選だ。

市長になるには、全市を対象とし、当選するには15万票程度取得しなければいけない。
それもたった1人しか当選できない。
このことは市長選と市議選の選挙運動の仕方を大きく変えている。

そのとき、興味深いのは、広島市民は、広島市の市長は8月6日の平和宣言を全国に、世界にきちんと読みあげられる人でなければならないと思っているようだ。
平和宣言はTVで全国に放送されるし、その言葉全てが、翌日の全国紙に掲載される。
8月6日は、総理大臣、国連事務総長も出席する広。
島市にとっては極めて重要なイベントだ。
こんなことは、他の都市ではない。
広島市民は、その8・6のイベントを司る市長には、広島市民のプライドを代表する人であってほしいと思っているようだ。
市長を選ぶときには、そうした極めて観念的な基準で選んでいるようだ。

市長は、自分たちに身近な利益をもたらす人でなくともよい、もっとグローバルな視点を持って、長期的な視点にたって、メッセージを発信できる人であってほしいと思っているようだ。
市議会議員の延長線上に市長があるとは、思っていないようだ。

こんな現象は、他の都市の市長選にはまったく見られないことだ。

そうした市民の思いを、きちんと具体化してくれたのが、秋葉市長だったといえるようだ。

秋葉市長は東大の学生だった18歳の頃から、原水禁の世界大会の同時通訳として広島に拘わり、広島の思いを世界に伝えてきた。
大学卒業後は、アメリカで25年以上も大学教授として生活していた。

元々数学者だったこともあり、その思想は精緻に研ぎ澄まされ、行動は極めて清潔でストイックなものであった。

その姿は、広島市民の思いに適うものであったが、
それは同時に、秋葉氏自身を疲れさせることにもなっていた。

秋葉氏は、核廃絶の運動についても、誰かがやらなければ、人類は滅びてしまう、それをアメリカ人も日本人も世界の人が理解しなければいけないという思いからやってきたようだ。
市長になりたかったから市長になったわけではないようだ。
核廃絶を進めるには、広島市長にならざるをえないと思ってやってきたようだ。

秋葉氏は、いわば全ての業務を義務感、使命感でやってきたようだ。

普通は市長になりたくてなる。
秋葉市長は全く違うようだ。

一部の人は、オリンピック広島大会の誘致をいって、当選の見込みがなくなったから、次は出ないと決めたのだというようないい方をする人がいるが、それも全く違うだろう。

秋葉市長は、広島市民にオリンピック広島大会という夢を残してくれたのだ。
そのことについては、以前から何度かに分けて触れてきた。
ここでは改めて触れない。

広島市長の仕事は想像を越える激務だ。

広島市長には、通常の市長としての仕事と、平和に関する仕事がある。
核廃絶に賛同する4,500の世界の都市の市長が加盟する平和市長会議の会長としての仕事だ。

その政令指定都市の市長としての仕事となると、通常の市長としての業務に加えて、県から移譲された膨大な、いわば知事としての業務とがある。

つまり広島市長は3つの業務を兼務しているわけだ。

それだけでも、とてつもなく忙しいだろうということは容易に推察できるが、実はもっと大変だ。

広島市には、約5,000人以上の職員がいる。
それを選挙で選ばれたたった一人の市長が一つの方向に持っていこうというわけだけから、それはそれは大変になる。

つまり広島市長の業務量は(市長+県知事+平和市長会議)N乗というほどになる。

さらに厄介なのは、どんな政策であっても100%の人の賛成を得ることはできない。
必ず、反対者はいる。
反対意見の中に、大事なことが隠されていることもあるが、誤解に基づく批判、反対であることもある。
単なる誹謗、中傷であることもある。
そうした批判、反対意見は膨大な業務量に比例して多くなる。

そうしたことに対応していくのは、また膨大なエネルギーが要る。

そうしたことに対して、秋葉氏は超人的な能力と努力で、市長としての業務を遂行してきた。

選挙運動も普通の人とも全く違っていた。
秋葉氏は市長選の時も、「1票を秋葉忠利に入れてください」とは、秋葉氏自身は全くいってこなかった。

秋葉氏は、「核廃絶をしなければいけない。これまで私は広島市のために何をしてきたか。そしてこれから何をすべきか」を一生懸命伝えようとしていた。

そして、市長になったからは、
被爆から立ち上がった広島市を、世界のモデル都市にしようということで、個々の政策を立案し、進めてきた。
広島にオリンピックを誘致しようということも、広島市を世界の人に、知ってもらい、広島市の経済を活性化するためには必要だという思いから決断したようだ。

そんな秋葉氏を市長に選んできた人たちは、殆どが姿も見えず、大きな声も出さない人たちだ。

秋葉氏は市長になってからは、選挙運動を支えてくれた後援会の活動も一切してこなかったという。

それでも、1期目、2期目、3期目と回を重ねるごとに票を増やしてきた。

もし次も立候補していれば、当選は間違いなかったであろうことは、かなりの人が認めているところである。

しかしその肝心の秋葉氏は「もう充分に、私としての義務は果たした」という思いからだろう、
「誰か次の人がタスキを受けて欲しい。次の市長選には出ない」と表明した。

秋葉氏が、次の広島市長選に立候補しないと決断したことは大変残念なことではあるが、これ以上秋葉氏に負担を強いることは、もうできない。

ここで改めて、
広島市の市長選の特異性と、秋葉氏の思いとその行動の背景を考察することで、
次の広島市の市長には、どのような人が相応しいいのかを、今一度考えてみたい。

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