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2010年12月30日 (木)

吉本氏「京都一年滞在記」④

京都にいるときに読んだ本で感じたこと。

加賀乙彦「不幸な国の幸福論」「悪魔のささやき」

この精神科医の2冊はお勧めです。経済的には豊かになったように見えるが、年間3万人を超える自殺者が出ている。うつ病や子供の虐待など精神的病理がとても増えている。
これらの問題に精神科医の著者が今の日本を分析しています。
情報が一方的に流れてきて幸せの概念が偏ってきている。経済的に豊かになればすべて幸せになれるとの概念が定着してきている。だが人はそれぞれ個性があり幸せは個々人が作るものである。この基本が今狂い始めているのが原因ではないかと?資本主義は欲望を煽ることで発展する社会です。自力だけを求めて進んでいけば全員がすべて良くなるとは思えません。もう一回今の自分をしっかり見つめなおして、自分にあった幸せを作るべきだと著者は訴えています。そのためには「不幸を幸福に変える心の技術」を見つける必要があると思います。人間は体の健康にはいろんなことに努力しています。これも大切なことだと思います。でも心の健康のための努力についてはあまりしていないように思われます。
そのためには心を鍛えて生きて行く、これが「不幸を幸福に変える心の技術」ではないでしょうか?

養老孟司「養老訓」を読んで
現代人は概念的思考が強くなってきている。感覚的思考が衰えている。
概念的思考とは「違うものを同じにすること」それには言葉がとても大きな役割を果たしている。「現代人は概念的思考が優先して、感覚的思考が後退していることです」つまり頭でっかちになって目の前が見えなくなってきている。都市化する脳ともいっています。
すべて合理的にしようと考える。これはいいように思えるが良く考えると大きな問題を抱えている。例えば不合理なものとして死に向かって生きている事実とか病気にかかるとかも不合理なものとして考えるようになってきている。概念的思考が中心になってくると皆同じ考え方をするようになってくる。
これの一番大きな原因はテレビである。個人の視点が消えカメラを通しての全員同じ目線で見る概念的思考を強めることになる。
今よく政治家が口癖のように言う「国民目線」これなどはとてもいい例だと思われる。
「国民って」誰?年収100万から年収数億円の人々が皆国民です。
国民って何処を指すのでしょうか?
朝のみのもんたが国民の代表のような発言をして人気取りに躍起です。
でも彼は年収数十億円稼いでいる人です。彼くらい稼いでいる人がいかにも底辺の人の立場に立ったような国民発言に惑わされているのがテレビです。

和田秀樹「テレビの大罪」この中にも同じことが書いてあります。
テレビは犬が人をかめば放送しないが、人が犬をかめば放送する。
珍しいことを放送することで興味を引き視聴率を上げようとしている。
政治のことなども批判することだけは得意だけれどもテレビ自体のビジョンは何もない。
コメンテターと称する人たちに語らせて事実についてはその人の責任にしている。
コメンテター自体がいかにも知ったかぶりして適当な刺激的なことを話す人ほど重宝される。テレビはうそではないけれどかなり歪んだ事実を一方的に流すことによって真実に見せかけようとしている。そんなテレビ自体を考える時機が今来ているのではないでしょうか?単純思考を大量に作るテレビは「生きにくい人を大量に作る」ことになっている

この4冊の本は現代のわれわれに教えてくれる優れた本でした。
今情報が大量に流される時代われわれは自分で考え自分の生き方を見つけなければ
自分の幸せは見つけられないと学びました。そのためには「ますます本を読む」これしかないなと思いました。

このことから考えたこと。最近の料理店のことについて概念的思考の現代人は雑誌などで取り上げられた店に異様に並んで集中するようになっています。
若い人から年寄りまで並んでいます。ラーメーンなどは若い人と年寄りでは味覚が違うのに不思議です。
ですから店屋も雑誌で取り上げてもらうように個性を強く打ち出して雑誌に載れば
美味しいとの概念作りに精を出しています。
京都で並んでいる店は全部旅行雑誌に取りあげられているところです。
概念的思考を増えているのをうまく利用した商売です。
皆と同じ考え方、共通感覚でいたい現代人。そのほうが楽だし無難だと考えていると思われます。でもそれではなかなかうまくいきません。しっかり自分を見つめ自分を作っていく以外に自分の人生はないと思われます。最近「正義の話をしよう」が売れています。
まさにこの本こそ自分で考え自分の哲学を見つけよう、と問いかけている本だと思います。

京都での1年間とても楽しい1年でした。今でもあの綺麗な紅葉は忘れられません。
作られた美しさです。少し歩けば色んなお寺がありそこを散歩できとても落ち着くことが出来ます。大都市でこんなところは京都だけでしょう。京都に住む人たちは京都のお寺にはほとんど行きません。もったいないと思いますが住んでいれば判るような気もします。
観光としての京都と住む京都とは確かに違うのかもしれません。私たちは観光としての京都が好きなのかもしれません。

春と秋には毎年京都に行こうと心に決めながら観光のまち京都を離れて、住みやすさナンバーワンを言われている博多に行きます。
九州の生活を楽しもうと考えています。

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