全盲歌手の自伝的コンサート
NPO法人ふくし文化塾廿日市の平理事長のお誘いで全盲のシンガーソングライターの「堀内佳コンサート」に出かけた。
法人10周年の記念事業で県民文化センターのホールは満席の盛況だった。

堀内佳さん(49)は高知県四万十市生まれ。1歳の時、先天性の目の癌によって両眼を摘出して、全盲になる。
胎児の時に既に目の異常を指摘されたお母さんは治療を求めて全国の眼科を訪ね歩いた…その母が『たとえ目が見えなくても、命の重さは同じ。置かれた立場の中で、一生懸命生きてさえいればきっと素晴らしい人生を送ることが出来る』と教えられた。
父は彼を自然の中に積極的に連れ出して『自分で限界を決めないで、前向きに生きて行けば、世界は広がる』『障害者として生きるな』と教えられた。
コンサートはいきなり人生スタートのモノローグから始まる。
声量と語り口はから“自伝講談?巷談”とも言えるモノローグだ。
5歳で親元を離れて、高知市の県立盲学校へ入学する。
互いに身体の不自由を持つ級友が「眼はどうなっているの?」と言えば、眼球の無い目の空洞を置けて見せ、砂をかけられいじめに遭う…。
父母の教えは「決してめげない」明るく逞しい子供に育っていく。
中学に進んだ頃からレコードなどの音だけを頼りに、独学でギターを弾き始める。弾き方を知らない少年は畳に置いたギターとつま弾くだけだった。工夫の結果、左利きの少年はガタ―を抱えてみた…。左手でつま弾き、右手で音を取った…。
写真のように、普通とはだいぶ違うスタイルの演奏スタイルになってしまった…。
高校になって同級生とバンドを結成し,FM放送などに出演するが‘84年に専科を卒業し、土佐市の整形外科に鍼師として就職しながらソロ活動を始める…。
‘87年の“全国わたぼうし音楽祭“で文部大臣奨励賞を受賞。‘90年から高知放送でラジオパーソナリティーとして出演、軽妙な語り口と得意の歌で人気を得て、シンガーソングライターとしての活動を本格化させる。
高知県西部の故郷、四万十の言葉と広島弁に共通なイントネーションがある…と指摘する。土佐弁とは全く違う響きがそれらしさを感じさせる。
故郷を謳った『平田』両親への思いを謳う『実家』、患者のお爺さんとの思い出『徳弘のおじいちゃん』。会場と一緒に歌う童謡もイイ…。
目が見えない彼の詩には「色や光や風」があり、人の温かさと暮らし、生活感がある。
‘08年には悪性リンパ腫に見舞われ闘病。幸い、いまは元気を取り戻してセカンドアルバム「この指とまれ」と「ねんねこの歌」が好評を博して全国を巡演している。
コンサートを聞いて、いじめや虐待など悩みを抱える子供たちからのSOSや相談が多く、正面から向かい合っている。
正味2時間の弾き語りは正しく彼が生きて来た『苦難の道の自伝』と言えよう。
しかし、決して暗くて悲しい道ばかりではない『明るく逞しく優しい道』も謳う…。
「命の大切さ」「前向きに生きることのすばらしさ」を謳い、語り続けている…。
聞く人の心をゆすり、掴み、元気を与える…歌声は天性のものだろうか…。
インターネットで視聴でき、CDの購入も出来ます。
是非お聴きの上、機会があればコンサートにお出かけください。
問い合わせ:堀内佳応援クラブ『にじいろ佳倶楽部』
http://www.nijiiro-kei.com/message.htm

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