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2010年12月 2日 (木)

森永ヒ素ミルク事件と工場閉鎖

 「森永乳業の徳島工場、来年9月で閉鎖」という小さな記事が掲載された。生産拠点の集約に伴う閉鎖とあるが普通の工場整理とは大きな違いが秘められた閉鎖だ…。

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 昭和30年、今から55年前に乳児用粉ミルクの製造工程でヒ素が混入し、このミルクを飲んだ乳児が西日本中心に相次いで急逝ヒ素中毒で130人が死亡、約1万3千人に健康被害を出す「森永ヒ素ミルク事件」を引き起こした工場だ。

 当時は世間体が悪いなど障害を隠す傾向が強く消費者の権利も確立されていない時期で満足な救済がされず多くの子ども達が苦しんだ。

 事件から14年後の昭和44年(69年)阪大の丸山博教授の追跡調査「14年目の訪問」で粉ミルクによる脳性まひ等の後遺症が続いている事実が明らかになり、被害者は「守る会」を中心に結束し実態を次々に明らかにして公表した。
 これを契機に、全国で本格的な被害者救済の運動がやっと始まった。

 広島県内にも被害者は多く寝たきりや発達の遅れた子供たちが多く、私も訪問調査に同行して積極的に取材報道した。当時の永野県知事の次男も被害者の一人だった事から「守る会」の運動に理解があった事は余り知られていない。

 スポンサー圧力があったのかどうか、広島のマスコミは殆んど取材しなかった。
 民放にとって“スポンサーは神様”。この頃、大スポンサーの恥部をめくる記事が多いRCCは森永乳業は敬遠し営業は頭を抱えていたらしい…。

 後に、ひろしま生協の理事長を務められた冨田さん達が取り組んだ「森永製品不買運動」や、当時RCCが毎月発行していた文化誌「放送RCC」に書いたルポ記事「エンゼルは殺しのマーク」に、クレームが付けられ廃刊に追い込まれる事態が起きた…。

 幸か不幸か?私に直接クレームが付けられたり、取材にブレーキがかけられることは無かった。上司やデスクが食い止めていた可能性はある…。しかし、営業的には大きな打撃をこうむっていたようだ。

 森永乳業と被害者の間でも紆余曲折あったが、森永は昭和48年(`73年)、被害者団体と旧厚生省の3者間で「責任を認め」、生涯にわたる生活支援などの30億円の支給で合意し、財団法人「ひかり協会」を発足させ、被害者救済の仕組みが出来た。

 ひかり協会の発表によると、3月現在で、全国の被害者は今も1万3429人、内10人に脳性まひや知的障害の後遺症を抱えている。当時の死亡者は130人だったが、その後、後遺症などで亡くなった人は千人を超えている。

 事件から55年、被害者たちは55歳になり、森永は今も年間17億円を協会に支出しているが、親の高齢化で被害者の暮らしをどう維持するか新たな課題も生まれている。

 一工場の閉鎖の陰に起きた歴史を今一度振り返り、改めて記憶と記録に刻み込んでおきたい。水俣病やサリドマイド禍と言った公害や薬害が社会問題化する以前に「製造責任」と言う言葉も無かった時代だったことを思い起こして…。
 被害児と家族は今も後遺症と闘っている事を忘れてはならない…。
 食の安全はますます脅かされている…。
 日本の経済成長の歪みの中で起きた歴史の一頁と片付けてはいけない…。
 そんな悲しい歴史の影を背負った工場の閉鎖だ…。

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コメント

私もエンゼルマークのミルクを飲んだ一人です。幸い、私は粉ミルクが嫌いで飲んでは吐き出していたようですが、成人するまで皮膚に大きな白い斑点ができていました。私の残したミルクは、当時ですからもったいないと、母や兄が飲み干していたそうです。5歳年上の兄は就学前に突然お腹が痛いと言って苦しみ、たった一晩で亡くなりました。お医者さんの知識のないまま「疫痢」として処理され荼毘に付されましたが、両親は今でも「森永のミルクが原因」と思っています。訴訟の術も何も分からない時代のことです。
ですから、被害者は赤ちゃんより、家族ほ方が多かったのでは・・・と思います。大事に至らなかった私でさえ、結婚や出産の時には不安を覚えました。エンゼルマークは今でも購買する気にはなりません。
工場閉鎖の小さな新聞記事を読み、大変な事件もこうして忘れ去られるのだろうなと残念に思いました。

Takaba様 岡山の岡崎さんという「被害者を守る会」の事務局長を務めてこられたご遺族が自宅で資料館をっ開いて事件の歴史を継承されています。今の「守る会」は歴史の継承はまったくしていません。あなたの場合に似たケースはあると思われます…。研究者に相談して見てはいかがですか…。

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