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2010年12月28日 (火)

吉本氏「京都滞在一年記」②

仏教について

京都であまりにも立派なお寺を見て回り仏教のことを知りたくなりました。
日本の仏教は大きく自力と他力に分かれています。
自力とは自らを鍛えて色んな雑念(欲望)などに打ち勝っていこうとする。「勝間勝代」派
他力とはどんなに鍛えても無理なものは無理。それよりはお祈りをしてあるがままの自分を見つめて生きていこう。香川リカ 派(われわれは生きているのではなく生かされている)とても大雑把に言えばこんな感じだと思います。
自力の宗派は比叡山の天台宗、高野山の真言宗、日蓮宗、などなどがあります。
他力は親鸞の浄土真宗、法然の浄土宗、などなど
宗派の大きいのは①親鸞の浄土真宗「あらゆる自己のはからい「自力」を捨てて、阿弥陀仏の本願力を信じることによってのみ救われる」が1200万人、②空海「弘法大使」の真言宗「人間も本来は仏である」が1000万人、③法然の浄土宗「念仏を唱えることによって極楽浄土に往生できる」が650万人、④最澄の天台宗「すべての衆生は仏になれる」120万人、⑤日蓮の日蓮宗「「南無妙法蓮華経」のお題目を唱えれば仏と心がつながり、この身が仏になれる」360万人「これから分かれたのが創価学会」日本の仏教の中で他の宗派を認めない宗教。⑥道元の曹洞宗「即心是仏―ひたすら座禅に生き、自分の中に仏性を見出し、この姿こそ仏であると信じる」150万人⑦栄西の臨済宗「生まれつき持っている人間性を座禅によって目覚めさせ人生を豊かに生きていくこと」100万人⑧奈良の仏教は「南都六宗」
といわれ何処の宗派にも属さず、仏教を広めるために日本で始めての入ってきたころの思想が色濃く残っている。ですから京都に比べてとても質素である。
とても大雑把ですがこれが日本の仏教だと思います。

仏教はお釈迦様の思想を広めようと中国から渡ってきて、聖徳太子などが日本に積極的に持ち込んだ。日本の中には土着のそれぞれの信仰があったのですが、政治の安定と中国からの影響で広めようとしたと思われる。
そのおかげで薬や学問なども盛んになり日本の文化や政治の発展に欠かせないものになっていきます。日本の古い時代は仏教の時代です。仏教によって日本は大きく発展して民衆の中にも広がっていきます。日本は仏教とともに中国から色んなものが入ってきて大きく発展していきます。

全く学問がない時代に仏教の勉強をして中国からのいろんな情報を持っていた仏教者たちは、普通の人と比べればはるかに知識や情報があったと思われます。ですから医者であり弁護士であり学者(知識人)のような存在だったから人々はお寺の尊敬の念を持ったのではないでしょうか?

また京都から栄えた華道、茶道、日本画、庭園、建築などの日本独特の文化も寺を中心にして発展したと思われます。(もちろん貴族、武士も絡みますが)
京都のお寺にはこれらのものがすべて残っています。
仏教が一番栄えた時代の栄華が京都だと思います。
鎌倉時代以降、仏教は武士を中心にしたものでした。武士たちが戦をするのに仏教にすがって戦の勝利を願って祭るものとして存在していたと思われます
その後。武士だけの仏教から民衆の間にまで仏教に広げたのが法然、親鸞の浄土宗教です。
封建制という不条理な世界で祈るしか変えようのない社会で民衆のあいだで仏教は広まっていったのでした。
今の時代では想像も出来ない時代でした。どんなに優れた脳力を持っていても身分で
農民は農民、商人は商人にしか成りようが無かったのです。 また病気や天災、貧困に苦しみ、人間はこの不条理の救いとして仏教にすがったと思われます。         

時の権力に擦り寄っていたところが大きなお寺を作っています。
一番の代表例が南禅寺です。江戸時代まではあまり大きくないお寺でしたが、家康に取り入った南禅寺の住職が江戸時代の宗教の総元締めになり立派な寺を作ったのです。
何処のお寺も似たり寄ったりです。
世界的にも優れた建築、仏像、日本画、茶道、華道、書道、庭文化、またわれわれの生活の中にも数多く残されています。
われわれの今ある文化の中に大きな影響力を残しています。仏教がとても大きな存在であると思われます。

明治時代になると仏教は排除され始めます。天皇制ですから中国から入ってきた仏教は排除され始め日本古来の神道が尊重され始められます。
明治維新時「廃仏毀釈」が起こりお寺はなくなり神社が作られます。奈良の興福寺では昨日までお坊さんだった人が今日からは春日大社の神主になったといわれています。
このときに無くなった仏像や日本画は膨大な数に上ります。これが焼かれてしまったのは
大きな文化の喪失です。

この時代から仏教は力をなくしていきます。仏教の時代が終わったのです。
鎖国が終わり海外から色んな科学が入ってくるようになると、神や仏に頼っていたものが
科学で解明され始めてきたのです。明治時代では夏目漱石、森鴎外などもヨーロッパの文学を学びそれを日本に持ち込み日本の文学の先駆者になったのと同じだと思われます。
明治の先駆者といわれている人々はほとんどヨーロッパ、アメリカから学んでそれを広めた人たちでした。福沢諭吉(学校)、医学、軍事、文学、美術、建築、農業、これらの
日本の明治以降のこれまでの日本の発展の基礎はこのときに始まったのです。

大げさにいえば今われわれと仏教の関係があるのはお葬式のときと法事くらいでしょうか?
またいろんなことのお願いのお寺へのお参り(ほとんどおまじない)くらいでしょうか?
明治時代からは仏教はわれわれから離れていきます。

仏教を学ぶ中で私が考えたことは自力と他力のことでした。
世の中の流れを見ていても自力と他力を私たちは選んでいるように思われます。
今の民主党の政権は他力の政権だと思われます。年寄りと子供たちに優しい。小泉、竹中路線の反動でしょう。教育でも学習重視の教育とゆとり教育が交互に進められます。  
これからの政権は自力のほうに進むような気がします。教育もゆとりから学習重視に変わってきました。
私は個人の中でも自力と他力をしっかり持って生きるのが必要ではないだろうかと思います。
生きていく中で今は自力が必要だ(困難だけれどもここは頑張らなくてはいけない、自分の成長にとって)また他力が必要なとき(病気やどうやってもうまくいかないときに、努力だけでは克服できないとき)。この相反することを自分の中でしっかり見つめて自分の生き方に生かせていくのが大切ではないかと思いました。

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