史跡・愛宕池の公園整備
ANAホテル前にある広島市の史蹟愛宕池が改修されて新装の公園に生まれ変わった。
この辺りは、藩主の菩提寺である旧国泰寺の境内で、池は国泰寺の鎮守愛宕社があったことから呼ばれるようになった…と説明板にある。
国泰寺は1601年に広島城主の福島正則が1594年に創建された臨済宗の安国寺を曹洞宗国泰寺と改め、弟を住職に据えたのが始まりで『豊臣秀吉の戒名』に因んで名付けられた。
その後、引き継いだ浅野氏が菩提寺としておさめた広島の名刹。当時、境内から南は海で、寛永年間(1634年)に埋め立てられ、この地を寺の名前から”国泰寺村“とされた。
寺は何度か火災に遭いその都度再建された。原爆でも全壊全焼し再建されたが再開発が進む中、昭和53年(1978年)に己斐の山に移転した。跡地に広島全日空ホテル(現/ANAクラウンホテル)が建てられた。ホテルの正面に残された国泰寺唯一の遺構の愛宕池は昭和59年(’84年)に市の史蹟に指定され往時を偲ばせて来た。
池を取り巻く木々の中にはクロガネモチやせんだんの他被爆した柿の木やエノキもある。
一抱え以上あるエノキは被爆後に切り倒されたが新しく吹いた芽が成長して、古い木の根本は大きな石を抱くようにシッカリと根付いて生き延びている。



整備された公園は雨を吸いやすいブロックと砂土が敷かれ、FF後に芝がはられる。
ベンチや被爆樹木を取り巻くように椅子座を設えたお洒落な造りになっている。
従来あった白神神社前からホテルに入る副道は廃止され、歩行者と自転車の利用に安全が拡大された。白神さんの秋祭り恒例の神楽の舞台や見物の席も拡大確保しやすくなった。
前年度に整備されたクリスタルビル前の緑地公園との統一された照明やベンチなどのバランスも良く、昼休みはサラリーマンの良い憩いの場にもなる。
あまり知られていない広島の史蹟が装い新たに市民の憩いの場としてデビューした。
平和大通りの新しい魅力の誕生は嬉しい。<4月14日・記>
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