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2010年2月25日 (木)

中沢啓冶さんの新たな決意

 原爆漫画「はだしのゲン」の作者中沢啓冶さんの講演会が原爆資料館で開かれた。
 中沢さんにとってこの日は漫画家の引退表明後初めての講演で、今後の進み方生き方を改めて公にした。

 中沢さんはここ10年糖尿病や白内障などを発病して事実上作家活動を中断していた。しかし、「はだしのゲン 第二部」の構想を温め続けストリーの構成や絵コンテ、下書きの準備をしていた。しかし病状の快方が視られず特に視力の低下が作家活動を維持するのは難しいと判断すると同時に「第二部・ゲンの将来」は“読者の想像や想いに託そう”と考え昨年秋に引退を表明した。

 中沢さんは「はだしのゲン」の原画を10年前に原爆資料館に寄贈したが、ゲン以外の中沢作品の原画をはじめ多くの資料を資料館へ寄贈することにし、今年になってダンボール30箱を越す総てが資料館に収蔵された。資料館は時間をかけて整理をして1~2年の内に「中沢啓冶展」を企画し準備を進めている。
 加えて昨年夏には「ゲン」の英訳本の9~10巻が完成し外国語化は18ケ国に成りオバマ米国大統領に贈られるなど中沢さんにとってこの一年は大きな節目になった。

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 中沢さんは爆心地から1,4キロの国民学校で被爆し、校門の陰で奇跡的に助かったが、父と姉弟を失った。この日、中沢さんは被爆当時の惨状から漫画家として自立する過程や母の死で「頭骸骨も残らなかった事への怒り」を契機に原爆告発の漫画を描き始めた動機などを話した。

 また、漫画家を志して上京した頃、被爆者だと知られると「(放射能が)うつる(伝染する)」と避けられる差別を受けた経験を明かして第二部の構想にも触れて「第一部の最後に東京へ行ったゲンがどのように生きていくか想像して」と語りかけた。

 中沢さんは漫画家としてはペンを置いたが核兵器の廃絶に取り組む意欲は強く「誰かがやってくれるものではなく、各自が頑張らなければならない課題」と結び「おふくろの弔い合戦は終わっていない。細かい線が引け書くなって漫画は描けなくなったが絵画であの原爆地獄を書いていきたい」と決意を披歴した。
 中沢さんが一枚のキャンバスにぶっつける新しい挑戦が待ち遠しい…。

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