先日、広島観光コンベンションビューロー主催で、桐谷エリザベスさんの講演会があった。
外国人、それもアメリカ人からということになると思うが、外国人は日本のどこに興味を持っているのか、どんな所に行きたいと思っているのか、そうしたことをもっときちんと理解して、観光政策をたてるべきであろうという趣旨の話があった。
「外国人は、広島であれば、原爆ドームと宮島に興味を持っていると思っているが、どうもそれは日本人がそう思っているのであって、アメリカ人は必ずしもそうではない」という。

「YOKOSO! JYAPAN」のキャンペーンは、その典型だという。
YOKOSOという言葉の意味は、日本人なら誰でもわかるが、そんな言葉を知らないアメリカ人にとってはまったくチンプンカンプンだという。
それを作った本人だけが満足していて、相手にちゃんと通じているのか、何もどう思っているか、何を期待しているのについて考えていないケースが多いという。
エリザベスさんが、もっとも日本の文化を感じ、感激したのは日本のお風呂だという。
「日本人は、お風呂での入浴のプロセスを、茶道と同じように芸術にまで高めている。
お風呂屋さんは地域のコミュニティーにもなっている。
お風呂屋さんの建物はお寺みたいだ。
お風呂屋さん壁に画かれた富士山の絵も素晴らしい。
お風呂のシンボルとなっている煙突も素晴らしい。
アメリカ人はお風呂に入る習慣がない。
欧米ではお風呂は原則病気にでもならなければ、入らない」
という。
オフロ・セレモニー?
「デパートでは開業時間のときの、従業員がエントランスロビー、売り場にきちんと並んで、「いらっしゃいませ」と挨拶する。
これは日本人の心だ。
B1,B2の地下の食品売り場で見るお煎餅、お惣菜等は日本人の食べ物がわかり大変面白い。
デパートのトイレにはウオッシュレットがあるが、あれには皆びっくりする。
館内にいる従業員は外の天気もわからないはずだが、それも館内に流される音楽で、知らされるようになっている。
デパートには日本人の日常生活のエッセンスが詰まっている。
大変面白い」
という。
それらのことは、日本人にとってはあまりに当たり前のことであるが、外国人はそうしたことに、日本の文化を感じ、大変面白いというのだ。
日本人の何気ない日常の生活の一コマ一コマに日本の文化があるというわけだ。
そういわれてみれば、思い当たることは沢山ある。
私がアメリカで生活していたとき、友人がホームパーティーに招待してくれた。
夕方になって、彼の親しい友人たちがそれぞれ食べ物やお酒を持ちより、勝手にお喋りするだけの会だ。
彼らは私の下手な英語にも一生懸命付き合ってくれた。
そうしたことはアメリカ人にとっては当たり前のことだろうが、私にとっては名所・旧跡をみるより、遥かに面白かった。
印象にも残っている。
アイスホッケーの試合も見にいった。
アメリカには30チーム以上のプロのチームがあるのにも驚いた。
日本の技術は、ガラパゴス技術として、世界的にみれば、孤立していて、世界標準にならないということが、よくいわれる。
しかしそうした状況に日本の文化もなっているようだ。
日本人の生活のガラパゴス性が、観光という視点から見れば、素晴らしい観光資源になるということになるのだろうと思う。
私にはお風呂が茶道と同じだとはとても思えないし、デパートが日本人の生活のエッセンスを見せる場になっているとは、とても想像することすらできなかった。
広島にあっても、そうした広島の市民の生活の一コマ一コマが外国人には面白いのかもしれない。
広島人の日常生活が、外国人にとって、どんな価値があるかという視点で見直してみる必要がありそうだ。
広島の素晴らしさを解っていないのは、案外広島人かもしれない。
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