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2010年2月

2010年2月28日 (日)

2020 ヒロシマオリンピック招致の署名活動

2月の日曜日の午後、パルコの脇の広場で、若者たちがオリンピック招致の署名活動をしていた。
掲げた布には
「2020とヒロシマオリンピック応援隊
~100万人の署名を集めよう~」
と書かれている。
6月末までに、100万人の署名を目指すのだという。
100万人とは、また随分と大きな目標を掲げたもんだ。

1

世界最大の紙の折り鶴を製作した「Peace Piece Project」のグループの活動だという。
その折り鶴が世界記録としてギネスブックに取り上げられたという経験をとおして、Piece、一辺の小さな活動でも世界を動かせるかもしれないという思いが、今回の活動の背景にあるのだろう。

こんな動きは東京オリンピックの招致活動にはなかった。
東京都知事の極めて個人的な思いから、脱することはなかた。

オリンピック広島大会もすっかり「平和五輪」という言葉になった感がある。
こうした署名活動も広島だから可能だといえるだろう。
彼らの表情はメチャクチャ明るい。
広島とは不思議な街だ。
世界一大きな折り鶴を折って、ギネスブックに登録しようというのも、不思議といえば不思議な活動だ。

市民のこうした活動を大切にしたい。

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2010年2月27日 (土)

広島市とマイクロソフト社が協定締結

障害者のICT利活用に力を入れている広島市と、世界最大のソフトメーカーであるマイクロソフト社が「障害者と高齢者のICT利活用プロジェクト」を連携して実施することで協定を締結しました。

協定では、障害者や高齢者のICTリテラシーの向上、ICTを利活用した就労支援、使いやすい情報機器やソフトウェアの開発促進など、障害者や高齢者のICT利活用を促進する活動をさらに活性化させるとともに、社会参画を促進し、生活をより豊かにするための取り組みを進めるとしています。

これまでも、広島市はICT先端都市の実現を目指し、ICT利活用により市民が利便を実感できる行政サービスの提供、ICT企業や大学等と連携し、地域コミュニティの活性化など多様な分野におけるICT利活用の促進、障害者や高齢者をはじめ市民が主体となる新たなICT利活用モデルの構築等に取り組んでいます。

マイクロソフト社は言うまでもなくパソコンOSのデファクトスタンダードであるWindows、そしてビジネスには欠かせないアプリケーションソフトであるMS-Officeを開発している世界最大のソフトメーカーです。この両者の提携は、期待せずにはいられません。

また、同時期に、ソフトバンクは障害者を対象の割引き制度を拡大し、iPhoneにも適用するようです。iPhoneは視覚に依存する分かり易いタッチパネルを最大の特徴としますが、同時に視覚障害者にも使えるような音声ガイド機能も標準装備しています。

障害者や高齢者に使い易いということは、誰にでも使い易いということであり、ユニバーサルデザインの基本です。誰もが暮らし易い社会へ、ICTの利活用は益々重要になると思います。

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2010年2月26日 (金)

公設自転車置き場の新設

 自宅近くの小町の駐車場を自転車置き場に改築する工事が進んでいる。
 昨年度末に続く路上駐輪場の拡大だ。

 それぞれ自動車3~40台の駐車場を自転車150台、バイク5~70台、単車2~30台への改築だ。昨年度末の改築後しばらくは周辺に放置自転車を見かけたが今は全く無い。
 
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 駐車場は周辺に民営のものが多くあり最近では狭い空き地もコイン・パーキング化され使い勝手は結構良いようだ。
 それに引き換え民営の駐輪場は殆んど無い。当然、放置自転車が蔓延る結果になっている。

 市内の市営の駐輪場は紙屋町・八丁堀周辺地区は旧市民球場、基町、相生、大手、西新天地、東新天地、袋町小地下、大手3、富士見1~2、に小町1~2となる。14ケ所で自転車3300台余とバイク1499台単車700台が収容できる広島駅周辺で11ケ所4500台、横川駅周辺、西広島駅周辺、に矢野・五日市駅周辺で1000~2000台の駐輪場がある。
 基本的には自転車年間利用契約1万2千円、バイク2万4千円で利用できるが中心部の大部分で一時利用が出来る。

 しかし、中心部の放置自転車の数は一向に減る様子がなく特に八丁堀のデパート周辺と大手町から市役所界隈の放置は多く撤去収容とイタチごっこが繰り返されている。西区商工センターの収容施設には常時7~8千台がプールされ、引き取るには2100円が必要だが
 引き取り手の無いものが年間1万台?に及ぶと聞いたことがある。なんと、無駄な労力と経費を費やしていることか…。

 それにしても繁華街のスーパやデパートに大量販売店が顧客サービスに自営の駐車場や契約駐車場を確保しているのに対して自前の駐輪場を確保しないのは何故だろうか?
 ハンズやパルコは立派な自営駐輪場を持っている。駐輪場の新設も歓迎できるが、これらデパートやスーパなどの施設は公設の駐輪場に頼るだけでなく、是非とも自前の駐輪場確保を促したいものだ。改めて駐車場を駐輪場に変えるべく経営者に喚起したい…。

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2010年2月25日 (木)

中沢啓冶さんの新たな決意

 原爆漫画「はだしのゲン」の作者中沢啓冶さんの講演会が原爆資料館で開かれた。
 中沢さんにとってこの日は漫画家の引退表明後初めての講演で、今後の進み方生き方を改めて公にした。

 中沢さんはここ10年糖尿病や白内障などを発病して事実上作家活動を中断していた。しかし、「はだしのゲン 第二部」の構想を温め続けストリーの構成や絵コンテ、下書きの準備をしていた。しかし病状の快方が視られず特に視力の低下が作家活動を維持するのは難しいと判断すると同時に「第二部・ゲンの将来」は“読者の想像や想いに託そう”と考え昨年秋に引退を表明した。

 中沢さんは「はだしのゲン」の原画を10年前に原爆資料館に寄贈したが、ゲン以外の中沢作品の原画をはじめ多くの資料を資料館へ寄贈することにし、今年になってダンボール30箱を越す総てが資料館に収蔵された。資料館は時間をかけて整理をして1~2年の内に「中沢啓冶展」を企画し準備を進めている。
 加えて昨年夏には「ゲン」の英訳本の9~10巻が完成し外国語化は18ケ国に成りオバマ米国大統領に贈られるなど中沢さんにとってこの一年は大きな節目になった。

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 中沢さんは爆心地から1,4キロの国民学校で被爆し、校門の陰で奇跡的に助かったが、父と姉弟を失った。この日、中沢さんは被爆当時の惨状から漫画家として自立する過程や母の死で「頭骸骨も残らなかった事への怒り」を契機に原爆告発の漫画を描き始めた動機などを話した。

 また、漫画家を志して上京した頃、被爆者だと知られると「(放射能が)うつる(伝染する)」と避けられる差別を受けた経験を明かして第二部の構想にも触れて「第一部の最後に東京へ行ったゲンがどのように生きていくか想像して」と語りかけた。

 中沢さんは漫画家としてはペンを置いたが核兵器の廃絶に取り組む意欲は強く「誰かがやってくれるものではなく、各自が頑張らなければならない課題」と結び「おふくろの弔い合戦は終わっていない。細かい線が引け書くなって漫画は描けなくなったが絵画であの原爆地獄を書いていきたい」と決意を披歴した。
 中沢さんが一枚のキャンバスにぶっつける新しい挑戦が待ち遠しい…。

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2010年2月24日 (水)

サラリーマン川柳

 毎年この時期にテレビや新聞、雑誌を飾る話題がある。暮れの流行語大賞と清水寺の管長がその年を一文字で書く世相漢字と並ぶ人気の「サラリーマン川柳」だ。

 生命保険会社が行うコンクールは今年で23回を重ね、正しく“社会の鏡”としてなかなか鋭く、ユーモアたっぷりの入選作品100点がおよそ3万点の応募作品から選ばれた。
 自社のHP上などで投票を受け付け5月中旬にベスト10が決められる。
 作品は政権交代に関わるものから政治・社会問題に微妙な夫婦関係や家庭内の問題などをシンボリックな言葉をちりばめて‘09年を反映、風刺したものが目立っている。

政権交代を痛烈に皮肉った 『チェンジとは 言ってたことを 変えること!』
喫煙者の嘆き、ため息が聞こえそうな 『喫煙の 場所がなくなり 税増える』
年々小遣いのカットを余儀なくされているサラリーマンの嘆き節
『仕分け人 妻に比べりゃ まだ甘い』
職場の厳しい現状、サラリーマンの受難『“先を読め!”いった先輩 リストラに』
過去の蒸し返しを恐れる夫が核密約問題に絡めて『遠き日の 密約メモを 探す妻』
景気対策も実感できない厳しさを『買えなけりゃ エコポイントは 貯められぬ』

 因みに、過去の優秀作品をさかのぼって見ると、その年の特徴が伺える。
             ‘09年『“空気読め!!”それより部下の 気持ち読め!!』
           ‘08年『脳年齢 年金すでに もらえます』
           ‘07年『昼食は 妻がセレブで 俺セルフ』
           ‘06年『オレオレに 亭主と知りつつ 電話切る』

川柳は江戸時代の句師・柄井川柳が始めた「うがち・おかしみ・かるみ」という要素を特徴として、人情の機微や心の動きを書いた季語などにとらわれない自由な五七五の句。
明治になって新聞の文芸欄を飾るヒット欄に成り、戦後は社会批評的に発展し「サラリーマン川柳」はブームの火付け役として、若者から老人まで幅広い愛好家を育てている。

そこで私も2~3、捻って見た。 受験期を まごまご過ごす 老夫婦
               “受かったよ!” 孫の報告 涙する
 第二志望 一より嬉しい(親孝行な) 国公立
                 大病を 乗り超えて 喜寿目指す 年男 
俳句・川柳には程遠いが最近の身近な話題・孫の受験で五七五にしてみた。
サラリーマン川柳:第一生命HP http://www.dai-ichi-life.co.jp/contractor/index.html?wt.svi=7

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2010年2月23日 (火)

映画「負けざる者たち」

 南アフリカ共和国の初めての黒人大統領ネルソン・マンデラが人種差別を克服する第一弾にラグビーのワールドカップの優勝を目指したチーム創りを通して、選手と国民の心を一つに結ぶ軌跡を静かな感動で包む映画「インビクタス・負けざる者たち」をみた。

 ネルソン・マンデラは1994年、27年の投獄でアパルトヘイト(人種隔離政策)と闘い自由を勝ち取り、南アで初めて就任した黒人の大統領だ。
 アパルトヘイトが崩壊して間もない南アで開かれるラグビーのワールドカップが舞台の実話小説に基づく作品だ。

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 アパルトヘイトによる人種差別や経済格差が大きく残る国を纏める為ラグビーチームの再建を企てる…。ラグビーは白人、サッカーは黒人のスポーツの南ア。‘95に開かれるラグビーのワ―ルドカップを1年後に控えて、国の恥とまで言われた弱い南ア代表チームは黒人勢力の台頭で解散させ新チーム結成が決まった。
 マンデラはその会議に乗り込んで弱い白人中心の今のチームを強化して、国民が一丸になって応援できる様に働きかける。これまでの差別を乗り越えるには何時までも憎しみ合っていてはいけない、恨みを捨てて『和解と赦し』を国造り理念の最優先に置き、キャプテンに新しいチームづくりを託す。キャプテンはサッカーしか知らない貧しい黒人地域に出かけてラグビーの手解きを進め、選手を鼓舞し、国民は徐々に「和解」の気持ちを高め、国を挙げて初出場初優勝への軌跡をたどる…。

 映画はマンデラが指名した「ショウシャンクの空…」などの名優モーガン・フリーマンは“マンデラ”と見間違えるほど似通った役作りに徹している。
 30作目の記念すべき監督クリント・イーストウットはマンデラが獄中で心の支えにした詩の題名に由来する“征服されない”の意味のラテン語『インビタス・負けざる者たち』…諦めなければ我々の手で世界を変えられる…と、メッセージに熱い思いを込めている。
 ラグビーで政治を変えるの?「いや、人の心を動かしたい…」「君なら不可能を可能に変えられる…」マンデラが発する短い言葉の一言ひとことが観る者の心を繰り返し揺さぶり熱い感動がこみ上げてくる…。いわゆるスポーツ根性ものと違う必見の秀作だ。
 <問い合わせ:シネツイン(本通り)3月上旬まで上映中:082-241-7711>

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2010年2月22日 (月)

“やおやさん” はぐま

“やおやさん” 
懐かしい響きだ。
八百屋さんと書いて、やおやさんと読む。
若い人はもう読めないかもしれない。

「はぐま」にはそんな昔ながらの雰囲気がある。
本通りのはずれ、大手町1丁目にある。

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「はぐま」というお店の名称だって、聞いいたことがない。
オーナーの名字かな?

ときどきこのお店「はぐま」で野菜、果物を買う。
昔の八百屋さんのように、店先に野菜や果物を並べている。
野菜も果物もそれほどの量は置いてないし、種類もそれほど多いわけではない。

でもトマトやレタス、いちご、みかん、いちご、どれも安くて、新鮮だ。
ここのトマトにはトマトの匂いがする。
新鮮なトマトということだ。
そんな匂いのするトマトが置いてある。

野菜と果物しかないから、不便といえば不便だ。
パンや醤油等を買おうと思った時はサンモール地下のイズミかそごう行く。
そのついでに野菜や果物を買ってしまう。

でも仕事帰りにちょっとよって、今晩、明日の食事に必要な量を買って帰るにはちょうどいい。

でも肉屋さん、酒屋さんなんてお店はみんな消えてしまった。
そんなお店がもっと増えていって欲しい。

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2010年2月21日 (日)

ブックカフェ・エスプレッシーボ

ブログにブックカフェについて書いたら、チャミさんに広島にもブックカフェがあると教えていただいた。
ブックカフェ・エスプレッシーボは、袋町のNTTビルの裏のビルの通路を入った奥にある。

お店の入口には長椅子の上に数十冊の本が置かれている。
お店のイメージをそれとなく発信している。

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店内は10坪程度とそれほど広くない。

テーブル席が3~4つ、
壁に沿って幅の狭いテーブルも作られている。
10人も入れば満席という感じだ。

入ってすぐの右の壁に、本が表紙を見せて並べられている。
100冊くらいあるだろうか。
絵本、料理の本、写真、小説と分野はかなり多種多様だ。

書店では料理の本とか絵本のコーナーまでいかないし、ましてやお金出してまでそんな類の本は買わないが、そうした類の本がここでは見られる。
何冊か手にとったが、不思議な感覚になる。

イギリスの作家の本、面白そうな書きだしだったのでつい読んでしまった。

聞けば、展示されている全ての本はお客さんからの寄贈だという。

そう言われてみれば、私にも寄贈してもいい本は何冊かある。


喫茶店と呼ばれる古くからあるお店は、スポーツ新聞とかちょっといかがわしい週刊誌が置いてあるのが常だ。
そんなお店の客のはほとんどが男性だ。

ここは女性客が多い。
いつも新しい文化を創り出すのは女性だ。

そんな女性客が気軽に入れるブックカフェが広島市内のあちこちに出来て欲しい。

漢字の「喫茶店」から、カタカナの「ブックカフェ」になった意味は大きい?

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2010年2月20日 (土)

機械式立体駐輪場化と地下駐輪場

紙屋町、八丁堀、流川等の中心市街地の違法駐輪の問題は極めて深刻だ。
いくら取り締まっても、排除しても、違法駐輪はなかなか減らない。

マナーの問題でもあるが、そもそもは駐輪スペースが絶対的に足りないことにもよる。
広島市は袋町小学校の校庭の下、大手町公演の地下等あちこちに駐車場を作ってきたが、それでもまだ足りない。
今度は、さらに平和大通りの駐車場を廃止して、駐輪場を作っている。
それでもまだ足りないようだ。

違法駐輪は広島市内には約6千台あるといわれている。
あその殆どは中心市街地の違法駐輪だろう。

駐輪場が空いていても遠くにあっては意味がない。
自転車に乗る人は、買い物、仕事等目的の用があるすぐそばに止めたがるからだ。

中心市街地の地下には、かなりの地下駐輪場が設けられている。

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「ひろしまの市民と市政」に依れば、それら地下の駐輪場の収容能力は、
大手町公園の地下駐輪場は自転車300台、原付165台、自2輪85台
袋町小学校の地下駐輪場は自転車540台、原付130台、自2輪30台
袋町公園の地下駐輪場は250台、原付220台、自2輪175台
アリスガーデン地の駐輪場は自転車180台、原付40台
新天地地下駐輪場は自転車600台
とある。
自転車のスペースだけでも計1870台分もある。
別の資料では、単純に自転車換算した場合のようだが、2,850台分の地下駐輪場があるとも記されている。

いずれにしろ中心市街地にはかなりの規模の地下駐車場があることは確かだ。

それなら広島市でもこれら地下駐輪場を全て機会式の立体駐輪場としたらどうだろうか。
天井までの高さはどこもかなりある。
3M程度はありそうだ。
その空間が空いている。
そのスペースをもっと有効利用するのだ。
そのスペースを機械式の立体駐輪場として、びっしり自転車を詰め込めば、現状に比べ、少なくとも3倍は入りそうだ。
新たに地下工事をするわけではないから、それほど工事費だってかからないだろう。

この5か所の駐輪場を機械式立体駐輪場に改修すれば、新たに「2820台×2=5640台の駐輪場ができる」ということになる。
これだけあれば、算術的には、中心市街地の違法駐輪の問題は殆ど解決するということになる。
後は広島市民のマナーの問題だ。

日本のロボット技術の発達は目覚ましいものがある。
自転車の機械式の立体駐輪場を作る技術もあちこちのメーカーで開発が進められている。
ネットで検索すれば、立体機械式駐輪場のメーカーは日本には何社もある。

自転車にICタグを付け、所有者がICカードを持って、自分の自転車を出し入れするという技術も開発されている。
原理的には機械式駐車場と同じだが、自転車には自転車にあった処理の仕方があるだろうと思う。

そんなメーカーに、地下駐輪場を立体機械式化する提案させたらいい。
新たに地下スペースは設けるわけではない。
機械式にして駐輪台数を増やすだけだ。
それほど工事費はかからないだろう。
案外ビジネスとして儲かるかもかも知れない。
税金を投入しなくても、いいかもしれない。

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2010年2月19日 (金)

「ヒロシマをさがそう」とNHK

NHK広島ビルの平和大通り側に3つの原爆関連の碑がある。

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NHK広島放送局のHPで調べると、
・原爆の碑
高さ4~5Mはあろうかという大きな彫刻の碑だ。
1966年建立。
NHK広島放送局の職員で被爆して亡くなった86名を合祀している。
製作は広島市出身の彫金家 伊藤 顕さんによるもので、惨禍から立ち上がる人間、過去を悔い祈る人間、そして永遠の平和を培う人間像が浮彫形式で表現されている。
と書かれている。
・ヒロシマの火
広島平和記念公園の「平和の灯」と福岡県星野村の「平和の火」から分火された、“2つの火”が灯されているという。
・被爆放送局の碑
2005年に建立。
被爆したNHKビルの縁石の一部を使い、二つの石に嵌め込まれた鉄板は、原爆の投下された「午前8時15分」を表わしているという。

碑の後ろの大きなガラスケースには「ヒロシマをさがそう」というキャッチフレーズが掲げられている。
脇の別のガラスケース中には、大きなモニターTVが置かれNHKの放送が流され、パソコンの画面ではNHKのHPが映され、小さな携帯の画面も置かれている。

「ヒロシマをさがそう」というのは、どうも変な表現だなと思っていたが、NHKのHPを見ると
「NHK広島放送局では、およそ160件におよぶ被爆建物、被爆橋梁、被爆樹木、慰霊碑など、原爆を象徴的に物語る“ヒロシマ”を紹介し、市民の皆さまが守り続けてきた思いを伝え、平和へのメッセージを発信します。
 皆さまからの感想とともにお寄せいただいたエピソードや新たな情報をサイトに追加掲載し、皆さまといっしょに“ヒロシマ”を記録し、後世に残す“被爆地図”をつくっていきます」
と書かれている。
市民から情報を集め、掲載していくことで、ヒロシマに関するある種のウィキペディアを作ろうという試みのようだ。
まさにネット時代のプロジェクトだ。
もう一つの平和資料館が出来たともいえる。

被爆の慰霊碑が3つに、TV画像、パソコン画像、携帯画像。
これだけ集積すると、ちょっとした観光拠点になる。

広島にある企業としてのこうしたNHKの試みを評価したい。

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2010年2月18日 (木)

道路の上の渡り廊下

幟町の広島女学院脇の道路に、道路の両サイドの建物を繋ぐ渡り廊下がある。
奇麗な渡り廊下だ。
街の景観にもなっている。

渡り廊下の下の道路は片側1車線に歩道が付いている程度の広さだ。
歩道から渡り廊下に上がることはできない。
渡り廊下は広島女学院の専用施設となっている。

道路上に渡り廊下がある?
通常、公共施設である道路の上にこうした渡り廊下をつくることはなかなか難しい。
そう簡単にできることではない。

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しかし良く注意してみると、街のあちこちに、そんな道路上に作られた渡り廊下はある。
新天地のヤマダ電気の入っているビルも4M位の幅の道を隔てた駐車場とが4~5階あたりで渡り廊下で繋がっている。

そごうの新館とバスセンタービルも6階の渡り廊下で繋がっている。
2つの建物は5~6M離れているが、多分その下にはなんらかの形の道路があったのだろうと思う。
それが、避難上の理由ということでか何かの理由で2つのビルを繋ぐ渡り廊下が設けられたのだろうと思う。

建物と建物を繋ぐ渡り廊下は、避難上もバリアーフリー上からもあったほうがいい。
そごう新館とバスセンタービルを繋ぐ渡り廊下も数年前に車椅子のための装置が付けられた。

渡り廊下は利用者に取っては随分と便利だ。
それぞれのビルにとっても、大きな利用客増になっているだろうと思う。

10M以下の幅の道路であれば、両側のビルをつなぐ渡り廊下を積極的に作っていいったらいいと思う。

車道を跨いで、歩道と歩道を結ぶ歩道橋は、車の流れをよくしようということで、1960~70年代に盛んに作られたが、今ではそうした歩道橋は広島市内では数カ所残すのみで、殆ど撤去されている。
その役割は終わったというわけだ。

渡り廊下と歩道橋、同じようだが、随分と違う。
この違いはどこからくるのだろうか。

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2010年2月17日 (水)

YOKOSO!JAPAN

先日、広島観光コンベンションビューロー主催で、桐谷エリザベスさんの講演会があった。
外国人、それもアメリカ人からということになると思うが、外国人は日本のどこに興味を持っているのか、どんな所に行きたいと思っているのか、そうしたことをもっときちんと理解して、観光政策をたてるべきであろうという趣旨の話があった。

「外国人は、広島であれば、原爆ドームと宮島に興味を持っていると思っているが、どうもそれは日本人がそう思っているのであって、アメリカ人は必ずしもそうではない」という。

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「YOKOSO! JYAPAN」のキャンペーンは、その典型だという。
YOKOSOという言葉の意味は、日本人なら誰でもわかるが、そんな言葉を知らないアメリカ人にとってはまったくチンプンカンプンだという。
それを作った本人だけが満足していて、相手にちゃんと通じているのか、何もどう思っているか、何を期待しているのについて考えていないケースが多いという。

エリザベスさんが、もっとも日本の文化を感じ、感激したのは日本のお風呂だという。
「日本人は、お風呂での入浴のプロセスを、茶道と同じように芸術にまで高めている。

お風呂屋さんは地域のコミュニティーにもなっている。
お風呂屋さんの建物はお寺みたいだ。
お風呂屋さん壁に画かれた富士山の絵も素晴らしい。
お風呂のシンボルとなっている煙突も素晴らしい。
アメリカ人はお風呂に入る習慣がない。
欧米ではお風呂は原則病気にでもならなければ、入らない」
という。
オフロ・セレモニー?

「デパートでは開業時間のときの、従業員がエントランスロビー、売り場にきちんと並んで、「いらっしゃいませ」と挨拶する。
これは日本人の心だ。
B1,B2の地下の食品売り場で見るお煎餅、お惣菜等は日本人の食べ物がわかり大変面白い。
デパートのトイレにはウオッシュレットがあるが、あれには皆びっくりする。
館内にいる従業員は外の天気もわからないはずだが、それも館内に流される音楽で、知らされるようになっている。
デパートには日本人の日常生活のエッセンスが詰まっている。
大変面白い」
という。

それらのことは、日本人にとってはあまりに当たり前のことであるが、外国人はそうしたことに、日本の文化を感じ、大変面白いというのだ。

日本人の何気ない日常の生活の一コマ一コマに日本の文化があるというわけだ。

そういわれてみれば、思い当たることは沢山ある。

私がアメリカで生活していたとき、友人がホームパーティーに招待してくれた。
夕方になって、彼の親しい友人たちがそれぞれ食べ物やお酒を持ちより、勝手にお喋りするだけの会だ。
彼らは私の下手な英語にも一生懸命付き合ってくれた。


そうしたことはアメリカ人にとっては当たり前のことだろうが、私にとっては名所・旧跡をみるより、遥かに面白かった。
印象にも残っている。

アイスホッケーの試合も見にいった。
アメリカには30チーム以上のプロのチームがあるのにも驚いた。

日本の技術は、ガラパゴス技術として、世界的にみれば、孤立していて、世界標準にならないということが、よくいわれる。
しかしそうした状況に日本の文化もなっているようだ。
日本人の生活のガラパゴス性が、観光という視点から見れば、素晴らしい観光資源になるということになるのだろうと思う。

私にはお風呂が茶道と同じだとはとても思えないし、デパートが日本人の生活のエッセンスを見せる場になっているとは、とても想像することすらできなかった。

広島にあっても、そうした広島の市民の生活の一コマ一コマが外国人には面白いのかもしれない。
広島人の日常生活が、外国人にとって、どんな価値があるかという視点で見直してみる必要がありそうだ。

広島の素晴らしさを解っていないのは、案外広島人かもしれない。

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2010年2月16日 (火)

『平和五輪』巡り市民が討論

 広島市が招致を目指す2020年の夏季五輪について市民が語り合う会が開かれた。
この会は「平和五輪」に対する疑問や不安などの問題を市民の立場から探ろうという“ひろしま市民の 市民による 市民のための タウンミーティング”を掲げた市民グループが呼び掛けた。友人に誘われて参加し、関係書を含めて20人が出席した。

 集会では、まず呼びかけ人代表が五輪を巡る市民の声が聞こえない、招致・開催費用が重くのしかかって来るのではないか?市長や行政はもっと市民の声を聞く必要がある。計画の概要、規模や予算など市民の立場から分かりやすい情報の提供とそれに対する率直な意見を反映する場が欲しい…、賛否それぞれの立場からの議論を起こし関心を高めるきっかけにしてほしいと会の趣旨を説明した。

 広島市の五輪招致検討の担当課長が「平和市長会議が2020年までに全ての核兵器廃絶を目指している。その実現は21世紀最大の出来事であり、その実現の年に五輪で祝福出来れば意義深い」と狙いを説明した。また、これまでの経過や長崎市の共同開催辞退の意味と今後の展望や全国自治体150団体近くの応援参加状況などを伝えた。

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 出席者からは規模や内容が具体的でないのにイメージが先行していないか。趣旨に反対は少ないと思うが市民負担がどれ程になるか財政負担が心配とか、現実的でない夢に大金をかけるのは疑問…などの声が出された。
 
 五輪以外で有効なイベントは検討しているのか?賛同の声を聞く形のHPは反対の声をボイコットしている。市民の生の声を聞くHPに変える必要があるのでは?市民負担が一人当たりどれくらいになるのか示してほしい…などの注文や要望が示された。
 検討委員会への市民委員の参加や市民の意見を反映できる仕組みや独自の市民委員会や市長が開くタウンミーティングや各地域での説明会の開催を要望する声も出された。

 会では今後もタウンミーティングを継続する計画で、近く発言をまとめて市に提出する。広島市は来年度予算に2500万円の招致計画検討の事業費を計上する。核兵器の廃絶を目指す運動の一環としての平和五輪の趣旨と、市民負担の軽減に市民理解の拡大に広島市の積極的な対応を求めたい。このタウンミーティングがその契機になることを期待したい。
<問い合わせ:タウンミーティング実行委員会:代表 東川繁博 090-3374-1158

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2010年2月15日 (月)

今年の影絵は「世界へ届けみんなの祈り」

 今年6回目を迎える「小さな祈りの影絵展」の作品制作を目指す市民ワークショップが始まった。日曜日の一日を中区の幟会館に35人が参加した。

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 影絵展には毎年ユニークなテーマがある。第1回の‘05年は「懐かしい広島の風景」‘06年は「大平数子さんの原爆詩・母」‘07年は「懐かしい子供たちの遊び」‘08年「生きる」‘09年家族、そして6回目の今年は「世界へ届けたいみんなの祈り」だ。

 影絵展のプロデューサの映画美術監督の部谷京子さんと影絵作家の浜谷ゆう子さんは“市民参加の影絵展”を念頭に8・6展示後の市内での循環展示と幼稚園や小中学生の制作参加を働き掛けて来た。一昨年から4幼稚園に中学高校4校がレギュラー参加している。今年は新たな幼稚園や詩人の井口けい子さんにNHKアナウンサーの杉浦圭子さん、部谷さんの同級生など女学院のOG達も参加している。

 早速、今年のテーマで何を表現するか?夫々のグループで話し合い「大好きと言う気持ちを大切にしたい」「未来に向けて」「人類みな家族」「地球を大切に」「核のない世の中」「小さな幸せ」「つながる命」「朝を迎えられる幸せ」など、影絵表現のイメージが出された。
 1枠5~60センチの木枠の中で表現出来る“世界に届けたい皆の祈り”を求めて赤ちゃんをのぞきこむ家族や原爆ドームなどの下書きやスケッチが始まった。
 全体で22枠しかないステージ。これを幼稚園が5枠、中高校と大人のグループが13枠。濱崎さんは4枠の中で、それぞれの思いを影絵に託す…。
 学校やグループで持ち帰り更に構想を練って6月のワークショップで完成を目指す。

 8月5~6日夜の元安橋東詰めの「カフェ・ポンテ」横の小さなスペースは、年々多くの市民の足を止め、祖父母から亡き人の思い出を聞き静かに平和を祈り場にすっかり定着して『小さな祈りの影絵展』の指定席になってきた。
 影絵を通して父母に感謝し、命や生き抜く力、家族の大切さ、世界の平和を考えるヒントは広島に新しい平和と文化?の目を育む『市民参加の影絵展』に確実に発達成長しつつある。今年のテーマにどう応えるのか…期待して待ちたい。
 小さな祈りの影絵展<濱崎ゆう子:影絵プラネット http://kageepla.net

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2010年2月14日 (日)

「恵方巻き」は便乗商法?

 節分に『恵方巻き』を食べると縁起が良い…恵方巻きのTVCMに新聞広告にチラシとにぎやかだった。TVのワイド番組では今年の恵方は西南西に向かってかぶり付く様を沢山目撃した。こんな風習はなかった広島地方にいつ頃から始まったのか…?

 広島地方で「恵方巻き」が出始めたのは極めて新しい出来事だ。私は放送局で営業を担当するようになった平成7年(’95年)頃に出会ったのが初めての様に思う。スポンサーのスーパー担当が節分を前に社内で注文を取ってまとめ発注していた。
 
 元々「恵方巻き」は大阪の商売人が江戸の末に『厄落とし・縁起担ぎ』として始めた商売繁盛の祈願事だった…ようだ。由来辞典によると「恵方」は陰陽道でその年の干支によって定められた最も良いとされる方角のことで、その方向にいる神に願いを込めて巻き寿司を食べる。一旦は廃れていたが昭和30年ころ海苔の業者が販促に「恵方巻き」の復活をし、以後大阪の海苔問屋協同組合や酢のメーカーが『幸運巻き寿司』などとして宣伝販売した。その後、売り上げが落ちる1月から2月にかけてスーパーを中心には販促され、各地にも拡大した。
 節分の夜にその年の恵方に向かって目を閉じて何も言わず、願い事を思い浮かべながら太巻きを丸かじりするのが習わしとされている。商売繁盛や無病息災を願って食べる…のが“恵方巻き”を食べる作法?のようだ。

 ウイキペヂィアによると広島では平成元年(‘89年)にセブンイレブンが販売を開始し、平成7年から西日本に販売エリアを拡大し、3年後に全国展開したことが契機になって急速に普及しデパートにコンビニまで拡大した…との説は正統のようだ。
 バレンタインデーのチョコレートに似た業界主導の販売促進の一環で、節分に商魂逞しい便乗商法として成功?した例かもしれない。

 我が家ではいつ頃からかよく覚えていないが立春前後にチラシ寿司や巻き寿司をつくるのが習わしの様になっている。恵方巻きとの関わりは無いように思う。ウナギやアナゴが不得意な妻が自分好みにつくる。季節の変わり目にその時期の旬の野菜を使うのが特徴で春だけでなく夏、秋、冬にもお目にかかる。

 テレビで見ると一夜に6000本、7000千本を徹夜で巻く業者もあって一般的に認知度は年々上がっている。1本4~500円から千円前後の恵方巻きは正月明けの閑散期の売上アップのカンフル剤としてバレンタイン・チョコレートと並ぶ人気商品として維持されることだろう。例え便乗方法であったとしても罪のない面白アイディア商法と言えよう。

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2010年2月13日 (土)

朝青龍の引退劇の遺産?

 横綱朝青龍が突然の引退に追い込まれたのには驚いた。何度も“厳重注意”を受けるなど“大相撲のやんちゃ坊主“ではあったが、サッパリとした気性は“土俵の花”としての人気は随一で朝青龍フアンになっていた丈に残念であり、寂しくもあり、外国人力士問題として角界に大きな課題を残した…。

 朝青龍はモンゴル相撲で少年横綱になり平成9年に高知の明徳義塾高校の留学で来日し2年生の冬に中退して高砂部屋に入門した。平成11年に初場所で初土俵を踏み、平成15年初場所で初土俵後25場所の最速で横綱に昇進した。この間、史上初の7連覇をはじめ幕内優勝は大鵬、千代の富士に次ぐ3位の25回を果たした。
 何よりも改めて朝青龍の記録に驚かされる。生涯戦歴669勝173敗76休:勝率7割9分5厘、幕内戦歴596勝153敗76休:勝率7割9分6厘。幕内優勝25回に幕下、三段目、序二段各優勝1回。殊勲・敢闘賞各3回…があるが、負け越したのは3度しかない。
 平成12年一月の3勝4敗と翌年名古屋の小結で7勝8敗。横綱になって平成15年の名古屋で5勝5敗5休みがあるだけだ。対戦力士との勝負も負け越しは貴乃花の2敗、武蔵丸の4勝5敗だけで、立会前に勢いよくまわしを叩くアクションや闘志がみなぎる取り組みや愛嬌たっぷりの笑顔は角界一の人気者に押し上げてきた。

 こうした実績の一方で、土俵上の振る舞いでは“ガッツポーズ”“土俵際のダメ押し”“仮病疑惑”など『お騒がせ横綱』『角界の異端児』『奔放な豪傑』など、傍若無人振りを極めて厳重注意を5回も受け、3年前は巡業をケガで休場しながら、モンゴルに帰国してサッカーをして2場所の出場停止と4カ月の減俸処分を受け『横綱の品格』を問題にされてきた。

 今回は初場所中に明け方まで飲酒して泥酔し知人を殴った疑いが浮上した。当初マネージャーが「殴られたのは自分」と言い、厳重注意で終わる見通しだった。所が、それが嘘だったとの報道で大騒ぎになってしまった。
 
 外国人力士は高見山で始まりハワイ系力士時代からモンゴル・ヨーロッパ系力士に代わり、今や幕内の三分の一近くを支えている。しかし、相撲協会の役員や運営には『国技』を盾にヤクザ世界にしかない一門や一家という一般社会では通用しないしがらみ世界が中心の業界が生きている。先日の理事選挙はその一端をあらわにした…。
 生れ育った生活環境や風習が全く違う外国人に『横綱の品格』を誰がどのように指導してきたのか?朝青龍の不幸は長らく一人横綱時代に支えた大相撲は彼に何を教え指導したのか?心技体を整えた“土俵の美学”が何なのかを叩きこまれる指導者に恵まれなかった事にあろう…。
 弟子の指導名目で暴力をふるって死者を出しながら曖昧な対応しかできていない日本相撲協会が外国人力士の育成指導にどのような対応をするか…。
 
 朝青龍の不幸は何と言っても出世スピードが速すぎた事。
 横綱になるや否や一人で4年間、強い横綱を張って大相撲人気を支えた事。
 この間、親方も協会も強い横綱で相撲人気を煽って『横綱の品格』など指導する間がないまま突っ走った…事にある。
 親方にも相撲協会にも朝青龍への借りは大きく責任は極めて重いものがある。
協会は外部の力を導入して外国人力士の育成指導の体制を抜本的に考える時期が来ており、それが二人目の朝青龍を出さない為の教訓であり、朝青龍が残した遺産ではないか…。
 今や、日本相撲協会の抜本的改革こそが最大の課題だ。 

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2010年2月12日 (金)

電車の中で本を買う時代

書籍販売で最大手であるアマゾンでは、既に昨年5月のデータで全売上げの35%が電子書籍でした。それは2年前にアマゾンが発売し爆発的に売れた電子書籍端末のKindle(キンドル)が大きく貢献しています。Kindleはパソコンなどの液晶画面とは違い、直射日光の下でも文字がはっきり見え、画面拡大や音声読み上げも可能で、印刷文字より読みやすく、アンダーラインやメモも簡単にできるものです。本より遙かに軽い本体の中には数千冊の本が入ります。

更にKindleでは、3G(携帯電話網)やWiFi(無線LAN)を使って、本を買うことができます。Kindleの画面で購入した本は僅か1分でダウンロードされ、即座に読むことができます。どんなに売れている本でも売り切れることはありません。カリフォルニアでは学校の全ての教科書を電子書籍にすることを決定しています。

そして3月にはApple(アップル)のiPad(アイパッド)が発売されます。Appleは世界で初めてパソコンを作ったメーカーであり、Mac(マック)でマウスとアイコンで誰にでも簡単に扱える今のパソコンも実現し、iPod(アイポッド)で音楽の聴き方から流通まで変え世界で一番音楽を売るiTunesStore(アイチューンズストア)を作り、iPhone(アイフォーン)でスマートフォンを一気に普及させました。そのAppleがiBookStore(アイブックストア)を作り、iPadを販売するのです。

iPadはiPodがそうであったように、Kindleより高性能で高機能、限りなくパソコンに近いものでありながら、Kindleより安いという戦略的な価格で登場します。iPodの登場で音楽業界が変わったように、iPadは出版業界も変えるかも知れません。

そうなると、広島市のアストラムラインのように無線LANを装備した車両では、通勤や通学の途中に、本を読むだけではなく、本を買うということも一般的になるかも知れません。いつでも、どこでも、即座に本が買える、これもユキビタス社会の一つです。

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2010年2月11日 (木)

フリーペーパーランド?

シャレオやアストラムラインの駅の電照広告看板が、数年前から、フリーペーパーの置き場所に変わってきている。

昔に比べ、今は地下の照明も随分と明るくなり、何も広告看板を裏から光を当てなければ、ポスターが見えないということもなくなった。

地下街の壁であっても、そこにポスターを貼るだけで、充分見えるようになった。
電照広告看板の必要性もなくなったようだ。

それならもっとそのスペースを有効に使かおうというのは、当然だ。

電照広告板のスペースは、裏に蛍光灯を置いているから、結構奥行がある。
10CM以上はありそうだ。

そんなスペースは、雑誌や新聞を置くのにはちょうどいい。
元々広告看板があったところだ。
目立つ場所であることは確かだ。

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それに、近頃はアルバイト案内の雑誌、レストラン案内の雑誌、通信講座の案内の雑誌等フリーペーパーと呼ばれる無料の雑誌が急激に増えてきた。

コンビニの脇のラックにも、そうした類の雑誌が山と積まれているが、お店の中でなく、外に置かれていることが多いから、しばらくすると雨に濡れて、なんとも汚らしいゴミでしかなくなっていることが多い。

アストラムラインの駅の構内、シャレオの階段の途中に作られたこうした場所なら、雨にも濡れないし、目立つからフリーペーパーを置くには最高だ。
最近は広島市の広報誌「市民と市政」も置かれるようになった。

フリーペーパーランドというのも、上手いネーミングだ。

結構取っていく人がおおいのだろう、棚一杯にフリーペーが置かれていたのに、しばらくすると空になっている。

デジタルサイネージが進むと、このスペースはモニターTVを置くには、ちょうどいいスペースになりそうだ。
後何年かすると、ここにも今度は新しい形の電照広告板=デジタルサイネージのスペースになるのだろうか。

なんとも世の中の変化は激しい。

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2010年2月10日 (水)

お好み焼きとキャベツ

広島の名物といったら、そりゃなんといってもお好み焼きだ。

熱せられた大きな鉄板の上に卵を落とす。
ヘラでスーッと軽く円を画くようにして拡げる。
その上に、キャベツともやしを山盛りに乗せる。
キャベツともやしの上には、豚肉を数枚乗せる。
直ぐ脇にもう一つ卵を落として、スーッと拡げる。
熱せられて少ししぼんださっきのキャベツと卵を、両手に持ったヘラで、新しく作った卵の上にサッと乗せる。
卵に挟まれたキャベツを数回ひっくり返すと焼きあがりだ。
その上にソースを刷毛でぬる。
お好み焼きの出来上がりだ。

お好み焼きを目の前の鉄板の上に置いてくれる。
ここは余熱で熱くなっている部分だから、置いておいたからと言って焦げてしまうもんではない。
上手くできている。

頼めば、箸で取れる大きさに切ってくれる。
鮮やかな手際だ。

見ていて楽しい。
もうこれは1つのショーだ。
これもお好み焼きの人気の秘密だろう。

冷たいビールを飲みながら、熱いお好み焼きを食べるのは最高に美味い。

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お好み焼きは山盛りに盛られるキャベツがあってこそだが、実はそのキャベツは地元広島産ではないようだ。

春から秋にかけては、7月から10月は海抜800~1400Mの高冷地の群馬県嬬恋産のキャベツを使い、
12~4月までは、愛知県東三河地域で作られるキャベツを使っているようだ。

キャベツは採れた場所、シーズンによって甘みも柔らかみも微妙に違うのだという。

それなら広島産のキャベツにしたら、お好み焼きはもっと美味くなるかもしれない。

なんとか広島産のキャベツを作ることはできなのだろうか。

例えば、夏は吉和高原で採れたキャベツを使い、冬は大崎島で採れたキャベツを使うとかはできないもんだろうか。

お好み焼きのソースは、広島にはオタフクソースという素晴らしいメーカーがある。
それならキャベツだって広島産にしたら、もっと美味いかもしれない。

広島の名物のお好み焼きはソースもキャベツも、全部“広島産だから”美味いといえるようにしたい。

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2010年2月 9日 (火)

オープンカフェ・ポンテと灯り

もう大分日が暮れてきた。
平和公園をでて、本通りに向かい、元安橋にさしかかると、橋の向こうにホワーツと灯りが見えた。

この寒いのに、外のテラスでは、ビール、コーヒーを飲んでいるグループ、カップルがいる。
なかなか恰好いい。

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オープンカフェ・ポンテの灯りは妙に気持ちを和ませてくれている。
平和公園のあの厳粛な雰囲気からでてきたとき、街の灯りをみたような気分にさせてくれる。
どんな灯りも、灯りは人の気持ちをホッとさせてくれるが、このオープンカフェ・ポンテの灯りはどうも特別だ。

この元安川の東詰にできたオープンカフェ・ポンテは、広島の重要な交通拠点を構成しているだけではない。
広島の夜の景観を構成する重要なポイントにもなっている。

平和公園と本通り商店街とは、それまでなんとなく切れていたが、このオープンカフェ・ポンテができたことで、繋がった。

まちづくりとはこうした些細なことの積み重ねで出来ていくのだろう。

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2010年2月 8日 (月)

「上関原発阻止!」を広島で広める市民ネット

 31日、広島市内で『中電の上関原発』を巡る二つの動きがあった。一つは原発計画に反対する輪を広島で広げる市民グループや個人でつくる広島地区の連携組織の発足。もうひとつは映画「東京原発」を全県で上映する会の上映か所の拡大だ。

 原爆資料館B1で開かれた「上関原発止めよう! 広島ネットワーク」は建設計画が浮上して28年を迎えた中国電力の原子炉設置許可申請が新しい局面を迎える中、平和や環境問題などを掲げる県内の27団体と個人活動か70人が連携を強めて、上関の現状や中電の対応を知らせて、原発建設の阻止運動を広島で盛りあげようと一般市民に呼び掛け150人が参加した。

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 医師で被爆者支援活動を進めている青木克明代表が「原発反対の思いを祝島と共有し、被爆地の広島で運動を広げたい」とあいさつし、記録映像で最近の現地の運動のようすを見、現地からの報告を聞いて意見を出し合った。
 上関から広島市内までは80キロ余と近く、現地には「広島の人は原爆の放射能の怖さをよく知っているから私たちの気持ちは一番理解してもらえるだろう」という期待がある…。
 現地の周辺は貴重な希少動植物がある半面、伊予灘や日向灘地域の地震特定観測地域で地震多発地域でもあり、活断層がある不安定な地盤が指摘されて設置が疑問視されている。
 住民の間では推進と反対で二分され、人間関係に大きな亀裂を生じたが、今年10年の期限を迎える5,5億円の漁業補償の受け取りを巡って拒否表明する人が大幅に増え、中電の強引な対応が難しくなってきたことや“原発に頼らない島興し”への取り組みが報告された。
 原発への関心が低い…と言われている広島での運動拡大に多くの期待の声が寄せられた。
  問い合わせ:上関原発阻止! 広島ネットワーク事務局 木原省二 方 082-922-4856
 
 一方、1月20日付け当ブログ掲載の映画「東京原発」を広島県内全市で上映する会はこの日2回目の実行委員会で9市での上映を決めた。県内各地で地道に環境や平和活動に取り組んでいる人達の行動力は早くて強くて頼もしい。

 映画は財政立て直しのために「東京に原発を誘致する」という都知事(役所広司)の爆弾発言が大混乱を引き起こす。広島出身の祖母が被爆者という副知事(段田安則)が反対の矢面で繰り広げる“ブラックユーモア”映画。
 原発は安全で問題ない、自分には関係ないと思っている人達も…一気に大問題と…大騒ぎ…。原発を巡る課題やデーターは仮想でなく日本や世界の実情・記録を反映した作品になっている。

 TVや新聞の『原発安全CM』に慣らされた人達に改めて“原発の是非“を考えさせる映画です。家族、友人を誘いあってご覧ください。
 呉、安芸高田、福山、竹原、江田島の各市やそのたの町でも開催準備を進めている。

3月16日(火)三原中央公民館<10:30/14:00 /18:30 >
21日(日)広島西区民文化センター(15:00/18:00 )、
27日(土)大竹市、 場所時間検討中
4月11日(日)府中市勤労センタ―(10:00/14:00 )、
18日(日)シネマ尾道(13:00 /15:30 /18:00 )、
24日(土)東広島市民文化センター(13:30)、
25日(日)三次まちづくりセンター(13:30)、
5月9日(日)庄原・楽笑座(10:00/13:30 /18:00 )、
9日(日)廿日市さくらぴあ 時間未定。

共通料金:当日999円。前売り800円。高校生以下は無料。
この映画は「原発」の是非を考える上で大きなヒントがある。ぜひご覧いただきたい。
  問い合わせ:「東京原発」広島県上映の会 広島映画センター内 082-293-1264

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2010年2月 7日 (日)

鶴瓶主演の映画「ディア・ドクター」に寄せて

 落語をしない噺家と言われる笑福亭鶴瓶が主演し、いま注目の広島出身の若手女流監督がメガホンを取った映画「ディア・ドクター」を見た。

 鶴瓶はいまやNHKの「家族に乾杯」やTBSの「A‐studio」などで絶大な人気と知名度で高視聴率を稼ぎ出しており、欠かさず見るフアンの一人になった。
 京都産業大学に在学中に六代目の笑福亭松鶴に入門し、関西のラジオでお笑いタレントとして売り出した。パンチパーマが爆発したようなカーリーヘアにGパンのツナギで落語は語らず専ら司会業やパーソナリチィーで徐々に全国ネット番組に進出し、俳優としても頭角を現し始めていた。‘08の「かあべい」や「私は貝になりたい」昨年の「ディア・ドクター」に近日公開になる「おとうと」も早くから評判を呼んでいる。
 「トラック野郎」や「釣りバカ日誌」にも出演しているが、俳優・鶴瓶を意識的に見たことはなく初めての主演映画として観た。

 作品はノートルダム清心中・高校から早稲田に進んで映画界入りした安佐南区出身の西川美和監督(36)の原作・脚本。西川監督は‘02年に「蛇イチゴ」で監督デビューし数々の新人賞や脚本賞を得た。次々に取り組む作品も国際映画祭などでも受賞し、同時に作家・書評家としても才能を発揮している才媛だ。東京にいては集中できないと脚本の執筆に掛かると広島の実家に籠って取り組むという。いま注目の若手女流映画監督だ。

 山間の小さな村から一人の医師が消えた。無医村だった高齢者の村にやってきて、献身的な働きぶりで信頼されてきた…。しかし、警察が捜査を進めるうちに誰も知らない事実が浮かび上がってくる…。
僻地での医師不足という社会問題を扱った作品。医者の息子に生まれながら医師に成れなかった男が“ニセ医師”として高額の報酬を目当てに入り込んだ。医療機器のセールスマンとしての知識を活かして胃カメラやレントゲンを操作し、経験豊かで腕のいい看護師の助人もあって信頼を高める…が、医師の娘に自分の病気を隠そうとする独居老人の診察を巡って“ニセ医師”は自分の診断がもたらす結果が怖くなり身を隠す覚悟をする…。

鶴瓶のキャラクターが存分に生かされた人間ドラマは現代世相を厳しい目でえぐりながらも人の繋がりや優しさに視線を注いだ暖かさに溢れた、見ごたえのある作品だ。
昨年の暮れに、広島出身の映画の美術監督・部谷京子さんらが始めた『ダマー映画祭 in ヒロシマ』でも西川監督の講演と作品上映会があった。映画製作に熱い思いを抱く広島出身の女流監督と美術監督のコンビが遠くない日に広島を舞台にした映画作りに取り組む…と、この映画を見て、勝手に期待してしまうのは、早すぎるだろうか?

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2010年2月 6日 (土)

劇団四季の公演に想う

 劇団四季が創立55周年を記念して一昨年スタートさせた、人気ミュージカルの名場面集『ソング&ダンス』を楽しんだ。RCC時代に6年間担当した縁ですっかりフアンになった。
 劇団四季は55年の間に数多くの作品を送り出しており、代表的な作品の中から選りすぐりの名作を新しい感覚で再構成したもので「キャッツ」「美女と野獣」「ライオンキング」など38曲を歌と踊りのメドレーでつづり、拍手と手拍子に包まれた2時間だった。

 劇団四季は慶応高校の教師で劇作家の加藤道夫さんのもとに集まった教え子の浅利慶太さんら演劇を志す10人が昭和28年(1953年)に戦後の荒廃から立ち上がる夢を求めて結成した。何よりも『台詞がよく伝わる』と『感動を全国に届ける』演劇活動を目指した。
 
 忘れられないのは‘01年に『オペラ座の怪人』のロングラン広島公演を発表した時の浅利慶太代表の言葉がある。発足間もないころ広島で当時RCCのラジオ局長だった藤田一雄さんに『文化の東京一極集中を是正して、地方への出前こそが大きな枠割だ』と励まされ、以後大きな目標としてきたことを挙げて「広島は劇団四季の心の故郷」と位置付けされた。
 劇団四季は一年で3000回の公演をするが半分は東京を離れ、全国の津々浦々に出かけ、とりわけ子供たちを無料で招待する『心の劇場』公演は5000回で8百万人を超えた。

 広島公演もRCCが単独で主催してきた40年間から中国新聞が加わったこの10年余で様変わりしてきた。『オペラ座の怪人』に続く『キャッツ』と『美女と野獣』は70~120回の連続公演で11万~16万人を動員した。加えて年に3回の定期公演も、県外から20%を超えるフアンを呼び込み、広島の文化発信力を大いに高める役割を果たしてきた。

 その劇団四季は4月から広島ロングランを仕掛けリードしてきた佐々木典夫社長が副会長に引いて創業者の浅利慶太代表が再び社長に返り咲いて牽引する。
 5月23日からロングラン第四弾「マンマ・ミーア」が10万人の入場者を目標に始まる。
 ‘99年にロンドンで開幕されて以来、世界の180を超える都市で3千万人を超える動員を記録し、日本でも190万人に達しており、広島で200万人超えも夢ではない。
 デフレ不況風は文化にも響いており?福岡キャナルシティーの四季専用劇場が暫くの間、長期公演を見送っているのは気になるが「マンマ・ミーア」の成功が、次に「ライオンキング」や「メリーポピンズ」など広島で未公演作品のロングランを呼び込む力に成るだけにエールを送り、成功を期待したい。

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2010年2月 5日 (金)

オバマ来広への課題解決を!

 全米市長会議に出席した秋葉広島市長はオバマ米国大統領と面談し、広島訪問を呼び掛け「広島へ行きたい」との言質を得た。オバマ氏の来広が実現する可能性が見えてきた。
 しかし、オバマ大統領の広島訪問が実現するまでには大きな課題・難題も見えてくる。

 秋葉市長は“2020年までに核兵器を廃絶する“協力を訴えるため平和市長会の会長として全米市長会に招かれて出席。会議後の21日に米国市長会の代表と一緒にホワイトハウスを訪問した秋葉市長は短時間ながらオバマ大統領と対面し「広島におこしください」と声をかけた。大統領は『行きたいと思う』と答え、広島訪問の意志を表明した。
 
 オバマ大統領は昨年秋、APEC首脳会議へ出席途中に訪日した際『将来被爆地訪問出来たら非常に名誉だ』と訪問意欲を示していた。また、昨年春の核兵器廃絶を訴えた“プラハ演説”で「原爆投下の道義的責任」につい発言し、被爆地訪問や核廃絶への期待を高めさせていた。
今回、秋葉市長に直接明かしたことで広島訪問の実現性は大きく前進した…といえる。

 米国要人の広島訪問は‘84年にカーター元大統領が、昨年は現職の下院議長が訪問している。が、現職大統領の訪問は過去何度か検討された?が実現していない。
 今回のオバマ発言は被爆者たちに一層大きな期待を持たせた。しかし、一方で米国内には「原爆投下は戦争終結のためにやむを得なかった」との声は今も強く、退役軍人等から被爆地訪問への強い反発が予測されている。

 その背景にあるのは太平洋戦争の開戦時の日本の真珠湾奇襲という歴史が燻っている。
 昨年、天皇皇后のハワイ訪問の際に、旧日本軍の攻撃で沈没した米艦船アリゾナ記念館の訪問が検討され、戦後の日米間に横たわるわだかまりの清算と和解が実現する…と期待された。しかし、結果的には実現していない。‘94年の訪問時に「天皇の政治利用に当たる」等の反対論が尾をひている…との指摘がある点は見逃せない問題だ。

 真珠湾攻撃と原爆投下を両天秤ではかり、相殺できる問題ではない。しかし、米国内の戦中派世論は「原爆投下が戦争終結を早めて、更なる犠牲者を食い止めた」としていまだに『仕掛けた側からの謝罪が先…』との思いは強く、反発も強まることが考えられる。
 
 オバマ大統領の広島訪問の底辺には『謝罪の言葉』を求める被爆者の心情は依然強いものがある。その一方では例え謝罪の言葉はなくても、行動自体が被爆者にとって詫びになり、何よりも多くの被爆者の前で核廃絶を約束することに意味がある…との声が大きい。

 オバマ大統領は今年の秋には横浜で開かれるAPEC首脳会議に出席が予定されており、来広の機会が生まれる可能性は高い。広島訪問の実現の為に、広島は今改めて対米戦後処理の一環として、遅ればせながら日本政府に対し国を代表して天皇なり総理大臣が出来るだけ早い時期にハワイのアリゾナ記念館に出向くことを促すべきではなかろうか。
 
 双方に厳然として持ち続けられているわだかまりがある以上、それを解きほぐす役割を果たしうるのは日本側は天皇であり総理大臣で、米国側は大統領でしかない。
こうした対応には日本国内でも反発が予測されるが、まずは米国民の理解と納得を得ることこそ当面の最大の課題で、大統領の広島訪問の条件整備になり『核兵器廃絶』への道筋を整備することに通じるのではなかろうか…。

 先に仕掛けた側が相手側を納得させる方策を取るのは当然の手順だ。日本政府が先に動くことは大切な行動で、ヒロシマ・ナガサキ・被爆者は秋葉市長を先頭に勇気を持って冷静に、国に促すように取り組むべきではなかろうか…。

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2010年2月 4日 (木)

捜査報道と情報リーク

 小沢民主党幹事長の秘書の事件でマスコミが一斉に情報源を『関係者』とする報道を巡って検察庁の『情報リーク』と民主党の『政治的圧力』が過熱激突する議論を呼んでいる。

 加熱のキッカケはこの事件を巡って16日の民主党の大会で統一会派の新党大地の鈴木宗男代表の発言がある。自ら検察庁の逮捕起訴の経験に立って「世論を誘導して一方的に小沢が悪い奴だと印象つけるやりかたは公平でない」と政府に「検察幹部以外の検事とマスコミの接触を規制し罰則を設けるよう質問主意書を出す」との発言。検事出身の民主党の小川敏夫参議院議員らの『検事と記者の癒着を追及する』チームの設置が刺激的にある。
 加えて原口総務相が「関係者によると言う報道は、少なくとも“検察の関係者“か”被疑者の関係者“を明確にしなければ、電波と言う公共のものを使ってやるにしては不適切」指摘したこともある。放送局の開設や許認可権限を持つ大臣の発言は「報道規制に繋がりかねない」との反発で波紋を大きくした。

 これらの発言にはいずれも『検察庁は情報を意図的に漏らしているのではないか…』と言う疑念が前提になっている…と言える。
民主党には「関係者」という曖昧な表現のもとで裏付けが十分と思えない情報が横行して、一定の歯止めが必要との見方が強く、検察や報道に対する不満が充満しているようだ。

 こうした動きや発言に対してマスコミは「取材活動と情報操作を一緒にされるのは残念」とか「弁護人や疑惑事件の周辺にいる関係者の取材を重ね、多角的取材と吟味なしに真実に迫る報道はない」などの弁明や“情報操作”への一斉反発をしている。しかし、被疑者に接見した弁護士が「容疑は否認中」としているのに、翌日の新聞は一斉に「容疑認める」との報道はいかに『関係者』情報が『検察情報』であるかを告げているのと同様“お尻隠して頭隠さず“状態に見えることに対して疑問を抱いている人は少なくないはずだ。

 『情報・取材源の秘匿』と『表現の自由』は報道機関にとって欠かせない基本中の基本。『検察関係者』としないで『関係者』と曖昧にすることで“今後の取材が断ち切られて、国民に情報が伝えられなくなる可能性“を懸念して、例外的な『関係者』を使用しているとの弁明もある。が、自らの生命線に関わる情報リークや操作を認める訳にはいかない。
公務員の「守秘義務」と国民の「知る権利」も表裏で無関係ではない。

 どれ程多くの情報を引き出すか…が今も昔と変わらず“記者の腕”…と評価するマスコミ体質が維持されているなら、意図をもった捜査陣がいるとすればいとも簡単に「情報操作」はアウンの呼吸で成立することになる。その背景には、決してメディアが口を割ることはないので、捜査側は安心して『リーク』出来る構造があるからだ…。

 私はこれほどの政治事件を取材した経験はないが放送局勤務で30年を報道で過ごし、うち10年を警察・検察・裁判所を担当した。その経験から公式な記者会見以外で「刑事や検事・事務官の“情報リーク”なくしてサツ・司法記者は務まらない」のが実感だ。

 “国策捜査“も否定できない。明日の小沢幹事長の検察聽取後にそれぞれの対応がどう変化するか、厳しく国民目線で見守れば、報道の行間に真実の姿はいずれ浮かび上がってくる…と思う。
                              <1月22日:記>

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2010年2月 3日 (水)

春を呼ぶ香り

 年末に買ってきたヒヤシンスの球根が正月明けに小さな蕾を意付けていたが、今満開に咲き誇り家じゅうを甘い香りで包んでいる。

 毎年、年末に球根の鉢植えを買っておくと立春前後まで短い茎にぎっしりと小花をつけふくいくとした甘い香りを楽しませてくれる。 玄関に飾っていると、来客は必ずいい香りに褒め言葉をおくる。外出から帰ると香りの出迎えは嬉しいものだ。

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我が家の花の色は青いが白に紅、黄色にピ
ンクなどかなりの色があるようだ。原産地はギリシャやトルコなど地中海沿岸で古くから園芸化して改良され、寒さにも強く花壇を始め鉢植えや水耕栽培でも人気がある。日本には150年ほど前に渡来して和名を「風信子石」と表記されてジャスミンやバラ、チューリップにチンチョウゲ等と並んで香りも楽しめる春の花の代表格だ。

 我が家ではもう20年位前に西条の実家から株分けした小さなチンチョウゲを持ち帰り
鉢植えにしてベランダにある。背丈は30㎝余りで生育は止まっているが今年もこの時期に小さな赤い蕾を付け始めた。あと2~3週間もすればいい香りを放って春を告げてくれる。

 また、秋から年始まで咲いた胡蝶蘭に代わって「洋ランの女王」といわれるカトレアが鎮座している。
 花の好きな知人がデパートの「ラン展」会場から届けてくれた。茎の頂点に大きな花を咲かすカトレアは姿、形に気品と派手さを備える洋ランの代名詞。
 
原産地はいかにも中南米らしさを誇っているようだ。本来は春夏秋冬、四季を通じて咲くが日本では「冬咲き」と「秋咲き」が商品化されているが、どちらかと言えば『春の花』という印象が一般的のようだ。

 こうした花が花弁を落とした後の手入れは不得意で胡蝶蘭をはじめ幾つかの鉢を配達に来た花屋さんに持ち帰ってももらったこともある。折角の花を枯らしてしまうのは忍びないからだ。
 今年はこれらの花が秋から来年にかけて我が家でもう一度ほころび春の香りを放ってくれるような維持管理に挑戦したい…と考えている。

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2010年2月 2日 (火)

シャレオ駐車場出入り口

シャレオ西ゾーンの突き当たりにシャレオ駐車場との出入り口がある。
こんなところに駐車場の出入り口があるとは知らなかった。

シャレオの駐車場に入るには、西から来る人は、相生橋の西詰すぐの道を左に曲がって入る、東からは城南通りを左に曲がって入るかだが、それにしても市民球場をグルッと回って駐車場に入るという感じになる。
なんとも解りにくい。
市民球場を4分の3ほど回る感じだ。

シャレオ駐車場は、駐車台数206台というから、結構な規模だ。
駐車場本体は機械式でシャレオの店の下、地下3階にある。
ここを作るには工期も随分と長くもかかったが、工事費だって凄い金額だったろうと思う。
いまなら、多分事業仕分けの対象になっていただろうと想像される。

西ゾーンの1番奥にはちょっとした広場がある。
カープの試合の当日の混雑を想定して作られたのだろうが、いつも閑散としている。

シャレオ駐車場への出入り口近くには、国交省の小さな案内所もあったが、ここも今は閉鎖されている。
勿体ない。

1_3

シャレオは、アストラムライン、バスセンター、そしてシャレオ駐車場と、交通の拠点にあるということを改めて感じる。

この駐車場は国交省の所管のようだ。
シャレオ駐車場とシャレオを結ぶこんな立派な出入り口があることを、もっとPRしたらいい。
シャレオ西ゾーンの人通りも増えるかもしれない。

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2010年2月 1日 (月)

ひろしま男子駅伝と県人会

ひろしま男子駅伝、
正確には天皇杯第15回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会というようだ。
広島県は久しぶりに4位と健闘した。
1区で34位と出遅れたので、今年はもう駄目かと思ったが、そこから2区の中学生が16人を抜き、5区の高校生が頑張って結局最後は4位になった。

スタート時間が迫ると、選手はウオーミングアップを始める。
軽く走っていのだろうが、なんとも早い。
スーッと流れるように走っていく。
走る姿も美しい。
普段街で見かけるジョギングとは全く違う。
TVで見るのとも全く違う。
感動的だ。
「生で見る」とはこういうことだろうと改めて感じた。

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ひろしま男子駅伝。
48KM、7区間。
マラソンよりちょっと長い距離だ。
1人で走れない距離ではない。
駅伝は、その距離を、襷をつないで走ることで集団のスポーツにした。
1人だけ傑出した選手がいたからといって優勝できるわけではない。
途中で誰かがブレーキを起こせば、チーム全体に影響する。
皆の力を結集しないと襷は繋がらない。
勝っても負けても皆で喜ぶ。
なんとも日本人らしいイベントだ。

マラソンと違い、次は頑張ってくれるかもしれない、この選手は大丈夫かなという心配や期待を持たせてくれるのが、駅伝の面白さでもある。

ひろしま男子駅伝は、中学生から高校、社会人を含めた7人が、襷をつないでいく。
47都道府県×7→329人もの選手が走る。
控えの選手も中学生、高校生一般にそれぞれ1人いる。
監督にコーチもいる。
1つの県で15名以上になる。
15人×47都道府県→総勢705名にもなる。
意外と参加者数の多いイベントだ。
この数日間、広島市内は各県のユニホームを着た選手でちょっとした賑わいをみせる。
今年は、各県のマスコット人形も10以上参加していた。

ひろしま男子駅伝を走る郷土のチームを応援しようと、今では全ての都道府県にふるさと応援団ができている。

今年の中国新聞には各県の県人会のスナップ写真も載った。
国際会議場の結団式には、各都道府県出身のフアンが選手を励ました。
選手にとってはそうした激励が、凄い励みになるようだ。

私のふるさとの県人会は、そもそもは駅伝に参加した陸上自衛隊の人が、わがふるさとだけ応援団がないのは寂しいと、作ったのだという。

県人会の入会資格は別のそこで生まれたとか育ったとかに関係ない。
応援したい人であれば、誰でもどうぞということらしい。

私は生まれたところと育ったところ、勤務しているところを合わせると計4県になる。
いくつかの県から声をかけられたが、とてもそれだけのお金と時間がないので、1番思いれのある子供の頃育った県、1つに参加している。

大会後に開かれた今年のふるさと県の選手慰労会は、初めての上位入賞したこともあり、それこそ祝勝会のようであった。

県人会ができれば、忘年会だ、新年会だと何かと集まるようにもなる。
そこで知り合った人のお店にもいくようにもなる。
ゴルフも一緒にしたりする。
メンバーの中には、そうして知り合った仲間の会社に就職した人もいる。

郷土の知人からは、郷土の特産品を無償で送ってくれる人もいる。
その特産品を、男子駅伝の会場で販売し、選手の慰労会や大会で使う幟の製作費に充てたりしている。

こうした「ふるさと県人会」は、ひろしま駅伝の大きな波及効果の一つだ。

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