カード社会
クレジットカードが登場したのは30~40年くらい前だろうか。
その頃アメリカに住んでいた。
殆どのアメリカ人はあまり現金を持ち歩かず、食料品の買物から本を買うのまで、パーソナルチェックという小切手で支払うのが普通だった。
銀行に預金がなければ使えないわけだが、お金は銀行に預けておいたほうが安全ということだろう。
そこに料金後払い、ポーストペイのクレジットカードが登場した。
アメリカ社会はあっという間にクレジットカードがなければ生活できないように仕組みになっていった。
広いアメリカを旅行するには大抵降りた空港でレンタカーを借りるが、カードがなければ厄介なことになる。
クレジットカードがあれば、サインするだけで済むが、カードがなければ、かなり高額のデポジットを払わなければならなくなる。
また借りたところに返せなければ、カードがないとそれこそ目ん玉の飛び出るような額のデポジットを請求される。
レストランで食事をしたときも、チップの小銭にはよく困ることがあるが、そんな時、クレジットカードなら、好きな金額を書き込めばよい。
私の知人は、「所得が少ないからと、全国レベルで使えるカードを取得することができない」と嘆いていた。
クレジットカードを持つことは、そのころのアメリカ人にとってステイタスだったのだ。
クレジットカードの料金は通常翌月払いだから、使い過ぎることがある。
請求書がきて慌てることもある。
だからといって、クレジットカードを取得しない人がいる。
日本でなら、それでも生活には困らないが、アメリカではとても無理な話だ。
日本はいい社会だと改めて思う。
一度ロサンゼルスのレストランで食事して、カードで支払ったあと、その店に忘れてきてしまったことがある。
日本に帰って来てから気づいたって、そりゃもう遅い。
以来クレジットカードは1枚しか持たないようにしていたが、それで困ったことがある。
懇意にしていた知人が亡くなった時、新幹線のチケットをクレジットカードで購入しようとしたが、どうしてか使用可にならなかった。
慌てて駅にいったので、現金の持ち合わせがなかったので、その時は困った。
以来カードは2枚は持つようにしている。
いまではクレジットカードの取得も随分と容易になった。
年会費が無料とかもある。
カードで支払えばポイントがつくとか、カード会員に対する特別割引セールとか、カード使用に色々特典も付くようになった。
スイカ、パスピーのようなプリペード式のICカードもでてきた。
最近は何でもカードだ。
財布に入りきれなくなっている。
よく使うカードは財布に入れているが、残りはA4のフアイルに入れている。
クレジットカード、振込先カード、ポイントカード、会員制カードと多種多様だ。
数えたら70枚近くあった。
現代社会では、見えないカードともいえる番号が人には沢山付いている。
住所、郵便番号、アドレス、URL,パスワード、免許証番号、社員証番号、厚生年金証番号、車の番号・・・とある。
その他雑誌の年間購読を申し込んだときのように、向こうが勝手につけている番号もある。
パスワードだって、銀行、アマゾン、J-WEST・・・・とある。
パスワードもその都度適当に作ってきたから、今ではあまりにも多く、どれがどれだかわからなくなってしまった。
困ったもんだ。
SIMPLE IS BEST
と心がけているが、とても不可能だ。
死んだら、今度は戒名まで付いてくる。
まあそうなれば、全てのカード、番号が消えて、その戒名一つになるからいいか?
その時まで、カード、アドレス、パスワードの類はどんどん増える一方なのだろうか。
ウーン・・・・
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