通訳者のヒロシマ底支え25年
ヒロシマを訪れる外国人を英語で案内し,分かりやすい英文の資料制作に取り組んできた市民団体『平和のためのヒロシマ通訳者グループ』(HIP)の25周年を祝う集いが開かれた。
この日のパーティーには証言活動をしている被爆者や広島市や大学、新聞に放送関係者OBに市民団体、HIPメンバーなど80人が参加し、外国人にヒロシマを伝える役割を担ってきた市民団体の自主的役割に拍手を送り今後の活動に更なる期待を寄せ激励した。
HIPは被爆40周年を控えた’84年に被爆者の小倉桂子さん(72)を中心に学生や主婦にサラリーマンなど20人が協力して「被爆地の想いを正確に伝えよう」と英語のガイドブック作りを手始めにスタートした。“引き出しに眠る一円玉を平和の使者に“を合言葉に’80年に立ち上げた公益信託『ヒロシマナガサキ平和基金』の事務局をベースに活動を始めた。
会創設の裏には原爆資料館長や国際交流課課長として堪能な英語を活かしてヒロシマの世界化に奔走中に突然亡くなった小倉さんのご主人の小倉馨さんの遺志を継ぎたいという桂子さんの強い意志が支えだった。小倉さんには仕事でお世話になっていたこともあって平和基金の代表の女学院大学の庄野直美教授らと世話役をしていた私も多少の縁があった。
HIPが英語のガイドブックに続いて取り組んだのが『ヒロシマ事典』。原爆や平和に広島、被爆者に関する“ヒロシマ用語”を集めた和の辞典作りだった。大きな反響を生んで5000部の自費出版を完売した。次いで初心者向けヒロシマガイドの英会話のテキスト『HIROSIMA英語案内』の発行や外国人の案内ボランティア、毎月定例で若い世代がヒロシマを語り継いでいく為の講座の開催、小冊子『平和公園案内テキスト』の発行などに取り組んだ。’01年からは『ひろしまを英語でガイド』講座や『英語による平和公園案内』フィールドワークを定着が評価されて、’05年には広島市から“ヒロシマ市民賞”を、’08年にはユネスコ協会から“ユネスコ活動奨励賞”を受賞した。
先月から市民向けの講座『ひろしまを英語でガイド』を始めて市民ガイド養成にも乗り出し、70歳を超える被爆者たちの参加も増えて会員は90人を超えて元気に盛りたてている。
発足当時は広大の学生だった事務局長の山田順二さん(47)は「一人ひとりがヒロシマを伝える“語り部”になる事を目指している」と、小倉さんは「志を同じくする人と一緒にヒロシマの思いを伝え続けたい」と話す。行政の助成や補助も求めず民間活力丈で目指した市民団体の“ヒロシマを伝える・底支えの25年”の役割は大きく…今後への期待も大きい。
問い合わせ:HIP<HP>:http://www.hipj.org E-mail hipstaff@hip.org
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