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2009年11月

2009年11月30日 (月)

レンタサイクル ひろしま

サンルートホテルの入り口玄関の中にシャレた自転車が置かれていた。
何、コレッ?
ホテルの玄関の中に自転車なんか置いていいの?

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広島市の始めた無料のレンタサイクルだ。
あまりにさりげなく置いてあるから、それが広島市の進める新しい事業だとは気がつかなかった。

ホテルの中のロビーの柱の脇には立て看板が置かれ、テーブルの上には「コミュニティーサイクル社会実験のお知らせ」と書かれたパンフレットが置かれていた。
「主に広島市を訪れた観光客を対象とする。
期間は11月5日から12月4日までの期間限定。
貸出、返却は9:30から17:30まで。
拠点は原爆ドーム前、広島城等の観光スポット、それにグランドプリンスホテル、ANAホテル等の宿泊施設等の計11ヶ所。
返却はその11拠点どこでもOK」
と書かれている。

今回は国交省の補助事業で始めたというが、国の補助金の使われ方が問わる今、面白い実験だ。
今回貸し出される自転車は計110台、内40台は電動自転車だという。
電動自転車が含まれているというのもいいことだ。

広島市内には多分人口と同じくらいの数の自転車があるはずだ。
それに対して110台はあまりに少ない。
そうしたことでは、観光客を対象としているというのは肯ける。

広島市もご多聞にもれず、自転車の違法駐輪には手を焼いている。
東京周辺の都市に比べれば大分マシな方だがそれでも多い。
危険だし、汚らしい。
違法駐輪が多いのは、停めたいところに駐輪場がないということが最大の理由だろうが、違法駐輪を減らすには自転車の絶対量を減らす必要もある。
そのためにはこうしたレンタサイクルのシステムを導入することは有効だろう。

パリ市では1万台のレンタサイクルを始めたというが、広島だってそのくらいの数のレンタサイクルがあれば、それなりの使われ方が始まり、かなりの効果があるだろう。

レンタサイクルの自転車が無料である必要は必ずしもない。
有料であれば、レンタサイクルをビジネスにしようという企業も生まれるかもしれない。

レンタサイクルがビジネスとして成り立つようにするためには、自転車専用道の整備、駐輪場の整備等やらなければならないことは沢山あるだろう。

今回の実験が契機になって「サイクルシティーひろしま」が生まれることを期待したい。

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2009年11月29日 (日)

HIROSHIMA 国際交流・協力の日

11月15日の日曜日「国際交流・協力の日」ということで、平和公園の国際会議場を中心にして様々のイベントが催されていた。

国際会議場の地下2Fがメイン会場のようだ。
ホール入口扉前のロビーにも、いくつものテーブルが並べられていた。
広信がスポンサーになっているのだろうか広島シンガポール協会のテーブルも置かれていた。
ホールの中に入るとすぐのテーブルに寄ると「地球ひろばパスポート」を渡された。
「地球ひろば」「パスポート」なんてなかなか洒落たネーミングだ。
外国人とお話してくださいという。
インド人らしき人と話している人もいた。
JICA,青年海外協力隊のブースもある。
体験談も発表されたという。
国際交流に関わっている市民、企業の活動内容を紹介するコーナーがあちこちにあった。
地球市民共育塾ひろしまでは「開発教育」のコーナーを設けていた。
開発教育?
各地の文化の多様性を尊重し、開発問題の現状を知ることで、「参加」できる能力と態度を養うのだという。
ふーん。
世界の国々の民芸品や特産品を売っているコーナーもあった。
民族衣装を着て、写真を撮っている人もいた。
広島大学の国際協力研究科の活動を紹介しているコーナーもあった。
地下1階では不要になったハーモニカをアジアの子供たちに送ろうというコーナーもあった。
外国人のための無料相談会もしていた。
1階では世界の新聞、雑誌の無料配布もしていた。
広島には、こんなにも沢山の国際交流に関わっている組織があり、人がいるのには驚いた。

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隣のホールでは国際的な医療救援活動に携わっている桑山紀彦氏の講演会もされていた。

表に出ると平和公園前の平和大通りでは韓国、タイ、ベトナム等各国の屋台が並んでいて、それらの国の名物料理を販売していた。

今回は参加者が6千人程度だという。

この催しも今年でもう10回目位になるらしいが、いままでこんなイベントがあるなんて知らなかった。
何人かの友人に聞いてみたが、誰も知らないという。

大体国際交流・協力の日があるなんてのも知らなかった。
今日の催しがあるのは、河野さんのブログで知った。

主催は平和文化センターの国際交流・協力課だという。
平和文化センターも粋なことをする。

このイベントのキャッチフレーズは「あなたが動く。世界がかわる」という言葉だ。
なかなかいい言葉だ。

こうした国際交流のイベントができるのは広島ならではのことだ。
広島でやるから価値があるイベントだともいえる。

次は市民球場跡地に計画されている広場で、もっと大々的にやったらいい。

広島には広島日韓親善協会のような2国間親善協会が40以上もあるという。
そうした協会も巻き込み、民族音楽、民族舞踊等もできるようなステージも作ったらいい。

「国際交流フェスティバル」とすれば、フラワーフェスティバル、フードフェスティバルに次ぐ、大きなイベントになるかもしれない。
期待したい。

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2009年11月28日 (土)

視覚障害者と情報通信技術を考えるシンポジウム

インターネットや携帯などICTは市民生活に欠かせないものになりました。
また、何らかの障害のある人にとっては、更に重要なものになっています。
目の不自由な人達にもパソコンや携帯は、その生活を一変させています。

視覚障害者にとって、様々な情報が瞬時に得られることは健常者も違いませんが、買い物などになると、付き添いの人の手を借りることなく自分でできるようになり、気持ちにも時間にも余裕もできます。
ただ、その恩恵にあずかるのは簡単ではなく、パソコン操作には特殊なソフトや使い方の習得が必要です。
それを教えてくれるところはなかなかありません。

その視覚障害者にパソコンをサポートしているボランティア団体が広島市にあります。
その活動十周年を迎え、視覚障害者と情報通信技術を考えるシンポジウムを開催します。

以下の要領ですので、興味のある方は、是非お申し込みの上、ご参加ください。

【日時】 12月6日(日)13時30分〜17時(13時から受付)

【場所】 広島国際会議場 地下2階 中会議室 コスモス
     広島市中区中島町1-5(平和記念公園内)

【主催】 広島市視覚障害者情報支援センター

【後援】 広島市・広島市社会福祉協議会
     社団法人 広島市視覚障害者福祉協会
     日本福祉のまちづくり学会中国四国支部 

【協力】 サークルP(点訳)
     広島文化学園大学ボランティアサークル(ガイドボランティア)
【申込方法】
 定員:150名(先着)視覚に障害のある方、及びパソコン・ボランティア・
    障害に関心のある方
 申込方法:お名前、電話、介助の必要の有無について、事前に下記申込先
      までお知らせください。

【申込先】
 メール:sympo@vic.jpn.org
 電話:082-848-0980[臼井] (不在の場合は留守番電話に連絡先とお名前を。
    折り返し連絡します)

【問い合わせ先】
 広島市視覚障害者情報支援センター(VIC)
 電話:082-232-6308、ファクス:082-232-6263

くわしくは、こちらから
http://vic.jpn.org/sympo_html/vic_sympo_2009.htm

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2009年11月27日 (金)

沼田町ふるさとまつり

今年も11月14,15日の2日間、沼田町公民館で「沼田町ふるさと祭り」が開かれた。
14日の当日は、明け方まで降っていた雨もあがり、暑いくらいの陽射しだった。

今年でもう第34回目だという。 

この沼田町ふるさと祭りは、この地域に急速に団地ができたことで新しい住民が増えたため、古くから住んでいる人たちとの交流の場として開かれたのだという。
回を重ねるに従い、参加者も随分と多くなったように感じる。
出店の内容も充実してきているようだ。

公民館のまわりのちょっと空いたスペースには沢山のテントが張られている。
地域のお祭りらしくエプロン姿のおばさん達が大きな鍋でおでんを作ったり、地元の農家の人が作ったのだろう野菜を売っていたりした。
石臼を置いて、もちつきもし、できたてのおもちを脇で売っていた。
沼田自動車学校が運転の適性検査をしていたり、地元消防署が防火のPRをしたり、警察署が防犯のコーナーを設けたりもしていた。
中学生がビニール袋を抱えてゴミの回収に回っていた。

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隣接して建つ沼田老人いこいの家の人たちが作ったのだろう手提げ袋や小物が売られていた。
夕方には神楽、カラオケ大会もあるようだ。
地域をあげてのお祭りになっている。

この2日間は特別に地域を巡回するバスも運行されていた。

この地域に関わりのある人がみんな集まってきて、食べて、お喋りして、歌ってという感じである。

長老たちが緑や黄色のビニールジャンパーを着て、嬉しそうに歩きまわっていた。
長老という人たちがいてこそできるイベントだろう。

昔懐かしい「むらまつり」がここにあった。
ずっと続いてほしいと願っている。

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2009年11月26日 (木)

デザイナーズ家具とジェネリック家具

先日、ダイアモンドチェアとして有名なハリー・ベルトイアのデザインの椅子を買った。
スティールの細いワイヤーを網目のように繋げ、チューリップの花が開いたような形をした椅子だ。
空中に浮かぶような感じで座る。
なんともいえず不思議な感じである。

ネットで調べてみると、このダイアモンドチェアは戦後すぐの1951年頃の作品だ。
スカッとした極めてシンプルなデザインで、明るい未来を感じさせてくれるデザインだ。
もうすでに60年近く前のデザインだが、まったくその古さを感じさせない。
デザイナーのハリー・ベルトイアは、「自分は彫刻家だ。この作品は彫刻として作った」といっているという。
そんなデザイナーの思いを充分感じさせてくれる椅子だ。

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しかしそれにしても、随分と安い。
定価の何分の1だ。

聞けば、著作権が切れ、デザイン料がかかっていないということと、中国で製作したから安くできたのだという。
家具の著作権は通常20年だが、違反したからといってこれといって罰則規定はないのだという。
20年を過ぎたデザインの家具については、イタリア、アメリカにも何か所も製作するところがあるのだという。
当然中国には沢山の工場があるという。

そうして作られた家具については、特許の切れた薬品がジェネリック薬品と呼ばれるように、ジェネリック家具と呼ばれることもあるという。
デザインはいわゆる本物そのままだが、メーカーによって細部が少しずつ違っているようだ。
エルメスやブトンのようなブランド品の偽物とはその意味が違うようだ。

このダイアモンドチェアもちょっと取り付け部分など、大丈夫かなという心配はあるが、まあ小田億の製品だ。
信用して買った。

こうしたデザイナーズ家具といわれる家具は、通常ヨーロッパ、アメリカから輸入しているから、ものすごく高い。
それが、中国等で製作されるようになったことで、そんなにお金持ちでなくとも買えるようになったようだ。
いいことだ。

これで我が家のサンルームもちょっと洒落た雰囲気になりそうだ。

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2009年11月25日 (水)

アストラムラインとデジタルサイネージ

11月8日から13日までの間、広島市でIETFの国際会議が開かれた。
インターネットに関する様々の基準を決める極めて重要な会議だという。
市内のあちこちでシンポジュームが開かれたり、展示会が開かれたりした。
メディアにも随分たくさん取り上げられていた。

シャレオ中央広場ではデジタイルサイネージ(電子看板)の実証実験も始まった。
50インチの大型ディスプレイが縦に置かれ、ネット経由でイベントやお店の広告が流されている。
画面は大きいし、随分ときれいだ。

ネットでデジタルサイネージについてのニュースを検索していたら、アストラムラインでもデジタルサイネージの実験をしているという記事を見つけた。
http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=235827&lindID=5

そこから、アストラムラインのHPに飛ぶと、デジタルサイネージを実験している電車の運行のスケジュールがわかった。
便利な時代になったもんだ。
何か気にかかることがあれば、ネットで探せばいいのだ。

アストラムラインのデジタルサイネージは、すでに設置されているフリースポットを使っているのだという。
それに凸版印刷の開発した技術を繋げて、ネットを通して受け取った情報をモニターに写している。
モニターが見られるのはたったの2編成、それもそれぞれ1両の車両だけだ。
どの車両で見られるのか、探すのに苦労した。
今回の実験はアキハバラ塾と凸版印刷とアストラムラインの3社の共同事業だという。

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デジタルサイネージといっても、自宅で見るTVのCMが車内でみられるようになったというだけだから、それほどびっくりするわけではない。
まあポスターに比べ、画面が変化するから、みていて退屈しないといえばいえる。
退屈しのぎには、ちょうどいい。
結構見ている人は多い。

今回のアストラムラインの実験のように、動く移動体の中でも刻々と情報を流せるということであれば、地震が起こったりしたときとか、台風の時とかの緊急情報も流せるだろうし、沿線のイベント情報も流せるだろう。

これで企業の広告宣伝の仕方も、またこれで大きく変わることが予想される。
新しい時代が始まったということを改めて感じる。

しかし今回の実験は8日から13日までの極めて限定された期間だというのがちょっと残念だ。

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2009年11月24日 (火)

ひろしまフードフェスティバル2009と地産地消

今年も10月24,25日の2日間、広島市中央公園、広島城周辺でフードフェスティバルが開かれた。

私も昼飯時、出かけた。
どのブースの前もかなりの行列だ。
あちこちウロウロし、あれもおいしそうだな、これは何かななんて見ているうちに、益々腹が減ってきた。

広島牛のモモを豪快に丸焼きしている。
小さく切ってくれるから食べやすい。
楊枝で摘まんで頬張る。
ちょっと甘く、なかなか美味い。
余計腹がへってきた。
クリご飯も食べた。
地酒も飲んだ。
なぜか焼き帆立て貝も売っていた。
美味そうな匂いにつられて、食べてしまった。
つまみ食いだから余計おいしく感じるようだ。
昼食にしては、凄い量を食べてしまった。
今日はもう晩飯はいらないなと思ったが、それでもきちんと食べた。
おかしい。

それにしても、外で食べると、部屋の中で食べるより、はるかに美味く感じるのはなぜだろう。

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今年の来場者は82万人だったという。
旧市民球場の平均的な観客数100万人と比べられるほどの集客力だ。
旧市民球場の試合数は年間60日をこえる。
それが、このフードフェスティバルはたった2日間だ。
それで82万人集客するというのだから凄い。
昨年は日曜日が雨だったこともあってか78万人だったという。
参加者は年々増えている。

フードフェスティバルは広島城まつりと秋の収穫祭のフードフェスティバルが合わさってされるようになった。
中国放送が事務局となって開催されるようになって、今年で5回目だという。
以前は県が主催していたが、そのころは10数万人だったという。
来年は23,24,25日の3連休になる。
3日間の開催となれば、100万人の大台も夢ではないだろう?

広島県内のすべての市町、JA、それに市内のレストラン、カフェ、ホテルがブースを設けている。

今年はどこのブースもはっきりと「ひろしま地産地消」を打ち出している。
いいテーマを見つけた。

イベントには大義名分がいる。
えべっさんは胡神社のお祭りであり、とうかさん稲荷神社のお祭りだ。

そうしたイベントのテーマである「神様」に匹敵する現代風のテーマが「ひろしま地産地消」だといえる。

いいテーマがあり、メディアと組んで、上手く仕掛けていけばこんなすごいイベントになるということだ。
入場無料ということも大きな要素だろう。
イベントの凄さを感じる。

街の活性化には、こうしたイベントの果たす役割は大きい。
もっと新たなイベントが起こることを期待したい。

さあ次は何だろう?

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2009年11月23日 (月)

紙芝居になった「講談・蟻の祟り」

 講釈師・緩急車雲助さんの巷談「蟻の祟り」の紙芝居が出来、このほど完成披露公演が開かれた。鷹野橋のピースカルチャー通称「ピカ」に6〜70人が集った。ビールを片手に一風変わった原爆怪談モノノケ噺に時に笑い声をあげながら聞き入った。

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 米国が国をあげて原爆放射能が人体に及ぼす影響を極秘裏にしかも強引に調査し、いまだに遺伝的影響について隠し続けて来た…事実を伏線にした原爆もの怪談噺だ。(5月2日付け、同ブログで紹介)

 そもそも4月に初めて「蟻の祟り」を聞いた時、頭の中をいろんな映像が浮かんでは消えた。旧友の久保浩之さん(緩急車雲助)に是非紙芝居にして欲しい…と、希望を伝えた。他にも同じ要望があって久保さんの友人で素人漫画家の“いくまさ 鉄平”さんが引き受け、半年かけてストーリーに沿ったユニークな話を38枚の絵に託した。

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 筋書きは、被爆した少年のケロイドに出来た瘡蓋を食べた蟻が「調査を拒否すれば軍法会議にかける」と脅してABCCに連れて行った米軍属に噛みついて痒い湿疹をうつす。
 湿疹は不治の病で原爆開発や投下に関わった人に触れると伝染もする。帰国後ABCCの調査に功績が大きいと認められた彼は原爆開発や投下に関わった政府要人と握手やハグし、次々に伝染させる。うつされた米国要人は「痒い 痒い」と苦しめられる…。

 荒唐無稽な創作巷談のようであるが被爆者でABCCに強引に協力させられた妻の体験と被爆二世のわが子が生まれる過程で知った健康問題や後遺症など多くの事例を知って悩み苦しんだ体験が下敷きになっている。被爆者の怨念が蟻に乗り移って「戦争を早期終結させた…」と言い張ってきた米国政府や要人に投げかけて反省を求め促す…腹からの訴えだ。

 オバマ大統領のプラハ宣言で核兵器廃絶は急速に実現可能な道を歩み始めた。
 今回の初来日で、被爆地訪問は実現しなかったが米国に被爆者の無念と本心を伝える貴重な噺として伝える意味は大きい。来年5月の国連総会に於けるNPT再検討会議の開かれるNYで「英語版紙芝居:蟻の祟り」の公演をするための準備に余念がない。
 貸出可能な講演DVDの完成も間近い。問い合わせ:いくまさ鉄平:090-9734-9389

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2009年11月22日 (日)

語り部23年・頑張れ!! シンガーソングライター

 日本の若者が米国に長期滞在してヒロシマ・ナガサキを伝える平和活動「ネバー・アゲイン・キャンペーン」(NAC)をご存じだろうか。
 1985年に米国の大学で平和学を指導していた教授と兵庫県の元中学教師の北浦葉子さんが創ったボランティアグループだ。一般公募した若者の中から民間大使を選んで単身、米国でホームステーしながら学校や教会で原爆映画の上映や日本文化の紹介を、1年間行う…。

 その第一回目の大使になった東京の中村里美さん(当時21歳)は86年に「少しでも良いから広島を伝えたい」と言う情熱で被爆者から聞いた体験と原爆映画を持って一人米国へ乗り込んだ。英語もままならない彼女の奮闘ぶりをRCC中国放送のカメラが追ったドキュメンタリー「ヒロシマって なあに」は全国的な番組コンクールで優れた平和・民間活動として高い評価を受けた。

 あれから23年、NACは今も50人以上の民間大使を送り続けて継続されている。
 一方、中村さんは帰国後に多言語による外国人向けの雑誌の編集に携わりながら、原爆をテーマにした朗読劇の上演や歌の制作にも取り組みシンガーソングライターとしても活動をしている。「いのちの音色」「ネバーアゲイン」「トンボが消えた日」「折鶴に乗って」「大切に思うこと」いずれも彼女の作詞作曲・歌による作品で、 これらを携えて被爆者の思いを伝えるライブ「私のヒロシマ・ナガサキ」を全国で1000公演を目指して展開している。12月には新しい「アオギリにたくして」をリリースする為の事前PRを兼ねてやって来た

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〆アオギリの木の下で あなたを思う いのちあるもののすべて 思いを馳せる
  被爆したアオギリの 小さな芽は 生きて行く力を 私にくれる
  あなたのまいた種が 人々の心に育ち あなたから みんなへ 世界へ広がる
  アオギリの木の下で 8月6日を アオギリの木の下で 平和を誓う(繰り返し2回)
  アオギリの木の下で あなたを思う アオギリの木の下で あなたを思う

2

 優しい響きのメロディーに柔らかな歌詞が包まれて、口吟さみたくなる覚えやすい歌だ。
 広島と被爆者に依拠した地道な生き方を選んだ里美さんの発展と広島の新しい歌の門出を喜び、少しでも普及に協力したいものだ。里美さん頑張れ!!
 問い合わせ:http://musevoice.com/satomi/ E-mail info@musevoice.com

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2009年11月21日 (土)

小さな命との別れ

 近所に住む孫達が飼っていたセキセイインコが死んだ。8年近い飼育で、籠から出て肩や頭に乗って遊ぶ家族の一員だっただけに2人の孫達の落胆は大きかった。

 名古屋から広島に移って間もない頃、犬か猫の飼育を希望した。しかし、マンションでの飼育は難しく「小鳥なら」…と提案し、まだ孵化して2週間前後の手乗りのセキセイインコを買った。数時間ごとに水で柔らかくした餌をヘラで口に運んで2ケ月余、兄が2年生弟は幼稚園年少組だった兄弟2人で小さな命を育んだ。

 育てる過程でよく話しかけて言葉の教育をした。自分の名前の“ピッチィー”はいち早く覚えた。しかし、はっきりと聞き取れないが明らかに何かをよく話している…おしゃべりインコだった。外出先から帰って玄関を開けると同時に“お帰り”の言葉になってはいないが必ず声をあげ、意思の疎通を感じさせた。

 母親も小学校に入学して間もなしに手乗りのセキセイインコを飼った経験がある。
 東京支社に在勤中の昭和48年頃、世田谷の代沢から広島へ里帰りや家族旅行の時にはお伴をした。広島に転勤で帰ってきた後の7~8年目に亡くなり、弟と2人で平和大通り沿いの公園緑地の木の根っ子に埋葬した。

 文化の日の午後、籠から出て部屋の中を歩き回り兄や母の肩にとまって遊んでいたが急に動かなくなって震えだした。しばらく兄の手のひらに温められていたがそのまま息を引き取ったようだ。思わぬハプニングに兄は涙し、暫くの間手の中に包んでいた。外出から帰ってきた弟も思わぬ小鳥の死にしばらく涙していたようだ。

 夜、2人に悔みの電話をすると「家族だったからね」と急な小鳥の死を残念がっていた。翌朝7時前、玄関のベルに出ると小鳥の死骸を手にした親子3人がいた。
 かつて母親が自分の小鳥を埋葬した所に埋めてあげる…と出かける前に、立ち寄ってくれ、私達もお別れをした。
 
 因みに、小鳥の寿命を人間に換算すると最初の1年で20歳、5年で40歳、8年で64歳となるようだ。決して長寿とは言えないが8年近く家族の一員だった小さな命を失った思春期真只中の15歳と12歳の兄弟は小鳥との8年を通じて情操を育まれたに違いない。
 後から聞けば、シャベルでしっかり掘って大きな楠の根本に埋めて手作りの小さな墓標を立てた…。登校前のわずかな時間だったが8年近く一緒に暮らし、楽しみをくれた小さな命に感謝して手を合わせたようだ。
 嘗ては大抵の小学校には兎や鶏、亀に鯉や小鳥を飼育して命の教育を目指したが、今ではほとんど姿を消しているようだ。孫達が通った小学校の飼育ケージに、今は何も居ない。
 2世代3世代同居が当たり前だった時代には、祖父母や宗祖父母に別れを告げ、命の尊さやはかなさに接する機会はあったが今は全く無い…と言えるほど希だ。
 殺伐とした時代だけに小動物や小鳥の飼育を通じて優しい心を失わない教育の大切さを改めて考えた。

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2009年11月20日 (金)

内閣府参与になった派遣村村長の講演

 昨年の暮れ大企業で相次いだ派遣切りを救済しようと東京・日比谷公園に開設された「年越し派遣村」の村長として注目され、新政権の内閣府参与に抜擢された湯浅誠氏の講演を聞いた。題して「反‐貧困・派遣村から見える戦争と平和」

 内閣府参与に就任した2日、その足で早くから約束していた広島県9条の会ネットワークの集いに駆け付けた。会場は予定の椅子は満員で急きょ増設する有様で、1年前に依頼した時には考えられなかった…と企画した石口弁護士達も政権交代の効果?を驚いていた。

 11年も連続3万人を超える自殺者、1000万人を超える年収200万円未満のワーキングプア、派遣切り被害者、ネットカフェ難民、ホームレス、餓死者…日本社会の日常的な貧困現象で、国民は今回の衆議院選挙で自公政権にNOを突きつけた。
 新政府はこうした生活破壊の流れを変えてこうした人達の生活を守り、貧困から解放して平和に生きる権利が実現できるかどうか…問われている。

 彼は非常勤で新政権に実効性のある年末の緊急雇用対策の提言をする。
 彼の役割は70余日の間年内にどれほどの提言が出来るか壁にぶつかっていると言う。
 権限が無い代わりに発言の制約もないのでこれまでの経験が生きるように行動し主張する。
 しかし、当面可能なハローワークで失業者の住まいを斡旋し生活保護申請も受け付ける等3つの役所の窓口を一本化した「ワンストップサービス」の経験を生かす方針のようだ。

 講演の一部をピックアップして紹介する。
 日本社会は今、非正規労働者がうっかり足を滑らせたら、どこにも引っかかる事無く、あるべきセーフティーネットにかからず最後まで滑り落ちてしまう「すべり台社会」化が進んで貧困が増えていると指摘する。
 親が貧しい場合その子は中卒高校中退で貧困脱出が難しい。教育関係への公的支出が極端に少ない…。非正規雇用の人々は正規雇用の人々に与えられる雇用保険や社会保険、企業の福利厚生に安定した雇用から排除されており、容易に貧困に滑り落ちる…。日本は親族間の相互扶助が社会転落を防ぐセーフティーネットの役割を果たしているが、貧困に陥る人達は頼れる家族・親族がいない…。追い詰められながら生活保護受給資格者の16%しか受給者がいない。自分自身の存在価値や将来への希望を見つけられない…。

 政府は先日44年ぶりに日本の貧困率を発表した。高度成長で無くなったと思われてきた貧困の実態が見える様に可視化する必要がある。
 姿や実態が見えにくく、とかく自己責任論に押されがちな貧困問題の解決への第一歩は貧困の姿や実態に問題が見えるようにして悪循環を断ち切ることが大切になる。

 最後に“憲法9条の会”に合わせて貧困と憲法との関わりにふれた。今までは「戦争が起きると25条も壊れる」と言う考え方だったが「今の日本では25条はクリアされ、誰も健康で文化的な生活が出来る」と言う前提での議論だった。しかし、ここ10年、それが破壊されている。世界的に言えば貧困が戦争の背景になっている地域も多くある。そういう意味では9条があって25条という日本の議論は特殊な面もあった。
 これからは25条があって9条と言う議論も見て行かないといけない。25条が破壊されると9条を守る力そのものも危うくなる。

 健康で文化的な最低生活、人間らしく生きることが出来るように高める為にやるべき事は「社会的タメ」を沢山つくることが大切になる。タメが多くある社会は強い社会で、本当の意味で強い社会を作る自己責任が大切になる。

 90分を一気に語ったが彼を支え育てたのは何なのか…探ってみた。
 東大大学院を出て輝かしい未来があっただろうに…と、思われがちな湯浅氏が生きることが困難な人達、社会的に弱い人達の為に生きる決意をした…背景には…弟さんがいた。
 新聞社に勤める父と小学校教師の母の間に生まれ、体の不自由な弟がいた。その弟さんの車いすを押して歩くとき偏見の目を向けられるのがいやで人通りの少ない道を選んだ…。湯浅さんが生きることに困難な人達に目を向けるのは、弟さんを支えた原体験が活きている…ようだ。湯浅氏は東大大学院に在学中にホームレスの人達と出会い支援組織「自立生活サポートセンター・もやい」を作り生活困窮者の支援をして来た。

 当面の内閣府参与は年内で終わるが、いずれ政府の主要な施策のアドバイザーとして深く関与することが期待されているようだ。

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2009年11月19日 (木)

ICNND核廃絶後退への不信

 広島で開かれた核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(NINDC)は「2025年までの核兵器削減目標1千発を2千発程度」に後退した形の道筋の報告書作成で合意した。
 開催前この会をNGOの立場で支えた人達が「核なき世界」に本気で取り組んでいるのか?と示していた不安が「ヒロシマを落胆させる」形になろうとしている…。
 
 「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNN)は昨年6月に豪州の提案で立ち上げ共同議長を務める日本が一年がかりで牽引して来た。元米国政府高官やロシア、中国など核保有国など16ケ国から参加した26人の委員が核不拡散核軍縮、平和利用について段階的な核廃絶への道筋を3日間討議した。この結果は報告書の形で来年1月に纏めて日豪の首相と核保有国に提言され、5月のNPT再検討会議に提出して各国政府に実現を働きかける。

 広島会議では不安視されていた部分を跳ね返し、オバマ政権が進める核廃絶の流れに取り残されないように、市民団体や平和市長会議が注文を付けた。

 しかし、共同議長を務めた川口順子元外相は閉会後に「(2020までの核廃絶は)現実的に考えると、おのずから答えは出て来るのではないか」と述べ、報告書の内容について、包括的核実験禁止条約(CTBT)批准・発効を促すてんや核使用を核攻撃への反撃に限る先制不使用宣言を遅くとも2025年までに全核保有国に求める事等をあげて「政府の2歩先を行く内容」と強調している…。が、廃絶の目標年次は明記していない。
 結果的にICNNDは実現可能性を重視した?「現実論」に走り、最終案には「2025年までの削減目標1千発以下」が2千発に後退し、被爆者や広島の期待を裏切る方向を示す…。
 広島型の数千倍の威力を持つ万の核兵器を千や二千に減らして“抑止力”としても、人類を何度も絶滅させ得る核に違いなく「廃絶以外に意味がない」「核と人類は共存できない」事を『国際賢人会議』らしく、改めて認識する必要に迫られているのではないか…。

 これを受けて秋葉広島市長は「核兵器廃絶に明確な時期を設けないとの報告は被爆者をはじめ市民の願いが伝わることを期待していただけに大変残念だ。2020年までの廃絶は技術的にも物理的にも可能。明確な期限設定が不可欠」と不信感を表し「今一度、名実ともにNPTを成功に導く報告書を取りまとめて欲しい」と注文をつけた。

 前政権でスタートしたこのICNNDの報告書が核兵器廃絶を強く推進したい新政権の下で、今後どのように扱われるか注目される。米国の「核の傘」の抑止力に守られてきた日本が、いま新政権の下でジレンマを突き破って、非核三原則の法制化を含めて改めて“唯一の被爆国”として世界に「核兵器廃絶」に向けたリード役を果たす時が来ている…。

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2009年11月18日 (水)

県知事選挙を巡る想い

 政権交代直後と言うのに盛り上がらない県知事選挙が展開されている。
 5人も候補者がいながら盛り上がらないのはなぜなのだろうか?
 民主党が独自候補の擁立に動きながら失敗に終わったのは広島県議会の特殊な事情があったから…という言い訳で済まされて良いのだろうか?
 県議会自民党内部の対立そのまま持ち込まれ、自民の一部と民主党が合体した知事与党による推薦候補が有利な選挙戦を戦っている。はたして県民の為に働く知事か、議会の勢力関係を維持する為の道具にされない知事の誕生が望めるのだろうか…。

 広島県議会の勢力分野は‘03年に、当初は藤田知事与党の桧山俊宏前議長が率いる自民党議員会と反桧山派の自民党刷新会議に分裂した。桧山氏が議長の座を追われて藤田知事も桧山支配から林議長派に移り…自民党刷新会議と民主県政会が手を組む構図が6年間も続いてきた。その知事は自分の選挙を巡る裏金問題で2度の辞職勧告を受けながら県民の不信を解くことも無く居座り続け、広島県政を大きな混乱に巻き込み、県の情報公開度全国ランキング47~8位と最悪の県政に追いやってしまった。

 今回選挙の構図は広大付属(付属同窓会:あかしあ会)から東大、通産省大先輩の元事務次官を頼った湯崎氏に同窓の自民党参議員が県議会の林議長を頼り、反林派の桧山派から出馬した河合杏里氏を亀井大臣が推す県議会の対立がそのまま引きずられた形。
 これでは候補者自身より対立構図が目障りになって、県民の興味と関心や腰が引けるのは仕方ないこと…と言わざるを得ない。

 一方、政権交代直後、従来のしがらみを断ち切って新しい県政を樹立するまたとないないチャンスに民主党が独自候補を決断できなかった責任は、後世に禍根を残すことに成らない事を祈る。自民党が50年にわたって公共事業を通じた利権と談合で築いてきた国政選挙の集票機構は今回の衆議院選挙で完全に崩壊し、地方選挙にどのような影響を及ぼしているかどうかは一つの焦点でもある。自民党政権を復活しそれに繋がる地方の勢力を取り戻すには相当の時間が必要だ。少なく見積もっても二期8年はかかると見るのが常識的だろう。民主党に余ほどのミスが無い限り…。

 そんな情勢の下で行われる県知事選挙。5人の候補のうち林議長派の自民党刷新会と民主党が推す湯崎英彦(44)候補が他の4候補を少しリードしている…と伝えられている。
 河合候補の応援にまわった亀井大臣は次の参議院選で兄の郁夫氏が引退し息子か娘の出馬を前提に地ならしをした…との噂はまんざら出まかせでもなさそうなだけに…情けない。

 昨日配布されて選挙公報で見る限り掲げる公約は一番しっかりしている。HPを探ってみると高級官僚から民間に移ってベンチャー企業を立ち上げ経営してきた経歴や「広島県の底力を引き出す」マニフェストは他の候補に比べてしっかりした夢のある理念と施策が示され、バランス感覚は期待できそうだ。

 この記事が掲載される頃は新県知事が誕生している。
 湯崎氏が知事の座を得て新しい広島県政の舵取り役に座っているだろう…か?
 「県政運営の透明化としがらみの遮断」は旧来の政治家でない私が新しい経営感覚で思い切った県政の見直しと決断…を掲げている。
 同時に、知事与党との冷静な関係を維持し、少なくとも知事与党の道具にならない事を強く要望したい。また政権交代と同じように前知事時代の積み残し課題に適格な判断を示されることを期待したい。
 
 湯崎姓は珍しく広大原医研の教授だった湯崎稔さんに縁の方かと当たってみたら、湯崎さんのご長男である事が判った。湯崎さんとは女学院の庄野直美教授とよくご一緒した。
 同じ方向の帰路、よく我が家に途中下車され、飲み明かし語り合った思い出がある。

 人間の絆をテーマに爆心地復元などに取り組み、若くして逝った湯崎稔さんのご子息らしく?平和行政にも目配りし「ひろしま国際平和センター機能の構築」などが掲げられている。湯崎さんのご子息と知って一層の関心を持って見守り、気持ちばかりの応援で亡き湯崎先生との絆に応えることが出来たなら喜ばしい。
 願わくば、湯崎さんご身が今回選挙に於けるしがらみに左右されることなく、ひたすら自らの判断で県政に立ち向かう勇気と手腕を期待したい…。<10月30日:記>

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2009年11月17日 (火)

CAFE BAR ザ モダーンズ

先日食事の後、もう9時を過ぎていただろうか、以前からちょっと気になっていたCAFE BAR ザ モダーンズに寄った。

昼間はカフェ、夜はバーになる。

随分と不思議な名前のバーだなと思っていたが、聞けば、1920年代のパリを描いたアラン・ルドルフ監督の映画「ザ モダーンズ」に由来するのだという。

そのバーは古いマンションの1階にある。
道路に面して木が密に植えられ、その木々に囲まれるように、ちょっとヨーロッパ風の古典的な雰囲気のドアがある。
ドアを開け、ステンドグラスとガラスブロックの壁を横に入ると、左手にバーカウンター、右手前に個室、テーブル席がある。
中は思ったより広い。

1_3

薄暗い店内の漆喰の壁は、甘いオレンジ色で仕上げられている。
英国調とでもいうのだろうかアンティークな棚に、きれいにグラスとお酒の瓶が並べられている。

なかなかお洒落なバーだ。
低く流れるモダンジャズがまたいい。

私はいつものように「カンパリをトニックで割って、それに氷をいれて、シャンペングラスで」と注文した。
随分と変なカクテルだが、これが食事の後には意外と美味い。
以前なじみにしていたバーのマスターから聞いた飲み方だ。

袋町公園のまわりには随分と洒落たブティクやレストランが何軒もあるが、ザ モダーンズはそうしたお店の一つだ。
流川、薬研堀の繁華街から離れて、ポツンとあるのがまたいい。

こんなお店があるのも“うらぶくろ”の良さだ。

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2009年11月16日 (月)

ループバスひろしま

先日NHK前を歩いていたとき、「ループバス」と行き先表示をして走っているバスを見かけた。

1_2

そういえば、広島市内中心部を走る100円のループバスの運行を、社会実験として、始めたと新聞に出ていた。

広島市内のバス、路面電車は放射状に走っていて、環状線はない。
平和公園にいって、それから現代美術館、縮景園等いくつかの施設を回ろうと思ったら、意外と不便だ。

そうしたこともあってだろう、広島市が主体になってこのようなループバスの運行を始めたようだ。

大変いいことだと思うが、いつも数人しか乗っていないようだ。勿体ない。


ネットで調べてみると、
広島市の中心地部の広島駅、広島城、紙屋町、原爆ドーム前を通るループバスは10月3から12月23日までの土休日に運行されているという。
http://www.city.hiroshima.jp/koutsuu/noruma-day/2009/YouKnowP.pdf

料金は1回100円、1日乗車券は300円とある。

左回りと右回りがあり、それぞれ20分間隔で運行されている。
結構頻繁に走っている。

バスもCO2排気ガスの少ない天然ガスCNGバスを使用しているという。

それなのに乗っている人が、たったの数人とは勿体ない話だ。
これでは折角のプロジェクトが、これではすぐ中止になってしまう。

私もループバスが走っていることを知ってはたが、バス停がどこか、どれがループバスか、わかりずらい。

ということでは、これがループバスですよと、はっきりわかるように目立つバスを走らせたらどうだろうか。
例えば日本で1番最初に走ったバスをモチーフにしたレトロなデザインのバスを走らせるというのも手だろう。
何も全部のバスでなくともよい。
1台だけでもそうしたバスが走れば、随分と違ってくるだろうと思う。

単なる便利になるというだけでは、人はなかなか乗ってくれないようだ。
市民や観光客や、子供や女性が乗りたくなるようなバスにする必要がある。

バス停も、広告付きでもいいから、もう少しオシャレで、目立つようなデザインにしたらいい。

全国のあちこちの都市でループバスの試みがされているが、成功している例は少ないようだ。

市内を循環するループバスの運行は、街の賑わいに大きく貢献する。
なんとか成功して欲しいと願っている。

そのためには、もう少し思い切った投資も必要のようだ。
そして、いずれはこの路線にLRTが走るようになったらもっといいだろうと思うが、そのためにもループバスが成功することが必要だろう。

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2009年11月15日 (日)

LRT都市サミット広島2009

10月31日、LRTの走っている都市の市長が広島に集まり、第1回LRT都市サミットが広島国際会議場で開かれた。

LRTとはLight Rail Transitの略で、まあ要するに路面電車のことだ。
LRTと横文字になったことで、何か新しい交通機関に生まれ変わったように感じるが、そういう部分もあることは確かだ。
広電のグリーンムーバーは低床式になり、乗りやすくなっただけでなく、何両も連結され、長くなって多くの人が乗れるようになった。
そのLRTを運行する広電の路線は総延長35.1km。宮島線16.1キロは専用の軌道を走っているので、路面電車ではなく鉄道となるので、厳密にいえば路面電車の延長は19キロになる。
1日の輸送人員は約16万人になる。
路面電車としては、国内で1番長い距離を運行しているということと1番多い乗客がいるということで、広島市が第1回会議の開催地となったようだ。

「富山市は、JRの走っていた路線をLRT化したことで、街が大きく活性化した」
「鹿児島市では、路面電車の軌道を緑化したり、センターポールも設け、あの網のように張り巡らされた架線がなくなった」
「自動車の街、豊橋市でも路面電車が活躍している」
等がそれぞれの都市の市長から報告された。

1

今、全国各地でLRTの価値が見直されようとしているのだ。
ヨーロッパでもLRTがどんどん復活しているという。
あの車社会のアメリカでもLRTが導入されているという。

なんで今、LRTがそんなに持て囃されているのだろうか。

LRTがバスに比べてそれほど輸送力に優れているとは思えない。
広電が近年導入したグリーンムーバーマックスは5両連結で定員149人(着席56人)とバスより多いといえばいえるが、それが道路の真ん中の軌道を占拠して走る等のことを考慮すれば、それほど多いわけではない。

道路の利用効率から考えたら、バスのほうが優れているとすらいえるだろう。
バスだったら、道路のあるところなら、どこだって走れる。
多分そうした理由からだろうと思うが、東京初め全国の都市で路面電車が撤去されてきた。
しかし路面電車の残った広島市にあっては、路面電車の乗客はこれまでほとんど減らなかった。
しかしバスの利用客は半分以下に減ってしまった。
バスの利用客の減少は、全国的に起こっている。
路面電車に対しては確かに様々の方策がされたが、バスに対しても、時間は限定されているがバス専用レーンを設けたりと、様々のことがされてきている。
にもかかわらず、バスの利用客は減り、路面電車の利用客は減らなかったのだ。

路面電車の価値は、その輸送力とはまったく次元の違うところにあったのだと思われる。

バスは、いつも乗る路線ならこのバスがどこにいくかわかるが、どこか別のところに行こうかとすると、どのバスに乗ればいいのか、どこで乗ればいいのか探すのが厄介だ。
対して路面電車なら、軌道があるから走っているところがどこかわかるし、駅(停留所または電停)がどこにあるかもわかる。
利用客にとってはこのわかりやすさが路面電車の良さの最大のポイントになっているのではないだろうか。

LRT、グリーンムーバーは街中でよく目立つ。
今目の前を通って行ったのがグリーンムーバーだと誰でもがわかる。
グリーンムーバーは街のオシャレなファーニチャーになっている。

路面電車とバスの違いは、デパートの中の移動手段のエスカレーターとエレベーターの違いと同じような面もある。

エスカレーターは大抵お店の真ん中に設けられており、エスカレーターに乗って下の階をみることは結構楽しみでさえある。
エレベーターは大抵お店の隅に作られており、ショッピングカートでもなければ、まず使うことはない。
エレベーターの中のあの気まずい雰囲気は何ともいえず嫌なもんだ。

路面電車の窓は低いせいもあって、車窓から街を見ることが結構楽しい。
また電停で待っている人は街の賑わいの一部にもなっている。

路面電車は街のエスカレーターのようなもんだといえそうだ。

鹿児島市では路面電車の軌道の芝生化を進めている。
目に優しいだけでなく、路面の気温を10~20℃下げているという。
それだけ下げれば、車内のクーラーへの影響もあるだろうし、いま問題になっているCO2削減にも大きく寄与しているだろうと思う。
芝生はコンクリートや石の軌道敷より見た目にもいい。
LRTは環境的にもいい交通機関だといえる。

こうした様々の違いが路面電車とバスにはあるようだ。

東京等大きな都市では地下鉄がどんどん作られ主要な移動手段となっている。
もう今や地下鉄なしでは、東京という大都会は成り立たなくなっているとさえいる。

しかし
地下鉄の駅の前には、不思議と駅前商店街というのはない。
ここに駅がありますとわかるようなものは、駅の名前を書いた看板以外にはない。
それも駅が数百Mも長いと、駅の看板がポツン、ポツンととんでもなく離れてある。
来たとき出てきた出入り口を通り越そうものなら、駅を探すのは大変だ。

広電の電停は中心市街地ではそれこそ100~200M先にはある。
駅前だけでなく、それこそ線路の脇はすべて商店街といっていい。

どこを走っているか、どこに駅があるのかは、見ればわかるというのは、公共交通機関にとって重要な要素のようだ。

地下鉄はどうもエレベーターと同じ類の乗り物だといえるようだ。

だからといって、路面電車が万能だということでは決してない。
半径数KMという大きさの範囲で、都市の街づくりを考えるなら、路面電車が優れていることであり、
都市の郊外と中心市街地とを結ぶならアストラムラインのような新交通システムとか、いわゆる電車のほうが優れている。
宮島線だって路面電車というより、JRと同じ電車といったほうがいい。
中山間地域や郊外とか、人口の少ないところではバスのほうがはるかに有効な交通機関だ。
何事も万能というわけにはいかない。
上手く各種の交通機関を使い分け、そしてさらにそれらを上手くつなげていくことが必要だ。

富山市はLRTを導入し、コンパクトシティーを目指すという。
郊外に暮らす人々を都心に移ってもらうために、補助金を出しているともいう。
都心に移ってもらったほうが医療費等の行政の費用が少なくなるから、補助金をだしてもそのほうがいいのだという。
広島市ではそんな補助金をださなくとも、ごく自然に都心回帰が起こっている。

広島の街はデルタで狭いから、都市としての発展の余地がすくなく、岡山に置いていかれるといいうこともいわれてきた。
しかし今その狭いことが、逆に有利に働こうとしているようだ。
路面電車でちょっと乗れば市役所、球場、港等どこにでもすぐいける。
車の駐車場を探す心配もいらない。

路面電車が広島市のまちづくりに果たしてきた役割は大きい。
このLRT都市サミットは、LRTの良さを世界に知らせるいい機会だ。
次は外国からの参加も呼びかけたらいい。

そのLRTをさらに充実すべく、LRT研究会の山根氏から西広島駅から、平和大通りを通って広島駅までの間に、LRT、路面電車を走らせたらどうかという提案があった。

平和公園の前に路面電車が走るということについては、反対意見もあるようだ。
祈りの場である平和公園の静けさを妨げるからということが理由のようだ。
そうしたことに対しては、できるだけ配慮すべきだろう。

平和公園からできるだけ離して作るということで、土屋病院側にある側道に、軌道を作るようにしたらどうだろうか。
架線も鹿児島の路面電車のようにセンターポール化すれば、道路上に網の目のような電線を張らずに済む。
軌道面だって、芝生化すれば見た目にも優しい。
そうしたことがされれば、今以上に奇麗な環境ができるのではないだろうか。

広島駅・西広島駅間が路面電車で結ばれれば、東京から来た人も、宮島から来た人も平和公園にアクセスしやすくなる。
平和公園を訪れることがより容易になる。
平和公園を訪れる人を増やすことにもなるだろう。

お金のことでいえば、LRT導入の工事費はKM当たり約30億円程度でできるようだ。
対して地下鉄にするとなると、東京都内の工事でも200億円位かかっている。
広島市内の地盤は悪いから500億円くらいかかるだろうという人もいる。

西広島駅―広島駅間については、すでに観音東の交差点までは広電が走っているから、そこから先約4.5KMをLRT化するとすれば、4.5KM×30億円→135億円程度の建設費でできる。
途中、川を渡る部分もあるが、その工事費を含めても多分このくらいの金額でできるだろうと思う。
アストラムラインを延長して地下鉄化にすれば、既存の線路も使えないから距離も伸び、最低でも5.5KM×200億円→1100億円ということになる。

通常よく言われる国、市、広電がそれぞれ3分の1負担ということになれば、LRT化した場合、広電の負担は45億円程度ということになる。
最近は国の補助制度もLRTに対してかなり手厚くなってきているから、多分もっと少なくて済むだろう。

ということであれば、ビジネスとしての採算性は十分見込めるだろうと思う。
地下鉄は工事費が膨大にかかることもあって、東京のような大都会は除いてどこの都市でも大赤字で苦しんでいる。
広島市程度の規模の都市にあっては、採算性を考えたら、地下鉄建設はとても無理な話だと思う。

広島市の街づくりの面からも、工事費の面からも、西広島駅・広島駅間のLRT化は意味のある提案だと思う。
そろそろ着工すべきときにきたようだ。

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2009年11月14日 (土)

間違いだらけのインフルエンザ対策

日本は先進国の中では感染症輸出国と揶揄される程、感染症対策は遅れています。
今回の新型インフルエンザ対策も当初からデタラメの連続で、WHOからも非難されましたが、厚労省の無知で無責任な対策はともかく、今回は一般の人に絞って、インフルエンザ対策について書きます。

現在、修正されてきつつありますが、まだまだ正確に理解されていないのが、手洗い、うがい、マスクです。

1)手洗いは最も有効な予防対策で、先進国では「手洗い」のみを繰り返し広報しています。
2)うがいは、しないよりマシと言えますが、しない方が良いという研究結果もあります。
3)マスクも予防には殆ど効果がありません。逆に、正しく扱えないと却って感染を拡げます。

理由を説明しましょう。

インフルエンザは飛沫感染であり、空気感染はしません。ですからマスクは予防に関しては、あまり役に立たないのです。もちろん飛沫を飛ばす感染者はマスクをしなければなりません。

インフルエンザ感染者が発する飛沫を直接受けるのは通常1~2m以内の人です。つまり目の前で感染者が咳をすれば飛沫を受けますが、その時には閉じている口より開いている目の方が飛沫を受ける可能性は高いでしょう。ですから、マスクをするくらいならゴーグルをする方が有効です。

最も感性経路となるのは手です。飛沫が飛んだ所を手で触り、その手が飛沫をあらゆるところに付けて行きます。そして、飛沫を付けた手で顔を触ることで感染するのです。人は無意識に頻繁に手で顔(目、鼻、口)を触ります。一度のくしゃみで4万個の飛沫が飛び、その1つで感染させることができます。

ですから手洗いこそが最も有効な感染対策なのです。

それに対し、うがいは目の前で感染者が咳をしたとして3分以内なら有効です。また、ある大学の実験では、うがいがインフルエンザ予防に役に立ったというデータは水道水のみで、市販のうがい薬では統計学的に有意とされるデータは出なかったという報告があります。それは、うがい薬がウィルスに対する喉の防衛機能まで奪ってしまうのではないかということです。またカテキンがウィルスに有効なことからカテキンを含むお茶でのうがいが良いと言われます。これも高濃度のカテキンでの有効性は認められていますが、普通に飲むお茶程度では有効性は確認されていません。

更に意味なく危険なのはマスクです。よくウィルス99%カットとか書かれていますが1%でも通過すれば、意味はありません。しかも多くの人はウィルスの付着したマスクを触り、その手で顔を触ったり、食べ物を掴んだりします。これでは感染するためにマスクを付けているようなものです。マスクは、その都度使い捨てにし、紐のみをもって廃棄します。紐以外のどこも触ってはいけません。

ちなみに手で口を覆って咳をしたら、すぐに手を洗わないと、その飛沫を触るところ全てに付けて行くことになります。すぐに手を洗えない状況の時には、咳は肘で受けるべきです。

インフルエンザの予防対策として、手洗い、うがい、マスクと効果もリスクも桁違いに違うものを並べて広めるのは明らかに間違いです。全ての効果を科学的に理解した上で、正しく使える人のみに対し、感染予防対策として「手洗い、うがい、マスク」を並べることはできても、そうでない人に対して、これらの予防対策を並べるのは問題があります。

ついでに感染後のことを書いておくと、普通の人は数日で治る病気です。病院へ行っても発症から12時間を経過しないと検査はできません。インフルエンザでもないのに感染者の多い病院へ行くことはリスクがあります。またインフルエンザと診断され、タミフルやリレンザを処方されたとしても治る日数が1日短縮されるだけです。

通常の季節性インフルエンザでも毎年何千人もの人が亡くなります。インフルエンザはその程度にはリスクのある感染症であり、新型もその程度には危険なものです。厚労省は過大な恐怖心ばかり与えるのではなく、正しい認識と正しい予防法を広めて欲しいものだと思います。

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2009年11月13日 (金)

食料品売り場のセルフレジ

先日宇品のイオンで食料品の買い物をした。
1週間分の食料を買うから、車でないと重くて、とても持って帰れない。

手前のレジだけに凄い行列ができていた。

上をみれば「セルフレジ」と書かれている。

通常はレジの前に並べば、お店の女性が手際よく、食品についているバーコードを機械で読み込み、籠につめてくれる。
いわれた料金を払えばおわりだ。
今では殆どすべての商品にバーコードがついているから、料金の読み取り、清算はなにもお店の人にやってもらわなくとも自分でできるといわれれば、そうだろうなと思う。
小売りの世界の技術開発は凄い。

セルフのガソリンスタンドも近頃は増えてきた。
セルフのガソリンスタンドは、お店の人が入れてくれるところに比べれば、5~6円安い。
4~5%安くなるということだ。

お店の人に「セルフレジで精算すると、何かいいことあるんですか」と聞くと、
「ポイントが倍になります」という

1_3

ポイントなんてとバカにしていたが、そうでもないようだ。

イオンは、200円で1ポイントだという。
ポイントを貯めれば、様々の商品に交換できるそうだが、それだけではない。
1000ポイントで1000円に相当するという制度もある。

1万円買えば、50円になる。
割引率は一見0.5%と低いが、10倍デーなんてのを結構頻繁にやっているから、そんな日に買い物をすれば、すぐ5%、500円の割引になる。
ばかにならない。

セルフにすれば、お店としては人件費が大幅に削減できるということで、ポイント制を進めているが、それは同時にお客の囲い込みをしようという意図もある。

お客だって、お店のいいなりになっているわけにはいかない?

先日TVで、1回の買い物で、このポイントを4倍にするという裏ワザを紹介していた。

まず、セルフレジで支払えばポイントがつく。
その支払いをイオン発行のプリペードカードですれば、ポイントが2倍になる。
プリペードに振り込み機から入金すれば、さらにポイントが付く。
これで3倍になるというわけだ。
そのプリペードカードにクレジットカードから振り込めば、そちらのカードにもポイントが付くということになるという。
4倍になるというわけだ。

もっと凄い技があるようだが、後は理解しかねた。

まあ色々生活の知恵というのはあるもんだ。
そんな仕組みを知らないと損するというのも、厄介だ。

取りあえず、まずプリペードカードの申し込みをした。

でも・・・、ポイントは買い物をしなければ付いて来ないんだよなー・・

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2009年11月12日 (木)

エキナカ・オープンカフェ

先日、新幹線広島駅に友人を迎えに行った。
大分早く着いてしまった。
まだ30分以上も時間がある。

立って待つにはしんどいし、と周りを見渡すと、新幹線改札口前にオープンカフェがあつた。

構内は天井は高い。 10M位はある。
コーヒーとサンドイッチを売るブースがあり、広い通路の脇の一部にテーブルと椅子が置かれている。
建物の中とはいえ、これなら立派なオープンカフエだ。
いわばエキナカ・オープンカフェだといえる。

Café deli Estacion Expressというのがお店の名前のようだ。
JR西日本もシャレたことをする。

1_2

京橋川や元安川のオープンカフェほど快適ではなさそうだが、ここならちょっと時間をつぶすには調度いい。

コーヒーも200円と安い。
コーヒーを飲みながら、文庫本を読んで時間をつぶした。

新幹線口の前にはマックやレストランや等何軒もお店があるが、それは壁できちんと区切られている。
そうしたお店と違って、駅構内にこうした気楽な感じのお店があるのはいい。

もっとあちこちの駅にできたらいいのにと思う。
新聞や雑誌を売っているキオスクが、コーヒーも売るようにしたっていいだろう。

そうなれば、殺風景な駅も大分雰囲気が変わるだろうと思う。

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2009年11月11日 (水)

メイザー教授講演会

10月23日の夕方、アステールプラザ大会議室でアメリカの数学者メイザー教授の講演会が開かれた。
秋葉市長の友人ということもあり、市長自身が通訳をするという贅沢な講演会だった。
メイザー教授の著書は、すでに「数学と論理をめぐる不思議な冒険」、「ゼノンのパラドックス」の2冊が日本語に翻訳され、出版されている。
メイザー教授は、数学会では世界的に評価されている学者のようだ。

話は数学者の目からみた人間の心理、社会現象ということだったが、なかなか含蓄あって面白かった。
たまにはこんな浮世離れした話を聞くのもいい。

1

中学生のころだったか、ピタゴラスの定理というのを習った。

直角三角形の斜辺の長さをc とし、その他の辺の長さをa,bとした時

20091105_181002

なる関係が成立するという定理だ。

2

この定理については、ユークリッドの証明といわれる、それぞれの辺に、3つの四角形を使って、等積形及び回転させることで、一つの四角形に収まるという三平方の定理といわれる証明が一般的に知られている。

この定理の証明法は、実は他にも何百とあるのだという。
エッ?
私が学校で習ったのは、この証明法だけだ。

以来私は数学の定理の証明は、常に一つだと思い込んでいた。

しかし、そう言われてみれば、私のある友人に、高校の数学の授業で「先生の答えより、こっちの方が簡単ですと言って、別の答方を示して、先生をやりこめることを楽しみにしていた」という奴がいた。

今回の話を聞いて、それはこういうことだったんだと納得がいった。

ある時、その彼に、数学の家庭教師をしてくれと頼んだら、「俺はひらめきだけで、数学の問題を解いていたから、数学の公式を殆どしらない。だから人に教えることはできない」といってきた。

そんなの有りかね?

また別の友人は、「数学は試験の前日に、公式をすべて丸暗記する。試験が終われば、すべて忘れてしまう。だから数学はまったく解らない」という人もいた。

メイザー教授は、「数学の証明が、証明されたということをどうやって証明するのか」という問題にも触れた。
なるほど、これは厄介そうだ。

数学の授業で、黒板に有史以来解けていない数学の問題が10問書かれていた。
遅れてきた1人の学生が、それを宿題だと思って、翌日「先生、9問しか解けませんでした」と言ってきたという。

「解けると思えば解けるし、最初から解けないと思ったら解けない」ということをいいたかったようだ。

世の中って、案外そんなものかも知れない。

核廃絶だってそうだ。
そんなこと不可能だと思えば、核廃絶は絶対にできないが、出来ると信じて行動すれば、いずれはできるかもしれない。

秋葉市長の行動の原点には、こうした数学的な物の見方が背景があるのだろう。

オリンピックを広島・長崎で開催しようという話も同じだろう。

これなんかは、できないと思ったら、出来ないのは確かだ。
何事もできると思って頑張れば、なんとかなるかもしれない。

頑張ろう・・・・

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2009年11月10日 (火)

制裁より対話戦略を! 拉致(3)

 蓮池氏の講演で気になったいくつかの問題をピックアップしてみる。
 中井新担当大臣が北朝鮮の大幹部で脱北して韓国にいる黄(ファン ジョンナム)氏を日本へ呼んで指導を受ける計画のようだ。彼は主体思想(チュチェ)を創った人であるが北の拉致問題などにはほとんど関与しておらず、的外れな招聘計画と言える。また、家族会が米国へ出向きブッシュ大統領に救援を申し入れた。これは日本政府が何もしてくれないと言う証に過ぎず、米朝パイプを活用した助けを求める事は意味のない行為と言える。
 また最近は鳩山首相に面談し「決意の表れとして毎日付けて下さい」と言って青いバッジを渡した。多くの課題を抱える首相に拉致のシンボルを毎日付ける様に求める家族会の感覚には違和感がある…など、私の考えにフィットする発言が相次いだ。

 政府は北の核実験に対して「経済制裁」で家族の要望に応えたと言ってきたがパフォーマンスでしかない。マスコミは北の人がいかに苦しんでいるか困っているかを報道するがむしろ手段が目的化した形になっている。本当に困っているのは在日のチョゴリを着る事が出来なく無くなった中高校生らで、日本の経済制裁は中国がカバーする構図を創り、今や制裁や圧力は形式的に終わっている。

 自公政権は4つのエラーで拉致問題の解決を裏切ってきた…。
 先ず、‘02年9月17日、小泉訪朝の日に最初9人と伝えられた生存者が数人に手直しされ、横田さん夫妻に当時の福田官房長官が「めぐみさん死亡」を伝えた。①政府はめぐみさんの死亡を曖昧なままに国交正常化を政治決着で急ごうとした…。②政府は5人の帰国を“一時帰国”で合意していた。家族会の強引なまでの説得で北への帰国を諦める説得をした。
 弟達が記者会見で「金正日万歳!」と言うのではないかと心配した<日本政府の救援が無く諦めの中で、それくらい北の人間に染まっていた>③小泉再訪朝で子供の帰国は出来たが、あとの成果が無く小泉に対する家族会をはじめとする批判の声④めぐみさんの遺骨の鑑定疑惑<政府は一旦めぐみさんの遺骨として受け入れる前提だった>…ことごとく失敗して以後こう着状態を続けている。

 自公政権は核とミサイルと拉致を「包括的に解決する」方向で取り組んできた。核とミサイルは世界にとっても脅威だが、拉致はあくまで日朝間の問題。核問題とは分けた戦略が必要だ。核が解決したら拉致被害者が帰ってくるか?拉致は拉致で対応する必要がある。

 新政権には北が何故怒っているのか、何を求めているのか考えて欲しい。
 北の打倒が目的ではない。
 日本政府が過去の清算を早い段階でしていれば拉致事件は起きなかった…可能性がある。
 過去の清算については国民の了解を得てあくまで対話路線で踏み込んだ交渉に臨む覚悟で取り組んでほしい。

 蓮池さんの講演で一貫しているのは拉致と核を一緒のテーブルに載せない。拉致は日本の植民地化など歴史的な清算を真摯に行うべきである…の2点に集約される。

 もっともな意見であり新政権は改めてこうした意見に耳を傾けることが今後の問題解決に重大な影響をもたらすに違いない。
 併せてマスコミのブレを厳しく追及する必要も指摘できる。  <完>

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2009年11月 9日 (月)

蓮池バッシングと日朝交渉の挫折・拉致②

 蓮池さんは「変節した」と叩かれ「お前の家は解決しているのだから、黙っていろ」と言われる。黙っている方が楽であるが、自分たちだけ帰ってきたが帰っていない人のことが頭から離れず心の底から喜べない。7年経っても人目を気にしてのびのびした生活は無い。
 
 弟家族だけでなく周辺家族も不健康な状態で、母はどんな顔をして街を歩けばいいか、どうするのが一番良いか…深く考えるようになった。自由にものが言えない…。

 父は教師で母は市役所勤務だった。だから父は日教組、母は自治労、弟は北のスパイ…
 兄と弟が組んで国交正常化を進めようとしている、だから監視が必要だと言われている。
 政府の立法で弟家族は月額30万円の支援金を来年3月までの5年間受けて自立を目指している。講演や執筆で収入があれば減額されている。国の補助で生活していることに対してはこれ以上の税金を使わないでという投書や手紙が今も舞いこんでくる。
 弟家族は税金で生活しているという噂、子供の大学は入試や学費が免除でいいね…と言われ、外食や旅行にも行けない。そんな支援はいらない…という思いになっていると言う。
 とは言え、蓮池さんは執筆など自立力に優れているが他の被害者は国の援助の継続を求めており、蓮池さんの発言が誤解を生んだり家族会内部でも反発を招いたりする所以だろう。

 蓮池さん周辺でさえ北朝鮮を巡って自由に話をする土壌がない。強硬でなく柔軟で多様性のある発言をすれば北親派と言われる。支援法は来年3月で5年の時限が切れ、みな自律しなければ成らず、法律の延長が当面の課題になって来る。

 自民党政権の7年間でやったのは経済制裁だけだった。政府は経済制裁をすれば北が折れてくると言ってきたが反発を強めただけで、一人として帰ってこなかった。相手を困らせるのが目的でなく、相手の態度を変えさせるのが目的だ。北朝鮮に関するTV報道は全く本質を考えないで数字(視聽率)を気にするだけで?真相に目を向けない、報道ではない。
 民主党政権になって自民党との対立軸をどう取る?…中井大臣はますます北への圧力をかける方向の発言をしている。それでは自公政権時代と変わらず期待できない。
 鳩山首相は今こそ「日朝ピョンヤン宣言」を誠実に解決する為に拉致問題の調査に前向きに協力の用意がある…姿勢を見せている。核問題と拉致問題はまったく別性格の問題で、拉致はあくまで日朝間で他国の力を借りず解決すべき問題である。
 鳩山首相は改めて閣内の意見を統一して“ピョンヤン宣言”で国交回復し拉致問題解決宣言をする時だ。拉致問題は蓮池氏が家族会と自公政権と無理解な国民と叩かれながら闘ってきた7年でもある。鳩山内閣と家族会は1910年に始まった日本の朝鮮植民地化の歴史的反省に立った解決こそが拉致問題解決の近道との認識が求められる。 <続く> 

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2009年11月 8日 (日)

拉致…蓮池透氏の講演から ①

 「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」の前副代表・蓮池透氏の講演を聞いた。
 積極的にマスコミに出ていた人が2年くらい前、会の役員交代を機に突然テレビや新聞報道から姿を消され、最近は拉致問題の影が薄くなった。何があったのかと思っていた。 

 日朝友好広島県民の会の設立一周年記念の会で、ウイークデーの夜7時からにも拘らず300人近い人でYMCAの会場はいっぱいになった。拉致問題は日朝間の問題から6者協議や米中を巻き込んだ形になって一向に前進を見ない。その背景にある問題は何なのか…疑問を抱く人は多く、日本政府の対応に不満や不安を抱く人も多い…と思う。

 1955年生まれの蓮池透さんは東京理科大学の電気工学科を卒業後東京電力で原発に関わる部門で働いていたが、1997年に拉致被害者の実弟薫さんの兄として「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」の事務局長を、2002年から7年まで副代表を務めた。
 私は制裁と圧力を繰り返す政府に寄りかかった家族会とその中心で動く蓮池氏に対しても不信感を抱き、胡散臭さを感じて余り親身に彼らの発言に耳を傾けて来なかった。

 この日、蓮池さんは広島を意識してオバマ米大統領の「核なき世界」構想とノーベル平和賞受賞の流れを“是非、実行して欲しい”と期待を寄せ、自分は電力会社で原発に関わっていたことを告白して「平和利用とは言え廃棄物をどうするか先が見えない」と現状に憂慮しながらオリンピック招致には賛意を示した。以下、蓮池氏の講演要旨を綴る。

 燻り続けていた北朝鮮による拉致事件は2002年9月17日の小泉訪朝で初めて明らかになった。10月15日に5人の拉致被害者が帰国して7年がたったが、一歩も前進することなく今日を迎えている。マスコミは随分取材をしてきたが今年9・17、10・15拉致に関する記事を書いた新聞・テレビはなく、すっかり忘れられつつある存在になっている。

 家族にとって7年間、進展がないままのこう着状態は、歳を重ねるばかりで苦しみと悲しみが頂点に達している。
 自分はこの間それなりの努力をしてきたが「制裁より交渉が優先ではないか」と会や政府にことある度に発言して来た。私に対して嘗ては左から叩かれ今は右から変節したと叩かれている…。問題が解決しないのはなぜか?
 北朝鮮への敵視政策を取ってきた自公政権が倒れた。政権交代を機に舵を大きく切って欲しい、「制裁より対話」…と言うのが、蓮池さんの偽らない気持ちのようだ。
 拉致問題を蓮池さんの講演を通して裏情報を交えた検証で手繰って見る。 <続く>

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2009年11月 7日 (土)

“アッちゃん”のお店

 広島で“アッちゃん”と言えば大抵の人はテレビやラジオで活躍しているタレントの
西田篤史(にしだ あつし)さんの名前をあげる。
 彼は広島商科大学(現:広島修道大学)の学生時代からRCCのラジオレポーターとして活躍した。学生アルバイトのつもりでいたが、フアンから「辞めないで」と言う声に押されてこの道を歩み始めた広島に密着したローカルタレントの第一号だ。

 もう15年も前になるがRCCが当時ローカル局では珍しいゴールデンタイム(GT)に始めた情報番組「週刊パパタイム」で高視聴率を獲得し“アッちゃん”のニックネームで人気を得て12年の長寿番組に押し上げ、全国のローカル局にGTへの進出の切っ掛けを創った。
 ラジオではRCCの「たむたむ・タイム」で共演した村下孝蔵を全国へ売り出す力になるなど、全力投球の姿勢が評価されて広島のTV各局で番組をもつローカルでは珍しい息の長いタレントに成長。今もRCCの夕方ワイド「イブニング・ふぉー」のMCを務めている。

 その“アッちゃん”が4月に和食の店を開店したという情報で気になっていた。
 近く4ケ月振りに帰京する中沢啓治夫妻と出かけてみた。仏壇通りのほぼ中央辺りの仏壇通りビルの5階の「Dragonfly」(トンボ)という洒落たお店だった。名前からすると洋食のお店かと思うが和食の店である。名前の由来?は「ヤゴだった僕は明日、水から上がって羽化してDragonflyになります」という出店に当たってアッちゃんの謙虚な気持ちの表現のようだ。エレベーター4階で降りた人は「いい店ですよ、アッっちゃんは毎日顔を出していますよ」と話していた。案の定、土曜日だったせいか既にアッちゃんの姿があり、早速挨拶の声を掛けてくれた。 

 妥協のない広島の味を提供するのが「長年の夢」だった…と言う。店内はゆったりとしたテーブルの設えで若いカップルに家族ずれと幅広い客層が見て取れる…。
 料理は最初の、ほうれん草とシメジのおしたしの味で“これはいける“と期待させた。
 案の定、お魚コースで頂いたが、最後の松茸ご飯まで一品一品に素材を活かした創意工夫が凝らされ、洗練されたしっかりとした味付けで堪能できた。食通のオーナーのこだわりと覚悟が響いて心地良い。スタッフの対応も極めて良い。お酒も広島の地酒から各種の焼酎にワインと品揃えされ、お値段も手ごろ感の選択が出来てとても良い。

 東京や大阪でよくあるタレントとの店が紹介され一時はもてはやされるがいつの間にか消えてしまうタレント人気に便乗した店でないことを願う…Dragonflyは味で勝負できる店に間違いない。お勧めの店に一度足を運んでみてはいかがでしょうか。期待できますよ!!。
問合せ:中区堀川町1-11 仏壇通りビル5f 「Dragonfly 」082-543-202

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2009年11月 6日 (金)

広島県知事選への期待

 広島県知事選挙が公示されたが、政権交代が実現し、政治への関 心が高まっている最中にも関わらず、どうも県知事選への関心は薄いよう に感じられる。それも広島県民の4割を占める、広島市民の関心が薄いよ うに思う。
 広島市は政令指定都市なので、ある意味では広島県と対等な立場 にある。しかし現実には広島県が広島市に対して持っている権限や予算 は決して少なくない。
 存続が問題になっている広島西飛行場の土地や、宝の持ち腐れになっている湾岸地域なども殆どが広島県の管理下にある。広島市民が多く を納めている税金でありながら、広島市民のみがカットされている弱者に 対する補助金などもある。中国新聞の取材では東広島市の蔵田義男市長は 新知事に求めることとして「広島市とうまくやってほしい」としている。
 現行の制度のもとでは、広島市にとって広島県の影響は決して小 さくない。逆に広島県にとっても広島市民の存在は大きい。知事選を機会に、広島市民は改めて広島県民であることを自覚してみてはどうだろうか。

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2009年11月 5日 (木)

早くも始まった歳末イベントの準備

 10月の声を聞いて間もない先週から平和大通りの木々に電飾を飾るクレーン車などが出て連日作業をはじめた。広島の冬の風物詩に育ったライトアップ「ひろしまドルミネーション」の準備だ。準備の着手は年々早まっているように思う。

 観光客や市民が夜の街を散策して楽しめて魅力ある観光スポットを作ろうと2002年にスタートさせたこの歳末イベントは今年で8回目を迎える。当初は40日程度だったが昨年から11月17日にオープンしセ正月明けの3日までの48日間に拡大されていた。
 所が今年は更に10日の延長で11月6日(金)にオープンする。従って準備も早まった訳だ。

1_4

 広島の正月明け、一月の第三日曜日には全国47都道府県が参加して開かれる「都道府県対抗駅伝」がある。
 折角の延長なら駅伝まで延長しては如何だろう…?
 観光客誘致のインパクトになるのではないだろうか。

 展示エリアは平和大通りの平和大橋東詰めから田中町交差点を中心に並木通り、金座街、本通り、中の棚、アリスガーデン、新天地、元安川左岸、基町クレド、紙屋町にアーバンビューグランドタワーの14エリアで130万球の青色発光ダイオードがライトアップする。

 実行委員会は期間中の観光客を30~40万人と見込んでいるようだが、仙台のケヤキ並木イルミネーションが20日間で200万人、神戸のルミナリエが2週間で500万人と比べれば、会場近くに住んで毎日の人出に接している実感は100万人?と言う感じだ。

 エリア内商店街や商店への配慮があるのは判るが、延長2キロ近い平和大通り沿いには
気軽に入れる喫茶店や居酒屋はない。せめてコーヒーとおつまみにビールくらい楽しめる屋台ブースと椅子のサービスが配置されれば云う事はない…。

 毎週土曜日は、クリスタルビル前の広場ではミニコンサートが行われ家族連れの客も多い。
 夜の観光開発…。人出と食べ物と飲み物はきっても切れない。
 限られた期間の営業で利益補償ないので運営が厳しいと言う意見を聞いた事がある。
 創意工夫をこらして既存の業者を対象に公募してみてはどうだろうか…。

 このエリアへの滞留時間の延長にも出店は必要条件と思われる。
 ひと工夫、ふた工夫をした企画で広島の夜の観光開発に弾みを付けて欲しいと思う。
 ガンバレ!!実行委員会。期待して待ちたい…。

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2009年11月 4日 (水)

映画「ヒロシマ・ピョンヤン~棄てられた被爆者~」

 北朝鮮に住む被爆者の暮らしを追ったドキュメンタリー映画「ヒロシマ・ピョンヤン」を見た。北朝鮮の被爆者を追ったこの種の映画としては初めての作品ではないか?

 3歳の時、原爆投下後の広島へ母に連れられて入市して被爆した。18歳で北朝鮮に渡った67歳の女性。何も知らないまま過ごしてきたが今は健康を崩し後遺症に苦しみながら“被爆者は どこに居ても被爆者”という日本政府の見解を頼りに孤軍奮闘する…サブタイトルの「棄てられた被爆者」が北朝鮮在住の被爆者の今を告発する。

 長年韓国や北朝鮮をはじめ アジア各国で日本の侵略被害の実態に目を向けて来た写真家の伊藤孝司さんが企画構成にナレーターも務める監督作品。’83年から在日朝鮮人被爆者の取材をはじめたが’92年からは北朝鮮に20数回渡航し、’06年に李桂先(67)に出会った。

 平城市に暮らす李桂先さんは両親、兄弟たちと大竹市に住んでいた。1945年、日本の敗戦で祖国へ帰国できると言う噂を確かめる為、母親に連れられて広島の県庁へ出かけた。被爆後12日目の8月18日で、二次放射能によって被爆した。髪が抜け体調不良が続いたが、被爆の事実を知らされる事なく成長した。
 ‘60年春に高校を卒業した李さんは在日の連帯運動に熱心で民族意識の強い父の勧めで帰国運動の盛り上がりの中、祖国建設の夢を抱いて家族と別れて一人で北朝鮮に渡った。その後、大学へ進学し、在日同胞だった人と結婚した。

 被爆者と知ったのは’04年だった。体調が悪いことを知った母が訪朝した際に教えた。
被爆59年目の母の告白に李さんは衝撃を受けた。被爆者手帳を取得する手続きを進めたが、来日直前に付き添い人の入国が認められない為断念せざるを得なかった。
 
 90歳に手の届く在日の母とピョンヤンで苦労する被爆者の親子を通じて「被爆者は何処にいても被爆者」の前に立ちはだかる北朝鮮被爆者への補償と援護措置の現実と日朝間にある歴史的問題を浮き彫りにする。拉致問題と核武装問題を絡めて全く前進していない日朝間の課題解決に何が必要なのか…日本政府はどうしようとしているのか…考えさせる。

 6ケ国協議や米中を頼りにして来た自公政権時代の北朝鮮との交渉の在り方について民主党政権はまだ明確にはしていない。しかし、民主党にも担当大臣や閣僚に小泉、安倍時代に植民地時代の歴史に目をやらないで北朝鮮に経済制裁など圧力主義中心にして、拉致家族支援を勧めた運動のシンボル・ブルーのバッジを胸にした人達が中心に座っている。

 この人達で、対北朝鮮問題解決の知恵と力が出せるのだろうかという不安は拭えない。
字個人の氏名から国や個人の財産に民族の誇りまでも奪った日本の30年にわたった侵略の歴史抜きには解決できない…。
 核問題と拉致問題を一緒に解決しようと考えているならば、今後も進展は期待できない。
核問題と一緒にしない交渉が必要で、新政権は拉致問題の解決に他国の力をあてにして来た自公政権時代の姿勢は早急に改めるチャンスだ。

'02年小泉訪朝でスタートしかけた「日朝平和条約」締結こそが問題解決の原点になる。
 拉致問題や被害者の帰国は自然についてくる問題…と認識して仕切り直せば米国や中国の力を借りることなく解決する問題…との歴史認識こそが重要だ。

 先ず、植民地化時代の問題を解決するという日本側の姿勢が最も必要なことで、この映画は単に在朝鮮被爆者の救済や援助を勧め、理解を促す為のものではない。
 改めて日朝間に横たわる問題を考える上で、入門・初歩的な貴重な映像資料と言える。 

問い合わせ:広島映画センター 〒730-0853 広島市中区堺町1-2-9 貴志ビル
      TEL:082-293-1274     FAX:082-293-2229

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2009年11月 3日 (火)

広島西飛行場と都市型農業ビジネス

ナショナルフラッグキャリアの日本航空が事実上倒産した。
ついこの前まで、誰も想像すらしていなかったことが起こったのだ。

その日本航空は社員を9000人リストラし、子会社も半減させるという。
西飛行場を使用している鹿児島便、宮崎便を運行しているエアコミューターの全面撤退もほぼ確定的になった。

西飛行場を使う飛行機が実質いなくなってしまうのだ。
緊急用のヘリやセスナの基地として残すべきだという議論もある。
それにしても、現在使用している程の面積はいらないだろう。
地図上で計ってみると、約300M×2,000M→600,000M2程の面積がある。
海に面しているから、それほど広さを感じないが、ゴルフ場が一つできるほどの面積だ。

広島県も広島西飛行場から撤退したいと常々いっていた。

そろそろ、飛行場の跡地をどうするかについて、根本的に考えなおす時がきたようだ。

1_3

日本の食料自給率は、カロリーベースで、昭和40年度には73%であったが、年々下がり続け、今では41%だという。
広島市の食料自給率は3%だとも聞く。
海にも面しているし、市街地は狭く、後背地も広いだろうに、食糧自給率はびっくりするほど低い。

何かことあれば、大変なことになる。

中国からの輸入した食料品の安全性が問題になったこともある。
どうやって食の安全な確保するかということも問われるようになった。

食糧自給率を高めることは、日本にとって緊急の課題であるとは誰しもが思っているが、しかし広島市民の意識は極めて低い。
おかしな話だ。

それなら、西飛行場跡地を広島市民の食料生産拠点にしたらどうだろうか。

大豆は醤油、豆腐、納豆といった多様な食料品の原材料となっており、需要の広がりは大きい。
その殆どを輸入に頼っている。
自給率はたったの5%だという。

ここでは、まずその大豆の生産から始めたらどうだろうか。

水耕栽培の技術が確立しているトマトもいい。
土を使わない水耕栽培の技術でトマトを1万個以上実らせるということも可能になっている。
それにレタス、イチゴといった青果を作るのもいい。

敷地は太田川にも、海にも面しているから水は大量にあるが、濾過しなければ、使えないかもしれない。
副産物で採れる塩は瀬戸内海の歴史の再生として、別途商品化、販売したらいい。

しいたけ栽培の木に電流を流したら、収穫量が倍になったという話も聞いた。
農業と工学を結びつけた新しい形の農業もありそうだ。
水耕栽培、LED、ITによる制御といった最先端の技術を導入したらいい。
そうなれば広島のものづくりの技術の出番だ。
販売もネットで注文をとり、生産するようにしたっていい。

ここにそんな農産物の生産拠点ができれば、広島市民は毎日食べる野菜等の食材を直接買いに来られる。
ここなら新鮮で、かつ安全だということを確認して買うことができる。
少しくらい高くても買ってくれるはずだ。

ここで作った野菜を使って、料理するレストランがあってもいい。

地産地消の極限の姿を、ここでなら実現できる。

フード・マイレージという言葉もある。
中国等遠くから食糧を運べば、それだけCO2が排出されるということだ。
CO2削減にも大きく貢献するはずだ。

こんな広い土地が街の真ん中にあるなんて都市は他にはないだろう。

そこに製造、販売、教育に関するあらゆる種類の最先端技術を結集し、沢山の企業の集合した都市型農業ビジネスの拠点をつくるのだ。

ここは政府と、自治体の出番だ。
広島市が中心になり、地元企業のイズミ、フレッサ、生協、マツダ、中国電力、広島工業大学等あらゆる組織を動員したらいい。

広島西飛行場跡地に広島型都市農業ビジネスの基地をつくることは、広島市民の食を確保するだけでなく、新たな産業を起こすことにもなり、新たな雇用を創出することになる。

「世界のモデル都市・広島」の姿を示すことにもなる。

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2009年11月 2日 (月)

SALON I-do うらぶくろ

袋町小学校の南にちょっとシャレた入口のお店がある。
道路から一歩入ったところに1畳ほどの大きさ、幅1M高さ2Mほどもある大きなガラス面に綺麗な女性の写真がはられている。
入口の上の壁には、TOTAL ESTHTETIC SALONと書かれた金色の文字版が並んでいる。
お店の名前はI-doというようだが、それでイドと読むのか、アイ ドと読むのかよくわからない。
エスティックサロンとはマッサージをしたり、お風呂に入ったりして、女性を綺麗にしてくれるところのようだ。
男には関係のないお店のようだ。
こうした類のお店には入ったことがないから、中でどんなことをしているのか知らない。
黒い塀の門を入ってから右に折れたところの透明のガラス面が、上に庇があるから、こっちがお店の出入口のようだ。
こんな微妙な仕掛けは茶室や料亭の日本建築で使われてきた技法だ。
それをなかなか上手く応用している。
道路からは、黒いバーの塀の隙間からお店の中はなんとなく見える。

1_2

オシャレなデザインとちょっと秘密っぽい建物の雰囲気が、ここに来れば綺麗にしてくれるだろうという感じにしてくれるようだ。

広島の中心市街地には、女性を対象としたヘア サロンが随分と多い。
お店は、みな綺麗でオシャレな建物だ。

こうしたオシャレな建物が袋町=うらぶくろの魅力を作り出していることは確かだ。

広島市は人口に比べてバー、クラブ等の飲食店の軒数が多いという。
流川、薬研堀の繁華街がどちらかといえば男性を対象としているのに対し、このヘア サロン、エスティク サロンと称する女性を対象としたお店が加わってきたことで、より広島市の都市としての魅力が高まってきているようだ。

こうした類のお店は模様替え、入れ替えが早い。

女性が綺麗になると同時に、広島の街がどんどん綺麗になっていくのがわかる。
いいことだ。

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2009年11月 1日 (日)

ブックカフェ

一時名曲喫茶、歌声喫茶というのが流行った。
モダンジャズ専門の店もあった。
それらはお店で流す音楽が、クラッシックかジャズかという違いだった。
最近現われてきたカフェと呼ばれるスターバックス、サンマルク、ベローチェ等は、そこで飲むコーヒーの種類がエスプレッソであり、セルフサービスであることを特徴としている。
そうしたセルフサービスのカフェでは、1人で本を読み、コーヒーを飲んでいる人を多く見かける。
自宅で読むのとはまた違った雰囲気の中で読むと、却って気が散らなくていいようだ。

呼び方も喫茶店からカフェと変わっただけでなく、その内容も随分と多様化している。

最近東京ではブックカフェが流行っているという。

ネットで「ブックカフェ」について調べてみると、
「ジュンク堂や三省堂のように、新刊書を売る大型書店の中にある店や、セレクトした古本を売る小さな古書店でコーヒーが飲め、食事ができるタイプもある。
このタイプは書店主導型だが、逆にカフェ主導でカフェのオーナーが自分の好きな本や雑誌を並べ、店内で自由に読める店も急増している。
中には客の気に入った本を会員制で貸し出す貸本屋スタイルの店まで登場している。
ここ1~2年で本と飲食が急接近している」
という。

広島市内でもブックカフェと称する店はあるが、置かれている本がそれほど充実しているとはいえない。

広島市内でもブックカフェがもっと出来て欲しいと思うが、
それなら、図書館の中で、コーヒーを飲みながら本を読めるようにしたらどうだろうか。
中央図書館にはカフェレストランがあるが、書棚の間に座ってコーヒーが飲めるというほど、コーヒーと本が一体にはなっていない。
まんが図書館だって、コーヒーを飲めるようにしたらいい。
袋町にある市民交流プラザの1階でも、子供科学館の図書室でもコーヒーを飲めるようにしたらいい。

そうしたサービスをすれば、随分と雰囲気が変わり、これまでと違ったタイプの利用者も訪れるようになるのではないだろうか。

貴重な本が汚されるって?
広島市民にそんな質の悪い人はいないと思いますよ?

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