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2009年9月13日 (日)

共同通信ニュース  原爆漫画『はだしのゲン』アメリカの読者

 1945年アメリカは広島に原爆投下した。 その後一人の少年の原爆後の経験を10巻からなる漫画で描いた。アメリカの読者にとって、日本のこの漫画から核兵器の破壊力について知ることは驚愕すべき経験である。

 中沢啓治氏の自伝的劇画『はだしのゲン』はすでに、フランス語、朝鮮語、ロシア語、スペイン語、タイ語、エスペラントも入れ、その他の言語に翻訳されている。
 ニュージャージー、ホースローンの保険代理店オーナーのメアリー キャロル(50)はネットで入手できる4巻を買い、この原爆を生き伸びた少年の話に夢中になった。
「はだしのゲンを読むまで、私は罪のない人々の苦しみを理解していませんでした。これは小学校や高校で学び語ったことではありませんでした。」とキャロルさんは共同通信にメールで語ってくれました。
 「これは私のとって恐ろしいことです。また広島や長崎がまた起きるかもしれません。ここアメリカにいる人たちは戦争の破壊性を知り理解することさえないのです。『はだしのゲン』は私たちにとって目撃者なのです。」と彼女は書いています。

 70歳になる中沢氏は爆心地からおよそ1.2キロのところで被爆しましたが、奇跡的に崩壊したコンクリートの塀の下で助かりました。1メートル先に立っていた同級生のお母さんは彼の目の前で焼け死んだと彼は言っています。
 中沢氏とこの漫画の翻訳チームは、4月プラハで核兵器の無い世界ついてスピーチしたアメリカ大統領バラクオバマ氏と家族に英語版全10巻を今月末に送ろうと計画しています。
 中沢氏は、オバマさんとお嬢さんがたが私の本を読む機会を持って欲しいと願っています。

 石川県金沢市の翻訳グループ、プロジェクトゲンによると、英語版全10巻は7月26日までに完成し8月にはアメリカでも入手可能となるといっています。
 サンフランシスコ、ラストギャスプ社の英語版出版に関わるコリン ターナー氏も初めてこの漫画を読んだ時感動しました。
 「深い感動を私に残しました。読んだだれもがそうでしょうが」と電話とメールインタビューでこの本を出版しようと決めた理由を語っています。
 漫画の形あることで、若い人達にとって戦争と原爆の恐ろしい真実を理解しやすくしてくれる―とターナー氏は言います。事実『はだしのゲン』は大学、高校でテキストとして使われ広く読まれています。

 サンフランシスコ郊外のダイアブロバレー大学の英語准教授のアダムベッシー氏(29)は「文学としての劇画」という講座で『はだしのゲン』第1巻をテキストとして選びました。18歳から25歳までの学生が学んでいるそうです。
 アメリカでは大学レベルで漫画を使うことにはアカデミック的偏見がありますが、『はだしのゲン』は学生に対してとても教育的だと彼は言っています。
 「学生たちは明らかに、中沢氏の恐ろしい体験と原爆の劇画に影響を受けています。彼らは私が選んだどのテキストに関するディスカッションと同じくこの本に関して長い議論をし、その中でこの影響について語っています。」彼はメールで語っています。
 感情的な反応を超越して、戦争の本質について思慮深い議論をしました。中沢氏の経験だけではなく今起こっている一般的な戦争についても議論しています。
 大学生のキールパウエル(24)は数年前にベッシー氏の講座を受講し、メールメッセージで以下のように語った。「溶けていく顔を持った日本人を見ることで私は仰天し、開いた口が塞がりませんでした。」
 『はだしのゲン』は読者に抑圧された感情を経験させます。また、破壊的な核兵器は不必要で、破壊の結果はいかにひどいものであるか理解させてくれます。
 フレデリックスコット(59)は二巻目の翻訳にかかわり、また旭日章を受賞しています。彼は『はだしのゲン』のアメリカへの影響を別の角度から述べています。
 「私は、『はだしのゲン』はアメリカの劇画発展に実際影響があったといっていいと思います。というのはアメリカでは決して大きな商業的成功は無かったものの、アメリカ人の芸術家がより長い、より複雑なストーリーに挑戦をさせる気にしたのです。」質問に答えてメールで返答しました。
 一例はアートスピーゲルマンでしょう。彼は第二次世界大戦についての小説的作品MAUSでピューリツァー賞を受賞しました。それは漫画又は劇画といえます。
 中沢氏はご母堂が1971年60歳で亡くなられた後被爆経験を描こうと決意しました。
 「火葬された後、母の骨が消えていたのを見た時、たぶん放射能の影響でしょうが、原爆が母の骨さえ奪い取るのかと怒りでいっぱいになりました。」
 70年代初期漫画週刊誌に『はだしのゲン』を書き始めました。そして日本人読者の心を奪う話の展開と恐ろしい芸術形式で夢中にさせました。

 最初の英語版プロジェクトは1977年頃日本で、アメリカ人と日本人の学生によって始められました。
 アラングリーソン(57)東京在住は、そのプロジェクトの創設メンバーです。コンピューターの無い頃、日本の漫画を英語に翻訳する様子を回想していました。
 大変だったのは手作業でした。画像を切り取り、それを反対にして貼り付けました。右から左に読む代わりに左から右に読むアメリカ漫画のようにするためでした。
 グリーソン氏によると、そのプロジェクトによる1~4巻は、70年代後半から10年ほどにわたり小さな出版社から出版されました。
 2000年、金沢ロシア語センターで仕事をしていたプロジェクトゲンの代表者・浅妻南海江さん(66)がロシア語版完成の後、7人のボランティアと共に別の英語翻訳本に取り掛かりました。ターナー氏によれば、プロジェクトゲンとラストギャスプ社は2004年新訳で再出版することに合意しました。
 浅妻さんにとって、翻訳者として最も報われたと感じる瞬間は、読者からの励ましの手紙を読む時だ。
「彼らの手紙を読む時、大変だったことが価値のあるものだと感じます。」と彼女は語ります。
 イギリス ウエストサセックスの(24)のベンさんの『はだしのゲン』について手紙を最近受け取りました。「ゲンの話は、力強く、感情に富み、すごいことです。すべての国の政府と兵士に、またこんなことが起こらないようにこの本を渡すことができたらいいと思います。」

 ターナー氏はこの読者の気持ちに対して、『はだしのゲン』が広く読まれることを強く願っています。彼は広島長崎の原爆から64年経ち世界は核兵器の恐ろしさを忘れていない事を願っています。
 「残念ながら、私たちは、不安定な状況の中核兵器を持つ国があり、かつてなく核爆弾の脅威に曝されている」と彼は言います。    <富永タカキ>

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