広島ブログランキング

  • 広島ブログ
無料ブログはココログ

« “ゲンの多言語化リーダー”は肝っ玉母さん | トップページ | マニフェストと財源問題 »

2009年8月21日 (金)

露語「ゲン」翻訳者はチェルノブイリ被爆者

 英語版10巻完訳記念「世界へ飛びたて はだしのゲン」出版応援会には内外の翻訳者やゲンのフアン105人が出席した。ウクライナから出席したヴァシレンコ・ニーナ・ミハイロヴィナさん(73)はロシア語からウクライナ語に翻訳中の元小学校教師の詩人だ。

1

 ゲンのスタイルで名古屋の中国語翻訳者の坂東弘美美さんはニナさんが’94年、初めて広島に来た時に読んだ詩「未来のために過去を忘れてはならない」を朗読した。
広島よ…/ 遠くウクライナ、チェルノブイリより/ 太古から流れ続けるドニエプルの岸部より/ 挨拶をたずさえてあなたの悲しみに満ちた過去に出会うため/ 私は想像の世界を飛んで行く/ しずかに しずかにー そよ風が息づく/……/ 広島を見下ろす悲しみに満ちた夕暮れ/原爆ドームはガラスのない空っぽの窓で/悲しげに川を見ている/ その屋根はいつまでも1945年8月6日を忘れる事は出来ない/ 原爆の炸裂、恐怖、叫び、子供達の泣き声/
……<略>……/ 戦争を打ち負かそう/戦争を呪おう/ 地上に平和と幸福を!

 ニーナさんはチェルノブイリ原発事故が起きた1986年4月はチェルノ南西75キロの寒村で小学校の教師をしていた。事故後、一帯は汚染が深刻な〔第三ゾーン〕に指定され被爆し、住民の多くが白血病やガンを患い、夫もガ’00年に肝臓ガンで61歳の生涯を終えた。
彼女自身も心臓が悪く、長男は甲状腺異常、孫の一人は脳腫瘍で村には一人も健康な人はいない…と言う。事故前に680人いた住民は死亡か移住でいまは390人になった。

「ゲン」との出会いは’91年ロシア語第一巻を読み、ゲンの姿に感動して住民に回覧し大きな反響を得た。学校を退職した’04年にロシア語からウクライナ語への翻訳を決意して「ゲンに元気をもらった、事故後に苦しむ人に読んでほしい」とこの程、第一巻を完成させた。

「はだしのゲン」が多言語化され、多くの国で受け入れられている背景について、翻訳関係者は朝鮮、中国など日本が及ぼした植民地や占領の歴史を正しく捉えている上に、日本の軍国主義や天皇制等を厳しく捉えて描き、日本が歩んだ近現代史が歪められることなく描かれている…点を挙げる。日本の若者に留まらずアジアや世界の国々から、教科書的評価を得ているのではないか…と指摘する人もある。

 何はともあれ、チェルノブイリ被爆者のニーナさんは2巻の翻訳に取り組み10巻の完成を目指して今後も奮闘する。“ゲン”は今大きな役目を背負って改めて世界に飛び立った…。

*お願い
この文章の下にある《広島Blog》というバナー(画像)を クリックしてください。

« “ゲンの多言語化リーダー”は肝っ玉母さん | トップページ | マニフェストと財源問題 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/211008/45971771

この記事へのトラックバック一覧です: 露語「ゲン」翻訳者はチェルノブイリ被爆者:

« “ゲンの多言語化リーダー”は肝っ玉母さん | トップページ | マニフェストと財源問題 »

関連書籍

  • サイフもココロもハッピーに!ちょびリッチ
2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30