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2009年6月 7日 (日)

在韓被爆者・郭貴勲③

 日本の軍人として被爆し、腕や胸、下腹のケロイドに苦しめられて来た郭貴勲さんは「出国と同時に被爆者の権利が失権」の扱いは納得できず、日本人と同じ権利を認めるべきと考えて’98年10月日本政府と大阪府を相手に裁判を起こした。
 韓国人被爆者救済の道としては、被爆者手帳を韓国に居ても使える事が最善と考えた。

 ‘01年6月一審で’02年12月には大阪高裁で「日本にいても海外にいても被爆者は被爆者…」の判決を引き出し、国に上告を断念させて『被爆者はどこにいても被爆者』を確定させた。日本政府は’03年3月から、いったん日本にきた在外被爆者には日本の被爆者と同じ様に援護する事を決めた。これで、韓国をはじめ米国やブラジルなどの海外に在住する被爆者にようやく光が当たるようになった。

 この間、韓国政府は韓日平和条約で被爆者補償問題も包括的に解決したにも関わらず、全く医療や援護も無く見捨てられた存在だった。’91年、日本政府は「人道的見地」から40億円を、拠出した在韓被爆者への支援金で韓国政府も初めて一部診療費を負担するようになったが、数年後には基金が底を突き運営が困難になる事が見えていた。
 日本政府はこれを補償金としていれば決着していたことになる?が、支援金で補償金ではないと言ってきた。従って、基金が無くなれば今後も日本政府に当然要求していく…運びになる。同時に韓国政府に対しても引き続いて支援するように要求を続ける。

 一方、郭さんの勝訴確定で、以後ブラジル、アメリカ、韓国と在外被爆者の「帰国で打ち切られた手当請求や手帳の取得訴訟」は次々に勝訴し続けた。国は’03年に「日本を離れても手当てを打ち切らない」方針を固めた他、’08年から在外被爆者が日本に来なくても被爆者手帳が取得できるようにするなど郭勝訴は在外被爆者援護の前進に大きく貢献した。

 郭さんは裁判を通じて米国の原爆投下自体は人道的に許されることではなく国際法違反を強く訴えてきたが、韓国ではいまだに「原爆投下は戦争終結と韓国の解放を早めた…」と原爆投下を肯定する認識が多くある…と言う。
 また、在外被爆者対策は前進したとは言えまだ日本と同じではなく医療費の助成の上限や認定申請に格差が残されている…課題を指摘した。
 
 郭さんは大きな被害を被った広島で多くの人達の支えでここまで辿ってきた。恩人の多いい広島には足を向けて寝た事はないとヒロシマへの感謝の気持をあらわした。
 来年は日本の植民地化から百年目を迎えるのを機会に、改めて韓国と在外被爆者救援が日本の被爆者と同じ扱いになる事を目指した“課題”に余生をかける構えだ。  <完>

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