「オフレコ懇」とニュース源の秘匿
「西松建設の政治献金事件は自民党には波及しない」と言う漆間官房副長官が記者団に漏らした「オフレコ発言」が大きな波紋を投げかけた。
3月5日、漆間副長官は官邸で記者10数人との懇談で「オフレコ」で前記の発言をした。前警察庁の長官の異例の発言を重く見た各社は、発言者の漆間氏を「政府高官」として報道した。メモや録音を取らないオフレコ会見であった為、各社の記事内容は字句に多少の差はあったが、概ね「…自民党には及ばない」は一致していた。
「オフレコ」はオフ・ザ・レコードの略語で文字通り「記事にしない」意味合いでメモや録音を取らず、当事者や政策決定の本音や舞台裏を聞き出すのが狙いで、発言者のニュースソースを「政府高官」とか「政府筋」「外務省筋」「自民党幹部」「金融筋」などとして、個人の名前や肩書を伏せた報道をする。マスコミ界の隠語でもある。
そもそもニュース取材の原点は権力監視とチェックが役割の第一であるマスコミは本来“真実を掴み公開する”“覆い隠する力を振り払い真実を暴き公表する情報公開”が使命だ。
にもかかわらず「オフレコ会見・懇談」が生まれたのは、権力とマスコミの間に生まれた持ちつ持たれつという“慣れあい”の産物だ。
マスコミ各社の対応はそれぞれ「内容を報道する社会的意義が大きいと判断した時、相手と交渉して解除する」とか「情報秘匿の約束は必ず守る」などと弁明し、“知る権利か情報源の秘匿か”で議論が分かれている。
しかし「オフレコ」は裏付け?を取らないで「…筋」「…高官」などと各紙が一斉に書き、放送する事は意図的な情報操作に繋がる恐れが高くマスコミにとっては自殺行為になりかねないばかりか、「読者や聴視者」を舐め・バカにした行為と言われても仕方ない。
今回の内閣官房と内閣記者会による“慣れあい、オフレコ会見”は漆間副長官が警察官僚のトップで捜査に精通しているという予断と期待が、記者会側にあった可能性が高い。
逆に言えば漆間副長官は自分の名前が出ないことを計算づくで“小澤=民主党=野党”を“国策捜査にはめる画策=マスコミ操作”に使ったとも考えられる。更に、記者会を甘く見て「逆用、悪習を利用した」可能性すらある。従って、公になった以後、漆間氏は自分の発言に「記憶がない」とロキード事件の小佐野氏と同じ対応で逃げ、マスコミは徹底的に馬鹿にされた扱いを受けながら、抗議や撤回を求めないで放置しているのは不思議だ。
何はともあれ、関わった新聞放送はこれを機に“慣れあい、悪習”を断ち切らなければ国民から見放されることに成りかねない…と言う危機感を持った改革が必要な時だ。
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