「原爆被災記録映画」の軌跡展
昭和20年8月6日の広島で何が起こったかを記録した原爆被災記録映画「広島・長崎における原子爆弾の影響」の軌跡を辿った展示会が平和記念資料館B1で開かれている。
「廃墟にフイルムを回す」とタイトルに掲げたこの展示は昭和16年に設立された社団法人日本映画社が20年9月から10月にかけて撮影した広島・長崎合わせて全19巻約3時間の原爆被災記録映画の総てを公開している。広島にとっては忘れてならない貴重な展示だ。
被爆直後、日映の社内で広島・長崎の映画撮影が決まり、科学的に記録するため監修を理化学研究所の物理学者・仁科芳雄博士に依頼した。博士は文部省の学術研究会議に「原子爆弾火災調査研究特別委員会」を設置、200人の調査員を広島・長崎に送り込んだ。
呼応して日映は33名の映画製作スタッフが生物・物理・土木建築・医学・ニュース・遊撃班を編成し、委員会の補助機関として現地撮影を行った。



撮影の途中から米国の戦略爆撃調査団の管理下に置かれナレーションや字幕は総て英語で編集制作され、完成後の作品は米国へ没収され、長く人の目に触れることはなかった。
しかし、製作スタッフによって未編集フイルムが密かに保管され、占領が終わると日映の後身である日映新社に管理され、活用されてきた。
一方、米国へ接収されたこの映画について関わった科学者たちの努力で、被爆後22年経った昭和42年(‘67年)に日本へ返還され、日本映画新社の手で新しい映画が製作され、今も続く被爆の影響の告発と核兵器廃絶に向け大きな影響力を発揮してきた。
展示は撮影に使った35㍉用アイモやスタッフのメモや製作記録、解説原稿など専門分野別に資料写真と一緒に映像も流れ、事実を記録し訴え続けてきた関係者の努力が忍ばれる。
その裏で長年、記録映像の保存管理してきた日本映画新社がこの4月末で解散する。
しかし、国民共有財産のこのフイルムは関係者の尽力で名古屋の(株)日映映像<052-585-0220>とRCCのライブラリー<082-222-1158>が原爆資料館等を窓口に、従来通り活用が継続されることになったのは不幸中の幸いだ。
展示会期:~7月15日(水)迄。於:平和資料館東B1展示室。
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