運も能力の内?
よく「運がいいとか、悪い」とかいう。
ゴルフのタイガーウッズは、試合の最終日には必ず赤いシャツを着ている。
赤いシャツを着た日に、優勝したことがあったのだろう。
勝つか負けるかの人生を送る野球の選手、相撲の力士はゲン担ぎをしている人が多い。
私もそんな勝ち負けの勝負をするような仕事をしているわけではないから、そんな極端なゲン担ぎはしない。
それでも、毎年年末になると、来年の運勢はどうかと、気になって占いの本を読んだりはする。
中国新聞の「今日の運勢欄」は好きでよく読んでいる。
ウキペディアには
「運(うん)とは、その人の意思や努力ではどうしようもない巡り合わせを指す。運が良い(幸運)とは到底実現しそうもないことを、偶然実現させてしまうことなどを指す。運が悪い(不幸・不運)とは、楽しみにしていた旅行の当日に、発病してしまうことなどを指す。占いや、神社・寺院のおみくじは、この運を予言する力があるとされる」
と書かれている。
「運」とは、10年先の今日の天気が晴れか雨かというように、努力したからといって、どうかなるものでないことを指していると思っていたが、このウキペデイアに書かれているように、その日に病気になるかならないかを指しているなら、運はなんとかなるものだともいえる。
私の尊敬する先輩で
「俺は、運の悪いやつは嫌いだ。
運も能力のうちだ。」という人がいた。
随分と極端な言い方をする人だと思っていたが、これはこれでなかなか説得力はある。
時々気なって思い出す。
私も、沢山の失敗もあるし、成功もある。
どうしてそんな違いが起こったのか、全く偶然、めぐりあわせ、運としかいいようがないなーと感じるときがある。
どうも運とは、目の前を沢山流れているようだ。
その運を、掴まなくては運がいいということにはならない。
どれがいい運か判別するのも能力だといえばいえる。
いい運を掴めるかどうかも能力だというわけだ。
掴まなければ、運は流れて、消えていってしまう。
「棚から牡丹餅」という諺がある。
牡丹餅が落ちてくるまで、ジーッと辛抱強く待っているということも能力というわけだ。
運を掴むには、かなりの忍耐と辛抱がいる。
しかし折角掴んだ運でも、悪運という運のこともある。
そんな時は「運が悪かった」といって、さっさと諦めるのも能力だといえばいえる。
グズグズ拘っていては、碌なことはない。
先輩は、そんなことを指して「運も能力の内」といったのだろう。
「運」という言葉は、なかなか味がある。
それにしても「運」のいい人生であって欲しい。
「それはお前の心がけ次第だって」いわれそうだ。
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