憲法9条の原点は広島・長崎にあり…
正月にいただく年賀状と一緒に届いた東京の栗原淑江さんの「自分史通信・ヒバクシャ」の中にあった吉田一人さん(東京)の講演抄録」“被爆者として託したいこと”を読んだ。
吉田さんは13歳、旧制中学2年生で長崎の軍需工場で動員されていたがこの日はたまたま爆心から3キロ地点にいて被爆したが九死に一生を得た。
昨年12月に早稲田大学で開かれた講演会での吉田さんの講演の演題は「伝えたい」でも「継承したい」でもなく「託したいこと」に吉田さんの気持が表れている。
核兵器が人間に何をしたのかを語り続け、記録し続けることは死者に対する生き残った者の責務だとの思いだ。この中で吉田さんは広島・長崎と憲法の関わりについても次のように述べて、若者に思いを「託して」いる。
…皆さんに託したいことです。それは「再び被爆者をつくらない」という被爆者の願いです。今のところ幸いに“新しい被爆者”はつくられていません。核実験や核開発に伴う被害は世界各地で出ていますが、戦争の中で核兵器が使われたことは長崎以降ないのです。
「再び被爆者をつくらない」を確実にするために二つの要求を実現する事が必要。一つは核廃絶です。…中略
もう一つは「再び被爆者をつくらない」保障として「核廃絶」と「原爆被害者への国家補償」。これで「再び被爆者をつくらない」と言う願いは確実なものになる。しかし、60年経ってもなお、これが実現できていないでいると言うことの悔しさがある。
そのことは、政府が憲法9条の「壊憲」(憲法壊し)して、戦争をする国にしようとしていることに密接な関係がある。
憲法9条が出来た最大の土台は、広島・長崎の被爆体験です。憲法制定議会での発言がありますが、こういう兵器(原爆)が出来た以上、もう戦争は出来ない、戦争をしたら人類の滅亡だと。何としても、戦争そのものを完全に否定しないと大変なことになると、帝国議会の憲法審議の中で協調されていました。
このように、9条の原点は広島・長崎にある訳ですから、その9条を無くされたら,広島・長崎って何だったのか。被爆者がこれまで訴え続けてきた「再び被爆者をつくるな」は否定されたことになってしまうのです。…中略
吉田さんは「託したいこと」を国が‘80年に「原爆被爆者対策基本問題基本懇談会」(基本懇)が厚生大臣に答申した「国を挙げての戦争による“一般の犠牲”として、すべての国民が等しく受忍しなければならない…」が、いまだに国家補償を拒否し戦争責任を取らない基本政策になっている…こと。「受忍論=我慢しろ」は今も活きているという認識です。
今も活きているこの国の基本政策である以上、次の戦争が起きたら、その被害を受忍させられるのは、次の世代の人達だ。だからこそ、若い人たち自分達の課題と受け止めて託されて欲しい…と云うのが吉田さんの訴えだ。
「核兵器廃絶」と、戦争被害「受忍」政策を打ち破って「原爆被害への国家補償」を実現させて、若い世代に残したかった…。
先輩からの「負の遺産」と思わないで受け止めて欲しい。歴史的課題を託されて欲しい…と言う切実な願いだ。
帝国議会の憲法審議で人類の滅亡を防ぐための戦争否定の根拠が広島長崎の原爆被爆が新憲法9条の土台になったことを改めて認識するとともに、「受忍」打破が被爆者からの熱いメッセージとして、改めて若い人達と大いに話し合い“託される”意味を自覚し高める必要があろう。
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