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2008年9月14日 (日)

学問は最高の遊びである?

「学問は最高の遊びである」は、今年の広島大学のキャッチフレーズである。
随分と凝った表現だ。

1

ひと昔前「大学はレジャーランドではない」といって、受験戦争から解放され、大学に入学してからは、全く勉強しなきなった学生を怒った教授がいた。

その大学の代表ともいうべき広島大学が、今度は「学問は最高の遊びだ」という。

北京オリンピックで優勝した内柴選手が「柔道は仕事ですから」といった。
「柔道は遊びではない。頑張るのは当然だ」というわけだ。

一般的に日本人は、遊びと仕事を区別し、対局にあるものして捉えている。
もっともどこまでが遊びでどこから仕事かはっきりしないことが多いし、逆のそのはっきりしないことの方が好ましいとすら思っている節もある。

オランダの歴史家ホイジンガ(ハイツィンハ)は著書『ホモ・ルーデンス』で、「人は遊ぶ存在である」と定義している。
遊びには、極めて厳格なルールがあり、極めて高度な能力を要求されるといい、子どもの遊びだけでなく、企業活動、議論、戦争、人の活動のあらゆる人間のすべての行為は遊びに収斂するといっている。
つまり「遊び」とはそれほど崇高な行為というわけである。

確かに学問、研究は面白い。
面白いから夢中になれる。
やってる時はわからないが、結果として大きく社会に貢献したりもする。
世の中をひっくり返すほどの成果があったりする。
産官学がいわれ、大学が注目されるようになると、その可能性はますます大きくなる。
研究に夢中になっている教授、学生の姿は、あたかも子供が遊んでいるようですらある。
そんな姿を指してホイジンガは「人は遊ぶ存在である」といっているのだろう。

しかし、「学問は最高の遊びだ」という言葉は、ちょっと誤解されやすい。
解説が必要のようだ。
やっぱり「大学は知の拠点である」、「大学で一生懸命勉強して、世のため、人のために尽くせ」といってくれたほうが解りやすい。

大学の学資を出している親は、大変な苦労をして学資を捻出している。
大学ではさぞかし一生懸命勉強し、いずれ世の中のためになる立派な人になるだろうという思いがあるから、そんな苦労にも耐えられる。
森進一の歌にもある。
「おふくろさんよ おふくろさん
空を見上げりゃ 空にある
雨の降る日は 傘になり
お前もいつかは 世の中の
傘になれよと 教えてくれた・・・・・・・」
こんな歌を聞くと、なんとなく自分はこんなことをしていて、いんだろうかと思ったりしたもんだ。

「遊び」の師には、「仰げば尊とし わが師の恩・・・」とは言いにくい?

大学生の頃は毎日大学まではいっていたが、殆ど講義に出たことはなかった。
大学周辺のカフェで、いつも友達と議論をしていた。
議論するために、本も沢山読んだ。
最高の遊びをしていた??

講義、研究が「遊び」だと知っていれば、もっと真面目に講義にでていた???
そりゃ ないな!

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コメント

知人に30歳を過ぎてから数学を趣味にした男がいます。
彼によると「数学を説くときの快感はセックスやドラッグの比ではない」そうです。学校でそんなエキサイトな数学を教えてくれれば、日本も変わるのでしょうね。

その人は、数学の問題を解いているとアドレナリンがでてくるのでしょうね。
羨ましい。
でもカラオケで歌を歌っているときもそんな状況になりますよね。
広大にいくとそれを教えてくれるのでしょうね?

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