広島ブログランキング

  • 広島ブログ
無料ブログはココログ

« 今夏、ヒロシマにこだわった孫 | トップページ | 「栗原貞子文庫」が示唆するもの? »

2008年9月 5日 (金)

“はだしのゲン”とカープと若者達

 お盆の前に、シネマクラブ・広島が長編漫画「はだしのゲン」の作者中沢啓治さん原作のアニメ映画「かっ飛ばせドリーマーズ」を観て中沢さんと語る会を開いた。
 30人余の会だったが中沢さんの“カープ誕生の頃の広島“の話は戦後の復興期の生活困窮を超えた実にユーモラスで戦後を生き抜いたバイタリティーに溢れた実話だった。

 映画は原爆の焦土の中から誕生した市民球団“広島カープ”に夢を託し、原爆症の弟を抱えた少年・進を中心にした草野球チームの奮戦物語…。副題は~カープ誕生物語~、広島カープ誕生(昭和25年)前後、昭和20年代後半の広島市民の生活をベースにした広島復興物語でもある。
 声の出演に風見しんごや相原勇など広島出身のカープフアンのタレントに石本監督役にカープの小さな大投手長谷川良平さんや審判役で衣笠祥雄さんそれに実況放送にRCCの往年の名物アナウンサー山中善和さんらも応援出演している。

 中沢作品100本?の中に野球をテーマにした作品はこの他に「野球バカ」がある。戦後、少年達が焦土の中で手作りボールにグローブ、棒きれを削ったバットで日が暮れるのも忘れて熱中した野球に三角ベースは正しく生きる希望であり唯一の楽しみだった。

 観音の県営球場がホームグラウンドだった初期の試合に鉄条網の破れから潜り込んだりトイレの汲み取りぐちから侵入して観戦した…「はだしのゲン」の一コマは事実だった。
 カープは広島城の別名が鯉城であることから付けられた経緯は知られているが、鯉は単複同一であるのに当初は「広島カープス」と発表し暫くの間は「カープス」と名乗っていた。中沢さんはこの日カープが歴史的なミス?をしていたことはあまり知られていない事実を披露し、会場の笑いを誘った。中沢さん自身は負けても、負けても球場に足を運んだ、根っからの元祖カープフアンで、後に彼の作品創りの原点として脈々と活きてきた。
 戦後を生きてきた広島の少年たちにとって「広島カープ」は生きる励みであり癒しでもあった。私もその一人で、登校前に来る新聞が楽しみで短い時間を楽しむのが日課だった。
 今も、結果は分かっていても朝刊で確かめる習慣は中沢さんも私も変わっていない。
 インターネットで見つけ東京からわざわざ駆け付けた青年や広大,市立大の学生からは「何故なぜ「ゲン」は上京の場面で終わっているのか等の質問が飛び出した。
 長年の疑問だった…という。

1

*お願い
この文章の下にある《広島Blog》というバナー(画像)を クリックしてください。

« 今夏、ヒロシマにこだわった孫 | トップページ | 「栗原貞子文庫」が示唆するもの? »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/211008/42380715

この記事へのトラックバック一覧です: “はだしのゲン”とカープと若者達:

« 今夏、ヒロシマにこだわった孫 | トップページ | 「栗原貞子文庫」が示唆するもの? »

関連書籍

  • サイフもココロもハッピーに!ちょびリッチ
2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30