広島ブログランキング

  • 広島ブログ
無料ブログはココログ

« 動き出すか?本格・日朝平和交渉 | トップページ | マツダRX500と交通科学館 »

2008年8月12日 (火)

祈りの像に残された大木惇夫の反戦への思い

 私が事務局長を務めている慰霊の夕べコンサートは、被爆60周年に広島市が計画したが、市議会が否決したため市民レベルで実施した。以後毎年8月に開催。今年は広島で「平和と軍縮」をテーマにG8下院議長会議が開かれるのを記念して、前日の9月1日に歓迎コンサートを市が企画。これに協力している。
 ところで昨年のコンサートでドイツリード協会合唱団が反戦平和の曲「土の歌」を歌った。作曲は昭和37年東京芸大在学中の佐藤真。東京混声合唱団が初演後、多くの合唱団が歌い継いでいる。作詞が広島市天満町出身の大木惇夫だ。
 大木といえば東海林太郎の代表曲の一つ「国境の歌」を思い出す。歌謡曲も多く手がけている。
大木は明治28年生まれ。広島商業学校卒業後銀行員になったが文学に対する気持ちが強く、北原白秋にあこがれ20歳で上京。その後妻の病気のため白秋のすむ小田原に移り、白秋の知遇を得た。
大正14年の処女詩集「風・老・木の葉」は白秋に絶賛され、一躍文壇にデビュー、その名をはせた。以後白秋を助けてともに歩み、中でも「冬刻詩集」は有名だ。
 太平洋戦争では宣伝班として従軍。生死をさまよった。そのときに体験したことを出版した詩集は多くの賞を受けた。これにより作品の注文が相次ぎ、歌謡曲も沢山書いた。戦後は戦争協力者として周囲から迫害され、帰郷して三滝の山荘でひっそり過ごした。晩年は仏典の現代語訳に没頭したという。
大木の詩碑が広島市内にいくつもある。「冬刻詩集」の一編「流離妙」は多くの文学碑や石碑のある三滝寺の産道に。比治山の「ひろしま文芸の碑」には「ヒロシマ夜景」として。平和公園の子供を抱いた若い夫婦の像「祈りの像」には「平和を祈り御霊を鎮めん」がある。

やすらぎの日をもたらして
国に殉ぜしもろ人の
み霊をこそ鎮めまし
み霊よ 
地下に哭くなかれ
と刻まれている。
今年も暑い夏がやってくる。

 上村和博

*お願い
この文章の下にある《広島Blog》というバナー(画像)を クリックしてください。

« 動き出すか?本格・日朝平和交渉 | トップページ | マツダRX500と交通科学館 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/211008/42141571

この記事へのトラックバック一覧です: 祈りの像に残された大木惇夫の反戦への思い:

« 動き出すか?本格・日朝平和交渉 | トップページ | マツダRX500と交通科学館 »

関連書籍

  • サイフもココロもハッピーに!ちょびリッチ
2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30