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2008年7月 8日 (火)

中国放送が「RCC」って?

少し前小さなスナックで20代の若者が語り合っていた。「中国放送はなぜRCCというのか」と一人が問いかけた。「知らん。RCCにきいてみいや」と相方。現在の若い世代で、中国放送が「ラジオ中国」として誕生したことを知っている人は少ない。全国に民放ラジオが登場したのは、戦後5年を経た1950年である。ラジオ局だから、RNB(ラジオ南海)RSK(ラジオ山陽)RKK(ラジオ熊本)など呼称の頭文字に“R”がつく局が多かった。RCCは「ラジオ中国カンパニー」の頭文字である。「親父の時代ですね」私の説明に二人の若者は納得した。

民放ラジオが誕生したのは、1950年。以来5年後には7~80局のラジオ局が生まれていた。ラジオ中国は、51年予備免許、翌52年(昭和27年)10月1日開局した。
スタジオは、当時の中国新聞社(現三越デパート地)に間借りして作られた。その頃は冷暖房の設備も充分でなく、スタジオは雑音を遮蔽する密室として造られていたため、真夏はまさに蒸し風呂状態だったそうだ。朝、冷房用に大きな氷柱が持ち込まれたが、夕方にはやせ細りドサッと床に倒れてその音が電波に乗りスタッフを慌てさせた。「ピッ・ピッ・ピッ・ポ-ン」という正午の時報も正確に出す技術がなく、なんとNHKのラジオをモニターしてそれに合わせて時報を出したそうだ。

私が入社したのは、開局から11年を経た63年(昭和38年)であったが、こうした開局時のエピソードは口伝で継がれており、今なお、往時の先輩の労苦を偲ぶよすがとなっている。そう、こんな話もある。宿泊で朝寝坊したアナウンサーが、ステテコ姿でスタジオ入りし、開口一番「こんな格好で失礼します」とやったそうだ。
 アナウンサーは、放送局の顔である。この欄の執筆者でカープ中継の名アナウンサーとして名を馳せた山中善和氏、全国区となった柏村武昭氏、いまなお活躍中の上野隆紘氏ら、RCCは名物アナウンサーを多く輩出した。次回は、アナウンサー逸話をご紹介しよう。

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