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2008年7月25日 (金)

びっくりAN「今夜もごゆっくり……」

アナウンサーという職種には、個性派が多い。同期生の原かんじ君もユニークな人物だった。彼には4人の娘さんがいた。子煩悩な彼はいつも4人の娘自慢をしていた。「長女は皇室に嫁ぐ。次女は政界で3女は財界だ」誰かが「では4女は?」と尋ねると「ホステス、俺が毎晩通う店だ」とうそぶいた。彼の話にはいつもオチがあった。
 彼は大の酒好きであった。ある晩、流川のスナックで隣り合わせた客に、「明朝、俺の番組で君の名前を放送する」と約束した。その客は、「岡峰」という人だった。翌朝、マイクの前で放送を始めた原アナは「おはようございます。オカにもミネにも春が来ました…」と語り始めた。ラジオに耳を傾けていたオカミネ氏もびっくりしたことだろう。
 当時、ゴールデン番組のスポンサー名のアナウンスは、生放送で行われた。
問題を起こした番組は明治乳業提供だったと思う。スタンバイでスタジオ入りした彼は、スタジオの技術屋さんに「もし森永乳業とやったらもめるだろうなあ」と冗句を飛ばしていた。放送が始まった。本番生放送で彼は「この番組は、モリナガ乳業の提供でお送りします」とやってしまった。
スタッフたちは、立ち上がって騒然となった。前代未聞の放送事故である。
このあと、営業スタッフや責任者がどれほど走り回ったかは思いはかることができる。
 その時代、テレビ番組は深夜12時半から1時半ごろには終了した。終了直前には、ハープを演奏する女性のシルエットの画像を背景に、宿泊のアナウンサーがアドリヴアナウンスで一日を締めくくる。おおかたは「夜もふけました。どうぞ戸締り、火の元をお確かめの上、ごゆっくりお休みください」というのが定番であった。
 ある夜彼は、テレビ番組終了のためスタジオへ入った。「戸締り火の元をお確かめの上、どうぞごゆっくりお楽しみください」……スタジオの外のスタッフは一瞬耳を疑った。やがて笑いが広がり、「彼らしいなあ」というささやきが広がった。
その愛すべき原かんじ君は喘息がもとで、転院先の大阪病院で急逝した。享年38歳。惜しまれた15年のアナウンサー暦であった。

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