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2008年5月12日 (月)

族 譜 (2)

 梶山季之の小品「族譜~チョッポ~」の舞台は、京城(ソウル)の南に位置する水原(スオン)という大きな村落です。日本帝国が植民地化を進めた朝鮮では、当時朝鮮人を日本人化するためのもっとも友好な手立てとして「創氏改名」を進めようとしていました。その「創氏改名」に強烈に逆らった村長(むらおさ)が水原にいました。彼は抗日派ではなく、むしろ親日家ではありましたが、「700年の家系」を彼の代でつぶすことに耐えられず抵抗したのです。篤志家であった彼にならって、その水原では「創氏改名」に応じない人が大勢いました。
 いっこうに改名が進まずいらついた日本の現地行政府は、嫌がらせ、脅しとあの手この手を使って彼を落とそうとしますが、彼は頑なに拒み続けます。  その行く末は……生の舞台でご覧いただければと思います。

 青年劇場による舞台劇「族譜~チョッポ~」がこの夏、7月7日、アステールプラザ、7月8日は東広島市の広島大学で上演されます。

 もう、30年以上前になるでしょう。私が現役のジャーナリストであったとき、
一人の韓国人被爆者にインタビューしました。当時、徴兵として広島で被爆した郭貴勲(カクキフン)さんです。郭さんは次のように話しました。
 「日本帝国の罪の深さは何だと思いますか。私たちにとって侵略され、財産を奪われ、強制労働を強いられたことはたいしたことではありません。肉体の痛みと苦しみに耐えることができますが、私たちにとって最もつらく耐えがたく、日本帝国にとってもっとも罪深いことは、言語を奪ったこと、私たちが親からもらった固有の名前を返させられたこと、いわば朝鮮の文化と歴史を抹殺したことです。わかりますか?」
 平和公園の芝生でお聞きした彼の言葉はあまりに峻烈で二の句が告げられなかったことを鮮明に覚えています。

 7月7日の七夕の日、少しのお時間を割いていただいていただけることを
お願いいたします。

*お願い
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