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2008年5月

2008年5月31日 (土)

マリーナホップ

マリーナホップを運営する株式会社ミキシングが、2008年5月16日大阪地裁に民事再生法の申請をした。
倒産したということである。
しかし営業は今まで通り続けるという。

マリーナホップは広島市の中心部から直線距離で5KM程南西に行ったところにある。
マリーナホップは2005年に開業した。
ちょうど3年前である。
オープン当初は西日本最大のアウトレットモールという触れ込みで、それこそ凄い人気だった。
車の渋滞が、平和大通りまで達した。
ファションビジネス等の集客施設は、2年目からは客は半減するのが普通だ。
ブームは半年と続かない。
マリーナホップも、いまではあのオープン当初の勢いは全くなくなっていた。
先日行った時は、メインゲートを入るとすぐ脇の店が閉店していた。
注意してみると、あちこち閉店している。
ガラス窓が白い紙で覆われているだけだから、それほど目立たないが、明らかに退店している。
シャッターが降りているわけではないからから、注意しないとわからない。

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まだ開業して3年だというのに、施設も老朽化も感じられた。
全体に寂しさが漂っていた。
こうした集客施設は、賑やかさが消えると、あっという間に建物の傷みも進む。

アメリカでは、郊外型の大型SCの閉鎖が起こり始めている。
マリーナホップの倒産は、アメリカで起こっていることの前触れであろうか。
とすると問題はかなり深刻だ。

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2008年5月30日 (金)

お店の入り口

小さな居酒屋の、小さな入り口脇に、小さな緑のスペースがある。
なかなかオシャレだ。
おもてなしの心を感じる。
どんな店かなと、興味もそそられる。

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日本建築には、坪庭という小さな庭を建物の中に取り込む手法がある。
日本人の美意識の高さを感じさせる空間だ。
この入り口脇の緑のスペースは、そんな日本人の美意識の一端を感じさせてくれる。

建築家の村野藤吾氏は「建築は足元で決まる」といっていた。
この緑のスペースは、お店の足元を決めている。
木の鉢もいい。
デザイン的にはもうちょっとだが、面白い空間になっていることは確かだ。
「うらぶくろ」にはこんな粋な店がある。
なにか宝物を見つけたようで嬉しくなるから、可笑しい。

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2008年5月29日 (木)

フラワーフェスティバルと平和大通り

今年もフラワーフェスティバルが5月3日、4日、5日の3日間開かれた。
今年はこの3日間で166万人の人出があった。
前年を約8万人、5%上回り、歴代3位だったというが、昨年よりはるかに多いように感じた。
平和大通りだけでなく、裏通りも、どこもかしこも人であふれていた。
5月1日からガソリン価格が、一気に30円も上がったことで、遠出を控え、フラワーフェスティバルに参加した人も人も多かったようだ。

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FF期間中、朝から晩まで平和大通りはパレードや歩行者に解放される。
人混みにまぎれて、車道を歩くと、歩道からと全く景色を見る。
平和大通りの素晴らしさを改めて感じる。
FFの期間中、車は中心市街地から締め出されるが、それでも文句をいう人はいない。
それが3日間も続くのだから、凄い。
平和大通りがあるからこそ、フラワーフェスティバルはこれだけの規模になったともいえる。
平和大通りの存在価値は大きい。
堺屋太一氏は、「街を作るのはお祭りだ」と、イベントオリエンテッドポリシーという本の中で書いている。
イベントは繰り返し催されることで価値が高まるともいっている。
フラワーフェスティバルは今年で32回目を迎えた。
パレードの参加は50団体3,300人になった。
昨年から加わった広島のシンボルともいえる折り鶴みこしは70基に増えた。
デオデオ、イズミ等をスポンサーにしたステージもあちこちに設けられている。
デオデオの設けたステージでのコンサートは、あれだけ広い平和大通りを塞ぐほどの人気だ。
裏通りのお店も普段以上に賑わっている。
FFの地元経済への効果は大変なものだろう。
広島の街を活性化する上で、こうしたイベントの果たす役割の大きさを改めて知る。
広島には、春のフラワーフェスティバル、秋のフードフェスティバル、とうかさんのお祭り、アニメーションフェスティバル等大きなイベントがいくつもある。
箱物を作る時代は終わったといわれて久しい。
ソフトがあってこその箱物だ。
平和大通りもフラワーフェスティバルがあってこそ、その価値が高まる。
こうしたソフト=イベントをもっともっと創り出し、育てていくことがこれからの課題だ。
イベントこそが広島市を楽しい街にし、活性化させるのだ。

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2008年5月28日 (水)

200回

このブログを書き始めて、私個人としては、前回の掲載で調度200回を越えた。
我ながらよく続いてきたと感心している。
つたない文章だが、熱心に読んでくださる方もいらっしゃる。
そんな方からの書き込み、私のブログの引用があったりすると本当に感激する。
そうした読者の皆さん、そして一緒に書いているメンバーからのコメントが大きな刺激になったことは確かだ。

始めたのが昨年の4月26日だから、1年とちょっとになる。
このブログを読んでくれた人の累計は8万人を越えた。
すごいことだ。
ネット社会ということの凄さを改めて感じる。

友人にブログを始めましょうと焚きつけたのはいいが、肝心の本人が文章を書くという習慣がなかったから、そのうち自分は書けなくなってすぐ脱落するだろうと思っていた。
いささか無責任だったが、書いているうちに、なんのなんの、その焚きつけた本人が完全に嵌ってしまった。
ブログの書き方もいわゆる日記ではなく、テーマを決めて書くということにしたため、そのうちネタも尽きるだろうと思っていたが、それも何とかなってきたこにも驚く。

始めてまだ1年ちょっとだが、その間、まあ色々あったことはあった。
トラブルもいくつかあったが、致命傷にはならずに済んだ。
このブログ何人もで書いているので、それぞれの人となりも理解できて、それはそれで面白かった。
そのうち、意見の違いで分裂するかと思っていたが、いまのところそんな気配はない。
何人もで書いているから、それがかえって互いに刺激することになったともいえる。

メンバーから嗾けられて、中国新聞に投稿したら、即採用されたこともある。
私にとって、新聞に投稿するなど初めての経験だったが、それも面白い経験だった。

メンバーの方々とお花見会もした。

以前と同じテーマで書いたことがあったが、そんなときは同じことの繰り返しが入ってしまうという失敗もした。
後で気づいたが、もう遅い。
掲載されて、大分経っていたから修正も難しい。
そんな時は落ち込む。
読んでくれている人に申し訳ないとも思う。

ブログでは、広島のいいところを見つけて書くことを心がけているが、そう無理に思わなくとも、広島にはいいところが沢山あるということもよくわかった。
広島市から世界をみていくということも心がけていることの一つだが、そんな視点から見ていくと、秋葉市長のいう「世界を、都市のネットワークで創る」ということについても、改めて考えさせられることが沢山あるということもわかった。
私のブログのテーマも、突き詰めればそこに行きつくようだ。

あとこの倍、400回位書いたら、書いたことを少し整理してみたいと思っている。
何か新しいことが、そこから浮かび上がってくるようにも思う。

そんなに続けられるか不安ではある。

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2008年5月27日 (火)

5月の風…?

 5月は自分の誕生月であることも手伝ってか1年で一番好きな月だ。
何といっても「爽やかな5月の風」が良い。
 5月を表す代表的な表現に「風薫る」「薫風」「新緑の5月」「五月晴れ」に加えて、当然「爽やか」も当てはまると思っていた。

 偶然見た天気予報のコーナーでベテランの男性の気象予報士が「爽やかな5月の風…」と使う人は多いが気象的には間違いだと指摘していた。爽やかは「夏の暑さから解き放たれた涼しさを運ぶ秋の風」を言い「5月の風」は「清々しい風」である…と解説した。

 辞書やインターネット辞書で探してみたがはっきりとその根拠を見つけることは出来なかったが大辞林に<気分が晴れ晴れとして快い様。程よく冷たくさっぱりして気持ちが良い様(季、秋)となって「爽やかに日の射しそむる山路かな」飯田蛇笏(季:秋)>とある。つまり俳句の世界で「爽やか…は、秋の季語」となっている。
 決して間違った表現ではないと思えるが知ってしまうと何となく使いにくくなった感じだ。

 暦の上では立夏(5月6日頃)から立秋(8月8日頃)までは夏。前半は年間で最も快適な季節で5月の風は薫ると言われ、一斉に芽吹いた新緑の香りを運んでくる芳ばしく清々しいそよ風を「薫風」と言う。青々とした稲の上を吹きわたる風を青田風と言い、幾分強い風を青嵐と呼び分けた。
 同じ時候であるが今は死語になってしまった麦の取り入れ期の5月を「麦秋」と言った。

 5月と言えば「夏も近づく八十八夜」で始まる茶摘みの歌にあるように新茶の時期だ。新茶は初夏の香りで、香りのよさが新茶の命だ。立春から八十八日目、春分と夏至のちょうど真ん中にあたり、旧暦でいえばこの日から夏だ。

 ミヤンマーに吹いた5月の風はインド洋で発生した嵐“モンスーン”だ。10万人を超える死者行方不明者など大きな被害が出ている模様だ。日本に影響はないがこの時期に太平洋ではすでに台風2号が発生した。

 暮らしの周辺でも食料品を中心にガソリン石油など日常生活に欠かせない品々が軒並み大幅な値上げの嵐が吹き荒れている。時ならぬ5月の値上げ台風だ。
 その原因はアラブであり米国の世界戦略にあるのかもしれない。
 5月の風は清々しい…と言っては居れない世知辛い時代を改めて認識する次第だ。

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2008年5月26日 (月)

神楽ブーム?

 GWの最中の4日平和公園内の国際会議場で神楽を見た。広島、島根に宮崎の神楽団を迎えての「神楽フェスティバル」でFF実行委員会が32回目の今年初めて試みた企画だ。
定員1,400人に対して12倍の16,300人の応募があった。実行委はあまりの人気の大きさに急遽3日の夕方カーネイションステージで追加公演をした。
 このGW期間中に県内各地で開かれる神楽は10会場に上っており、いまだに続く神楽ブームを裏付けている

 「RCC早春神楽共演大会」と銘打って神楽公演を始めたのは10年前。5千円を超える入場料が受け入れられるのか、強い疑問を持ったまま担当者の熱意に押されてスタートした。
 県内人気の10神楽団の共演は人気を呼んでチケット発売日は数ヵ所に行列が出来て完売状態。以来、毎年発売日前日からイスが並んでチケットを待つ人が出る人気を保っている。

 日本の神楽の故郷“宮崎神楽”は初めて見た。2夜2晩続くという高千穂の天孫降臨の神事で広島や島根の神楽に比べると実にシンプルで地味な旧来の伝統的な神楽だ。

 神楽の始まりは「天照大神」が弟の乱暴やいたずらを嘆いて岩戸に身を隠し、この世が闇に包まれた時、困り果てた神々が岩戸の前に集まってかがり火を灯し宇津女命が舞い踊った物語に始まったと言われている。これが所謂岩戸神楽で、獅子神楽や湯立神事に鎮魂玉振なども神楽であるが神話や伝説に由来した旧舞と言われる神楽だ。今はストーリー性の高い岩戸神楽が大半で、戦後に謡曲や浄瑠璃などから取材して新しく創作された新舞だ。

 広島の神楽は島根県邑智郡の国指定の重要無形文化財「石見大元神楽」が県境を越えて高田郡へ,また浜田から山県郡方面へそれぞれ伝わり氏神社の祭礼として定着し更に衣装や面に小道具に工夫が凝らされて独自の“広島神楽”に発展してきた。
 出しものは様々だが人気一番は「八岐大蛇」だ。これをこなすことがプロ神楽の登竜門と言われる。同じ舞台に7~8頭の大蛇が舞う姿は圧巻だ。

 金銀で刺繍されたきらびやかな衣装は何となく安芸門徒の仏壇や今はあまり見かけない金ぴかの霊柩車を連想する。果たしてその影響が有ったかどうかは全くわからないが、生活文化が融合して受け入れたに違いないと勝手に推測している。
 集落ごとにあった神社の氏子たちによる神楽集団が徐々に選択され他所の神楽の影響を受けながら五穀豊穣を祈る祭礼の奉納神楽として継承されて来た。しかし、故郷を離れた人たちが待ち受ける都会のホールや広場で年中開かれるようになって10年余。今もブームを支える魅力は何なのか?

 実は“スーパー神楽”が底支えしているという。16年前に千代田の神楽団が創作発表した特殊な照明を使って面を闇に浮かせ、火を噴く面を宙に飛ばすなど従来の神楽の常識を覆した演出が若者に受けた。これに追い付け追い越せと各団の創意工夫が拍車を駆け神楽の追っかけまで生まれ、人気を支えているようだ。

 芸北の高校や中学では神楽クラブがその後継者として育ち、最近ではお囃子の担当に女子部員が参加し、卒業後に神楽団に加わって伝統芸能を受け継いでいる人も多い。
 県内で活動している神楽団は50~60ある。これに島根県の20~30が加わって祝祭日を中心に年中どこかで神楽が行われている。広島は正しく神楽の故郷なのだ。
 静かなブームを継続している神楽の魅力はいろいろあると思われるが、あの笛と太鼓のリズムが日本人の体の奥底に眠る心を震わせるのではなかろうか。

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新球場周辺計画

新球場周辺計画は、意外とすんなり三井不動産グループに決まった。
「実現可能性、事業継続性とも、もっともすぐれている」として答申された。
地元企業にと期待していたが、まあ仕方がない。
大型スポーツククラブやスポーツショップを核にした「スポーツの街」をテーマにしている。
いいコンセプトだ。
コナミスポーツ&ライフやラウンドワン等が、すでに出店を決めている。
さすが三井不動産だ。
「実現可能性、事業継続性とも、もっともすぐれている」と評価された理由がよくわかる。
投資額が160億円。680万人の集客を見込んでいる。
かなり大きな計画だ。

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貨物ヤード跡地の開発は、今回の工事費160億円と新球場の建設費90億円、それに周辺道路整備費等約40億円等を合計すると300億円を越える。
そのうち、広島市の実質負担は、新球場の建設費23億円だ。
つまり広島市は、23億円の投資を呼び水にして、90億円の球場を造り、その球場建設を「てこ」に、今回の三井Gの開発計画を生み出したというわけだ。
なかなかのもんだ。
地元への経済効果は、この建設投資だけでも相当なもんだが、この地域での雇用、物品販売等による波及効果はさらに大きい。
市にとっては、恒常的に固定資産税、都市計画税等の税収も入ってくる。
市は120億円ともいわれるこの貨物ヤード跡地を、長い間ずっと持て余していた。
今回その土地の1部、1.8haと2.6ha、の計4.4haを51億円で売る。
売却によって、その半分近くを早々と回収することになる。
しかも、今回売却するのは、球場では使わない、余った土地だ。
普通なら駐車場程度にしか使えない土地を、51億円で売るわけだ。

今回のこの一連の進め方を、ビジネスの世界でいう投下資本利益率ROIという視点からみれば、とんでもない数字になる。
その上、こんな大きなプロジェクトなのに、市は、将来における経営のリスクは全くと言っていいほど負わない。
このことも、本当はもっと評価されていい。

当初のエンティアムGの提案は商業施設を中心にしていた。
店舗は、すでに広島市内では供給過剰になっていることは明らかだ。
今回の事業計画なら、中心市街地へもプラスに働くだろう。
広島市のまちつくりの観点からみても、今回の計画の方がはるかに優れている。
エンティアムの計画では駐車場は採算が取れないということもあって、確か50億円の市の負担があったように記憶している。
それに相当する広島市の今回の負担は23億円だ。

夕張市の公共工事に象徴されるように、公共工事の失敗で沈んだ都市は多い。
今回のプロジェクトは、新しい公共工事のあり方を示した。

ここに来るまでに、それはそれは色々なことがあった。
時間はかかったが、結果オーライだ。

新球場移転計画を契機に、広島駅前Bブロック計画、Cブロック計画、若草地区計画も動き出した。
今まで広島駅前の開発は、進みそうで、進まず、なんども止まってしまっていた。
いまかいまかと待たされていたお店は、もうそれこそ崩壊寸前になっていた。
そうした状態から、今ようやく、解き放たれようとしている。

これだけの計画が完成すれば、広島市の拠点性は一挙に高まる。
変貌する広島市の、これからが楽しみだ。

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2008年5月25日 (日)

地方空港

今建設中の静岡空港が来年3月にオープンする。
羽田、大阪との便はなく、地方都市と海外を結ぶ。
各線の途上率が100%、68万人でも赤字だという。
黒字経営の前提は106万人だというが、そんなことは当分不可能だろう。
この静岡空港の建設費は490億円。
半分の245億円は空港整備特別会計からの補助。残りは静岡県の借金だが、最終的には地方交付税で穴埋めされるという。

全国の空港は、羽田の東京国際空港を含み、すでに103カ所にもなっている。
中国地方には岡山空港(三種)〔岡山県岡山市〕 岡南飛行場(その他)〔岡山県岡山市〕 広島空港(二種)〔広島県三原市〕 広島西飛行場(その他)〔広島県広島市西区〕 山口宇部空港(二種)〔山口県宇部市〕 出雲空港(三種)〔島根県斐川町〕 石見空港(萩・石見空港、三種)〔島根県益田市〕 隠岐空港(三種)〔島根県隠岐の島町〕 鳥取空港(三種)〔鳥取県鳥取市〕 美保飛行場(米子空港、共用)〔鳥取県境港市〕と9か所もある。
いずれ岩国の基地も民間機との共用空港になるだろうから、そうなれば10ヵ所になる。

それがすべて黒字ならいいが、地方空港の殆どは赤字経営で苦しんでいる。
便数を確保するために、搭乗率が低迷したときの補助、利用客の送迎バス運賃、乗務員の宿泊費の補助、空港ビル使用料の補助がされているところもある。
壱岐空港はいまでも赤字なのに、1,500Mの滑走路に隣接して、2,000Mの滑走路を新設した。
赤字の上塗りになるのは目に見えている。

それでも、空港建設は止まらない。
地方空港は空港使用料、着陸料、航空燃料税等による空港整備特別会計という財布で作られる。
ここにも道路特定財源と同じ構図が透けて見える。
空港を作る費用はこの特別会計で賄われるが、空港を維持管理するための費用は、基本的にはそれぞれの空港が負担しなければならない。
利用者が少なければ当然赤字ということになる。
それが、地方財政をずっと苦しめることになる。

今までの日本のすべての仕組みは、「人口はどんどん増える、経済成長は永遠に続く」ということを前提に作られてきた。
「人口は増えない。石油も有限だ。そして経済成長は続かない」という視点から、すべての問題を今一度見直す時がきたようだ。

そもそもそんなに広くない日本国内に、定期便の飛ぶ空港が103カ所はいくらなんでも多すぎる。
新幹線と自動車道がこれだけ整備された今、ハブ空港となっている札幌、仙台、羽田、成田、中部、関西、広島、岡山、徳島、高知、松山、北九州、福岡、鹿児島、沖縄とそれに石垣島等の大きな島の空港があれば十分だろう。
将来を考えれば、もっと絞り込んだほうがいいかもしれない。

しかし定期便の飛ぶハブ空港以外の空港はせっかく作ったのだから、なくすのは勿体ない。
アメリカでは都市近郊には、個人や企業がビジネスやレジャー用に所有するセスナ機、ジェット機専用の空港がある。
連絡船の発着する広島港に対し、レジャーボートの係留されている観音マリーナみたいなもんかもしれない。
アメリカではプライベート・ジェットは数億円、4人乗りのプロペラ機なら数千万円で買える。
プロペラ機の免許は100万円程度で取得できる。
日本の車の免許証取得とさして変わらない料金で、飛行機の免許証が取得できるのだ。
日本でもそうした類の飛行機の利用、そのための空港はこれから増えると思われる。
その方が却って街への貢献も、大きいとも考えられる。
広島西飛行場も定期便の空港にすることに拘らず、別の使い方を考える時に来ているようだ。

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アンデルセン

広島本通り商店街にアンデルセンというお店がある。
もともとはパンを作る会社で、そのパンが美味しいということで有名になり、東京にも出店した。
アンデルセンのパンは確かに美味しい。
私は広島に来て、初めてパンの味の違いを知った。
焼かずに、そのまま食べるとその違いがはっきりわかる。
しかしアンデルセンが凄いのはパンが美味しいというだけではない。
本店は、被爆建物である旧三井銀行を改修して使っている。
歴史的建造物を保存するというその姿勢も高く評価される。
2階のレストランの料理はなかなかおいしい。
1階の食品売り場は、パンとワインとお惣菜とお花の売り場が、混然一体となって構成されている。
こうした売り場の構成は、男にはできない。
明らかに女性の感覚だ。
男はもっと整然とつくる。そこに理屈がいる。
女性は生理学的にも、同時にいくつものことができるのだという。
だからお店の中もあれもこれもあるというようになっているようだ。
一見雑然としてみえるが、それが女性には整然として映るようだ。
かえって買い物もしやすいという。
確かに賑わいのある、楽しい空間になっている。
アンデルセンは、お店作りを全面的に女性に任せているのだろうか。

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最近になって、アンデルセンは農地を取得し、自ら食材を作り始めた。
食材を作ることから、料理、販売するまで、一貫した食の企業になっている。

こうした試みも、食の安全性や、食糧危機がいわれるようになってくると、大きな意味をもってきそうだ。
これだけ全国的に売れるようになると、通常は本社を東京に移すが、本社は広島から移さないという。
広島から育った企業であるという原点を忘れないためだという。
アンデルセンの経営理念には、きちんと1本筋が通っている。
凄い企業だ。

広島にはそんな企業を育てる土壌があるようだ。

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2008年5月24日 (土)

ゴミ箱

公園等に置かれたゴミ箱からゴミがあふれ、カラスに突っつかれ、袋が破れ、ゴミが周りに散らかっているのを、時々見かける。
汚いなーと避けて通るが、翌日にはきれいになっている。
誰かが掃除してくれているのだ。

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先日若い男性がゴミ袋をゴミ箱に入れているのを見かけた。

彼は自宅のゴミを持ってきて、ここに入れている。
家庭ゴミを捨てられては、公園の小さなごみ箱はすぐ一杯になって溢れてしまう。
あふれたゴミ袋がカラスに食い散らかされるのは十分予測できることではないか。
後始末は誰かがやってくれるからいいやというのは、ちょっと虫がよすぎる。
そんな輩は厳罰に処したらいい。
「家庭ゴミを、公園のごみ箱に捨てるな」という条例をつくることも必要かもしれない。
いっそ、公園のごみ箱をなくしてしまう手もある。
以前テロ対策のために、駅、公園のゴミ箱が封鎖されたことがある。
ちょっと不便だったが、その時は仕方ないと我慢した。
公園のゴミ箱を作るのだって、維持するのだってお金がかかっている。
便利だからと置かれた公園内のゴミ箱は、人間を甘やかしている。
どうも社会全体が甘ったれ構造になっている。
しっかりしろ、日本人!

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静かな闘志・深さん逝く

 深さんは白い棺の中でトレードマークのタータンチェックのハンチィングを被り花に埋まって穏やかな寝姿で横たわっていた。祭壇の遺影もハンチィング姿だ。享年87歳。
 深さんと最後に会ったのは昨年暮れの三菱徴用工の判決勝利報告会だった。
同じ時期にそれぞれの立場で韓国人被爆者問題に取り組み、時に一緒に闘った中島竜美さん(本年1月80歳で逝去:1月31日付け当ブログ:「在外被爆者支援に懸けた人))もこの会でお会いしたのが最後になった。
 
 ヒロシマを歌い続け被爆朝鮮人徴用工を支え続けた深川宗俊(前畠雅俊)さんに初めて会ったのは37年前の1971年(昭和46年)だった。勿論、被爆朝鮮人徴用工の話を聞くのが目的で、読売新聞社の水原肇記者と大正橋の袂近くの小さな印刷工房を訪ねた。
 
 徴用工の指導掛として戦時中、三菱観音工場で働き、被爆後の9月15日夜、広島駅で見送り、祖国へ向かった246人が、ただの一人も郷里に帰っていない事実を知った。
 近くの喫茶店で度々会う内に水原記者と三菱の観音工場を訪ねたり、当時観音派出所に勤務していた警官を訪ねたり、周辺取材をするうちに、深さんが戸畑港から出航した朝鮮人の集団に漁船を売った事実を掴み「三菱被爆徴用工の行方を突き止める旅」が始まった。

 昭和48年、東京勤務になってからは深川さんが上京するたびに三菱本社と交渉する場づくりや国会での質問や陳情の手配など、「鎮魂の海峡…消えた被爆朝鮮人徴用工246名…」の出版を現代史出版会の橋本編集長への橋渡しを手伝たり…。本編取材は浅井、山本,藤田など若い記者に引き継がれニュースやドキュメンタリーなどに反映された。
 「被爆二世」の出版に多くの若い記者たちと合宿して取り組んだ思い出は忘れられない。

 深川さんは戦後いち早く詩人の峠三吉らと「反戦詩歌人集団」を結成し、GHQの厳しい言論統制(プレスコード)の中で詩作を通じて闘った。GHQは原爆に関する被害状況や個別な悲惨な被爆実態、写真や記事、詩歌までチェックした。被爆者としての発言も平和集会なども厳しく規制される中1950年8月6日の朝、福屋前で非合法の集会を開き、3,000人の警官が動員された。告知のビラを福屋屋上から播いた話は今も語り草になっている。
 1980年RCC制作のドキュメンタリー「GHQ 原爆プレスコード」(松永英美)が詳しい。

 こつこつと小石を拾い集めるように壱岐と軍政下の韓国を行き来しながら資料の収集がされ鎮魂の海峡を繋いでいった。思い半ばで病気に倒れたが多くの人が支え続けた…。 
 17年前に旅先で倒れて右半身の自由と言葉を失った。人の話は聞き理解できるが言葉がないのはつらいが周囲の人の助けである程度の意思の疎通は図られた。
 息子さんの話では「亡くなるまで加害の側面を乗り越えようという努力をしていた」「関連の新聞記事のスクラップは最後まで続けていた」なによりも「甘いもの、カープ,お洒落」がお伴でした…。
 愛用のモンブランの万年筆とハンチングは深さんのトレードマークで、丁寧な独特な筆跡が残っている(写真参照)。
 お洒落で寡黙な深川さんが好きで、いつの頃からか畏敬の念を込めて身近なわたし達は“深さん”と呼んできた。
 
 亡くなる前日に肺炎で、あっという間の別れでした…。楽な最期が幸せだった…。
 貴方は口数少ない静かな闘志だった。多くのことを教えて頂いた、感謝。安らかに…。

「鎮魂の海峡」表紙と裏表紙の深川さんの揮毫
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深川氏の自歌揮毫の福島町の原爆慰霊碑
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福島町の原爆慰霊碑(西区役所向かい側緑地)
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2008年5月23日 (金)

リーパーさんの「ヒロシマ維新」論

 先日、広島平和文化センターのスティーブ・リーパー理事長の日英両様のブックレット「ヒロシマ維新 Hiroshima Revolution」を頂いた。4年前に千部を印刷し、機会あるごとに配布し米国巡回中の「原爆展」でも販売し、残り3冊を韓国出張へ持参するところを一冊頂いてしまった。近く、第二版を予定しているというので安心して頂いた。

 目次を見ると、世界の終りに。原爆の特殊性。これに続いて森滝一郎元広大教授の〔広島を破壊した新型兵器は「力の文明」に終止符を打ち、「愛の文明」の始まりを告げる警鐘であったと悟る〕…と二つの全く新しい考え方を導きだされた、この2つのパラダイム<思想の枠組み>から「核兵器の持つ意味」や「戦争の文化と平和の文化」という真反対の考え方から引き出した“平和論”ついてわかりよく展開している。

 昨年、理事長に就任直後の新聞記事「原爆資料館の展示見直し」を巡り『原爆投下を容認しているのではないか』と言う誤解を生みバッシングに遭いましたが、この中でも彼は一貫して「原爆の非人道性を理解し、地球上から核兵器を廃絶しなければならないということを理解してもらう為に何ができるかを考え、実行する必要がある」と訴えている。
 特に、米国には「核兵器がなくなるととても損をするグループが存在し、そのグループは“核兵器は使うもの“と世界に示したがっていて、政府に影響力を持っている」と米国政府と軍事産業のつながりの深さや大きさから大変危険だと警告している。
 また、世界のリーダーたちは米国を筆頭に戦争文化に浸っている。利己的で攻撃的、競争的人間が自分の富や地位や成功ばかりを優先した結果、貧富の格差を大きくし、小型の核兵器が使われる危険性が高まってきた…と指摘している
 反面、地球温暖化問題などお互いの協力がないと解決できない人類の課題が迫ってきたため徐々にリーダーは変わっていかざるを得ないと確信している。そこで、勝ち負けや競争原理ではない平和文化の原理を働かせる。広島と長崎が原点になって都市と都市を結んだ平和文化を育てる役割が大きい…これが秋葉市長の「平和市長会議」に結びついている事が良く分かる。

 彼は今何としても核大国米国の国民に核廃絶の理解を促すため、米国巡回中の「原爆展」に全精力を傾けている。会場でアニメ映画「はだしのゲン」や「アンジェラスの鐘」の英語版の上映や漫画の展示なども考え準備を進めている。コノブックレットは彼の行動のバックボーンが理解できるだけでなく、被爆者が積み上げてきたヒロシマの方向性を理解できる新しい手掛かりになりそうだ。
 中高校、大学生の平和教育の副読本にするには最適な手引書ではなかろうか。
 再版の早いことお期待したい。

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建築資材のリユース

―精密解体ビジネスの可能性

 広島市の抱えるゴミ問題は深刻である。世の中豊かになるに従い、使い捨て製品の増加などもゴミの増加の原因となっており、ここ3年、ゴミ排出量はわずかに減少傾向にあるものの、依然として高い水準にある。現在、広島市で排出される可燃ゴミは清掃工場で焼却処理し、不燃ゴミは玖谷埋立地で埋め立て処分をしている。しかし、施設の処理能力にも限界があり、もしこのままゴミが増え続けるならば現在の処理能力では処理しきれなくなることが予想されている。
 そのゴミ処理費用も膨大な額になっている。それが増加傾向にあることも問題である。 平成14年度は年間128億円もの費用がかかっている。つまり、毎日3500万円もかけてゴミを処理しているわけである。
 この現在の深刻なゴミ問題を解決するため、広島市は「110万人のゴミゼロ宣言」を行い、大量のゴミを可能な限りゼロに近づけ、環境への負荷ができる限り低減される社会を目指して取り組む強い決意を示した。
 広島市は、平成20年度に向けた具体的な目標として3つの目標を掲げている。第1に、リデュース、つまり生活様式を見直してゴミ排出量を20%以上削減すること。第2に、リサイクル、分別を徹底してリサイクル量を約2倍にすること。第3に、減量とリサイクルで埋め立て処分量を50%以下にすることである。現在広島工大を中心に広島市、民間企業、市民の有志が参加して「建築資材リユースの研究」が進められているが、この3つの目標達成の上ではその果たす役割は大きいと期待される。
建築資材リユース研究会の活動報告によれば、ユンボのような機械を持ち込み、グチャグチャに解体する(ミンチ解体)と、瓦とか壁、柱を一つ一つ丁寧に解体する(精密解体)とでは、それほどの費用に差がないということが、広島工大の研究で実証された。通常30坪の住宅を解体するには150万円程度の費用がかかるといわれているが、精密解体でもその程度の費用ですむというわけである。

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 精密解体では瓦、柱、便器等は職人の手で丁寧に取り外されるので、それらの資材は再利用が可能となるが、ミンチ解体ではグチャグチャに解体されるわけであるから、解体された資材は燃すか、捨てるかないわけであるが、両者には大きな違いがある。精密解体は建築資材を再利用するわけであるから、資源の節減、CO2節減には大きく貢献することにもなる。日本のように資源の乏しい国にあってはその価値は大きい。この精密解体のように手間隙かけて解体しても、ミンチ解体とそれほど費用に差がないのは、廃棄物処理法により、最終処分の費用が嵩むようになったことと、厳格な区分けが義務付けられるようになったことで、区分けを後でするか、
 先にするかの違いだけになったことにもよる。と同時に、精密解体をするには、作ったときの職人の技を必要とすることになり、解体に伴う隣近所への粉塵の迷惑もなくなり、とかく顰蹙を買うことの多かった、いわゆる解体業者ではできない作業でもある。精密解体は幾つものメリットがあるが、建築資材の再利用ということになると、まだまだ解決しなければいけない問題は多種多様に、そして膨大に残されている。
 例えば、その資材の強度、性能等の品質保証をどのようにするのか、リユース資材の需要をどのように作っていくのか、そしてそうした資材の販売流通ルートをどのように確保するのか、どこにこれから解体される住宅があるのか等まだまだ解決すべき課題は多い。それはそれだけあらたなビジネスチャンスがあるということでもある。新たな企業の参入が期待される。
 また鉄筋コンクリート造の建築にあっては、絨毯にしても壁紙にしてそれぞれの資材が糊付けされていることが多く、精密解体が難しく、建築資材の再利用ができない部材が多いのが現状だが、今後は鉄筋コンクリート造の建築に当たっては、解体後の再利用を考えて設計することも必要になってくる。それは現在の建築のあり方を大きく変更することになるだろう。
 古民家の建築資材については、流通ルート等が整備されつつあるが、一般住宅の建築資材は全く手付かずの状態にある。オーストラリアには住宅の解体を無償で請負、その解体した資材を販売しているお店もあるという。日本の住宅の平均寿命は26年程度という。これから寿命を迎える住宅が大量に発生することが予想される故に、このような住宅の循環システムを作ることの必要性は今後益々高まることが予想される。 
 温室効果ガスCO2を如何に削減するかも時代のテーマになってきた。秋葉広島市長は今年を「温暖化対策行動元年」とし、様々の活動を支援する姿勢を示している。熱帯雨林の伐採も問題視されるようになった。山の中に、熱帯雨林に建築資材があるだけではない。街の中にも豊富な建築資材があるということを認識すべきだ。そしてリユース材を使うということは、CO2削減にも大きく貢献するのは明らかだ。
 このように建物の「精密解体」ということには、廃棄物の削減、建築資源の有効利用、環境負荷の低減、さらにはリユース資材の販売ビジネスの誕生を促すというように、その可能性は大きい。
 いずれにしろこうした循環型社会の形成は市民、そして企業の協力なくしては実現できない。市民一人一人が自分のライフスタイルを見直し、リデュース、リサイクル、リユースの3R社会の実現に向けて、具体的に行動を起こしていくことが今求められている。

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2008年5月22日 (木)

超小型軽量自転車

「バイシクルシティ・広島」ということが言われています。

そこで、昨年から日本でも輸入されはじめた超小型軽量自転車を紹介します。

この自転車はシンクレアという発明家によるものですが、彼は27年前に1台100ドルという劇的に安いパソコンを作った人で、この自転車も、単なる折りたたみ自転車というより、次世代のトランスポーターとして設計されたものです。

形状は従来の自転車のようなものですが、5.7kgという軽さと折畳んだ時の小ささで、従来の自転車とは一線を画し、公共の交通機関と併用して使うことをコンセプトに作られています。

これは今や音楽やポッドキャスト、オーディオブックなどを聴くための標準的な道具となっているiPodにも似たところがあります。iPodが当初音響メーカーからは見下されていたにも関わらず、ソニーのウォークマンが音楽の聴き方を変えたように、iPodは音楽の所有の仕方や流通をすっかり変えてしまいました。こういうことは音響メーカーにはできないことです。そして、この超小型自転車=A-bikeも自転車メーカーにはできなかったもののように思えます。

従来の製品に必要だとされていた性能を極端なまでに切り捨てて極限まで軽く小さくすることで、単に小さく軽いだけでなく、そこから従来のものとは用途の違うものが生まれてくるわけです。

広島では東京のように公共交通網を整備することは無理でしょう。かと言って全て徒歩と自転車でカバーできる町づくりも限度があります。公共交通網プラスαというところで、こういうものも面白いのではないでしょうか。そうすれば、また街の形も変わってくるように思います。

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A-bike公式サイト
http://www.abike-uk.com/

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2008年5月21日 (水)

奥田元宋美術館

5月の連休に奥田元宋美術館にいった。
美術館は中国自動車道三次ICを降りてすぐのところにある。
広島市内から1時間程でいける。
建物は著名な建築家柳沢忠氏の設計である。
シンプルで品のいい建物だ。

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奥田元宋氏の作品は日本の風景の力強さを感じさせてくれる。
奥田元宋氏は文化勲章も受章している。
夫人の小由女氏の人形はかわいらしく、誰にでもわかる作品だ。
その異質な作品が一緒に展示されていることも、この美術館の人気の理由になのだろう。
美術館のレストランで食事をした。
なかなか洒落た雰囲気だ。
満席でしばらく待たねばならないほどの込みようだった。
美術館は三次運動公園の一角に設けられ、隣接して三次ワイナリー、市民病院、看護学校もある。
それぞれのプロジェクトはどれも成功しているようだ。
いくつもの施設を集積させたことの効果、いわゆる複合開発効果によるといえる。
私も美術館によったあと、ワイナリーにより三次ワインを買った。
市内のデパートで買っても同じだが、それでも来た記念にと買った。
多分誰しもそうした経験があることと思う。
将来は市民ホールの建設も検討されているという。
この地域が街の中心になりつつある。
このように幾つもの施設を集積することは、それ自体としてはいいことだが、街の中心地とまったく離れた所に、こんな大きな集客施設ができた。
三次市でも既存商店街の衰退がいわれている。
こうした現象は、車社会のもたらしたことだが、既存商店街とこの地域との連携をどう作っていくかがこれからの課題だ。
なかなか難しい課題だ。

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日本の成長率は11.8%?

近頃の円高でドルベースなら08年の日本の名目GDPは4.87兆ドル。08年は4・38兆円だったから、11.8%の成長率になるという。
11.8%の成長?
中国以上の成長率だ。
円高、ドル安が理由だ。
円高になると、マツダ等の輸出産業は大変だという。
円安になると、石油が値上がりし大変だという。
円安がいいのか、円高がいいのか、日本にとって本当にいいのはどっちなんだといいたくなる。
円高になると、マツダ等の輸出産業は大変だというのも、円安になると、石油が値上がりし大変だというのも事実だ。
しかしマスコミは、いつも大変だということばかりをいい、そのことによって利益をえている人、企業については触れない。
大体いい思いをしている企業、人はそんなときは黙っている。
いっても、そんなにいいわけではありませんという。
悪いといわなければ、いいということなのに、マスコミはそれを鵜呑みにして書く。
そして、より客観的にみれば、日本国としてどっちがいいのだということについてもいわない。
円高になって輸出産業が大変になるように、いくつかの部分では大変なことは確かだが、円高は日本国全体としては力がついてきたということの証しだ。
投資マネーの思惑で為替が振れることはあるが、為替は日本国としての力の証しだと見れば、円高がいいに決まっている。
円ベースでは1.4%だ。
本人は、あまり自覚はないが、外から見れば、「日本国さん、大きくなったねー」というわけだ。
それはGDPという図体が大きくなったことだけをいっているのではない。
もっと総合的なことを見ていっているのだ。
それがこの円高になって表れていると見るべきだ。
こんなとき知識人に限って、グチャグチャ理屈をこね、何がなんだか訳わからなくして、だから日本は駄目だという結論にする。
困ったもんだ。
しかしそれにしても日本は確実に力をつけている。

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2008年5月20日 (火)

宝の持ち腐れ?

 原爆資料館の1階ロビーに大きな太鼓が飾られているのをご存知でしょうか
民芸調に装飾されていて見るからに和太鼓ではないことがわかります。広島市と韓国大邱市が姉妹都市提携した10年前、大邱市から送られた逸物です。
10年間、飾られたままです。ところが、最近ある人が、「フラワーフェスティバルの時外に出して、市民に観てもらい音色を楽しんでもらい、また自ら叩いてもらったらどうだろうか」と提案しました。同席していた方々も「ぜひやりましょう」と同意されたそうです。
 
 この太鼓、高さが2メートルあまり重さ500キロもあって、現在のところへ収めるのに大変な苦労があったそうです。「入ったものは出るだろう」と思われましたが、事務方が業者に尋ねたところ、なんと100万円を越える見積もりが出てきたそうです。ここで暗礁にのりあげました。

 何とか知恵がないものか、関係者が寄り集まり知恵をしぼりました。「1回叩く毎に100円カンパしてもらいましょう」誰かが「グッドアイデア」といいました。ところが別な人が「太鼓の所有者である広島市と管理者である平和文化センターがたとえカンパであっても営業行為はできません。また市民の寄付ということになれば税を含めて別の問題も生じます」と指摘しました。一同シュンとなりました、また誰かが言いました。「金をかけずに人力でやりましょう。コロの要領でパイプかパチンコ玉を敷きつめて転がしましょう」誰かが拍手しました。でも、またしても問題がありました。丸い太鼓を、人力とはいえ、どういう風に持ち上げたらいいのでしょうか、また外へ出した太鼓を演奏する場へどう運んだらいいのか、やっぱり大きな台車か車が要ります。タダというわけにはいきません。
 
 こうして数日がたち、結局今年のフラワーには間に合いませんでした。
 あの大きな太鼓が祭りの会場に飾られて、勇壮で堅固な親善の音色を響かせることができたなら、新しい祭りの象徴にもなるでしょう。
 
 どなたか知恵をお聞かせください。お願いします。

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ブッシュ家の友達の友達はアルカイダ?(3)

 イラク戦争の背後にある疑惑について西谷氏は「その①」で戦争の民営化「その②」で戦争突入の契機となった「9.11テロ」の背景疑惑「自作自演・陰謀・ねつ造」説にふれた。

 西谷氏は「戦争は嘘で始まる」と満州事変、第一次・二次世界大戦がそうであったようにイラク戦争も「イラクに大量殺戮兵器がある」はいまだに確認できない“嘘”に始まった…歴史とダブらせ重視する。嘘と騙しは戦争の常とう手段だ。

 戦争の民営化は大きな利益と利権を生む。戦争をしないと大きな利益を得られない人が目に付けたのが石油だ。イラク北部のスレイマニアの油田は米国にとって精度が高くて精製の経費低くて安い魅力的な油田だ。
 イラン・イラク戦争当時フセインに武器や弾薬を売り付けて支持した父・ブッシュ。OPECと石油先物取引市場でユーロとドル、親米・反米派の力関係の変化からフセインの立場が逆転し米国にとってイラクは目の上のコブとなった。米国にとってイラク侵攻への都合のいい理由が欲しかった。加えて、ブッシュ共和党の大スポンサーでチェーニー副大統領に代表される軍産複合体にとってもチャンス到来だ。『ブッシュ家の友達の友達がアルカイダ』が見え、強い米国復活を誇示するブッシュ政権の世界戦略が浮き彫りになる。

 インターネットでこれらの関連情報を検索して見ると、有るはあるは…。例えば、
<http://www.happybigapple.com/sub4.html > によると、アルカイダという組織は‘79年にソ連がアフガニスタンへ侵攻した時,CIAが資金提供しアラブ人義勇兵でソ連対抗勢力として作ったのが始まり。ソ連崩壊後はNYのWTCの地下爆破やケニア・タンザニアの米大使館爆破事件もアルカイダの仕業…。結成時の目的と全く違う活動は“全く敵がいなくなった米国の国防費が急落し、軍需産業にとって死活問題”を解決する為、石油確保の軍事進攻が“テロ”と結びつけられる…。
ビン・ラディンはサウジ有数の土木建築業の出でサウジに於ける米国関係の仕事を一手に引き受け、ブッシュ家との繋がりは深い…等など。(ムーア監督の映画“華氏911”が詳しい)

 ブッシュ家とアルカイダの関わりを知ってか知らないでかわからないが「友達の友達はアルカイダ」と発言して非常識を責められたこの国の法相は“中東の金持ちと友人”で 自分もこの国の富豪に属する事を誇らしく言いたかったのではなかろうか。それにしても自分の立場を考えぬ常軌を逸した『バカ・ボン』政治家の発言と言わざるを得ない。

 ともあれ、西谷氏は自ら「戦争の実態を伝えて平和を維持し憲法9条を守る」上で「平和勢力は微力だが無力ではない」と「イラクの子どもを救う会」の軸となって働いている。 かつて、戦場を職場に選んだジャーナリストは沢山いた。しかし、同時に平和活動家として生きた記者を知らない。彼が日本にもたらす情報が新たな平和勢力の芽やエネルギーを生み活力源になること、彼が安全でその使命を達成出来る事を祈念し期待したい。 (完)

*DVD「イラク 戦場からの告発」(千円、送料200円)Email: nishinishi@r3.dion.ne.jp
*イラクの子供を救う会URL:www.nowiraq.com

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2008年5月19日 (月)

ブッシュ家の友達の友達はアルカイダ?(2)

 「9.11テロ」に対する疑問や不可解な問題は早くから米国内で指摘され、ここ1~2年に「自作自演」「陰謀」「ねつ造」説などの映画や出版物が話題になってきた。しかし残念ながら私はこれらを見たり読んでおらず、ネットの記事でなんとなく漠然とした理解だった。

 日本でも戦後いちはやく民主化が進められる過程で「松川事件」「白鳥事件」で代表される公安事件が多発しGHQ絡みの「陰謀説」が言われたが真相は闇の中に眠っている。
 
 「9.11同時多発テロ」はNYの貿易センタービル2棟にハイジャックされた旅客機が相次いで激突。直後に、別に奪われた旅客機2機がワシントンのペンタゴンなどに突っ込んだ。
 3千人もの犠牲者を出したNYの爆破・ビル崩壊はTV中継で全世界に伝えられた。
ブッシュ大統領はパニックの中「ビン・ラディンとアルカイダがランドマークや政府施設を標的に旅客機をハイジャックして引き起こした自爆テロ」との公式見解を発表した。
チェーニィー副大統領は「アルカイダの関係を示す証拠がある」と発言し、ブッシュ大統領は「イラクは大量破壊兵器を持っている」とアフガン・イラクへの進攻に突入した。

 政府の見解に対しては当初からペンタゴンへ突入した旅客機の残骸が発見されず、突入口が小さく不自然など疑問の声が多く「政府の自作自演」説が研究者や一部ジャーナリストの間で唱えられ多くの著書や映画にもなった。だが、いまだに物的証拠は示されず、イラクの大量破壊兵器も見つかっていない…これが私を含む一般的な認識と理解だと思う。

 西谷報告の驚きの第一は時速600㌔のB737が地上5階建60㍍足らずのペンタゴンに素人に近いアルカイダが地上すれすれに操縦して正面から突入するのは極めて困難。おまけに残骸すらなく確かな映像や証言も無い。
 第二はワールドトレンドセンター(WTC)7つのビルのうち激突された第1・第2の他に第7ビルも崩壊した。飛行機の突入など外的な要因がないのに、古いビルの爆破解体のように、周りを傷つけることなく瞬時に崩れている…。これは、日本ではあまり報道されることもなく知られていないが、極めて不可解な崩壊だ。
 加えて第1・2の崩壊直前に近くを飛行するヘリコプターの存在が確認されないままになっている…これも突入後のビル爆破との係わりが疑わしい…。荒唐無稽のようだが、米国民の半分以上がこの疑惑を支持し強い疑いを持つ…。犯行の証拠は乏しいが“アルカイダの犯行”と断定した。がいまだに何の解明も説明もなくイラク戦争は続いている。

 疑惑の背景にあるものは何か?「テロがブッシュ政権の高い支持率を与えイラク戦争のきっかけとなり、軍産複合体の利益をもたらす」現象の裏に隠されている真相は?(続く)

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ブッシュ家の友達の友達はアルカイダ?(1)

 “浪花節ジャーナリスト”を冠にJNNニュースなどのイラクレポートで注目を集めている西谷和文さんの現地報告を聞いた。
 冒頭、西谷氏は4月17日に「イラクへの航空自衛隊派遣は憲法違反」との判断を示した名古屋高栽が西谷さんの現地取材記録『DVDイラク…戦場からの告発』を証拠に採用しており、自分の取材が高栽判断に多少とも役立っている?…と披露した。

 彼が“浪花節”を冠にされるのは「群盲象をなでる」例えのように日本のイラク報道の少なさと薄さに「自分で出来るイラク戦争の真相の一部でも現地から伝え、地域や職場で命の大切さ、平和や憲法について語って欲しい」と大阪の吹田市役所の職員からフリーのジャーナリストに転身した。この“浪花節的?正義感”に発している。高校生の時に出合った「カンボジアの虐殺」報道写真が契機で記者志望だったが、公務員になった。労組活動に関わり訪問した「カンボジア」に触発され正義感に磨きがかかった。妻と3人の子供を残して度々戦場と化したイラクの現地を取材し“戦争地域へ特派員を送らない”大手の新聞や放送局が埋め切れない穴を命がけでカバーしている。

 「DVDイラク…戦場からの告発」は日本の新聞がベタ記事5~10行で伝えるイラク報道の向こうに30人、50人の市民とりわけ多くの子供の命が奪われる現場を映し出す。戦車攻撃に威力を発揮するウラン爆弾の影響と見られる子どもの白血病を多発させ、全く原因が分からないまま歩行が出来ず言葉を失って行く悲惨な子どもの姿がある。時に、自ら取材を放棄して子どもの救助・支援に走る姿がある。

 また、一旦終結したイラクの治安維持を理由に戦争が民営化されている実情が暴かれる。
 アメリカ兵が死ねば本国へ丁重に送還されるが黒いビニール袋に入れて砂漠に捨てられる多くの死体は南アフリカやネパール、ペルーから高額の報酬で雇われた元軍人の雇用兵だ。 こうした中に一人の日本人が含まれている事はあまり知られていない。
 戦死者の後始末は米兵よりはるかに安く済む…映画「外人部隊」の様に、西欧では第1次大戦の頃から継承されている。それが雇用兵で戦争現場は今も民営化が進んでいる。
 戦地に雇用兵をおくる民間の戦争請負会社P(プライベート)M(ミリタリー)C(カンパニー)の親会社の役員をブッシュ大統領の父・ブッシュが務め、その会社にアラブの大富豪ビン・ラディン一族が出資しているなどなど…。        

 イラク戦争にいたる経過には米国とイラクやアラブの富豪たちとの摩訶不思議な関わりは多少の認識はあったが、西谷報告で改めて眼が覚めた思いだ。 (続く) 

 <写真はDVDを手にした西谷氏>
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2008年5月18日 (日)

文字情報の音声化

現在の技術で文字を音声にする試みとして、ブログをポッドキャストにしてみました。

ポッドキャスト:タウンNEWS平和大通り
http://web.mac.com/hiroshima2020/

あるいは世界最大のメディアショップiTunesStoreで「平和大通り」で検索してみてください。

現在、一般に使える音声化のツールは数千円から数万円までいくつかありますが、 読み上げのレベルに、それほど大きな差はありません。
ここで使っているものは数千円の安いツールです。
現在の技術レベルの参考として聞いてみてください。
ちなみに音声化のツールは原稿を書かれる方の校正用としても使えます。
原稿を読ませることで、単に目を通すのとは違ったチェックができます。
念のためにポッドキャストについて説明しておきます。
この数年間、爆発的に売れている携帯音楽プレーヤーにApple社の iPodがあります。
そのオンラインストアであるiTunes Storeは、音楽の売り上げで、世界最大の小売りチェーンであるWAL-MARTを抜いています。
ソニーやパナソニックが圧倒的なブランド力と販売力を持っている日本でさえ、Apple社のiPodは、ここ何年も売上げの上位を独占しています。
そのiPod向けのサービスの一つがポッドキャストで、クリックして登録するだけで、 無料の音声番組を自動的に取り込み、ラジオのように時間に縛られる事なく、好きな時に登録している番組を聞く事ができます。
ポッドキャストはニュースのような情報番組から外国語などの教育番組、そしてエンターテイメント番組も揃っています。
音声による情報は視覚障害に限らず、健常者にとっても、何か作業をしながら聞け るというメリットがあります。
散歩、ジョギング、部屋の片付け、 庭の手入れなど 単純作業をしながら情報を得たり、移動時間や待ち時間などの有効利用にも使えます。
ただ、現状では音声は文字情報に比べ、コンピュータで扱うには桁違いのパワーと容量を必要とし、データベース化も容易ではありません。
視覚障害者用 にデイジー図書 というテープよりはランダムアクセスのし易いものがあるようですが、文字情報に 比べれば、まだまだデータベースにはならないものです。
文字情報の音声化は始まったばかりです。
マルチメディアデータのデータベース化、このあたりをマイクロソフトが高いレベルで完成させれば、ヤフーの買収が失敗してもマイクロソフトはグーグルに追いつけるかもしれません。

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勤務先の傘立てには、傘が12本も入っている。
皆私個人の所有だ。

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自宅にある傘はもっと多い。
以前はこんなことはなかった。
ここ数年で急激に増えた。
いまでは、どこの家でもこんな状態になっているのではないだろうか。

昔、傘は数千円もしたから、貴重品だった。
電車の中に忘れようものなら、懸命に探した。
いまでは100円でも買える。
500円もだせば立派な傘が買える。
歩いている途中で雨が降ってくれば、コンビニによれば、100から300円で立派なビニール傘が買える。
そんなふう買っているうちに、こんなに貯まってしまった。
それもここ数年のことだ。
100円ショップや、ちょっとした店先で数百円の傘をうるようになってからの現象だ。

電車やタクシーの中に忘れる傘も膨大な数になるようだが、いまでは取りに来る人もいないようだ。
それでも、会社はきちんと警察に届け出て、一定の期間保管されたあと、結局持ち主が現れないからと、取得した会社に戻される。
そんな数百円の傘を捜す人がいないのは当たり前だ。
アルバイト代でも今は千円近い。
時間をかけて探すより、アルバイトをした方がいいと思うのは当然だ。
忘れ物の傘の警察での保管期間は、昨年の12月から、6カ月間から3カ月間に変更されたというが、長い間保管されていたことで、金属部分が錆び、使えなくなってしまう傘が多いという。
勿体ない。
ここでも膨大な資源の無駄使いがされている。
傘に限っては、警察には、届け出だけで済ますようにしたらどうだろうか。
こうしたことも地方分権の対象として、広島市に移管したほうがいいのだろうか。

アストラムラインの駅では、そうして戻ってきた傘を「愛の傘」として「必要な人はどうぞお使い下さい」といって駅に置いている。
しかし使った後、戻すこと人はまずいない。
傘立てが空になっていることが多い。
忘れ物の傘の上手い循環のシステムができたら面白い。

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2008年5月17日 (土)

県庁前駅広場の生垣

アストラムラインの県庁前駅のシャレオ側改札を出、県庁に上がる階段を登りきると、彫刻の置かれた広場に出る。
これだけ広い階段なのに、使う人は滅多にいない。
どうしてだろうか。
勿体ない。
生垣で囲われているせいか、広場はなんとなくせせこましい空間になっている。
生垣を取り払い、県庁前の車回しに直接出られるようにしたらいい。
その脇にある庭園とも一体化したらいい。
庭園といっても大きな樹が生えているだけだが、そこに立ってみればなかなか気持ちのいい空間だ。
市民病院にはタリーズのカフェができた。
この広場に面し、県庁の中にスタバーがあってもいい。
県庁の庭園に池をつくり、そこから階段脇にある滝に落ちるようにしたら、おもしろい。
庭園と階段が一体になれば、庭園にオープンカフェを作ってもいい。
そうなれば、県庁前の広場は気持ちのいい、大きな広場になる。
そうなれば、階段を使う人も増えるだろう。
そうなれば、県庁は、空間的にも、より開かれた県庁になる。

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競輪場の再評価

宇品にある競輪場は、中心市街地から数キロ離れた場所にある。
そうしたこともあってか、殆どの市民は、競輪場がそこにあることすら知らないかのように生活している。

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日本では、競馬、競輪、競艇、オートレースといった類のギャンブルは、いつの頃からか、イメージダウンを重ね、いまでは普通の市民は、近寄らない場所になってしまった。
主たる観客は年金生活者となっている。
その結果、車券を買う人は減り、売り上げは減少し、主催する自治体にとっては赤字事業になろうとしている。
戦後の市民の娯楽として、地方財政を支えた華やかりし頃のあの姿は、もうどこにもない。
もうその役割は終わったのだろうか。
競馬、競輪、競艇、オートレースといった類のギャンブルは全て、同じ道をたどりつつある。
市民権を得られないまま、消滅しかかっている。
このまんまでは競輪場は市民の迷惑施設となってしまう。
かたや、パチンコの隆盛はめざましい。
なにかおかしい。
欧米のこうした類の施設を見ると、例えば、カナダの競馬場では、その敷地の中に動物園があったり、ゴルフ場のような美しい景観になっている。
街の財産になっている。
イギリスの競馬場では王族が観戦し、貴族の社交の場になっているということはよく聞く話だ。
ギャンブルや格闘技は人間の欲望や本能に近いところにある。
徹底した儀式化とか社交化とかがされないと、容易に犯罪の場になってしまう。
そんな危険性を孕んでいるのがギャンブル施設だ。
相撲や武道は、うるさいまでの礼節やルールが重視されていることで、国技といわれるまでなっている。
モナコでは、カジノは徹底した「上流化」をすることで、市民生活の中に溶け込んだ。
サッカーだって、TOTOが始まり、賭博の対象となった。
競輪は、日本独自の文化として発展し、スポーツとしての競輪=KEIRINも自転車の世界選手権種目にもなった。
競輪=KEIRINをきちんと認知し、広島競輪場を、市民にとって意味のある、楽しい場所として、復活させることが、これからの広島にとっては必要なことだろう。
自転車は地球環境問題を考える上で、重要な交通機関として見直されつつあるだけでなく、まちつくりを進める上で、大きな役割が期待されている。
広島市内には、人口とほぼ同じくらいの約100万台近くの自転車があると思うが、そうした身近にある自転車を、きちんと生活のなかに溶け込ませるためにも、広島競輪場が果たすべき役割はある。
たとえば、「ツールドひろしま」と称されるような自転車レースの拠点にするとか、自転車のルール教室を開くとか等、市民に認めてもらうための工夫をすることが必要だ。
流川の歓楽街やパチンコ店も広島市の魅力の一部として、それなりの役割を果たしている。
平和都市広島市に、競輪は相応しくないと否定してしまうのでなく、それなりの役割を認め、街の中にきちんと位置付け、うまく活用していくことが「自転車都市・広島」を創ることにもなるだろう。

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2008年5月16日 (金)

水辺のコンサート

 日曜日の午後、いつものように平和公園の散歩をしていると生演奏にのったハーモニーが聞こえてきた。PAを使ったかなり大きな音量だ。いつも川べりで見かける路上ライブやその練習とは違うので足を運んでみた。

 元安橋の東詰の袂にあるスペースで「水辺のコンサート」の掲示板を出して二人組が生演奏中だった。30席ほどの折畳み椅子が用意され、若者や家族ずれにお年寄りとさまざまな世代の20人余りが聞いている。平和公園に行き来する人たちも立ち止まっている。

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 一曲終わるごとに周辺の川辺に陣取っている花見客?からも拍手が聞こえてくる実にのどかで心和む水辺の光景が展開されている。

 この水辺のコンサートは国土交通省と県に広島市が「水の都ひろしま」推進協議会をつくって水の都の風物詩を定着させるため、平成16年から水辺の公共空間で賑わい創りに行っている。地元の電気やガスにビールに自動車や電話会社も協力協賛して支えている。
 
 今年は既に3月に2回、4月に5回行われ5月に4回6月にも5回が計画されている。
出し物はハワイアンにクラシック、フォーク、ポップス、津軽三味線、アカペラ、オカリナ、尺八、沖縄民謡、フラメンコ、ロック、シャンソン、平和の歌コーラスと実に幅広い。
 出演者は大学の混成合唱団から音楽教室の仲間、同好グループに路上ライブミュージシャンとこれも50組を超える多彩なメンバーだ。

 かつて花見時に平和公園周や周辺でカラオケを持ち込む花見客が多く、市民の批判の前に市が自粛を求め姿を消した経緯があるが、都心にあるこの水辺を生かしたコンサートは広島ならではの魅力だ。鴈木タクシーや船上レストランにオープンカフェなど水辺のイベントや事業が定着しつつあることは嬉しいことだ。京橋川沿いのレストランと共に水辺の憩いは「都市の格」を高める世界に誇れる広島の有形無形の共有財産だ。
 水の都広島の風物詩として官と民がうまく絡んで、水辺の公共空間を市民が「ごみの持ち帰り」など環境浄化に協力し、何より参加して盛り上げて定着させることが大切だ。

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子どもの笑顔が見える街創り「こども未来局」

 広島市は4月から「こども未来局」を立ち上げた。子育て支援策を充実し少子化に対応するためだが、誰にも何をする部局かがすぐわかる、実にいいネーミングだ。

 こどもが健やかに生まれ育ち、将来に夢と希望を持って成長できるよう、妊娠出産から就学前までの子供に係る施策を進め、次世代を担う子どもと子育て家庭への支援をする。少子化に少しでも歯止めをかけ子育てがしやすい街づくりを目指す応援だ。

 果たして広島市は子育てがしやすい街なのかどうか?
 広島市の出生数の実情は昭和49年の16,494人をピークに減少を辿っていたが、平成18年実に34年振りに対前年を236人(0.05%)上回る11,155人に上昇した。人口千人当たりの出生率は政令市では川崎の10、2に次ぐ9、6と2位で大坂の8、7や札幌の7、8に大きく水をあけている。
 
 市は子育て支援パワーアッププログラムの年次計画を組んで今年度は乳児のいる家庭を民生委員や児童委員が訪問し、子育て支援情報の提供をする「こんにちは赤ちゃん事業」を始める。また、検診を受けないまま出産を迎えるケースが全国的な問題になっている妊産婦の検診の公費負担(無料)を2回から5回に拡大する。
 乳幼児対策は子育て中の親子がいつでも利用できるオープンスペースを佐伯・東区に続いて安佐南区に開設するほか西区や安佐南区の私立保育園の定員や延長保育を拡大したり、私立幼稚園に通う低所得世帯に補助金の対象を拡げる。

 全国的に多く県内自治体でも対策に苦慮している児童の放課後のカギッ子対策。
 長年無料で取り組んできた広島市では100を超える学童保育の運営は政令市や全国的にも評価が高いと言う。新たな時間延長や児童館の新設。共働きや片親家庭の子育て支援に積極的な中小企業に低利の融資制度を創設。「子どもの未来」に役立つ民間の取り組み・応援にも目配せする等、従来の縦割り行政の弊害を乗り越えて組織を横断的に「クロスセッション」(CS)で取り組むのも「こども未来局」の新しい試みとして期待される。

 広島市は平成17年度から秋葉市長を推進本部長に「子どもの自立を育み,子どもの笑顔が見える街“ひろしま”の実現」を基本理念にした新児童育成計画に取り組んでいる。
 
 学用品や給食費など市が負担する「就学援助金」が10年前の倍増で15億円に急増するなど子どもを取り巻く環境の悪化は甚だしい。格差拡大の現れだ。「広島に住んで良かった」と言われる子育てしやすい街・広島創りの中心が「こども未来局」だ。期待したい。

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2008年5月15日 (木)

「負けて勝つ」!!!

 4月17日、名古屋高栽は「航空自衛隊によるイラクでの空輸活動は憲法9条に違反する」との判断を示した。派遣差し止めや慰謝料の請求は認められず原告が敗れた。しかし、勝った被告の国は上告出来ないと言う皮肉な結果を生んだ。原告側は裁判では敗訴したが内容的な“大勝利”なので上告せず、判決は確定することになり結果的に「負けて勝つ」だ。

 判決はバクダットの現状についてイラク復興支援特別措置法が自衛隊の活動を認めていない「戦闘地域」に当たると認定した。バクダットに多国籍軍の武装兵士を空輸することは他国の武力行使を一体化した行動で自らも武力行使したものと評価を受けざるを得ない…との指摘。派遣の根拠になっているイラク特措法に違反しており武力による威嚇や行使を永久に放棄した憲法9条一項に違反である……との判断は誰にでも理解できる極めて判りやすい内容と論理だ。

 日本は9・11以来、米国のアフガニスタンやイラク政策に追随して来た。開戦から5年を経過してイラクに大量破壊兵器が無かった事や国際的テロのアルカイダとの関係も証明できないまま、いまだに同盟国というだけで憲法の枠組みを逸脱して追随をしている…。

 「非戦闘地域」について問われた小泉首相は「自衛隊が活動している地域が非戦闘地域」と強弁して、もの笑いになりながらも「憲法に逸脱しない海外派遣」と強行してきた。

航空自衛隊は2年前の夏、陸上自衛隊がサマワから撤収して以降はクエートを拠点にバクダットなどイラクへ多国籍軍の兵士や物資の空輸を続けている。しかし、国が情報を十分に公開していない上日本のマスコミは戦闘地域への特派員派遣をしていない事も手伝って”イラク報道”は日々少なくなり国民の関心も遠のきつつあるように思える。

 これまで同じ立場に立った全国の訴訟は憲法判断を避けてきたが今回の名古屋高栽判決は原告敗訴にしたものの憲法判断に踏み込んだ内容は原告側の「事実上の勝訴」で国の国際貢献の在り方を改めて問い直し、見直しを迫った形になった。

 判決に対して官房長官は「危険な飛行場なら民間機が飛ばない。大丈夫」と「派遣続行」の方針。更には今後「最高裁判決ではない」と抗弁する可能性も強いだけに野党の撤退要求は強まり、憲法記念日を軸に追及は厳しさを増すだろう。

 5月4日から幕張メッセで憲法9条を支持する世界の声が結集される「9条世界会議」が開かれる。この判決が「憲法9条を守る」立場の人や民主勢力や野党の大きな後押しになることは間違いない。

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「厚生年金会館」民営化への夢

 ホテルのオーナーのY氏と久々に歓談した。
 家業の建築会社からホテルの経営にシフトして小規模ながらヨーロッパ風の雰囲気の3つのホテルを経営している。
 彼は郵便貯金会館が廃止になる…という方針が示された時「ホテルのノウハウを活かして広島の文化を維持するため協力したい」という強い意思を持っていた。広島で事業に成功した今、事業を通じて地域にお返しをしたいという気持ちが強い。
 結果的には県が買い取りネーミングライツを売って新しい方式で今春からスタートした。

 広島には今ひとつ今後に運営課題を積み残したホールがある。
 広島中央市場跡を厚生年金事業団が買収し、1985年に建設した広島では2001席と最大の収容力を持つホールで、とかく大阪から福岡へ広島をジャンプしていた多くの音楽や演劇などの文化的公演を引きうけて来た広島には無くてはならない箱ものだ。
郵貯会館と同様な経営に問題を抱えた厚生年金会館は2010年を目途に広島市が捌くことが県との間で確認されている。財政再建に懸命な広島市にとって数10億?とも言われるこの会館への対応は容易ではない。

 05年度の利用者数は郵貯が29万4千人に対し厚生年金は34万7千人。営業日数を開館日数で割った稼働率は厚生年金が52%、郵貯が41~2%。収支は郵貯が年6千万円の赤字を出したのに対し厚生年金は宿泊や飲食で補っているので“黒字”と伝えられている。
特に千席以上の座席を持ち赤字経営と言われている国際会議場とアステールプラザを抱える広島市にとって厚生年金会館の買い取りは大きな負担で、運営となると更に厳しい。

 Y氏には後継者はいるがお孫さんがなく事業を今より大きくしていく気持ちは少なく「事業を通して広島のお役にたつ“たしかな経営哲学”」を持ち、大きな夢を抱いている。
 地方の文化施設とりわけ大ホール単体の運営は赤字でそのほとんどを自治体が負担して維持しているのが実態だ。従って、赤字を解消するには大坂の橋下知事のように箱もの運営は大部分を売却、民営化の検討をせざるを得ないのが本音だろう。
 
 人件費がどうなっているか、経費は切リ詰めているか…ホールの照明やマネージメント、飲食にホテルを一体に考えて運営するには現役ホテル経営のノウハウを活かすことで充分なサービスも可能になる…赤字覚悟でも…と、夢が広がる。
あくまでも文化施設として活かす為の新たに競争が生まれればプラスだ。
 厚生年金会館は広島市と市民の共有財産である。意欲のある民間の力を活かし“夢と自信”を結びつけて安定した「新・厚生年金会館}の途が開くことに期待したい。

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2008年5月14日 (水)

TVドラマ「はだしのゲン」がW受賞

 フジテレビが昨年8月10日、11日に放送したドラマ「はだしのゲン」が厚生労働省の児童福祉文化賞と橋田寿賀子賞の二つの賞を受賞することが決まった。

 「はだしのゲン」は被爆者で漫画家中沢啓治の自伝的な長編漫画で「少年ジャンプ」の連載で人気を集め、昭和50年に単行本で出版(汐文社)され、以来今も学校図書の人気作品だ。映画や舞台それにアニメ映画化もされ戦争の悲惨さと原爆の惨たらしさ恐ろしさを伝える作品として英語・仏・露語版をはじめ韓国・中国語版等にも翻訳されている。

 フジテレビのドラマ化は小学3年生の時、学校図書で「はだしのゲン」に出会ったという31才の若きプロデューサー増本淳氏が入社以来ドラマ化を温め実現した。汐文社の吉本会長や中沢さんの紹介で資料収集に来た増本プロデューサーは「戦争という大いなる過ちの歴史が風化しつつある日本で一年に一度、家族みんなで戦争について考えるきっかけにしたい」それには「ゲン」をおいてほかにないと熱く語った。

 テレビドラマとしては初放送の「ゲン」は中井貴一と石田ゆり子に小林康のベテラン俳優陣にゲンと進次役の子役たちが熱演し、全国で高い視聴率を得たが関東地区では驚異の30%を確保し話題を呼んだ。是非もう一度見たいと言う声や教材用にと言う支持で今年になってDVD化して発売になった。
 
 昨年の原爆資料館や国立追悼祈念館の入館者の増加は映画「夕凪の街」やTVの「はだしのゲン」の放送が誘因として挙げられているのは関係者にとっても嬉しいことだろう。

 厚労省の児童福祉文化賞は昭和34年に児童福祉週間を記念して児童文化の振興を図るため設けられ「優れた児童文化財」を大臣表彰してきた。
 橋田寿賀子賞は脚本家の橋田さんが基金を出して平成4年に設立された財団法人橋田文化財団が「広く大衆に支持され、感動を呼びおこし芸術性豊かで放送文化の振興向上に寄与した番組や人」に贈られる。

 2つの賞はこの記事が掲載される予定の前後、5月8日と10日に表彰される。
 若い世代のテレビプロデューサーが1冊のマンガとの出会いを長い期間大切にした志と取組が『戦争や原爆を知らない世代への贈り物』としてドラマ化され、W受賞する喜びは関係者だけにとどまらずヒロシマにとても嬉しい出来事として拍手を送りたい。

 作品は海外の映像コンクールにも出品され、英語版の製作の可能性もあり期待したい。

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広島のアキハバラ

大手町1丁目周辺にはデオデオ本店を中心に、デオデオのビルが5棟もあり、他にパソコンショップが2軒ある。
ちょっとした電気街となっている。
誰かがここは広島の秋葉原だといった。
なるほど、いわれてみればそんな雰囲気がある。
大手町通りにはネットカフェもある。
紙屋町交差点の向こうにはパソコン教室もある。
AU、ドコモの携帯電話の大きなショップもある。
パチンコ店も次々とでき、あっという間に6軒にもなった。
パチンコだって、極めて高度なIT産業だ。
フィギュア等のマニアックな店もある。CD,DVDの店もある。
オーディオショップもある。
この地域はオタクぽい独特の雰囲気を醸し出している。
基町にはNTTの中国支社もあるが、このNTTの支社があったことが、この地域の電気、IT関連企業の集積に寄与しているのだろうか。

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いっそこの周辺に、IT関連のソフト産業も集めたらいい。
広島市の進めるネット販売のノウハウを教えるアキハバラ塾もここに進出したらいい。
広島ブログの事務所も、ここに移したらいい。
ネットでのTシャツの販売を手がけるアートディレクトのオフィスもここに移したらいい。
NEC、東芝の大手の支店の事務所も進出したらいい。
楽天の事務所が東区にできるようだが、この地域に事務所を構えて欲しかった。
ソフト、ハードの企業を集積すれば、そこからさらに新しい企業が生まれてくる。
何でもいいから、集積すれば、そこに新しい命が生まれてくる。
大手町通りを広島のアキハバラとして、大きく育って欲しい。
そうなれば、大手町通りは中心市街地の新しい起爆剤になる。
いつも新しく生まれてくるものには、常に幾分のいかがわしさがある。
そんないかがわしさも、この街の可能性を示している。
計算しつくされた、極めて人工的な街である郊外型SCには、こんないかがわしさはない。
まちづくりの新しい芽は出てきた。
後は、これを如何に大きく育てるかだ。

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2008年5月13日 (火)

医療ハブ

先日の日経新聞に
『シンガポールは、東南アジアの「医療ハブ」を目指し、積極的に海外からの患者を受け入れる体制作りを始めた。
それに関連して、保健省、観光局、医療業界が連携して「医療観光=メディカル・ツーリズム」を売り込んでいる。
20012年には100万人の患者を受け入れ、2千億円の経済効果を目指している。タイも、アジアの「健康首都」を宣言し、民間病院で外国人患者を受け入れるだけでなく、スパ、マッサージ、ハーブ産業の振興をはかっている』
との記事が載っていた。

日本の医療水準は、中国等アジア各国に比べれば、はるかに優れているだろうと思う。
そんな日本の医療を求めてアジア各国から、いずれ日本に患者が来るだろうなと思っていたら、
2008年 4月2日の朝日新聞に、次のような記事が載っていた。
『中国富裕層を対象にして、日本の医療機関での健康診断ツアーをJTBが始める。
1週間の滞在期間中3日を健診にあて、東京女子医大、榊原厚生会で癌、心臓疾患、脳血管疾患検査し、1回300万円である。』という。
検診だけで、1回、300万円!すごい金額だ。
保険の対象外だから、こうした金額になるのだろう。
保険を使えばいくらの金額なのだろう。
命のためなら全財産を使ってもいいと思うのが人間だろう。
古来、中国では不老長寿の薬を求めての話も数多くある。
さらにSBIホールディングスは、熱海に滞在型の療養施設も作るという。
目ざとい人はいるもんだ。

広島市の医療施設は充実している。
世界、アジアの各国からの患者を受け入れることも、今後広島市に求められる役割であろう。

しかしまだ現在の日本の医療体制は、充分とは言えない。
日本人患者だって満足に治療しきれていないのが実情だ。
それなのに、外国人患者なんか受け入れるのはもってのほかだという議論が起こることも予想される。
そのためにも、広島大学医学部、医療専門学校の充実をする必要がある。

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花見の宴

今年の桜は、満開の時が丁度週末に重なった。
気温も20℃前後になり、雨も降らず、最高のお花見となった。
今年は、そのお花見の宴に、2日連続で参加した。

一つは地元の小さな祠の境内での夜桜の宴。
日が暮れ、ライトに映える桜はなんともきれいであった。
他に誰もいず、その美しさを私たちだけで独占した。
もう一つは元安川堰堤の桜の下でのお昼の宴。

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こちらは一人がいいだし、「友達の友達は、皆友達だ」という具合に声をかけたら、あっという間に9名が集まった。
当日になって、この宴の場から電話で呼び出され、自転車で来てくれた人もいる。
通りがかりに知り合いだからと声をかけられ、参加した人もいる。
珍しそうに写真をとっていた外国人も、声をかけられ、参加した。
何枚も写真をとっていた。
欧米には、花を愛でて宴をするなどというこんな優雅な遊びはない?
なんだかんだと、すぐ15名近くなった。

下に敷くブルーシートを、100円ショップで買ってきた人いる。
ブルーシートが100円で買えるのだ。
これには、びっくりした。
1枚が2M四方の大きさである。
4枚も敷けば十分すぎる広さになる。
400円で会場ができてしまったのだ。

またある人は、浅野家家老が使っていたという弁当箱に手作りの料理を入れて、持ってきた。
彼自身が作った料理だという。
むさしで買ってきた料理より、はるかに美味かった。
近頃は男が料理する時代になった。
その彼が持参した空豆をガスコンロで焼いて、塩をつけて食べた。
これがなんとも美味かった。
普通は空豆は茹でるが、さつまいものように焼くのだ。
空豆の皮が真っ黒になったら、焼けたということだ。
凝り性の彼は、この空豆のためにと塩を焼き塩にしていた。
こんなことは、男ならではの拘りだ。
ですよね?

私は東京に何十年と住んでいたが、お花見の宴はしたことがなかった。
上野の桜が有名だが、そこで宴をするのは、東京の人口からすればほんの一握りの人だ。
殆どの人は、私のように花見の宴などしたことがない。

広島では、殆どの人が花見の宴をしている?
羨ましい?
こんな花見の宴ができる「場と人のつながり」が、広島にはある。

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2008年5月12日 (月)

族 譜 (2)

 梶山季之の小品「族譜~チョッポ~」の舞台は、京城(ソウル)の南に位置する水原(スオン)という大きな村落です。日本帝国が植民地化を進めた朝鮮では、当時朝鮮人を日本人化するためのもっとも友好な手立てとして「創氏改名」を進めようとしていました。その「創氏改名」に強烈に逆らった村長(むらおさ)が水原にいました。彼は抗日派ではなく、むしろ親日家ではありましたが、「700年の家系」を彼の代でつぶすことに耐えられず抵抗したのです。篤志家であった彼にならって、その水原では「創氏改名」に応じない人が大勢いました。
 いっこうに改名が進まずいらついた日本の現地行政府は、嫌がらせ、脅しとあの手この手を使って彼を落とそうとしますが、彼は頑なに拒み続けます。  その行く末は……生の舞台でご覧いただければと思います。

 青年劇場による舞台劇「族譜~チョッポ~」がこの夏、7月7日、アステールプラザ、7月8日は東広島市の広島大学で上演されます。

 もう、30年以上前になるでしょう。私が現役のジャーナリストであったとき、
一人の韓国人被爆者にインタビューしました。当時、徴兵として広島で被爆した郭貴勲(カクキフン)さんです。郭さんは次のように話しました。
 「日本帝国の罪の深さは何だと思いますか。私たちにとって侵略され、財産を奪われ、強制労働を強いられたことはたいしたことではありません。肉体の痛みと苦しみに耐えることができますが、私たちにとって最もつらく耐えがたく、日本帝国にとってもっとも罪深いことは、言語を奪ったこと、私たちが親からもらった固有の名前を返させられたこと、いわば朝鮮の文化と歴史を抹殺したことです。わかりますか?」
 平和公園の芝生でお聞きした彼の言葉はあまりに峻烈で二の句が告げられなかったことを鮮明に覚えています。

 7月7日の七夕の日、少しのお時間を割いていただいていただけることを
お願いいたします。

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初めて知った「族譜」という言葉(1)

 韓国(朝鮮)では、ご存知のとおり「金さん」「朴さん」「李さん」という苗字がご三家で国民の7~8割をしめています。その「金さん、朴さん」も出身地や生い立ちから、いろいろの歴史やいわれがあるそうで、それぞれの家に家計図があってこれを「族譜~チョッポ~」といいます。日本人は火事になるとまず、位牌を持って避難するといわれていますが、韓国(朝鮮)では、この「族譜」をもって逃げるそうです。儒教の教えに従うかの国では、先祖を敬う気持ちが強く、この「族譜」には、我々日本人の及ぶ以上につよいこだわりがあるといいます。

 私がこの「族譜」という言葉に出会ったのは、ごく最近のことでした。
 広島大学を出て、作家の道を歩み、45歳の若さで世を去った梶山季之氏の作品の中に「族譜」という小編があり、それを読んだところから始まります。
 これまでの私にとって梶山氏は、どちらかというとイカガワシイ系作家という程度の認識で正直、あまり読んだことはありませんでした。
 ところが、この作品を読んで彼に対する存念が、がらりと変わりました。

 梶山氏は、幼少の頃韓国で育ちました。多感な折、戦争の真っ只中にあって帝国侵略の大きな誤りを感じ、帰国した後、韓国への思い入れをいくつか作品にしました。
 この「族譜」は、そうした少年期に感じた強いこだわりを作品にしたのです。それは、日本が植民地支配を強めていった時期にその重要な戦略とした「創氏改名」をテーマとしたものでした。
 「創氏改名」という言葉にはじめて接するという若い方々に簡単にご説明しましょう。
旧帝国日本が朝鮮半島を支配した折、朝鮮人を「日本人化」するもっとも手早い方法として、金さんや朴さんという従来の名前を日本名に変えさせようとしたことであす。これによって「金本さん」「木下さん」「金田さん」という名前が誕生しました。
 梶山氏の「族譜」が舞台劇になり、この夏、広島で上演されることになりました。これについての詳細は引き続き明日書かせていただきます。

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2008年5月11日 (日)

広告収入による財源確保

 新年度人って市役所から来た固定資産の納税通期等の封筒に「あなたの住まいと家財の保障…万全ですか」とキャッチコピーがついた保険の広告が印刷されている。
 TVのニュースで「市役所のエレベーターに企業広告登場」を見て驚いた矢先である。

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 ヒロシマ市役所のHPを開いてみると「厳しい財政状況を克服し、将来にわたり安定した財政運営を行うために、徹底した歳出の見直しと同時に収入の確保に努めることが不可欠」として2006年からHPや納税通知書用の封筒に有料広告の掲載を始めた…事を知った。

 HPのバナー広告は気づいていたが本庁舎の玄関マットにも有料広告を導入している。市は既に前年度、ゴミ収集車16台に1㍍×1.5㍍の「有料広告」を導入し年間約200万円を稼いでいる。
 封筒の広告は年間700万円?新たに導入したエレベーターは年間200万円?と聞いた。

 広島県もHPにバナー広告を取り入れているのをはじめ全国的に自治体が有料広告を採用するのは花盛りのようだ。東京都営バスがボディーを包むラッピングバスを採用して話題を集めたのは3年前。それなりの広告効果が前提で広告業界が目を付け「自治体広告は金になる」分野として定着しつつあるようだ。

 広島市では予算の執行における見直しインセンティブ制度の活用により、新たな財源確保に対する各局の創意工夫による自発的な取り組みを促進する…方向のようだ。

 市の財源確保に対する姿勢は多とするが「広告は時に魔物」でもある。情報として提供される広告が時として危険なものに化けることがあるのはかなりの人が指摘している。媒体責任と広告自体が持つ意味と力を間違いない形で選択することは難しい。

 「背に腹は代えられない」と小さな金に目を奪われて大きな金『無駄や節約』を失うことがないようにすることもまたそんなに簡単なことでない。

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2008年5月10日 (土)

「千羽パネル」プロジェクト? 

 毎月、第二金曜日の夜、平和公園の資料館東館に平和や環境問題を中心に草の根活動に取り組んだり関心を持つ個人やグループが集う会がある。年齢も職業も様々でそれぞれが抱える問題を投げかけたり活動報告をしあって連帯の輪は徐々に大きくなっている。

 備後の府中市から参加している石岡敬三さんは手作りの小さなソーラーパネルを平和資料館の屋上に設置して消費電力の一部にしようと言うプロジェクトを広島市に提案している。佐々木禎子さんの「千羽鶴」にあやかって「1,000枚のソーラーパネル」が目標だ。
 
 パネルは単結晶5インチセル(2分の1サイズ)34枚を白板強化ガラスに貼りアルミフレームで固めた54㌢×63㌢×3、5㌢。30Wの電力を出すことが出来る。12Vのバッテリーに蓄電した場合20wの電灯を約5時間灯すことが出来る能力を持っている。

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 現在考えられている仕組みは参加者が参加費(材料費)を払い、制作にも参加する。
 これを世界中から広島を訪れる人達や市民が参加して行おうという計画だ。パネルには参加者の名前を刻み記念Tシャツを贈るなど知恵の絞り次第で多様な対応が可能なユニークな市民運動だ。

 核廃絶に正面から取り組む国際的政治活動や世界の都市の市長が結束して核廃絶を目指す「2020プロジェクト」、全米に於ける「原爆展」等広島市の取り組みには大きな期待が寄せられている。一方、30%近い原発の電力に依存する日本では使用済み核燃料の処理方法さえ解決のめどが立っていない。環境問題と表裏のエネルギー問題は今こそ足元から市民レベルでも考える時期に来ている。

 地球の延命と平和への思いを千枚のソーラーパネルに託し、平和都市広島にふさわし自然エネルギーの活用で「環境・エネルギー・平和」を実践しようと言う夢のある提案だ。
 採用に至るにはクリアーしなければならない規制や基準があるだろう。
 広島市民からこうした提案が増えて行くことを期待したい。

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2008年5月 9日 (金)

お宝拝見「冨嶽三六景」

 久々のお花見にKさんが骨董品と思しき携帯のお花見セットに御馳走をつめて持参した。聞けば由緒ある家の品と言う。広島で十数代続く藩医の家柄の品だ。
 都心から少し離れていたために原爆の被害を免れ今に受け継がれている。
現当主の友人であるKさんが興味を示したので気軽に譲っていただいたという品だが、Kさんは納めて飾るものでなく日常生活に生かすことが大事だという考えである。

 取材を通じて知り合った、この家の先代は著名な外科医だった。広島における東洋医学の研究者であり西洋医と東洋医を戦後いちはやく連携づけて実践された功労者で今の日本東洋医学会の基礎を築かれた功績は大きいと言われている。
 和歌山で軍医として勤務中に終戦を迎え帰郷した焼け野が原の広島で医薬品がなく手当の施しようがない被爆者に「民間療法」という古くから市民の生活の中に伝承されていた身の回りの山野から採れる野草のどを活かした治療に取り組み、後に「原子爆弾傷 放射能の民間療法 伝統の英知」の論文をIPPNW(国際反核医師の会)で発表している。

 翌日、花見のスナップ写真を届けにKさんの事務所を訪ねて驚いた。漆器のお膳や器にいかにも時代を物語る火鉢のどが目に飛び込んできた。江戸期の風刺画?版画や昭憲皇太后(明治天皇の皇后)の肖像画などお宝の山があった。中でも驚くのは葛飾北斎の「冨嶽36景」がそっくり閉じ込めた一冊がある。保存状態が良く色あせていないのが良いと思う。

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 素人がとやかく言うべきでないが、旧家の蔵に眠っていたお宝だ。間違いないと思うが一度専門家の鑑定を受けられるように勧めたい。テレビで人気の「なんでも鑑定団」がお宝ブームの火付け役だ。人が持っている「お宝」を専門家が鑑定して値づけをする。意外な物が高価な鑑定を受けたり、高価と思ってきた品が偽物だったりする意外性と持ち主の人柄が実に微妙に表現される上、鑑定士のウンチクが面白いのが人気の秘密だ。
 何でも金銭に換算する点や美術品をパフォーマンスで見せる点など多少の問題もあろうが埋もれた芸術品の発見や古いもの大切にすることを知る上で立派な教養番組だ。
 
 先ずは、Kさんのお宝が高い評価を受ける事をわくわくした気持ちで期待して待ちたい。

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2008年5月 8日 (木)

ますますお元気な96歳・日野原先生

 6日の日曜日、日野原重明先生の講演会があった。広島女学院の維持会を提案され発足15周年を記念するイベントに夏までにこの日しか空いていない為日帰りで駆けつけられた。
 96歳、秋には97歳を迎えられるが5年先の日程まで入ってしまいましたと言われる。

 日野原先生と女学院の関わりは古く長い。牧師であったご尊父の日野原善輔氏が校長に就任されたのが1930年(昭和5年)、2年後に理事長に就任されて10年間勤められ、将来を見据えて現在の大学校地を取得するなど女子教育と幼児教育に心血を注がれた。
 この間に、先生は京大医学部の一年生の終わりに結核を患い1年間を広島で過ごし、奇跡の回復で広島に強い愛着心を持たれるようになった。一貫して医療の現場に立ちながら80歳を過ぎた時「新老人の会」を組織し広島にも支部を結成し、ことあるごとに広島女学院に足を運んで来られた。

 先生は年間180回の講演と小学校で80回の”命の授業”を出前している。
この日の講演は「96歳の私から~いま伝えたい大切なこと~」
 
 先生がこれから目指される医療や関わる事業の夢を具体的の事例をあげながら語られた。 命とは何か。命は自分で見えないが自分で感じるものだ。「自分は生きている、自分は命を持っている」と思い感じている。命を活かすことは自分が持っている時間をどう使うか?自分のも他人の時間も大切にする。「人の命の大切な事を」実証する事が平和をもたらす。
 大切なことは「命を大切にし、平和を守る」こと、更に今「憲法9条を守る」意義を強調された。戦争は命を奪うもの、戦争をしない事は命を守ることに通じる。2年半先に国民投票で半分以上が賛成すれば改憲される可能性が迫っている。しかも、投票は18歳以上が対象になる可能性がある。
 憲法を守る大きな運動を支えるために広島はその中心にならなくてはならない。秋葉市長はその努力している。
 大人が子供に命の大切さをどう教えるか。大人が子供の良いモデルになることが大切だ。
良い習慣つくりで心も体も、つらいことも経験して耐える心を育てて欲しい…。立ち続けの50分、言葉の端々に命の尊さ大切さがほとばしる。
  
 最後に「長生きの秘訣」を問われて、70歳を過ぎたら食べ物を減らすこと。1日1,300カロリー摂れば良い。脳の働きには100カロリーで充分。肉と魚は一日置きに朝と昼は流動食、夜だけご飯を食べる。何よりも歩くことで体力を保ちストレスも解消出来る。朝起きて1日の目標を立てて、それをクリアーして心爽やかな日々を過ごす事と結ばれた。
 日野原先生の命の原点はヒロシマにあることを強く感じた。

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2008年5月 7日 (水)

子どもたちの言葉

広島の桜が八分咲きの土曜日、「タウンNEWS広島 平和大通り」のメンバーの皆様方に誘われて花見に行きました。お天気に恵まれ、桜の下はどこも花見客でいっぱい。
朝早くからの場所とりのおかげでゆったりとお弁当を広げることができます。
となりにちょっとしたスペースがありましたが、
「ここ、いいですか?」
と、子どもを何人か連れた男性が声をかけてきました。
「どうぞ、どうぞ」
と、私たち。
全員が集まるまであと少し。お皿を並べたり、飲み物の準備をしたり・・・
そんな私たちの背後から、小さな子どもたちのよくとおる声が聞こえてきました。
「じじぃがおる!じじぃがおる!」
一瞬、身が凍る思い。
5,6歳の男の子が3人、無邪気に「じじぃ、じじぃ」とはやしたてます。
ここは、怒るべきか?
しかし、紳士の皆様は聞こえていないのか、悠然と花見の準備です。
なんで、こんな小さな子どもたちが「じじぃ」という言葉を使うのでしょう。
私は気になって気になって、それとなく子どもたちを見ていたのですが、
どうも彼らは自分たちのおじいちゃんのことを「じじぃ」と呼んでいるようなのです。
彼らの母親らしき女性たちも、そして、「じじぃ」と呼ばれている当の本人も
まったく気にしている様子はありません。
私の感覚がおかしいのかしら?
私は、自分のことを「ばばぁ」なんて呼ばれたらぶん殴る・・・ことはしませんが、
いい気はしません。
子どもたちは周りの大人たちの言葉遣いから言葉を学んでゆきます。
美しい言葉遣いを伝えたいものです。

ちなみに、このときのお花見に8歳のお孫さんを連れてきた方がいます。
この坊やは私のことをなんと「お姉さん」と言ってました。
それがお世辞ではなく、自然にでるのです。
家庭の中で当たり前のように綺麗な言葉が使われているのだなぁと、感じ入った次第です。

 迷い人

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2008年5月 6日 (火)

商店街と共同出資の法人

地方都市の商店街の不振がいわれて久しい。
郊外に建てられた大型SCの影響で店を閉めざるを得ず、シャッター街になっているのだといわれてきた。
確かにそれもそうだろうが、どうも理由はそれだけではないようだ。
商店主はシャッターが閉まっても仕方がない、それもいいと思っているようだ。
中小企業庁の調査では、空き店舗になる最大の原因は「所有者に貸す意思がない」27.6%ということにあるという。
貸す意思がないということは、貸さなくとも困らないということが背景にあるようだ。
なぜなら
(1)年金生活をしていたり、他の仕事をしていたりして生活に困らない。子供は早々と見切りをつけて他の仕事に就いているから、新たな投資等を行うような無理はしない。
(2)商店主が事業用地を相続すれば相続税が8割軽減されるから、儲からなくとも細々と続けていればよい。
のだという。
昔作ったアーケードも錆びだらけで、ガラスも汚れ、通りは暗いということでは、ますます人どおり減る。
これじゃどうしたらお客様にきていただけるか、儲かるかを懸命に考えている大型SCに敵うわけがない。
やる気がない商店主が増えていく状況では、商店街としては成り立たない。
既存の商店街には歴史と文化がある。
そうしたお店がきちんと活動してこそ街の魅力がある。
高松市の丸亀町商店街は、所有と経営を分離」し、店舗を経営する気のない人は「モール経営者」になって下さいということで、土地を共同出資の会社に60年の定期借地権で貸すようにし、これはという人にお店をまかせることにし、その結果、売上を3倍に伸ばしたという。
商店街再生の鍵は、「商店街の店舗の所有者が共同出資の法人を設立する」という仕掛けにありそうだ。
政府の縦割り行政では、既得権にしばられ、こうしたことはなかなかできないということがあったようだ。
それなら、広島市がこうした活動を積極的に支援したらいい。
しかし金と権限がなければ何もできない。
そのためには、地方に金と権限を与えることだ。

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2008年5月 5日 (月)

裏通りのお店

広島の繁華街、本通りから一歩入った裏通りは、また独特の味わいがある。
狭い通りに面し、拘りのある店、なじみの店、老舗等小さくともおしゃれで個性的な店が沢山ある。
狭い道なのに、結構人通りがあるから、車もゆっくり走る。
夜になれば、それぞれのお店は幻想的ですらある。
しかし裏通りに面して、南側はお店になっているのに、北側には、ほとんどお店はない。
本通りと繋がっているお店の多くは裏通り側を、従業員入口専用、搬入口、駐車場にしている。
シャッターを降ろしているところもある。
これでは裏通りの雰囲気はぶち壊しだ。

A_2

裏通りのお店も中心市街地を構成する重要な要素だ。
なんらかの工夫がほしい。
中には裏どおりからもう一つ小さな入り口を設けているお店もある。
それはあたかももう一つ違ったお店があるようである。
裏通りから入るのは、また別の風情があっていい。
鯉城通りに面しているのに、茶室の入り口のように、わざと小さな入口にしているレストランもある。
裏通りに面して、北側もお店になれば、裏通りはもっと楽しくなる。
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2008年5月 4日 (日)

タバコ1箱1,000円

今マイルドセブンが300円位だが、それを欧米並みの1箱1,000円にしたらどうかと、かなりの人が言い始めた。
現在の消費量を前提にすると、1,000円にすれば、9.5兆円の税収が見込めるという。
今大騒ぎしているガソリン暫定率税分は2.6兆円だ。
消費税を1%アップすると2.4兆円になる。
私の友人に「1,000円になったら止めるか」と聞いたら、「そうなれば止めます」といっていた。
が、多分彼は止めないだろう。
吸う量は減るだろうが。
ある調査では、800円になったら、40%の人が止め、1,000円になったら、70%の人が止めるという。
タバコの箱には、「喫煙は、あなたにとって肺がんの原因のひとつになります。妊娠中の喫煙は、胎児の発育障害や早産の原因の一つとなりますとも書かれている。
タバコを吸ってたら、死にますよというわけだ。
それでも、止めない。
皆自分だけは大丈夫と思っている?

1

国の借金は1,083兆円もある。
国は金集めに必死だ。
タバコは格好の対象だ。
たばこが原因による火災は約1割もある。
欧米ではタバコは大体1,000円だ。
そんな喫煙者に、タバコ税の増額分は医療関連費に使いますといえばいい。
「〇○さん、タバコを吸っていても、病気になったら、いままで貴方が納めたタバコ税で、面倒を見てあげますよ」というわけだ。
筋の通った言い訳ではないか?
後期高齢者保険の患者負担での収入は当面1.1億円と見込んでいるようである。
タバコ税を1,000円にすれば、後期高齢者保険での1割負担なんておかしなことをやらなくとも済む。

20歳以上の喫煙者は、平成16年、男43.3%、女12.0%という統計がある。
喫煙者が過半数を超えてないのは確かだ。
民主主義の原則である多数決で決めれば、タバコは増税ということになる。
現行でもタバコ税は価格の63%にもなり、最も高い税率だから下げろという人もいる。
しかし、たとえ99%が税であっても、理屈が立てばいいといのが、税金だろう。
問題は何をもって高いとか低いとかいうかだ。
国民の健康と医療を考えてタバコの値段を上げますというわけだ。

福田総理は道路特定財源の一般財源化をいった。
これにはちょっとびっくりした。
でもガソリンの暫定税率は再度衆議院で議決しアップするという。
民主党は次の選挙で、
「ガソリンの暫定税率は廃止します。後期高齢者保険は廃止する。そのかわり、タバコは1,000円になります」と言えば、民主党は勝てる??

しかし、筋論からいえば、ガソリン税はもっと高くていい。
タバコは増税すればいい。

日露戦争のとき、それまで民間で自由に販売されていたタバコを、政府は戦費調達のために国営化した。
今度は、国民の健康を守るための戦費調達のために1,000円にすればいい。
1,000円になったからと止める人がいれば、それは国民の健康を守ったことになる。

タバコ1箱1,000円。
賛成!

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2008年5月 3日 (土)

市民球場ラストイヤー“激しく燃えろ”

 今年、最初のカープ観戦に孫と一緒に歓喜した。
 3日、4敗1分で迎えた阪神戦。1万3千の観衆は3塁内野とレフト側外野席にこれまでになく縦縞模様のユニホームの阪神フアンが目立ち、六甲おろしがやけに良く響いた。
 金本―新井とカープOBが支える阪神へブーイングも大きく、カープフアンは4連敗にやきもきしていたに違いない。

 エースと4番バッターが抜けて不安が大きい今年のカープ。黒田の後を埋められるかどうか、大リーグの経験もあるルイス。ゴズロスキーやシュルツ。新井の後釜に3Aで活躍したシ-ボル、阪神から移籍した赤松らを獲得。ドラフト組を合わせて13人の大補強だった。

 この結、激烈な1軍争いが生まれオープン戦で2年目の前田健、宮崎、青木が成長を印象づけ高橋、長谷川のベテランも健在ぶりを、4番の栗原も成長の跡を見せた。

 そんな第6戦は思わぬ形で展開した。2点を追う3回2死3塁で2番の石原が放った打球が三遊間で大きくイレギュラーして流れは変わった。51年目、市民球場最後の年のカープに思わぬグランドが生んだイレギュラーがカープの初勝利に味方して盛り上がった。

 戦後の気配があちこちに残る昭和32年市民球場が完成し、広島市民県民の夢がかなった。所が応援団のお行儀がひんしゅくを買い、相手チームに広島弁で飛ばすヤジの鋭さを非難されることも多かった。場内警備を暴力団関係者が仕切り警察官が常駐する悪名高い球場だった。しかし、初優勝を境にスタンドの応援風景も徐々に自粛され5度のリ-グ優勝と3度の日本一を経てフアンも成長した。だが、優勝から遠ざかって17年。

 市民球場最後のシーズンを「ALL-IN・激」を掲げたブラウン監督は「激しい競争がチームを向上させる。過去2年に無かった期待感がある」と話している。

 愛媛県生まれで大のカープフアンのスポーツジャーナリストの二宮清純氏は「若い選手が、どんどん試合に出られる楽しみなシ-ズン」と言う。市民球場のラストイヤーは来シーズンの新球場の広さを視野に入れ、スピードのあるプレーが要求され肩が強く足の速い選手が必要になる。若手に期待できクライマックスシリーズへの進出は可能…と見ている。

 市民球場のラストイヤーだからでも新球場になったからでもなく『熱く燃えて、カープが強くなった』から見に生きたい…と言われる年にして欲しいものだ。
カープのシニア会員になった今年、球場に足を運ぶ回数は増えそうだ。頑張れ!!!カープ。

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2008年5月 2日 (金)

新・老人医療制度は「姥捨て山保険…?」

 4月1日から「後期高齢者医療制度」がスタートした。
 制度に反対のデモや座り込みが全国各地で行われ、連日の新聞、TVワイドニュースや番組で「強制的な徴収はけしからん」「医療費を取られたら生活できない…」「年寄りに死ねと言うのか」など老人の悲鳴が溢れている。
 まだ、5年先とはいえ予備軍として制度の在り方が大変気になる。

 そもそもこの制度は現役世代の公的医療保険と別建てで、医療費の抑制を目的に、一昨年、自民党・公明党が強行した制度で75歳以上の高齢者と65歳から74歳までの障害者や寝たきりの人は総てが加入し、一人一人が保険料を負担する。大部分が加入している国民健康保険や息子や娘の扶養家族になっている人も扶養から切り離して加入することになる。

 保険料は全国平均で月額6千円。県単位で所得に応じて設けられるため神奈川県は年額9万余、青森県は4万6千円余、ちなみに広島県は6万円余と地域格差が大きい。支払は年額18万円以上の年金収入がある人からは年金から天引きされる。これに既に天引きされている介護保険料4千円が加算され、老人負担は一層重くなる。保険料の滞納が1年超えると保険証が取り上げられるなど運用は厳しくなる。

 受けられる医療サービスは同じだが医療機関に払われる報酬は一定額なので、医療内容の低下を招く恐れを懸念する声が強いのは当然と言える。
 それにしても、この制度について周知徹底が極めて不十分なことが更に不安を大きくしている。 世代間の負担の公平性を図るだけでなく「高齢者の生活を支える医療」をうたい文句に導入を図ったはずだった。しかし、高齢者負担だけが増えたのでは「医療費削減の思惑だけが先行している」と批判の的になっても仕方ない。

 高齢の主人が寝たきりの妻の介護に疲れて心中した…老老介護の悲痛なニュースが相次いでいる。戦後の日本復活を支えてきた世代が今や安心して住める国では無くなっているのではないか。団塊世代が75歳を迎える15年後にはどうなるのか。
 長寿大国日本の敬老精神は今や昔話になろうとしているのではなかろうか。

 介護保険も同様に問題が多い。年金受給もままならない老人が多いと言うのに「後期高齢者医療制度」は「年寄りに死ねと言うのか…」「姥捨て山…」の声は強い。
 与党の中にこうした声にこたえようと言う議員はいないのか、情けないことだ。
 野党各党は「天引き中止」法案を参議院への提出を検討しているようだ。
 舛添大臣や福田政権の問責が俎上にのぼり政局に発展しかねない問題だ。

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2008年5月 1日 (木)

10回目のアカデミー賞受賞を祝う

 広島出身で映画の美術監督・部谷(へや)京子さんが2008年の第31回日本アカデイー賞で10回目の優秀美術賞・最優秀美術賞を受賞し、30日広島市内で「祝う会」が開かれた。

 部谷京子と言ってもすぐに判る人は少ない。最近の映画「チーム・バチスタの栄光」「マリと子犬の物語」(’07・9)「それでもボクはやっていない」(’07・1)「愛の流刑地」(’07・1)「北の零年」(’05・1)…近年、評判の映画の美術監督と言えば“ああ、そうか”と思い当たられる方もあると思う。映画にとっては無くてはならない影の存在だ。

 広島で生れ育ち広島女学院を卒業後、武蔵野美大で舞台美術を専攻した。アルバイトに明け暮れる中で見つけた円谷プロの美術の仕事が彼女の人生を変えた。
 監督の注文と台本から画面の中に出てくるセットの全てを作り上げる面白さにはまった。

 深作欣二監督の「里美八犬伝」(’83)や等で美術助手をつとめる中、黒澤明監督の「夢」(‘90)で一緒に助手を務めた周防正行監督が「しこふんじゃった」(’92)で初メガホンをとった時、美術監督をまかされた。以後自分の3作品の美術を任せた周防監督は助手時代から自分の監督第一作の美術は部谷さんと、彼女の仕事ぶりを見て決めていたと言う。

 以来24年、美術監督作品は37本。「RAMPO」(’95)で初受賞し「Shall we ダンス」(’97)「誘拐」(’98)「金融腐蝕列島」(‘00)「陰陽師」(’02)『突入せよ!「あさま山荘」事件』(’03)と立て続けで受賞し「陰陽師Ⅱ」(’04)「壬生義士伝」(’04)「北の零年」(’06)アカデミー賞の常連になった。
 
 そんな‘03年、親子孫の3世代の女性が原爆に向かい合う姿を描く吉田喜重監督の「鏡の女」に出合った。子供のころに身近だった被爆者たちのことを思い出して遠のいていたヒロシマ回帰が一気に蘇り、広島への思いに駆られた。
 友人の影絵作家の浜崎ゆう子さんと広島で「小さな祈りの影絵展」開催を企画している時期に女学院の恩師・黒瀬先生から日野原重明・小澤征爾「広島から世界へおくる平和のメッセージ」への参加を誘われ故郷への気持ちは一層高り、広島通いが重なった。

 そして今回「それでもボクはやっていない」で第31回日本アカデミー賞優秀美術賞「Shall…」に続く最優秀美術賞だ。

 祝う会には周防監督・草刈民代さん、秋葉市長ご夫妻をはじめ多くの映画関係者と女学院の同窓・同級生に、彼女が関わった被爆60周年日野原・小澤の「世界へおくる平和のメッセージ」や今年4年目を迎える「小さな祈りの影絵展」の仲間たち140人が集った。

 周防監督は男社会で女性がこの仕事を続ける事は大変で、監督の要求にへこたれないで応えて緻密さは一層の磨きがかかったと賛辞を贈った。
 また他の映画プロデューサーは「映画界の共有財産」と高く評価をした。同級生は「逆境には強いが情にもろく、一途でひた向き。緻密で繊細な反面大胆」が彼女の真骨頂だと披露した。秋葉市長は本場のアカデミー賞を目指せとエールを贈った。温かい会だった。
 
 広島には新藤兼人監督、大林宣彦監督や東映の岡田会長など著名な映画関係者がおられ、それぞれ故郷広島で多くの映画を生んでいる。出席の映画関係者に部谷さんと一緒に「ヒロシマ」をテーマ・舞台に映画を作って欲しいと言う声が聞かれた。
「映画は私の天職」と言う部谷さんに寄せる期待は大きい
更に羽ばたけ“部谷京子さん!!!” 

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 <部谷さんが受賞した10枚の優秀美術賞・2枚の最優秀美術賞にトロフィー>

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