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2008年4月30日 (水)

現在の岩国基地問題と重なる幕末「四境戦争」

 先日NHKTV「その時歴史が動いた」で、福島正則広島改易事件が放送された。改易理由は広島城の無届修築だが、正則の支城の一つ、大竹市小方の亀居城築城が遠因といわれている。同城は幕府の命令で取り壊され、公園として整備。桜の名所で、天守閣跡からの瀬戸内海の眺望は素晴らしい。
 この公園内に、同市出身の戦後歌謡界を代表する大御所作詞家・石本美由起さんの歌碑と顕彰碑がある。作詞生活40年と50年を記念し大竹市が建立。当時、私も作詞家・星野哲郎さんや日本コロンビアの正坊池社長さんらと歌碑をめぐったことを思い出し、先日訪れた。
 「憧れのハワイ航路」(S23年)、「柿の木坂の家」(S33年)、「悲しい酒」(S41年)、「矢切りの渡し」(S51年)、「亀居城春秋」(S57年)、「長良川艶歌」(S59年)など七つの歌碑は今でも輝いていた。
 石本さんの偉大な足跡は他の機会に譲り、今回は「ああ征長隊」について触れる。ちなみに「亀居城春秋」は廃城となった同城を歌ったもの。
 幕末、長州藩を屈伏させようと江戸幕府は、二度にわたって「長州征伐」を行った。第二次は四境戦争とも呼ばれ、「芸州口」の戦いの発端となった大竹口での出来事。征長軍彦根勢と長州軍岩国勢との戦闘で、彦根藩竹原七郎平は従者とともに先陣を切って木野川を渡ろうとしたとき銃撃戦になり、川中に倒れた。異郷に散った彦根藩士の勇を称え、長州軍の品川清兵衛が、墓碑として隣の和木町安禅寺に厚く葬った。
 その時のことを歌ったのが「ああ征長隊」。所蔵のSP盤レコードを聴くと、島倉千代子のビブラートが一層哀しみを伝える。
 四境戦争は長州軍が勝利し和解。急速に江戸幕府の求心力が弱まり「明治維新」向けて「歴史が動いた」戦いの一つである。この戦いは岩国基地の米軍再編問題に揺れている岩国と政府の状況に重なるのは私だけであろうか。

上村和博

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