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2008年4月

2008年4月30日 (水)

現在の岩国基地問題と重なる幕末「四境戦争」

 先日NHKTV「その時歴史が動いた」で、福島正則広島改易事件が放送された。改易理由は広島城の無届修築だが、正則の支城の一つ、大竹市小方の亀居城築城が遠因といわれている。同城は幕府の命令で取り壊され、公園として整備。桜の名所で、天守閣跡からの瀬戸内海の眺望は素晴らしい。
 この公園内に、同市出身の戦後歌謡界を代表する大御所作詞家・石本美由起さんの歌碑と顕彰碑がある。作詞生活40年と50年を記念し大竹市が建立。当時、私も作詞家・星野哲郎さんや日本コロンビアの正坊池社長さんらと歌碑をめぐったことを思い出し、先日訪れた。
 「憧れのハワイ航路」(S23年)、「柿の木坂の家」(S33年)、「悲しい酒」(S41年)、「矢切りの渡し」(S51年)、「亀居城春秋」(S57年)、「長良川艶歌」(S59年)など七つの歌碑は今でも輝いていた。
 石本さんの偉大な足跡は他の機会に譲り、今回は「ああ征長隊」について触れる。ちなみに「亀居城春秋」は廃城となった同城を歌ったもの。
 幕末、長州藩を屈伏させようと江戸幕府は、二度にわたって「長州征伐」を行った。第二次は四境戦争とも呼ばれ、「芸州口」の戦いの発端となった大竹口での出来事。征長軍彦根勢と長州軍岩国勢との戦闘で、彦根藩竹原七郎平は従者とともに先陣を切って木野川を渡ろうとしたとき銃撃戦になり、川中に倒れた。異郷に散った彦根藩士の勇を称え、長州軍の品川清兵衛が、墓碑として隣の和木町安禅寺に厚く葬った。
 その時のことを歌ったのが「ああ征長隊」。所蔵のSP盤レコードを聴くと、島倉千代子のビブラートが一層哀しみを伝える。
 四境戦争は長州軍が勝利し和解。急速に江戸幕府の求心力が弱まり「明治維新」向けて「歴史が動いた」戦いの一つである。この戦いは岩国基地の米軍再編問題に揺れている岩国と政府の状況に重なるのは私だけであろうか。

上村和博

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2008年4月29日 (火)

市民病院のコンサート

市民病院に新しい病棟が完成した。
入口も新しく南側に設けられ、大きなロビーもできた。
先日、そのロビーで先日広島交響楽団のメンバーによる弦楽四重奏のコンサートが行われた。

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わずか30分の短い時間だったが、演奏が始まると、じょじょに人が増え、置かれた椅子では足りなくなり、後ろに立つ人もでてきた。
入院中なのだろう、車椅子のひと、パジャマの人、器具を付けた人もいた。
入院中は、時間はたっぷりあるが、ほんもののコンサートに触れる機会はないだろうと思う。
そんな人たちにとって、生で聴くコンサートは貴重なことだったろうと思う。
市民病院も洒落たことをする。
厚生年金会館で聞くコンサートより、こうした街のコーナーで聞くコンサートの方が好きだ。
知人に教えられ、ついでに立ち寄っただけだが、何かいいものを見つけたようで妙に嬉しくなった。
ロビーの壁に掛けられた絵は日展出品作だという。
これらの絵は無償で提供してもらっているという。
市民病院のテーマはアートギャラリーだと病院管理者の原田氏は説明していた。
広島市民病院は病院の新しいあり方を示している。

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2008年4月28日 (月)

医療と工学

最近の病院は、沢山の医療機器に囲まれ、あたかも工場のようになってきた。
PETとかCTスキャンとかになると極めて高額だ。
重粒子をとばして癌の手術をするという装置は1台150億円もするという。
その装置を使って手術をすれば、1回で数百万円もかかるという。
この世に留まれるか否かも金次第ということになってきた。
私たちイメージにあるお医者さんは、聴診器で診て、どこが悪いかを言ってくれる、あるいはメスで手術をするという姿であった。
しかし今では、ちょっとした、検査をするにしても、手術にしても、すぐに沢山の医療機器を必要とするようになった。
ということは、お医者さんと看護婦さんだけでは、とても手に負える状態ではなくなったということでもある。
心臓の手術をするときには、本物の心臓はストップさせ、その間人工心臓で血液を体の中に送る。
この人工心臓の装置を扱うには、極めて専門的な知識と技術を要するので、国家資格となっている。
人工呼吸器、人工心肺装置、血液透析、ポリグラフ等の医療機器を扱うことについては、1987年、臨床工学技士法が成立し、「国家資格」がなければ扱えなくなった。
広島では、広島国際大学がいち早くその養成のコースを設けた。
早稲田大学と東京女子医大では、連携して「先端生命医科学研究教育施設」を作り、「医学がわかるエンジニア」、「工学がわかる医師」の養成をめざすという。
東京女子医大からは130人、早稲田大学からは300人が移転するという。
現代の医療はハイテク化した装置の開発だけでなく、それを取り扱う技術者の養成という2つの面からの進歩が急速に進んでいる。
先日は、ヒトの皮膚から万能細胞を創ることに、京大の山中教授が成功した。
医療の発達は、医師の養成だけでは済まなくなった。
その国の知識と知恵と、人とお金の全てを総動員して懸からなければならなくなったようだ。
広島ではいくつもの素晴らしい病院もあり、医師の養成は広大医学部がある。
医師も不足しているが、広島独自の新たな医療機器の開発を進めること、その新たに開発された医療機器を扱う技術者の養成の必要が迫られている。
改めて産官学の連携が求められている。

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2008年4月27日 (日)

湯来温泉

湯来温泉は、広島の奥座敷ともいわれる。
昔ながらの風情のある温泉旅館が、打尾谷川の渓谷に沿って数件並んでいる。
春は桜、秋は紅葉と美しい。
浅野公が湯治に来られこともあるというから歴史は古い。
規模は小さいが、東京近郊の温泉場、湯河原のような雰囲気がある。
まさに広島の奥座敷だ。
しかし数年前に広電の経営する旅館が閉鎖してしまった。
建物は取り壊され、跡地は更地になっている。
いまでは、木造の建物はこのみどり荘1軒になってしまった。

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市内にはいくつもの温泉が出来ている。
半べえ茶屋も半べえ温泉の営業を数年前に始めた。
広島プリンスホテルも温泉を掘った。
いまのところ宿泊客だけを対象としているが、瀬戸内海の眺望を売りにし、かなり評判になっているようだ。
温泉のフアンは多い。

湯来温泉の泉質は「ラドン」だという。
ネットでラドンについて調べてみると、確かに体にはいいようだ。
「ラドンはラジウム天然元素より放出され、ほとんど化合物をつくらない安定希活性の気体である。ラドンは自然界に存在する物質中で、もっとも強力なイオン化作用があり、ラドンの適当量が温浴中に人体の呼吸により肺り直接血液中に、また皮膚を通して組織内に吸収されると、その強力なイオン化作用が人体の血液および組織内に働いて血液内の老廃物質、すなわち血液を悪くしたり血管を早く老化させる中性脂肪、コレステロール、過剰な糖分等の生理的代謝作用が促進されるため、血液が浄化されると同時に組織内に停滞している凝りや、痛みの原因となっている老廃物の化学反応が促進されて、すみやかに消退してゆくとともに、血液や組織内に熱エネルギーが発生するので体温上昇の生理調整が行なわれる結果として、入浴開始後十分位で急激な発汗作用が起こり、快い温感を覚える。人体の神経系疾病によい」と書かれている。
湯来温泉の説明書には「単純弱放射能温泉」とかかれている。
放射能温泉?
何かゾッとする。
市内の温泉はナトリウム、カルシウム、塩化物、硫酸塩泉という。
広島ではラドンと表現したほうが良さそうだ。
と同時にその効能をもっときちんと、正確にPRすべきだ。

湯来町が広島市に合併したことで、合併特例債を使い、国民宿舎の湯来ロッジも近々改装されることが決まった。
おんぼろの施設でも、改築されるということが決まっているからだろうか、寂しさない。かなり混んでいた。
近くにはクアハウス湯の山もある。
湯来町には温泉を使った施設がいくつもある。
木造の旅館の露店風呂の“日帰り入浴”もいい。
湯来温泉には広島市内から1時間程度でいける。
立地もいい。ポテンシャルはある。
「湯来温泉に行くと、血行がよくなり、綺麗になる」ということを売りにして、ちょっとオシャレな雰囲気をつくれば、女性客のハートも掴める。
木造の広電旅館も復活させてほしい。
湯来温泉のよさをもっと知らせる努力も必要だ。

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2008年4月26日 (土)

東京都心の高齢化と老朽化

東京都への人口の一極集中が依然止まらない。
2月1日現在の東京都の人口は1281万人である。
前年より11万人増えた。
その人口増の殆どは、若年層の地方からの流入である。
東京は元気だという。
しかし、ほんとうにそうだろうか。
そこで起こっている現象を、ちょっとよく見てみる必要がある。
90年代頃には、多摩ニュータウンに代表される郊外の住宅地に人々が移り住み、都心の空洞化がいわれ、それを称して「ドーナツ化現象」が起こっているといわれた。
都心3区では人口が急激に減り、住宅団地の最初の頃に作られた赤羽団地は、住民が高齢者ばかりになり、空き家が増え、小中学校が不要になり、ショッピングセンターは閉鎖するというという都心の空洞化現象が起こったのだ。
それが今度は、都心に建てられる超高層マンションに人口が吸い寄せられる現象に変わっている。
郊外の住宅地、たとえば多摩ニュータウンのような地域では、若者がいなくなり、取り残された住民は高齢化し、空き家が増え、小中学校が不要になり、ショッピングセンターが閉鎖されるという現象が起こっている。
かって都心の赤羽団地で起こったことと同じ現象が、いま郊外で起こっている。
今都心で続々建てられる超高層マンションは、50階、高さは200Mに近い。
そんな超高層マンションが3棟も建てば、居住者は1万人近くになる。
ちょっとした町よりも多い人口が、野球場の数倍程度の面積の土地に住む。

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そんな大規模な住宅が、土地取得から、入居までがたった5年程度で完成してしまうのだ。
いつもそうだが、新たに作られた住宅に入居するのは30代、40代の若い家族が中心だ。
その超高層マンションに住む住民が一斉に高齢化したら一体どうなるんだろうか。
30年後には、その超高層マンションの住民は確実に30歳年をとる。
赤羽団地で30年前に起こった住民の高齢化、施設の老朽化という現象が、いま多摩ニュータウンで起こっている。
その高齢化、老朽化という現象が、30年後には都心の超高層マンションで起こるはずだ。
超高層マンションだって、建築だから、30年もすれば、かなり老朽化し、大掛かりな修繕が必要になる。
耐震技術もそのころには格段に進歩し、新たな技術での建て替えが必要になるかもしれない。
今進められているマンションの建て替え工事は、大体5階程度の高さの建物であり、1棟に住むのはせいぜい数十家族程度である。
個々の集合住宅の建物は小さい。
それでも対処する工事は結構厄介だ。
50階建、数千人の住民が住むマンションの修繕、建て替えとなったら、大変だ。
東京都に現在流入している若年層も年をとる。
その人々も一斉に年をとるのだ。
今東京都の高齢化率は15%だが、30年後には軽く30%を越えるとの予想もある。
いずれ東京都は「人口の高齢化と、施設の老朽化」という大きな問題を抱えることになる。
大変だ。
超高層マンションという極めて高度な建築技術が可能にした都心への人口集中が、次はまったく未知の住宅問題を起こそうとしている。
まだ誰も経験したことのない現象が、今東京の都心でじわじわと進行している。
それがどんな問題になるのか、まだ誰もわかってはいない。
いまはまだ超高層マンションの住みやすさに酔いしれている。

広島の超高層マンションも、東京に比べればたいした数ではない。
広島の人口構成、産業構造はそこそこバランスが取れている。
広島市全体の人口が、東京都のように、一気に高齢化し、建物が老朽化することはないだろう。

なんでもそうだが、余りに激しい変化は問題を起こす。
開発は、ゆっくり進めたほうがいい。

バブル崩壊であれだけ酷い目にあったのに、人々はそこから何も学ばなかったようだ。

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2008年4月25日 (金)

知事選裏金疑惑「県議の実名」公表へ?

 藤田県知事後援会の政治資金不正事件で広島地裁が疑惑の17県議の名前の閲覧を認め、地検も最高裁への特別抗告を見送ったため県議会が閲覧する運びになった。
 
 「閲覧後にあらゆる角度から真相解明に努力する」と議長。受け取った17人中10人はRCCや中国新聞の報道で明らかにされているが名誉棄損の訴えもされていない。議会が改めて問えば否定するのは見えている。知事と議会が招いている「知事と議員による県政不信」を払拭のため襟を正した議会の対応と決断が求められている。

 この事件は藤田県知事の後援会の政治資金不正事件の裁判で検察側が「知事選の度に議員に対策費として現金を渡していた」と元秘書の供述を明らかにした事に始まった。
発覚して2年4ケ月になる。
 地検は17人の名前を黒塗りにした調書を開示したため県議会が実名閲覧を求めたが拒否され、1年前に地裁へ開示を求めていた。

 林議長は「真実がはっきりすれば公表する」姿勢のようだが議会には「万一供述が真相と違っていれば政治生命を断つことになりかねない」と対応の慎重論もあるようだ。
たしかに知事の元秘書一人の供述調書であり扱いが難しい事は理解できるが閲覧で明らかになる調書を元に外部の専門家を含む真相解明の委員会を設けるなど早急な対応が求められる。名前が出る現職・元職は真摯な対応をしなければならない。

 RCCや中国新聞が報道した10人が2社の報道が間違いとか名誉棄損で訴えたと言う話は伝わっていない。なぜだろうか…。訴訟に持ち込む事がかえって自らを不利な立場に置きかねない…からか?理解に苦しむことだ。

 閲覧を許した地裁は「実名が明らかにされて一定の疑いが掛けられるとしても…公的地位にある者はその地位に関する事項についての調査批判は一定限度では甘受すべきであってその範囲は一般人より大きい」と『公人としての責め・義務』を指摘している。

 捜査権を持たない議会の調査では真相解明や真疑の判断は難しく、うやむやに成りかねない。それだけに疑惑議員の開き直りや「証拠がない」との言い逃れは許されない。

 まさに「政治家・議員の品格」が問われている。知事も疑惑議員も消えない県民の政治不信を払拭する上で重要な岐路に立っていることを改めて認識してほしいものだ。

 (3月27日・記)

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2008年4月24日 (木)

“折り鶴”を世界遺産に

フランスのサルコジ大統領が、フランス料理を申請すると発表した。
そういわれてみればフランス料理の手の込んだ調理法、ワインの薀蓄は大変長い歴史に裏打ちされているだけに世界遺産の価値はあるだろうと思えてくる。
それなら日本料理こそ世界遺産だといいたくなる。
中国料理だって負けてはいないだろう。
そうなると問題は、「世界遺産」ということをどう位置づけるかだ。
世界遺産は、
・文化遺産はすぐれた普遍的価値をもつ建築物や遺跡など。
・自然遺産はすぐれた価値をもつ地形や生物、景観などをもつ地域。
・複合遺産は文化と自然の両方を兼ね備えるもの。
として、危機にさらされ、後世に残すことが難しくなっているもの。
と規定されている。
その登録手続きは、日本の場合、文化遺産候補は文化庁、自然遺産候補は環境省、林野庁が主に担当している。これに文部科学省、国土交通省などで構成される世界遺産条約関係省庁連絡会議で推薦物件が決定される。
推薦物件は、暫定リストとして、外務省を通じユネスコに提出される。
とある。
存続のために世界遺産に登録する価値は大きい。
折り鶴に込められた“平和の願い”は、いつも危機にさらされている。
そんな人々の平和への思いを消してはいけない。
広島に届けられた折り鶴を世界遺産にすべきだ。
「折り鶴は、広島に届けられたその瞬間から世界遺産になる」
その仕掛けが必要だ。

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2008年4月23日 (水)

リニア新幹線

JR東海が、東京・名古屋間を40分で結ぶリニア新幹線を建設したいとぶちあげた。
工事費5兆円は、全額自社で負担するというから凄い。
40分で結ぶというのも凄いが、工事費を国に頼らず、自分で何とかするというから、たいしたもんだ。
しかしもう既にルートを変更しろとか、途中に駅を作れとかの動きがあるようだ。
政治が介入すると碌なことがない。
税金を使うということになると、そうした意見に振り回されることになる。
JR東海は自分でなんとかするというんだから、自由にやらせるべきだ。
1km当たりの建設費は、平均すると150億~200億円と試算している。
大阪の地下鉄井高野~今里間、11.9KMの建設費は2,718億円というから、その地下鉄の建設費より安い。
都心の工事は道路とのとりあいとか、深夜の工事とかお金がかかるが、今回は直接工事費だけ考えればいいから、安いのだろう。
飛行機の速さで地上を走ったら、何か怖そうだが、でも飛行機だって、あんなでかいのが浮き上がって、飛ぶということのほうが、怖いといえば怖い。
ガタンと凄いショックで着陸するときなど、椅子にしがみついてしまう。
よく事故も起きる。
現にそれが理由で、飛行機には一切乗らないという人は、私の友人にも何人かいる。
彼は海外旅行はしないし、東京から徳島にいくのに、新幹線で岡山までいき、そこから電車に乗り換えている。
それはそれは涙ぐましい努力をしている。
傍からみれば滑稽ですらある。
でも本人は本当に怖いのだ。
私だって飛行機は怖い。
自分は事故にあわないだろうと、信じているだけだ。
飛行機は1機当たりの乗客数に対し、パイロット、スチュワーデス等が多すぎるようにも感じる。
新幹線の輸送力に比べたら、効率は悪い。
地球環境的に見ても、重力に逆らい空に上がった飛行機を飛ばすのは、石油を空にぶちまけているようなもんだから、それもおかしい。
昔習った電磁石の原理で、ちょっと浮かせた列車を走らせるのは、軌道から抵抗が全く受けないのだから、それは理に適っている。
リニアの技術を支える超伝導の技術開発も進んでいる。
当然、地球環境的にも好ましい。
殆どの区間が地下40M以上の深さであるため、1番時間がかかって大変な土地買収の問題もない。
あとは騒音とか、発生する気流をどうするか等より感覚的問題だろう。
最大の問題は工事費がかかりすぎ、収支があうのかという心配があるが、それだって自分でなんとかするというんだから、余計な心配だ。
官でやると、大体予算の数倍かかるのが当たり前だが、今回はそんなことはないだろうし、かかってもJR東海の問題だ。国民がそのつけが回ってくる心配はなさそうだ。
そんなに急いでどこ行くのという感じがしないでもないが、飛行機に比べたら、リニア新幹線は、全ての面で理に適っている。
18年後の2025年の開業を目指したいというが、意外と早く実現しそうだ。
上手くいけば、次は、大阪、広島、博多を通って鹿児島まで繋げればいい。
その次は、対馬海峡を渡って、韓国にまで伸ばせばいい。
リニア新幹線は面白そうだ。
JR西日本は何かというとすぐ、「飛行機に、敵に塩を送るようなことはしたくない」という。
そんなケチなことをいうのは、もう止めたほうがいい。
国内はリニア新幹線と新幹線で結び、飛行機はすべて国際線にするというくらいの大らかな発想をして欲しい。
「JR東海」頑張れー!!!

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2008年4月22日 (火)

県庁の生垣

県庁を囲んで生垣がある。
綺麗に手入れされ、大変美しい。
生垣は、CO2削減にも大きな効果がある。
生垣は、日本が世界に誇る技術であり、芸術作品ともいえる。
そんな生垣を、私は好きだ。

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しかしこの県庁の周りの生垣は、果たしてあったほうがいいのだろうか。
お城の城壁は敵から守るためには絶対必要だ。
住宅の塀は防犯上あったほうがいい。
覗かれるのもあまり気持ちのいいものではない。
そのためにも塀はあったほうがいい。
しかし通常オフィスビルに垣根や塀はない。それで充分用は足りている。
県庁だってある種のオフィスビルだといえる。垣根がなくても困ることは全くない。
この生垣も防犯の役目を果たしているとか、覗かれないようにしているとかの役目を果たしているとはとは思えない。
新しく増築された市民病院には塀がない。
塀がないことで、逆に明るくなった。
親しみやすさも感じる。
県庁脇の生垣もこの際、取り払ったらどうだろうか。
そのほうが、県庁の前の庭も見えるようにもなる。
県庁前の生垣で囲まれたところに庭があるが、鯉城通りからは見えない。
もったいない。
生垣がなくなれば、手入れの費用もかからなくなる。経費の節減にもなる。
生垣はCO2削減に役立っているって?
それなら移植することを条件に、ネットオークションで県民に分けたらいい。
県の収入にもなる。
或いは、白島以北の太田川の堰堤部分に、植え替えてもいい。
造ったときには、それなりの意味があったのだろうが、見直すことも必要だ。

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2008年4月21日 (月)

民間駐輪場の増設を!!!

 夫婦とも自動車の免許を持たない為街中のマンションに暮らし30年、終の棲家となろう。
大抵は15~20分歩くと用事は足りる利便性と大通りから一本ずれた立地は意外に静かで住み心地は良い。少し遠くでも自転車で20分も行くと南区、東区、西区まで足が伸ばせるので自転車は離せない大事な足代りとして重宝している。

 広島市は各ターミナルから自転車を足に通勤するサラリーマンも多く市営の駐輪場は好評だが規制区域を少し離れると放置自転車が目立つ。市は4月から新たに小町と富士見町に駐輪場を新設したが中心部の商店街等の放置自転車も撤去とのイタチごっこだ。かく言う私も過日お世話になってしまった。

 先日、知ってはいたが初めてパルコの駐輪場を使った。地下二階のスペースはバイクと自転車900台を収納できる。買い物をすると駐輪サービス券をくれる。買い物をしない人が利用した場合は100円で市営と同額だ。驚いたことに、同じ日東急ハンズにも駐輪場があることを知った。更に時々使う紙屋町のクレド地下の駐輪場(1,000台)も民間である。

 放置自転車は歩行の妨害になるだけでなく著しく街の美観を損ねる。放置規制区域内の市営の駐輪場は旧市内だけで約1万台分ある。これに民間の2,000台余が加わる。
 それでも無くならない放置自転車の対応は取り締まりの強化と言うことになるがこれも結構手間と経費がかさむ事業だ。特に目立つ放置は中心部のデパート周辺だ。各デパート商店街も集客のために競って専用駐車場を設置したり特約の駐車場を確保している。
 
 そこで、放置自転車の追放にデパートやスーパーはパルコ型の駐輪場を設置して放置自転車の追放に一役買うよう促したい。売場を少し削っても駐輪場の設置は省エネや温暖化防止の環境対策にも貢献できることを経営者は自覚して責任を果たすべきではなかろうか。
 市の財政を助ける上でも商工会議所が音頭を取って働きかける必要がある。
それこそが「都市の格」を上げる民間活力による街造りとして大きな力になると思う。
如何なものでしょうか。

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2008年4月20日 (日)

政治家の品格

 書店の店頭に「品格もの」が目立っている。数学者で作家・新田次郎、藤原ていさんの二男・藤原正彦氏の「国家の品格」がミリオンセラーになって以来「女性の品格」が700万部を売って、いま「品格」が著作ブームになり、『さまざまな・品格』が問われている。

 “品格”を辞書で引くと「人・物に備わった品。人・物に感じられる気高さ上品さ、厳
かさ」とある。人や物に備わった気品・品位・上品さのことで、相対する言葉は下品、野卑、粗野、下劣、卑怯、卑しい、ゲスなどがある。

 藤原氏の品格は「…日本は世界で唯一の『情緒と形の文明』である。国際化と言う名のアメリカ化に踊らされて来た日本人は、この誇るべき『国柄』を長らく忘れてきた。……いま日本に必要なのは、論理よりも情緒、英語よりも国語、民主主義よりも武士道精神であり、『国家の品格』を取り戻すことである。…」と説くが、さて…

 品格を問われる人は多いが先ずは公人であり何といっても政治家だろう。
 最近、度重なる好き放題発言で議事録削除が相次いだ大阪府の橋下知事もその一人だ。
 「何で罪を犯した少年に莫大な税金をつぎ込まなきゃならないんだ」という著書の一節を批判した民主党議員に「一つの言葉だけをひいて答弁を与えないような大人になって欲しくない」とぶ然とし、共産党府議には「主張を通されたいなら多数派を取ってからぶつけて頂きたい」。「教育委員会に命じる」と知事権限を超えた答弁など居丈高で敵対的な姿勢は専ら野党議員を対象に発していると言う。
 議員は自分の政治スタンスに立って発言・行動するが首長は行政の責任者として公平公正なスタンスに立つバランスが求められる。そこを履き違えると橋下発言になり正しく品位に欠ける「知事の品格」を汚す事になってしまう。

 広島県知事もその「品格」を問われて久しい。知事の政治資金疑惑が表ざたになって2年を過ぎたが何の変化も見せずその座に座り続けている。県議選では批判的立場をとりながら当選後は「不正をつかみ切れない」と言い訳する知事を支持して何も注文すら付けない議員たちも知事同様に「政治家としての品格に欠ける」人たちではなかろうか。

 「政治家の品格」と言えばいろいろあろうが(1)嘘をつかない(2)不正を働かない・許さない・利益誘導しない(3)威張ったり権力を振り回さない(4)国民市民のために働く(5)ことの是否を明確に示す…。極めて普通の人間的なことを守れるかどうかだ。しかし、政治家には何よりも「自分の発言と行動に責任を持つ」と言う政治倫理観が求められるのは当然だ。
 この国の政治家にその「品格」を求める事は無理なのだろうか。

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2008年4月19日 (土)

議員の日当制

 「合併しない宣言」で知られる福島県矢祭(やはぎ)町が町議会の議員報酬を月額制から議会へ出席ごとに実費を支給する「日当制」に変更して初めての選挙が3月23日に実施される。議員の日当制は勿論全国で初めての取り組みで、地方議員や議会のあり方を大きく変える可能性があるだけに財政難に悩む自治体に少なからず影響を及ぼすものと関心を集めているようだ。

 鳥取県の江府(こうふ)町は住民が町議会に日当制の導入を求める直接請求の署名を町選管に提出した。有効であれば4月の議会で審議される見通しだと言う。

 矢祭町は人口6,500人余の町で平成13年に、合併で山村が見捨てられると「合併しない宣言」をして、財政難の中でも行政サービスの水準を維持しながら生き残って行く為の独自の経費節減を進め「子どもを大切に」「郷土愛」を育む自治体条例で注目を集めている。

 その矢祭町が打ち出した議員日当制は月額20万8千円の報酬を廃止して議会に出席ごとに3万円を実費支給する。本会議と委員会以外に成人式や出初式など町の行事への参加も出席扱いにし、年間30日で90万円の報酬を払い2,500万円を節減する。議員が専業化出来ない分は土曜や休日、夜間の議会開催も考えているようだ。
 「普段の地道な活動が評価されない」「副収入のない人は生活できない」のど反対意見もあるが「本来、議員職は志のある人のボランティア、給与が保障されないと議員にならないと言うのはおかしい」が大勢だ。

 議員の給与は同じ公費だが国会議員は常勤の特別職公務員で「歳費」と呼ばれ“給与”の意味、地方議員は非常勤の特別職公務員で「報酬」と呼ばれ“仕事をした御礼の印”として扱われてきたが、条例で定めれば“費用弁償や期末手当”も受け取れる。いずれの決定も議員自ら出来る特権であり、時として「お手盛り」になる場合もある。

 財政が苦しい自治体でも4年に一度の海外視察で一人当たり100万円前後の浪費?が指摘されるケースがある。議員は法律や条例を提案・立法する事が大事な役割の一つだ。4年間で1件の提案も無い議員は多く、不必要とは言わないが議員特権の様に国内視察に出かかるのが当然と考えている議員も多い…ようだ。
 議員定数の削減や費用弁済の圧縮など広島市議会などでも改革が進められているが何もしないで歳費をむさぼる『唾棄』議員も少なくない…と言う説もある。

 世襲議員が問題視された時期があった。能力より「地盤、かばん、看板」が物をいう時代ではない。しかし、世襲議員は国会をはじめ地方でも減少してはいない。まだまだ利権やうま味があるのだろうか。改革すべきは何なのか?
 議員の日当制は下手をすれば議会の衰退を招きかねない。

 片田舎の町会議員の日当制が全国津々浦々の自治体に当てはまるわけではない。
 しかし、矢祭町の取り組みが「道州制」導入?にもましてこの国の基礎自治体のありかたを見直す大きなヒントを秘めていることは確かだ。推移を注目したい。(3月19日)

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2008年4月18日 (金)

道州制の<是・非>

 政府の「道州制ビジョン懇談会」が10年後をめどに道州制に移行する案をまとめた。
新年度からまた「道州制」をめぐる議論が国会や自治体で始まるようだ。

 道州制とは全国47都道府県を北海道と地域ごとに全国を10前後の広域自治体の州に再編する新しい地方行政単位で、小泉内閣時代の地方制度調査会の答申に対応する措置だ。
 国の仕事は外交や安全保障、金融、経済政策などに絞り、その他は地方に任せる。現在の市町村は自治体とは名ばかりの3割自治と言われているが、道州制では市町村を更に合併して行政の体力?をつけ、基礎自治体として10割自治を目指す…と言う。
 
 その真の狙いは…国も地方も借金漬で首が回らなくなっている。国の財政は歳入と歳出の差が毎年40兆前後あって、赤字国債で補っている。行政構造の大改革で国も地方も財政再生を図る…と言うのが最大の目標だ。言い換えれば住民から遠く離れた霞が関の中央官庁からでなく、出来るだけ仕事の権限や財源を住民に近い地方に下ろしていく「地方分権」の考え方と言われている。但し、なぜ赤字体質が生まれたか?の原因を徹底的に追及・分析することを忘れてはならない。

 道州制に移行すれば平成の大合併をした現在の1,800の自治体は更に最小300自治体まで合併を余儀なくされることもありうると言う。広島県に当てはめて考えると87市町村が現在の23市町になりやがて3~4市になる運びだ。広島市に備後市、備北市、安芸市?と言ったところだ。
 そうなった時には道州は不要になる。道州制は廃止されるだろうか。それなら秋葉市長のいう「広島市は都市州になる」ということを最初からやった方がいい。

 都道府県や市町村との二重行政の無駄をなくして国が握っている権限や財源を自治体に移すのが狙いであっても中央省庁の官僚たちが権限や財源をやすやすと手放すだろうか。
 また今でも合併で行政サービスが低下し「限界集落」が増え、どんどん消えていく状況がある。それにも関わらず、都道府県と基礎自治体の合併に終われば歳出削減は進んでも自治体圏は拡大するだけで、自治体の衰退は一層進む危険性があると思う。
 
 道州制のメリット<是>もデメリット<否>も夫々沢山あると思う。政府はそれらをすべて出し切って国民に見える形で議論を深め、国民投票で<是非>を決する覚悟が必要だ。
 ただ、この国と自治体の借金を消す為だけの改革だとすれば国民が背負う負担と犠牲が大きく、受け入れられず、過去に何度も出ては消えた論議の繰り返しに成りかねない。

 10年後に道州制が導入されて良いかどうか?今の行政機構に間違いなく問題は多い。
 私は何よりもまず全国の各ブロックにある国の出先機関を廃止して国の二重構造廃止を手始めに都道府県の枠組みをどうするのか、市民レベルの議論が必要だと考える。
 あなたはどうお考えですか。

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2008年4月17日 (木)

賑わいは岡山駅前の地下街にあった。

久しぶりに岡山市の街を歩いた。
歩いたのは、初めてといったほうが正確だ。
以前に、何度も来たことがあるが、車で通っただけだ。
しかし歩いてみてわかった。
岡山の街は、歩くようにはできていない。歩いて楽しい街ではない。
岡山駅、後楽園、県庁、市役所、岡山医大等の主要な施設は距離的には歩いていける範囲にあるが、市内のあちこちに散在し、とても歩いて行く気にならない。
通りは広く、どこにいくにも、車でいくことを前提にできているから、だれもが車でいく。
広く立派な通りが出来ている割に、交通渋滞が酷い。
住宅地も郊外に拡がっているから、皆車で通勤してくる。
それがまた都心の渋滞に拍車をかけている。
街の道路は格子状になっているから、解りやすいはずだが、岡山駅が斜めに入っているため、駅を降りてから、歩き始めると、意外と方向音痴になる。
古くからある表町商店街は、かなり長いアーケードもあるが、そのアーケードが返って通りを薄暗くし、暗い雰囲気の通りにしている。
シャッターを降ろしている店もある。商店街には賑わいはない。
この表町商店街は岡山市の最大の繁華街であるが、その衰退に歯止めがかからない。
市が行った06年3月の休日の通行量調査では、中心の天満屋岡山店前で15,929人/日である。
10年前に比べ、66.88%にも減った。半減に近い。
447店舗のうち、この1年半の間に11店舗も減った。
こうした現象はこの表町商店街だけではない。
駅から東に伸びる駅前商店街(67店舗、208M)、駅西側の奉還町商店街(205店舗、800M)でも同様の現象が起こっている。
何事もそうだが、減少傾向というのは気が萎える。

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しかし賑わいがどこにもないわけではない。
賑わいは岡山駅の地下街にあった。
しかし地上の駅前には人通りはない。
地下街にいくら賑わいがあっても、どうもそれは街の賑やかさにはならない。
この地下街もどこかつまらない。
どこにでもある郊外のSCと同じだ。どこにでもある地下街だ。
そこには歴史も文化もない。
地下街は街の一角には欲しい施設だが、街の全てではない。
岡山市には、バーやクラブ、それに風俗のお店等のいささかいかがわしいお店の集まった歓楽街もない。
そんな類のお店は岡山駅の前と、表町商店街の裏とに分散してしまっている。
そのせいか歓楽街といえるほどの規模にはなっていない。
車で生活する街では酒を飲んで帰るとなったらタクシー代もバカにならないから、そんな歓楽街はできないのだろう。
悪所も街を構成する重要な要素だということがよくわかる。
岡山駅は岡山市最大の交通拠点である。
その交通拠点に賑わいは吸い取られてしまったようだ。
公共交通機関の拠点であることは、今の時代にあっても、商店街成立のための必須の条件であると、以前広大の奥村教授がいっていた。
中心市街地にとって、アストラムライン、バスセンターの公共交通機関の果たす役割は大きい。
100M毎に停留所のある広電は、それこそ街の「動く歩道」だ。
ちょっと前まで、都市は膨張することを前提に考えられてきた。
その当時は、これからは車社会だともいわれてきた。
岡山市は平地が多く、将来の発展性は高い。
比べて広島市は平地が少なく、道路網の整備も遅れ、将来性はないといわれていた。
そうした時代に相応しい都市は、岡山市だと持て囃された。
しかし岡山市は、街は膨らんだが、代わりに賑わいを失った。
今岡山市は、いかに街を縮小するのか、コンパクトな街にするのか、歩いて暮らせる街にするのかの課題を抱えることになった。
そんな岡山市のお手本は、広島市にある。

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2008年4月16日 (水)

2020ビジョン 核なき世界

今回のアメリカの大統領選で、オバマ候補は「核兵器が存在しない世界を探求していく」といい、クリントン候補も「あらゆるオプションから排除するであろう」と発言している。
そのオバマ候補が、次のアメリカ大統領の最有力候補に浮かび上がってきた。
昨年には、シュルツ元国防長官とキッシンジャー元国務長官が「アメリカの核放棄」を提言した。
冷戦時代に、世界をリードした政治家達が、核廃絶を言い出すとは思ってもいなかった。
広島市の主催するアメリカ各地での被爆展でも、以前と違い、共感を示す人々が増えているという。
大きな変化が起こりつつあることを感じる。
広島市、長崎市の被爆者たちが先頭に立って、地道に、核の恐ろしさを訴え続けてきたことの成果だ。
しかし今環境問題と石油資源の枯渇という両面から、原子力発電が見直されている。
世界の原子力発電所は、今計画されているだけでも数百基、その総額は4兆円にもなるという。
その殆どのシェアを日本の東芝、日立、三菱重工が抑えているのだという。これはまた驚きだ。
石油のない日本は、原子力発電に頼らざるを得ず、少しずつ技術開発をし、建設を進めてきた結果、こういうことになったのだという。
原子力発電所の建設は、即核開発に繋がりかねない恐れがあるということで、日本の政府も契約に当たっては、相当に苦心しているようだ。
核問題における日本の存在は、意外な面で大きくなっている。
北朝鮮のような国もある。
チェルノブイリのような例もある。
イランも核開発を進め、核保有国は増える傾向にある。
核をただ単純に、すごく大きな威力の爆弾としてしか認識していない人も多い。
世界のリーダーの多くは、核廃絶が可能だとは思っていない。
平和市長会議は、核兵器廃絶の緊急行動「2020ビジョン」を起こし、ここ3年間で急速にその支持を拡大し、1月末で世界の加盟都市は、国内68都市を加え、2,125都市になった。
核を持つのは国だ。
都市は核を持たない。
都市はただ一方的に被害者になるだけだ。
平和市長会議の「核廃絶を目指す都市のネットワークづくり」の役割はますます重要になってきた。
広島市の憲法ともいえる広島平和記念都市建設法の第6条には、(市長の責務)として、「広島市の市長は、その住民の協力関係諸機関の支援により、平和都市広島を完成するために、不断の活動をしなければならない」と書かれている。
広島市に、じっと留まっていては、平和都市・広島を創ることはできない。
広島市長の世界的レベルでの活動が、益々重要になっている。
広島市民はいまこそ、広島市長の活動を応援すべきだ。

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2008年4月15日 (火)

アジアに目を

サンフレッチェはJ2に落ちたが、J2復帰に、まずまずのスタートを切った。
しかし、サンフレッチェ広島の経営内容を見てみると寂しい限りだ。
18年1月期の収入は23億円、1.6億円の赤字だという。
デオデオが全面的に支援してなんとか凌いでいるという状態だ。
これで強いチームを作れというのは、いささか虫がよすぎる。
日本のサッカーチームで、1番収入が多いのは浦和レッズで、総額70.8億円である。
Jリーグの中では断トツのトップだ。
内訳は、入場料収入 25億円、広告、スポンサー料収入 22億円、TV等の放映権料収入 6.8億円である。
イタリアのACミランは、なんと総額約380億円である。
それでもヨーロッパでは6番目だ。
内訳は入場料収入48億円、TV等放映権料収入246億円だ。
ACミランと浦和レッズの収入を比べると、入場料収入は1.9倍とそれほど違わないが、放映権収入は36倍と大きく差が開いている。
ACミランはメデイアからの収入が際立って多いことがわかる。
ヨーロッパのチームにとって、試合会場にきた観客よりも、メディアを通しての観客=バーチャルな観客のほうが経営上より重要だということである。
日本にも、ヨーロッパのサッカーが放映されている。
Jリーグも、バーチャルなマーケットをもっと大きく育てるべきだというのは明らかだ。
どうすればいいのだろうか。
イタリアの人口は5,800万人だが、サッカーリーグのフアンは、国内2,500万人、国外3,500万人だという。
フアンの6割は国外である。
バーチャルなマーケットは国内だけではなく、海外にある。
日本にとっては、国外とはアジアだ。
中国13億人、インド12億人、インドネシア2億人、日本が1億人とアジアだけで30億人以上が住んでいる。
EUの人口は4.5億人であるから、アジアにはEUのより7倍近い人口がいる。
アジアの経済力も急速に発展している。
アジアをマーケットにした戦略を早急に立てるべきだ。
サンフレッチェがその魁となったらいい。
そのためには、いくつかの策が考えられる。
①サンフレッチェはアジアの選手をどんどん入れるべきだ。
ドイツは外国人枠を撤廃したという。
逆にドイツ人枠を作り、ドイツ国籍の選手が12名いれば、他の選手の国籍は問わないことにした。
そうしたこともあって、今ドイツで活躍する日本人選手は小野はじめ4名になった。
日本人選手の獲得は、新規フアン獲得の思惑からだという。
朝青龍、白鵬はじめモンゴル出身の力士は多い。
モンゴルでは相撲人気は大変なものだという。
バーチャルなマーケットを創るには、まずその国の選手を入れることだ。
サンフレッチェは、中国、シベリア、インドネシアから選手を入れたらいい。
②既にアジア選手権はあるが、それに加えて中国、インドネシア、韓国、シベリアを含めたアジアリーグを作るべきだ。
やみくもに強いチームとやって、負ける試合を見ても面白くない。
同じレベルのチームとの真剣勝負のほうが面白い。
アイスホッケーではすでに始まっている。
日本のアイスホッケーリーグは、バブルが崩壊したあと、スポンサーが減り、チーム数が減って、リーグが成り立たなくなったことから、韓国、シベリアのチームを加え、アジアリーグをスタートさせた。
スポーツの国際化は急速に進んでいる。
日本人は、いまだ脱亜入欧の感覚から脱皮していない。
サンフレッチェ広島は、アジアに目を向けた戦略を創る魁となって欲しい。

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2008年4月14日 (月)

飛び出せ「ザ広島ブランド」!

 少し前のことです。スーパーでおいしそうなマンゴーを見つけました。
 1個395円、「安い!」ためらわず篭に入れました。レジで?今日の買い物は少し高いなと感じましたが家へ帰ってビックリ。あのマンゴーは東国原知事推奨の3980円の代物でした。女房殿には内緒で皮をむきました。
 いま、スーパーの果物売り場の主役は、いちごです。
 とりわけ、福岡産の「あまおう」は少し値は張りますが、味は抜群です。さてこの「あまおう」今海外で圧倒的な人気だそうです。「あまい」「まあるい」「おおきい」「うまい」の頭文字をとったそうですが、「甘王」とかけているに違いありません。タイ、シンガポール、アメリカなどに輸出され、セレブの人たちが競って買い求めるそうで、ちなみにタイで1パック「3,000円」ロシアでは「6,000円」であっという間の完売だそうです。

 このたび、広島が誇る味の名産が指定されました。「ザ広島ブランド」と名づけられた20品種で広島市長から認定状が授与されました。97の申請品から選ばれた一品です。「お好み焼き」「ソース」「広島菜」などおなじみのものが大半でしたが「だんごの粉」など初めて耳にしたものもありました。中小企業ならではの努力の産物で、生産者は「おいしい団子汁に挑戦してほしい」と話していました。こうした名産は、これまでの知名度と自慢の味で安定した市場を維持できると思います。でもあの「マンゴー」や「あまおう」にヒントを得るなら国際市場に打って出るだけの商品価値に高めることも夢ではありません。
 
 以前、韓国のお客さんに、かきの土手鍋を食してもらったことがあります。
 彼は「おいいしい」といいながらも「七味」を振りかけて食べていました。
 この「かきの土手鍋のタレ」ですが、少し甘みを落として「コチュジャン」を加えたら韓国向けの味にならないだろうか、などと考えるのです。
 大長みかんに図抜けた品種が開発されたと聞きました。海外を目指したらどうでしょうか。
 「ザ広島ブランド」に大きな期待を寄せています。

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2008年4月13日 (日)

広島に名物朝市を

 この時期になるといつ出かけようかと「そわそわ」します。ここ何年になるでしょうか、土佐の朝市が私を呼んでくれます。
 高知城の追手門から延びる街路に延々とならぶ出店は300年の暦を重ねてきました。朝取れた「新鮮な野菜」「手作りの惣菜」「名産のフルーツトマト」「文旦」「各種漬物」「干物」「植木」はては「刃物類」「ペット」まで並んでいます。
 宿泊費と高速料、ガソリン代など数万円の経費をかけて、数千円の買い物に終日うつつをぬかすのです。費用対効果を考えるなら、とんでもない買い物ですが、そこは前夜にかつおのたたきでたっぷり飲み、買い物のあとは観光をして帰りますので元はとれているつもりです。去年の買い物は、「文旦10個入り」の袋詰め幾つかと「山椒の苗木」「漬物」「箱入りフルーツトマト」「土筆」などでした。車のトランク一杯でした。

 広島でも最近、百米道路の日曜朝市が評判です。でも小さな建物を中心としていますので、限られた空間でいまひとつ盛り上がりにかけます。消費者と生産者のふれあいの場である「市場」は商売の原点です。なんとかこの広島で新しい名物となるような大きな「日曜朝市」ができないものでしょうか。
 広島城の入り口、中央公園あたりを会場として、近郊の農家から採れたての野菜や漬物や田舎料理が山積され、「ザ広島ブランド」の商品も並ぶ…そんな市場ができれば新しい広島名物にもなるでしょう。近県からの新しいツアーも期待できます。近郊農産地のインセンティブも高まるでしょう。
 
 毎年秋に広島城で行われる「フードフェスタ」は、似た企画ですが、大半はその場で食べて楽しむ「祭り」の色彩を帯びています。でも朝市は、安くて新鮮で時には掘り出し物の食材を楽しく選ぶことのできる生活の延長の場で、身構えることもなく気安く望むことができます。つまり日常の延長で週1回ワクワクできるのです。
 生産者と消費者の息遣いやパワーがあふれる「広島名物朝市」…目に浮かびます。

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2008年4月12日 (土)

広島クリスタルプラザ

平和大通りに面して立つクリスタルプラザは、道路に対して45度振ったこともあって、独特の景観を作り出している。
地上20階までの、全面ガラスの外観もなかなか綺麗だ。
広島のシンボルになっている。
しかし1階の広場はちょっと薄暗く、前にある平和大通りとの連続性もな区、寂しい。
ANAホテル前の小さな庭が平和大通りと上手く連続しているのと比べれば、もうちょっとやりようはあったろうにと思う。
大きな広場は公開空地になっているが、殺風景なコンクリートの広場になってしまっている。
大きく張り出している低層部も、床があるわけでなく、角隠しのように中は空洞になっている。
その角隠しのような壁がかえって広場を暗くしてしまっている。
造型的には様々の工夫がされているが、どう使うかということについての配慮がもっと必要のようだ。

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潤いと賑わいを創りだすためにも、この広場で、NHKビルの広場で時々行われるようなイベントをしたらいい。
今女性に人気のスティックファクトリーにオープンカフェをさせてもいい。
公開空地は、以前は、文字通り公共の用に供する場所として、その使い方がかなり強く規制されていたが、最近はかなり弾力的に運用されるようになった。
あの大きな角隠しのような壁も取り払ったほうがいい。 
そのほうが、かえって気持ちのいい広場になるだろう。
自ら賑わいを作り出す仕掛けが必要だ。
現状は、一番賃料が高く、稼げるはずの1階が死んでいる。
1階に事務所はいただけない。
1階を使っての賑わいつくりが、この土地の地価を創りだし、建物の価値を高めることにもなる。
地価が上がれば、自ずと賃料アップにもなるだろうし、稼働率もよくなる。
このビルが建設されたのは1992年というから、バブルの遺産といえば言えるが、建設費などで借り入れた92億円のうち、15年たっても16億円しか返済できていないという。
2022年の信託期間終了時になっても、借入金が79億円も残っている見込みだという。
ちょっと恐ろしい数字だ。
現在の入居率は90.3%というから、そんなに悪い数字ではない。
当初計画では98%を見込んでいたというから、それがちょっと甘すぎたというべきだろう。
収支の改善のためには、借入金の金利引き下げ等幾つもの策がとられるだろうが、まずは、もっと魅力的なビルにすることが必要だ。

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2008年4月11日 (金)

出版詐欺

自費出版の詐欺が急増しているという。
平成18年度には216件と倍増したという。
年をとると、「自分のやってきたことを、本にして残したい。そして、多くの人に知ってもらいたい」という思いが強くなるようだ。
「あなたの作品は素晴らしい、感動的です。書店に置けば必ず売れます」というようなことをいわれると、ついその気になってしまうようだ。金を払ったら、ドロンというのが落ちらしい。
そんな誉め言葉で勧誘する営業マンは、その実、その作品を全く読んでいないというから、これまた酷い話だ。
そんな話を聞くと、その人たちも、ブログを書けば、そんな欲求は満たされるますよ、いいたくなる。
ブログなら、何百万円なんて費用はかからないし、時間と気力があれば、誰だって書ける。
それも色つきで、いくら膨大な量になっても大丈夫だ。
具合が悪いところがあれば、後から訂正だってできる。
仲間を誘って一緒にやれば、その面白さも倍加する。
本では、読者の反応ということはなかなか期待できないが、ブログは、即反応が現れる。
誉められもするが、貶されたりもする。
先日は私の書いたブログの書き込みに『いつも「ふむふむ」とか「そうなんだ~」と言いながら拝読しております。私がコラムから受けた感動を活性化委員会の皆にも共有したくて、ブログで紹介・引用させていただきました。お気に障られなければいいのですが、もしご迷惑ならおっしゃってください。すぐにブログから取り下げますので。これからもコラム楽しみにしております。』ということが書きこまれると、これはもう感激だ。
ブログを書く人は、皆この刺激に嵌ってしまうようだ。
もちろん酷い書き込みもある。
そんなのは読まないことにすればいいと誰かが教えてくれた。
四六時中ブログを書き、書き込みに返事を書くためにパソコンから離れられなくなる人もいる。
ブログ中毒である。
これもまた困ったことだが、まあご勝手に、というわけだ。
通常、本は2,000部売れれば成功だといわれるが、ブログだと、1日の読者数がそのくらいのブログは沢山ある。
このブログはそんなにはないが、それでも、まだ1年も経たないのに、PVはすでに7万件を越えた。
つまり読者が7万人以上になっているというわけだ。
もっともこの数は1ページを読んでくれた人の数ということでもある、1冊の本が500ページとすれば、読者は140人ということにもなる。それだって凄いことだ。
改めて、このブログの読者の方々に、感謝したい。
というわけで、余計なお節介だが、自叙伝の出版を考える前に、ブログを書く、HPを作ることをお勧めしたい。
ブログで人気になった小説が、携帯小説として出版され、ベストセラーになった例もある。
本には、本のよさがあることは確かだ。本を出版するのは、それからだっていい。
ブログを書くのは、頭の体操にもなる。
指の運動にもなるから、健康にもいい?
ボケ防止にもってこいだ。
ボケてなければ、出版詐欺になんてかからないって???

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2008年4月10日 (木)

太田川ゴルフ倶楽部

先日、久しぶりに太田川の河川敷のゴルフ場にいった。
河川敷に造られているゴルフ場だから全くのフラットだ。
ショートホールが多く、トータルで3,916ヤードと距離は短い。
パー62と変則だが、それでも一応18ホールある。まあまあ楽しむには充分だ。

Photo

開設は昭和26年というから古い。広島ではもっとも古いゴルフ場の一つだろう。
そんな昔だから、河川敷に作ることができたのだろう。今では不可能なことだ。それにしてもよく作った。
河川敷にあるから、ちょっと台風がくると水浸しになり、泥を被ってしばらく使えなくなる。まあ仕方がない。
河川敷には、なにも建築物は作ってはいけないということになっているから、クラブハウスも堰堤の外にある。
コース売店は古いバスを使っている。建築物ではないということだろう。
紙屋町の交差点からクラブハウスまで、直線距離で5KMほどである。そのわりにすいている。
1人で来て、プレイする人も多いという。そんな気楽さがここにはある。
アウトコースとインコースの間は、真ん中にある川を舟で往復する。これはなかなか風情がある。
月曜と金曜は4,000円だ。練習場の料金とさして変わらない。薄暮、早朝の0,5Rの営業もしている。
近頃は女性のゴルファーが急速に増えているという。
ここなら、奥様が昼間プレイし、旦那が帰ってくる前には帰宅できる。
近頃は女性のほうがお金を持っている。
そんな女性客をもっと増やしたらいい。
そのためには、女性に好まれるよう、クラブハウスにしても、コース売店にしても、もうちょっとおしゃれにすべきだ。
料理もサービスももうちょっとだ。
この太田川ゴルフ倶楽部は、広島の大切な財産だ。大切にしたい。
都心のど真ん中にある。それだけでも価値がある。

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2008年4月 9日 (水)

海草からバイオ燃料

3月27日の朝日新聞に、地球温暖化対策で注目されているバイオエタノールを海草のホンダワラ類から作る研究がすすんでいるとの記事が載っていた。
「海草のホンダワラは、さくさくした食感とおいしさだけでなく、ホンダワラには、アルギン酸、フコイダン、多くのビタミン類やミネラルなど健康に良い成分が多く含まれていることが分かっており、健康食品、機能性食品としても注目されている。古くから丹後地方の郷土料理として様々に調理され食べられていた。丹後地方の特産品として養殖の研究がすすめられている」という記事を以前読んだことがある。
そのホンダワラを、バイオエタノールの原料にしようというのだ。
ホンダワラを養殖するためのロープを、広島県くらいの規模で、日本海の沖合いに設置すれば、日本のガソリン消費量の3分の1を確保できるという。
こりゃ面白い。
ネットで調べてみると、
「大国主尊の乗っている米俵になぞらえたもので、他にその形から、神馬の尾に見立てた神馬藻ともよばれている。神馬藻とも呼ばれる。山陰地方では「じんば」と呼ぶ海藻。学名はホンダワラでその若い芽をそう呼ぶ。多数の浮きがついており大きく成長して一部は流れ藻として海流にのりながら北上するものもある。その間、稚魚の格好の隠れ家となり豊かな海の恵みを育てる役割もはたしている。太古の頃より親しまれてきた海藻で縁起物のひとつ。いまでも子宝を祈って結婚式などの祝いの汁ものの実と使われ、正月飾りにも欠かせないもの。汁の実にするほか佃煮にも加工して食べる地方色豊かな海藻。一度味わう価値あり」と大変縁起のいい海草であるようだ。
「ホンダワラは、春に受精卵が発芽してから1年半の間は生長が遅く、数センチ程度にしかならない。2年目の秋以降急速に生長し、大きいものでは3m以上に伸長する。2年目の終わりから3年目の春に成熟し、成熟後は上部が枯れて付着器と茎部だけが残る。一部の個体では3年目以降も茎から新しい主枝を伸長させて翌年の春にまた成熟する。ホンダワラは雌雄異株で、春の成熟期になると雌性株は生殖器床(せいしょくきしょう)の中に卵を作る。」
「ホンダワラは、三陸沿岸を除いた本州および九州北部と四国北部の沿岸の岩礁域に分布している」とも書かれている。要するに、成長は早く、日本の周辺の海のどこでも養殖は可能ということのようだ。

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とうもろこし、大豆から作るバイオエタノールは、結果として食料の争奪戦と価格の高騰を招いている。
ブラジルでは、原生林が急激に減っているとも聞く。
大体食べるものを削って、エネルギーにするなんて発想はどうも好きになれない。
このホンダワラ計画にはそんな恐れはない。
海を利用するというのもいい。
上手くいけば、日本は1大エネルギー生産国になる可能性もある。
ホンダワラは未来永劫枯渇することもない。
地球温暖化対策にもなる。
この研究が上手くいって欲しい。
研究開発を進めるのは、三菱総研、京都府立海洋センター、東京海洋大のグループだという。
日本から世界に羽ばたく「神馬」が生まれるかもしれない。
他にも、世界中の池や湖に生息する「歩トリオコッカス」を培養し、抽出するという研究も進んでいるようだ。
どちらも、日本らしい技術開発だ。
こうした研究の成果を、何も日本だけで独占することはない。
世界中に広めればいい。

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2008年4月 8日 (火)

ジョン・レノンは米国に殺された?

 ビートルズのフアンでもなく音楽愛好家でもないがジョン・レノンを描いたドキュメンタリー映画[PECE BED アメリカVSジョン・レノン]の“アメリカVS…”に興味をそそられて見た。

 リバプールで生まれたジョンは母に冷たくされ叔母夫婦の下で「体制を恨んで育った…」と生育環境について冒頭のNAがふられる。やがて美術大に進み友人とロックバンドを組み、‘60年卒業の年にバンドを「ザ・ビートルズ」に改名する。たちまち人気グループになるが「ビートルズはキリストより人気がある」と言うレノンの発言が物議を呼んでレコード破棄運動やラジオの放送禁止が起き…ジョン・レノン伝説のストーリーが始まる。
 
 '66年、画家でもあるレノンは作品展を通じて前衛作家オノ・ヨーコと出会い、二人は急速に近づき、それぞれが離婚を経て'68年春に結婚し、2人の闘いが生まれる。

 映画はこれまで公開されることがなかったレノン・オノ・アーカイブの資料映像と30人余の証言とメッセージで『戦争・暴力を憎み平和を愛した人気絶大のミュージシャンが何故米国と言う大国を敵に回して闘わねばならなかったか。ニクソン大統領・FBIに何故危険人物とされ、国外退去命令を受けたのか』を解きほぐす。
 
 ベトナム戦争が泥沼化していた'68年「レボリューション」を発表した頃からレノンの自己改革が始まりヨーコとの出会いで拍車がかかる。新婚旅行先で「戦争する代わりにベットで過ごそう 髪を伸ばそう平和になるまで」と1週間をベッドで過ごし平和を訴える。
 また、レノンは「WAR IS OVER」と書いたポスターを制作しNYや東京など世界の12都市で掲示して反戦平和を訴える。そして「イマジン」の発表が彼の平和活動を後押しし米国内の青年を戦争反対へ動かす大きなうねりを作って行く。

 こうしたジョンの存在はニクソン政権の脅威になりFBIはジョンの行動を監視し電話の盗聴を進め、'72年に米国移民局は遂にレノンとヨーコに国外退去命令を出す。二人の新しい闘いは4年半に及ぶ。だが、再選されたニクソンやFBIは急速にジョンへの興味を失う。
二人は‘76年秋に勝利して自分と息子の誕生日に「米国永住権」を獲得する。

 '80年暮れ、著名なニュースキャスターのクロンカイトがTVの画面から「マンハッタンの自宅前でフアンを名乗る男にジョン・レノンが狙撃された」と伝え世界に衝撃が走る。
 狙撃の真相には触れていないが鑑賞を通じて、米国はジョン・レノンに永住権を与えることで結果的に葬ってしまった…?と思った。

 しかし、最後に語ったヨーコの「彼ら(米国)はジョンを殺せなかった。彼のメッセージは今も生きている」は強く印象に残る。

 反戦平和を唄ったミュージシャンは多くいた。しかし、今も歌い語り継がれる偉大な平和の伝道師・ミュージシャンはジョン・レノンの右に出るものはいないだろう。
ビートルズのフアンならずとも「ビートルズ」に興味を持ち同時代を生きた世代には一見の価値がある映画だ。

*映画上映のご相談は:広島映画センター     082-293-1119
                   E-mail : info@h-eigacenter.co.jp
yutakaniminoru@hotmail.co.jp
*発足準備中:<シネクラブ・ひろしま>の事務局も兼ねています
入会ご希望の方はお申し込み下さい

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2008年4月 7日 (月)

劇団四季「美女と野獣」ロングラン発進

 劇団四季の「美女と野獣」広島公演が2月17日スタートした。制作発表から7ケ月、待ちに待った初日のALSOKホールは時折舞い散る粉雪を吹き飛ばすような熱気と華やかな雰囲気に包まれた。

 大型ミュージカルのロングランは’01の「オペラ座の怪人」’03の「キャッツ」に続く第三弾で5年ぶりの公演になる。
 古くから伝わるおとぎ話をもとに構成された「美女と野獣」はディズニーの大ヒットミュージカル。’95に日本初上陸以来、3千回を超える公演で300万人を動員した人気作だ。
 『本の世界に憧れる美しい娘と醜い野獣に姿を変えられてしまった王子、二人を温かく見守る人たち…』が織りなす旋律と大掛かりな舞台装置、ダイナミックな演出が見る人を幻想的でロマンティックな世界に引き込む。
 鳴りやまないスタンディング・オベーション。繰り返されるカーテンコール。感動に包まれた、あっという間の3時間だ。

 閉幕後、市内のホテルでオープニング記念パーティーが開かれた。関係者招待者に出演者も参加して300人が華やかな雰囲気の余韻を味わった。
 「オペラ座…」の10万5千人「キャッツ」の15万5千人を超える動員にそれぞれの思いが寄せられ、劇団四季の佐々木典夫社長は4月末までの公演を6月までの延長公演で応える方針を示して盛り上げた。

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 俳優陣の中に4人も広島県出身者がいたのには驚いた。雲田隆弘さんは同郷の東広島出身、経済学部出の変わり種だ。「ライオンキング」や「王子と乞食」等にも出演している。
好きな歌とダンスの夢を劇団四季で実現できたと目を輝かせていたのは頼もしい。
 
 文化の東京一極集中を是正するため全国にミュージカルの感動を届けようと言う理念で始まった地方公演。広島の公演は40年になる。
 広島に元気と賑わいと楽しい文化の香りを運んでくれる「美女と野獣」。15万人を超える観客の動員で「広島の文化度のレベル」を示す成功を期待したい。

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2008年4月 6日 (日)

たばこ「禁煙孝」

 新聞で「厚労省は官公庁のトップを切って、屋内の喫煙室を屋外に移した」記事を目にした。先日、厚労省に出かけた機会にわざわざ「屋外喫煙所」を見てみた。環境庁や社保庁が同居する22階建ての中央合庁5号館の喫煙室はこれまで一階の喫茶室の隣にあった。「新喫煙所」は一階屋外の壁際、コンクリートのたたき20~30㎡に灰皿が7~8ケ所に設置してあった。職員と来訪者が入り混じってビル風の吹き曝しの中で吸っていた。

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 往路の新幹線は全車両が禁煙で数車両に禁煙ルームがある新車両だった。
 私は大病をした2年前までは1日3~4箱を吸うベビースモーカーだった。禁煙は病気のせいもあるが主治医の「タバコの害はガスをすうこと」の一言に納得したからだった。
 禁煙してしばらくの間はよくたばこの夢を見た。食事の後や一杯やっている時に深く吸い込んだ所で目が覚める。

 古来タバコは緊張を和らげストレス解消や生活を潤わす嗜好品として珍重された。
 日本に伝わったのは16世紀に鉄砲と共に渡来した節やザビエルが鹿児島へ持ち込み「花は霧島タバコは国分…」のように南から全国に普及したと言う説が一般的なようだ。

 歌舞伎や芝居には欠かせない小道具でチャーチルの葉巻、マッカーサーのコーンパイプはよく知られ「紫煙」と美化し「たばこは動くアクセサリー」のキャッチコピーもあった。

 たばこが著しく嫌われるようになったのは「タバコと癌」の因果関係が指摘されるようになった10年位前からだ。健康被害の報告も年々蓄積され今や「癌の素」扱いになって「禁煙」は世界的な流れだ。

 喫煙者を減らすには煙草の大幅値上げが効果的と言うことは海外の例を見るまでもなく良く知られている。千円にしたら70%を超える人が禁煙すると言う調査もある。であるのに何故?そこには税法上の問題がある。
 たばこに課せられた税金は60%余と一つの商品に掛る税金としては最も高く、毎年2兆2~3千億円あり、半分が県や市町村に入る。平成10年からは旧国鉄の30兆を超える借金を肩代わりする特別税導入で毎年2300~400億円を捻出している。市町村やJRにとってスモーカーは大きなスポンサーと言える。
 
 たばこ税が国の税収として確かな財源だったことは国が長年専売制度を維持してきたことでも明らかで、今も決して捨てられない財源である事に変わりない。
 道路特定財源の暫定税率問題で見られるように国の対応には杜撰でいい加減さが浮かび上がっている。税制と無関係な「喫煙規制」は如何なものだろうか。
 広島市も導入した喫煙規制地域の設定は一般社会的には受け入れられつつある。
 しかし、個人の嗜好品として扱われ国の大きな財源としてきた歴史を踏まえると国や自治体の一方的な禁煙規制は妥当なのかどうか疑問が残る。
 国によっては厳しい罰金制度を導入している所もあるようだが日本では税制上の問題を抜きにした規制強化は馴染まないのではなかろうか。
 
 厚労省の「喫煙室の追放」を見て環境庁を抱える役所が“後ろ指を指されない”為の偏狭なポーズではないかという思いを強くした。
 
 へ理屈と言われることを恐れずに言えば、何よりも煙草を国の税源にするかどうか、医学的にはより「癌の素=たばこと癌の因果関係」を明確にして違反者には厳しい罰則を科す…一本筋の通った「禁煙」を前提にした議論が求められよう。

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2008年4月 5日 (土)

国立の追悼平和祈念館の役割強化!! 

 国が広島と長崎の平和公園に建設した「国立原爆死没者追悼平和祈念館」の年度計画を検討したり意見を具申する運営企画検討会が今年も厚労省で開かれた。
 広島に建設されて7年長崎に出来て5年になる追悼平和祈念館は国が戦争や原爆の犠牲者に対して設けた初めての施設だ。「国として原爆死没者を追悼し平和を祈念し被爆体験を後代に継承すること」を目的に併せて「核兵器の廃絶」の決意を込めた『国立』の施設だ。

 施設設置の由来は国家補償による被爆者援護法の制定を求める被爆者に対して政府は個人への国家補償を避ける代案として浮上した構想で、国と被爆者の間には基本的な考え方に大きな開きがあった。双方で『戦争に対する国の責任』を巡る長い議論(7~8年)を経て『慰霊の場・情報の継承・国際的な貢献』の機能を持たせてスタートした。

 入場者は広島で年間120万人前後の原爆資料館の17~8%(19~21万人)、長崎で70万人前後の資料館の12~3%(8~9万人)と少ないが原爆資料館とは違って広島は死没者の名簿・遺影や被爆体験など資料や情報の収集と利用の拠点に、長崎は国際協力や交流の拠点として海外での原爆展などで特色づけた運営がされている。 

 特に長崎祈念館は昨年スペインのゲルニカ平和博物館で2ヶ月余開いた原爆展で1、6万人の来場者を得て今年は秋にベルギーのアントワープで2月間開く。アントワープ市は平和市長会議の加盟都市で2020ビジョン「核兵器廃絶のための緊急行動」の国際事務局が置かれEU・ヨーロッパにおけるキャンペーンの中心になっており、反響が期待される。

 会議では広島市が開催している米国の原爆巡回展や広島祈念館との連携でアジアなどでも年1回と言わず開催をすべきだと言う積極的な意見が示され、今後の課題になった。
 また、2つの館の情報が共有できるシスティムが4月から導入され、長崎で広島館の広島で長崎館の証言ビデオや展示手記などが相互に閲覧できるのは大きな前進で、これを機会に映像資料の強化も新たな期待が寄せられた。
 同盟国米国に遠慮して「核兵器の使用は国際法違反」といまだに言えない日本政府が、この追悼祈念館の事業として海外で「原爆展」を開いていることはあまり知られていない。
 上記の様に「もっと海外展の開催を!!」と言う声が上がったのは初めてのことだ。

 「国が主催する原爆展の海外開催」を多くすることは、当初国と被爆者の間にあった溝を狭める事が出来、本来の設置目的「被爆死没者の慰霊」『核兵器の廃絶』にも沿うものだ。
 広島長崎両市長や7者協に被爆者団体が「海外開催」の声を強める必要もある。
 世界に向かって「核廃絶」を促す上で国が海外で原爆展を開く意味は大きい。

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2008年4月 4日 (金)

映画「母べえ」に込められた“核廃絶の願い”

 昭和15年の東京を舞台に戦争に反対を唱える夫が思想犯として囚われの身になり、荒波に翻弄されながらも懸命に生きる母と娘を通して昭和の戦争を背景にした時代を描く。
 
 父と母、娘2人の野上家は、互いに「父べえ」「母べえ」姉の初子は「初べえ」妹の照美は「照べえ」と呼び合う家族だ。大学でドイツ文学を教えていた「父べえ」が治安維持法で検挙された野上家の生活はたちまち一変する。戦争に反対をし、国を批判する者は『国賊』扱いにされた時代だ。
 父の教え子で出版社に勤める山崎は夫と面会を求める「母べい」のために奔走し「山ちゃん」と呼ばれて一家の大切な支えになる。父の妹で美しい画学生の叔母は2人の姪の良い姉役をつとめるがやがて山ちゃんにほのかな思いを寄せる。しかし、山ちゃんが「母べえ」を慕う深さを知ってやがて故郷広島へ去って行く。
 開けっぴろげで遠慮のない叔父が転げこんで騒動を巻き起こすが「母べえ」の心のよりどころとして家族の絆を結びつける。そんな時「父べえ」の獄中死が知らされる…。

 原作は長年、黒沢明監督のスクリプターを務めた野上照代さんの家族の思い出を綴った自伝小説「父へのレクイエム」。
 少年期を満州で送った山田洋次監督は山口県宇部市に引き上げ旧制中と高校時代を過ごした。多感な少年の筆舌に尽くせない戦争と引き揚げ体験は多くの映画の中で家族の絆や愛情をテーマに活かされ「寅さん」や「故郷」などで“平和”が描かれてきたのだろう。

 劇中、兵役検査ではねられた?山ちゃんにも召集令状がきて「母べえ」に『覚悟はできています』別れを告げる。「母べえ」はすざましい形相で「死ぬ覚悟ですか…とんでもない」と言下に「生きろ・命を大切に」とせまる母の強い思いが伝わって胸が震える。
 母の優しさと強さを通して戦争と言う激動の時代と今を深く考えさせる作品だ。
 
 東京出身の野上さんの原作にあるかどうか知らないが「父べえ」は広島の出身。妹久子は故郷広島に帰って原爆に見舞われて原爆症で逝く…何気ない設定。兄上が広大を卒業後、広島の高校で教職を終えて広島に住んでおられる家族環境と自らの戦争体験から生まれる平和のメッセージとヒロシマに寄せる思いは人一倍、強いと思われる。

 決して声高にまた正面からは戦争反対も平和も発しない。しかし、何気ない故郷広島と言う劇中設定はまぎれもなく「母べい」に言わず語らずに“核兵器廃絶”の熱いメッセージを託している…と受け止めることが出来る。
 若い人や親子で、出来れば三世代で一緒に見て欲しい映画だ。

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2008年4月 3日 (木)

柳井市白壁通り

柳井市白壁通りは、江戸時代の商店の街が、200Mほどに渡って残っている。
岩国の吉川藩の御用商人の町として栄えたのだという。
この地区は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定されている。
白い漆喰の壁構造は、耐火性と耐震性を上手く解いた日本が世界に誇る技術だと思うが、通常土蔵やお城の壁の技術として使われている。
その技術を、ここでは街の美にまで高めている。

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むろやの園は小田家油屋として栄えた江戸中期の屋敷構えがほぼそのままの状態で残されている。
現存する木造住宅としては最大だという。
狭い入り口を入ると、東西の間口10M位、南北119Mの長さの敷地に、18室もある主屋等全部で11棟35室の建物が建てられている。
その空間はきめ細かく配慮がされ、歴史の重みを感じさせる。
中間の部屋もある。
母屋2階の小さな女中部屋はなんとも寒そうだ。
土間には竈があるが、煙突はない。
これでは煙くて参っただろうと思う。
家庭教師の部屋もある。
武士の作法を勉強したのだという。
甘露醤油という地元の醤油メーカーであるが、その工場跡の大きな建物を改修し、地元に伝わる織物の研修や、展示会のような活動の場にしている。
白壁通りをちょっと横に入ったところには、カフェ難波庵がある。
BGMにはクラッシックが流れている。
こんな歴史のある、綺麗な街を歩くと、なにか知的になったように感じるから、おかしい。
この柳井市白壁通りには、広島市から、車で1時間半ほどでいける。
広島市は被爆で、江戸時代のものはすべて消えてしまったが、広島市の近くにはこんな素晴らしいところが残っている。

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2008年4月 2日 (水)

アーケードと建物

本通りと大手町通りの交差点の角に、新しい建物が竣工した。
そこでは、ちょっとしたシャレた試みがされている。

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建物が境界線から数M下がることで、アーケードとの間にかすかな隙間を設けている。
そのちょっとした隙間が、建物はアーケードより、もっと上まであると思わせている。
外壁にはアーケードのない西側の壁面と同じ白いルーバーを使っているが、そのルーバーの外観が上まで伸びているのだろうと思わせている。
そしてその隙間には、雨が吹き込まないようにとガラスが嵌め込まれている。
本通り商店街の上に架けられたアーケードは雨の日、日差しの強い日には下を歩く歩行者にとっては大変都合がいいが、建物の3階あたりから上は、ばっさり切られてしまっている。これでは建築は台無しだ。
建物の正面の外観のデザインをどうするかは、設計する建築家にとっては、最もエネルギーを使うところだ。
建築家にとっても寂しいことだろう。街としての面白さも消している。鬱陶しくもある。
だからと、今ではアーケードを取り外してしまった商店街もある。
それもこれも、アーケードが後から造られたからというのが大きな理由だろうが、それだけでもないように感じる。
後から作られた建物でも、賃料の1番高い下の階の面積を最大限確保したいということもあり、アーケードから上はないのは当然のこととして、建物を作ってきた。
ここでは、下の階の床面積を減らして、建物の姿を見せるようにしている。
それが逆に、この建物の存在を際立たせている。結果としてビジネスにも貢献していると思う。
本通りHILLSもアーケードを意識して、上手くデザインされている。
これから老朽化と、新耐震構造の基準に合わないということで、建て替えられる建物が急激に増えてくるだろう。
アーケードに接した建築のデザインを、どのようにするかは重要な課題だ。
歩いて楽しい街を作るためにも、この建物はいいお手本を示してくれた。

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2008年4月 1日 (火)

シダックス・本通り店

カラオケのシダックス本通り店がオープンした。
すぐ近くの三越の南、流川にもあるのまたできた。
あの真っ赤なテーマカラーを幾分抑えて、かなりおしゃれなお店になっている。

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本通りの老舗からすると、由緒ある本通りに、こうしたカラオケ店や100円ショップが進出することは苦々しいことのようである。
しかしこれだけの規模のビルを一括して借りられる程の店舗は、他にはちょっと見当たらない。
シダックスのビジネスモデルはなんとも上手くできている。
都心の人が集まるところなら、どこにでも進出できる。料金も若者の払える金額である。
歌をうたえば気分もよくなる。個室になっているから、周りの目気にする必要がない。スターの気分にもなれる。仲間のつながりも深められる。食事もできる。ちょっとした打ち合わせもできる。愛をささやくこともできる。というように、なんとも上手くできているのが、このカラオケボックスだ。
その昔、料亭で芸者相手にした、お金と暇のある旦那の遊びを、誰でもできる遊びにしたのが、シダックスのビジネスモデルだ。
芸者の弾く三味線の代わりに、ハイテクを駆使したカラオケがあるというわけだ。
カラオケだから、オーケストラの演奏であれ、ジャズの演奏であれ、何でもOKだ。曲だって無制限にある。
相手は、芸者ではなく、ガールフレンドに代わった。まあより健全な遊びになったともいえる。
面白いに決まっている。
東京赤坂では、そんな遊びをする政治家も、財界人もいまではいなくなってしまった。
料亭の跡地は殆どがいわゆるクラブ、バーになってしまった。昼間の赤坂は全く閑散として寂しい。
バーやクラブより、はるかにこのカラオケボックスの方が、ポテンシャルがある。
芸者という特殊技能者がいなくてもよい。カラオケボックスのお客は必ずしも夜だけに限らない。カラオケボックスなら需要があり、収支さえあえば、いくらでも大きくできるし、何軒でもできる。
シダックスは1993年にレストランとカラオケボックスを一体化した「シダックス・コミュニティープラザ」(現・シダックス・コミュニティー)を設立し、立川市栄町に開設したのが最初だという。それからたった14年、2007年3月には、店舗が全国に3月末に302店、15、779室になり、売上高は2,000億円を越えたという。伸び率も毎年20~30%で成長している。いまではとんでもない大企業になっている。
料亭でそんなビジネスモデルはありえない。
カラオケそのものもそうだが、カラオケボックスという仕掛けは、日本が世界に誇る1大文化産業だといえる。
ブランドショップや歴史を誇る老舗に加えて、こうした新しいコンセプトのお店が参入してくるのも、街の賑わいに寄与している。
今風料亭が数十軒、一気に街の真ん中にできたようなもんだ。
多種多様に、混然としてあるのが街の面白さだ。こんな面白さは大型SCにはない。

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