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2008年3月

2008年3月31日 (月)

広島市民病院とカフェ

広島市民病院の増築工事がほぼ完成した。
病院の長手方向にゆったりとした車回しと、大きなエントランスが設けられている。
南に面し、全面、広いガラス面がとられ、入りやすい雰囲気になっている。
54号線から一つ道を入っていることも、何か落ち着いた雰囲気を創り出している。
この道は、いままではなんとなく県庁の裏の薄暗い通りという感じであったが、市民病院の入り口ができたことで、逆に爽やかな明るい通りになっている。
驚くほど変わりようだ。

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ロビーは広々として明るい。
ロビーの右手奥にカフェ・タリーズがある。
カフェ・タリーズは本通りにもあるが、安くてオシャレなあのカフェだ。

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病院というと、薄暗くて消毒薬の臭いのするところというイメージであるが、それがコーヒーの匂いに変わった。
小さなお店だが、大きな変化をもたらしている。
病院のイメージを一変させている。
私は「注射とお化けは大嫌い」だから、病院には近づかないようにしているし、ましてや「レストランで並んで待つなら、飢え死にしたほうがましだ」と思っているくらいだから、病院のあの長椅子で、順番を待つなんて耐えられないことだった。
そんな時、このカフェで待てばいい。
どこの病院でもそうだが、コーヒーコーナーはあっても、わざわざ行きたくなるような雰囲気ではない。
ここなら、傍を通ったついでに寄ってもいい。
何故、いままでこうしたカフェが作られなかったのか、不思議でさえある。
ロビーの左側にはコンビニもある。
柱、壁には絵も掛けられている。
少しでも気分を和らげようということだろう。
アストラムラインからは、直通のエレベーターも設けられた。
この広島市民病院では、いくつもの画期的な試みがされている。
県庁、市役所、区役所、警察等の公的施設にも、こうした類のカフェが欲しい。

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2008年3月30日 (日)

議会人の見識と品格

 先日、秋葉市長の後援組織“みこし連”の総会に出た。選挙後初めての会で久しぶりの出会いに、あちこちで手を取り合う人たちの姿が見受けられた。
 ゲストスピーカーに広島市議会議長で全国と広島県の市長会と政令指定都市の議長会の会長を務める藤田博之氏を迎え、講演「地方自治」について聞いた。

 開口一番、「私が今日ここにお招きいただいたことを、面白おかしく自分のHPに書いた議員さんがいる。やるべきことが多いいのにこんなことに精力を払うなんて了見が狭い人がいて残念…」と言う趣旨の奇妙な発言があった。

 講演は冒頭「地方自治は民主主義の学校」とふられ、明治の廃藩置県以来の市町村自治体の変遷を平成の大合併まで解きほぐし、国と地方の税のバランス。その仕組みを近場の湯来町の合併事例や夕張市の借金体質の実情を引きあいに「国と地方の税の取り分」を判り易く、メモも持たず次々に具体的な数字を挙げて立て板に水のような解説で聴講を引きつけ、今後地方が国に求める方向性は“税の配分の逆転化だ”と指摘。
 与党の参議院選大敗は「地方を敵に回した当然の結果」と分析し、借金体質の自治体は今後さらに合併を進め、何も見えない道州制に振り回されることに懸念を示しながら市長部局と議会が両輪となって広島の未来を目指す…と熱のこもった講演だった。

 地方の立場で国の無駄使いや役所の二重構造などにメスを入れ、嘗ての3割自治が4割になっていても国との配分は6:4と地方への税の配分を重視する働き掛けが必要との見解だった。自民党員でもある議長が是々非々の立場でバランス感覚が見事な切り口だった。
 
 冒頭の藤田議長の発言に思い当たる節をインターネットで探してみた。なんとすぐに出くわすことが出来た。秋葉市政誕生当時に議長の座にあって、その後何かと秋葉市政の足を引く方のHPだ。みこし連総会の案内状が添付され、いわく『…みこし連総会を「ノーベル平和賞」候補を祝うだけで…個人的なノーベル賞受賞だけが市長になった目的のようにしか感じられません。ets…』と品性を欠いた敵意が露な文章だ。

 藤田発言の意味が良く判った。同じ議会人であり、しかも議長経験者がまるで子供の悪戯のような「揶揄した記事」で市政貢献などとお考えであるのなら「了見が狭い人…」「品格を疑う人…」と言わざるを得ないだろう。
 議会人の見識はたとえ有権者・支持者であっても「是・非」をはっきりし、市民の意見に謙虚に耳を傾ける事が出来ること。「地方自治は民主主義の学校」はまさしく議会人の志が高い見識と理解し、市政の安定的進展が予測出来る状況に安堵した。

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2008年3月29日 (土)

「県民だより」は政府広報誌? 

 本日(3月2日)の朝刊に「ひろしま県民だより」がチラシ広告と一緒に配布された。
 トップ記事は「道路特定財源は地方時自治体にとって欠くことのできない財源です」と一面全面を「道路特定財源の暫定税率延長が必要」の『特定財源特集』である。

 いわく「暫定税率が廃止されると…」年間、県収入で191億円、年内市町村で195億円が減収になり、国庫補助金の受け入れや新起債が出来なくなり結果的に県で560億、市町村で1千億の道路事業が出来なくなる。だから、道路だけでなくさまざまな住民サービスへ影響が出る。従って、道路特定財源の暫定税率の延長が必要です!!…と、説明している。

 政府与党が衆議院で’ガソリン税の暫定税率などの税制改正関連法案を含む08年度予算案を可決し、年度内の予算成立が確実になった翌日付けのタイミングだ。
 「暫定税率の怪?」でも書いたが、ガソリン税の暫定税率は高度経済成長時期に「一時的=暫定的」に税率のアップを図ったが予想以上の税の伸びを「自民党の道路族」が『道路建設とゼネコン・土建業者を対象の収票マシーン』として手放せなくなった結果だ。
 知事や市町村長には「アメと鞭」として優先順位をつけて対応し、自治体は毎年の予算に織り込んできた経緯がある。

 この国会審議を通じて道路特定財源が国交省役人のカラオケやマッサージ、野球道具やホテル代わりの宿泊施設さらに国交省OBの天下り先への随意契約などズサン極まる使い道が明らかになった。とても国民が納得できるものではない。
 
 県民に「困った、暫定税率は必要だ…」とPRする前に起債が出来なくなるのなら、大阪府の橋下知事ではないがゼロベースで予算を見直すくらいの覚悟があっても良いのではなかろうか。知事や市町村長がいつまでも政府与党の金魚のフンの様な応援団でいる限り実質的な「一般財源化」は望めないだろう。

 そろそろ「アメ」に気づいて「鞭」を恐れない独自の予算編成で県民の理解を求める方策も考えても良いのではないだろうか。大阪府の二の舞になる前の杖として、広島県独自の青写真が必要ではないか。道路特定財源はそれを考える自治体のテスト、リトマス試験紙にはならないか…乱暴な議論と片づけないで考えてみて欲しい。如何なものだろうか。

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2008年3月28日 (金)

出版「被爆二世」の精神を託す

 昭和47年(‘73年)に「被爆二世」~その語られなかった日々と明日~が出版された。広島記者団被爆二世刊行委員会が執筆、歌人の深川宗俊監修である。最近、顔見知りの若い記者から「被爆二世」を読ませてほしいとの申し入れがあり、貸した。
 
 昭和40年、被爆二世の名越史樹ちゃん(当時4歳)が白血病と診断され、3年後7歳の生涯を終え記録「ぼく生きたかった」が出版され「被爆二世」問題がヒロシマの秘かな課題となっていた。被爆者自身の対策が山積している当時、2世問題は「差別を生みかねない」とどちらかと言えばタブー視された面もあって手つかずに近い状態だった。
 当時のマスコミにとって広島は他の地方都市にない「原爆問題」という特別なテーマを持った地域で、記者修行にとっては魅力的な地域で、やって来る若い記者たちは意欲的な取材に走り回っていた。

 そんな時期、「被爆二世」は企業の壁を乗り越えて「真実の報道を通じて、世界の平和を守り」「言論出版の自由を守る」日本ジャーナリスト会議の広島支部(昭和42年結成)の学習会の中から生まれた。県内の新聞、通信、放送の20~30代の若い記者たちの勉強と交流の場だった。「被爆二世について勉強しよう」という動機から「共同で出版しよう…」と飛躍し、有志が集って半年間、時に合宿しながら無我夢中で取り組んだ。広島支部の仲間だった記者たちも東京、大阪、京都、北海道、沖縄から原稿を寄せた。

 当時、支社も通信部もないのに出身地の呉に配転され「不当配転の撤回闘争」していたベテラン記者が和解を勝ち取り本社の出版部長に着任されたのに合わせて広島の仲間からのエールとして出版をお願いした。厳しい指導も大いに勉強になり、当時としては異例の1万部を発行し、その後2千部の増刷をした。

 ここでは敢えて内容には触れないが①被爆二世の周辺②原水禁運動と被爆二世③被爆者を取り巻く医学問題と体制④国と自治体の被爆二世⑤朝鮮人被爆者と二世など『被爆二世』を取り巻く問題の過去と未来を社会的、医学的にも探った力作で翌年のJCJ賞を受賞した。

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 昨年広島支局に転勤して間もなしに「ヒロシマ記者団」の出版について聞いたと言う彼は「被爆二世」を手にして、こんなことが出来たんですねと感心しきりだった。
 この内容が、彼をどれだけ納得させられるものか分からないが「被爆者認定」問題にやっと一定の目鼻がついたが、二世問題はいまだに糸口さえ見つかっていない。
 私たちが積み残してきた被爆二世問題の前進や解決に向けたヒロシマ記者の魂に火をつける役割が託されることを期待したい。

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2008年3月27日 (木)

劇団四季の専用劇場

今年の劇団四季の公演「美女と野獣」が、2月17日から4月29日まで催される。
好評で、当初の予定より1ヶ月伸びたという。
2ヵ月半のロングランだ。
2003年にはキャッの公演があった。そのときの、広島の公演では、座席の稼働率は97.9%だったという。
あまりの人気に、劇団四季も驚いたようだ。
地方都市での公演の平均稼働率は92.2%だという。
だいたい野球でもなんでもそうだが、7割を超えると、土休日等かなり取得できない日が出てくる。
いかに凄い人気だったかわかる。
劇団四季の公演も広島に根付いた。
劇団四季にとっても広島は魅力的な都市のようだ。
広島公演の観客の3割は、広島県外の人だという。
広島市にとっても、貴重な文化産業になっている。
劇団四季の専用劇場を作るべきだという議論も起こり始めている。
東京にはすでに数ヶ所あり、福岡、札幌にもある。
しかし福岡のキャナルシティーの専用劇場は、劇団四季が51%出資し、12ヶ月間通して使っているが、経営の実態は相当に大変のようだ。
広島での公演は、12ヶ月通してのとても難しい。3~6ヶ月の公演がやっとだというのが実情のようだ。
若草再開発を検討の際、劇団四季の専用劇場をつくることも検討されたらしいが、その負担があまりにも莫大だと、断念したという経緯もあるようだ。
劇団四季の専用劇場を新たに作るだけでも、すぐ数十億円は軽くかかるだろう。
その金利、償却負担はそんなに楽なことではない。
劇団四季の専用劇場を作るということは素晴らしいことだが、地元として、負担をどうするかの議論をきちんとしておく必要がある。

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2008年3月26日 (水)

折り鶴の保存と展示

折り鶴はいまでは平和のシンボルになった。
広島市民が、オリジナルに創り出した平和のシンボルである。
世界的には、今でも鳩が平和のシンボルではあるが、生きている鳩は糞もするし、悪さもする。
折り鶴はそんなことはしない。
人々は、平和の願いを込めて、一つ一つ折り鶴を折る。
一つ一つの折り鶴には、一人一人の平和への思いが込められている。
平和を願うシンボルとして、折り鶴は大変上手くできている。
特定の個人が意図的に創り出したわけではない。
折り鶴は、佐々木貞子さんが平和への願いを込めて折った物語が大きな契機になっていることは確かだが、長い歴史の中で、折り鶴が平和のシンボルになっていった。

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広島市には折り鶴が世界各国から、毎日のように、絶えることなく、届けられている。
その数は膨大だ。圧倒されるほどの量になる。
平和を願う人々の思いの強さを知る。
しかしあちこちの慰霊碑の前に奉げられた折り鶴が、雨にぬれ、汚れているのを見るのはなんとも寂しい。
ある人は、折り鶴は奉げられた時点で、その役割は終わっているから、一定の期間が過ぎれば、焼くべきだという。
またある人は、その精神を生かすには、再生紙としてノートにして使うのがいいという。
日本の習慣からすればそうゆうことになるのだろう。
佐々木貞子像の脇に作られた保存展示ケースには、届けられた折り鶴のほんの1部が納められている。
納めた人の名札をみると、世界各地の沢山の人たちの名前が書かれている。
そうした沢山の人々が平和を願っていることを知る。
折り鶴は、そうした沢山の人々の平和への願いを込めた署名簿だといえる。
いまだ署名簿の役割は終わっていない。
ということであれば、焼いてはいけない。
そしてその数量が多ければ多いほど、人々の平和への思いの強さを知ることにもなる。
広島市としては、署名簿でもある折り鶴をきちんと受領しましたよということを示すためにも、また、人々の平和への思いがいかに強いかを示すためにも、届けられた折り鶴の全てを保存し、展示することの意味はある。
折り鶴が届けられる都市は、どこでもいいわけではない。
被爆地広島市に届けられることに意味がある。
七夕には本通りに折り鶴が飾られる。すっかり広島市のシンボルにもなっている。
折り鶴は広島市の誇る財産になっている。
故にその保存、展示をする折り鶴ミュージアムを建設することは、広島市にだからこそ意味がある。
世界の人々は、広島市にきて、綺麗に展示され、膨大に保存されている折り鶴をみることで、世界の人々が皆同じように、強く平和を願っていることを知ることになる。
地球上の争いは絶えない。核の恐怖も未だ消えていない。
世界の平和の聖地としての、広島市の果たす役割は益々重要になってきている。
平和への願いをテーマにした折り鶴ミュージアムと、原爆の悲惨さ伝える平和資料館、原爆ドームが併設されることの意味は大きい。
こんな素晴らしい意味をもった「折り鶴は、広島市民の創り出した発明品」だ。
ノーベル平和賞は、そんな広島市民にこそ与えるべきだ。
そんな、粋な計らいができたら素晴らしい。

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2008年3月25日 (火)

シニア65

アストラムラインは数年前から、65歳以上の人に対して、シニア65という名称の特別割引の定期券を発行している。通勤定期券(大人)の50%だから安い。1ヶ月定期と6ヶ月定期では違ってくるだろうが、月の内7~9日も使えば元が取れるのではないだろうか。アストラムラインとしては、年をとったからといって家に引き込っていないで、もっと積極的に外出することを支援しようという趣旨で始めたようだ。
広島市の周辺には2月22日にはJT跡地にユメタウンがオープンした。アルパークも増設するという。広島駅前の再開発も進んでいる。中心市街地の顧客の確保は大変厳しい状況になっている。
そんな中心市街地の狙う顧客はどんどん増える中高年だ。広島市内の人口は毎年増えているが、従業員数は平成8年には583,547人であったのが、平成16年には504,383人と2割近く減少している。つまり暇を持っている人が増えているということだ。少子高齢化時代にあって、こうした現象はこれからも続くと予想される。
この人たちは、暇があるだけでなく、お金だって意外と持っている。年金生活者といえども、住宅ローン、教育費の負担がなくなり、案外可処分所得は、ニューファミリーより多いだろう。
60歳を過ぎたからといっても、体力も気力も充分ある。その人たちを遊ばせておく術はない。まだまだ働き手としては十分戦力になる。中区に最近オープンしたパチンコ店のスタッフ募集広告には、時給1,500円とあった。つい昨日まで時給800円位だった。それが相次ぐ大型SCの進出で働き手が払拭しているようだ。こうしたサービス業の分野は、シニアにとっては格好の働き場所だ。そんなサービス業が集中しているのが都心である。シニアは自分の体力と気力の範囲で働けばいい。1,500円という金額は若者を想定しての金額だろうから、時給1,000円としても、1日4時間、1ヶ月に15日働けば、60,000円になる。年間で720,000万円だ。かなりの金額だ。年金なんて制度は、昔はなかった。
これからは、働き手としても、消費者としても、いかにこの中高年を取り込むかが、重要だということがわかる。
夫婦と子供2人の家族が、安く暇をつぶせるのはSCだ。そんなニューファミリーは郊外型大型SCに取られたが、、車がなければいけないSCは、シニアにとっては不便なところだ。
今全国各地で免許証返納者にタクシー、バスの割引等の公共交通機関への乗り換える政策を進めている。
シニアにとっての足は公共交通機関だ。中心市街地へは公共交通機関でいける。中心市街地には昔からのなじみの店もある。デパート、ホテルもある。市民病院もある。本通り商店街、最近話題のうらぶくろ、それに流れ川にはバー、クラブもある。市民交流プラザもある。さまざまの文化施設が充実している。ひろしま美術館、縮景園等は、65歳以上は無料だ。中心市街地には歩いていける範囲に何でも揃っている。買い物だけが目的でないシニアにとっては、充実した時間を過ごせる場所だ。
日本の歴史の中で、これだけ多くのシニアが生き、お金をもっていたことはない。しかし殆どの人は、そのシニアの経済的価値をあまり理解していない。バブルがはじけて社用族を相手にしていた料亭、ゴルフ場はつぶれた。官々接待もなくなった。全ての人が自分の小遣いの範囲で遊ぶようになった。その象徴がシニアだ。このシニアを上手く掴んだところが生き残る。
中心市街地も、公共交通機関と一体になって、シニアに的を絞った戦略を早く立てるべきときがきた。

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2008年3月24日 (月)

道路特定財源を総合交通財源に

道路特定財源の暫定税率をどうするかで、国会は大もめにもめている。
先日は民主党の菅代表代行と宮崎県の東国原知事らが討論会を行ったが、全く歩みよりは見られなかった。
宮崎県の東国原知事は、道路特定財源の一般財源化に反対しているが、どうもその本音は、道路整備が遅れている宮崎県にようやく順番が回ってこようかというときに一般財源化されてしまっては、道路ができなくなってしまうと恐れているというように感じられる。宮崎県はすでに港湾、空港等は整備済みで、次は東九州縦貫道整備をと待ち望んでいたようだ。主要産業のない宮崎県では道路工事は最大の地場産業だ。宮崎県にとって、現在のシステムを維持するのが最善の策であろうことは想像に難くない。
先の民主党主催の討論会に見られたように「国全体の利権システム改革」という話と「地方の利便性向上・雇用確保」の主張とは、本来かみ合うはずはない。
それをなんとか調整する仕組みを考える必要がある。
しかし、道路特定財源の論議の本当の核心の一つに「道路予算に群がる政治家、官僚、建設業者の利権システムを打ち壊すかどうか」にある。この利権の構造に、今回メスを入れておかないと、少なくとも向こう10年間、同じシステムが温存されてしまう恐れがある。
いずれにしろ、59兆円もかけて、道路だけを整備して行けばいいという時代は終わったことは確かだ。
いずれは一般財源化すべきだが、あまりにドラスティックな変革は混乱を招くというなら、道路を含めて交通財源とするのも一つの策だろう。
広島市内をみても、LRTの整備、バスセンター、バス停、バス路線の整備、新白島駅の整備、アストラムラインの延伸等公共交通関連だけについても、整備を進めたいことは山ほどある。
道路問題だけをみていては、市民の足をどうするかという、総合的な視点が欠けてしまう。
そうなってしまう理由はどうも、道路は建設省、港湾、空港は運輸省港湾局、鉄道は運輸省鉄道局の所管というように、縦割り行政になっていることと、道路、港湾、空港、鉄道はそれぞれ別々の特別会計になっているからのようだ。
よくいわれる縦割り行政の弊害というやつだ。
運輸省と建設省が国交省として1つになったことでもあり、その際それらの予算を一本化し、「総合交通財源」とし、その使い方も「地方に任せる」としたらよい。
なにも一気に一般財源化しなくともよい。
広島市の状況と、宮崎県の状況は違うことも確かだ。
使い方をそれぞれの地方に任せ、その地域にとって、もっと市民のために必要な使い方をするようにしたらよい。
縦割り行政の弊害を少しでも小さくするには、地方に任せることだ。
「道路特定財源は総合交通財源とし、暫定税率分についての使い方は原則宮崎県、広島市等のそれぞれの地方にまかせる」というのは、現実的でありながら、それなりに好ましい政策ではないだろうか。

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2008年3月23日 (日)

「対岸の火災」ではない

 海自イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故について、レジャーボートを持っている友人が話してくれた。
 
 「ちっぽけな船で走っていると貨物船、タンカーやフェリーにしょっちゅう遭遇する。航行上の法律はあっても、そんなものはたよりにならない。小さな船の方が逃げるだけさ。当たって遭難して死んでしまったあとでは法律もへったくれもない。大きな船は、しょせん相手が回避するだろうという前提で操行している」と。

 広島の河川に係留されている多くのレジャーボートや近港から出航していく小さな漁船をみると、狭い瀬戸内海ゆえに、この事故は「対岸の火災」視できないと思う。弱いものほど、自らを守る手立てをたえず考えていなければならないのだ。

 「車」対「歩行者」、「企業」対「不安定労働者」「為政者」対「納税者」
すべて弱者は自らの手で自らを守ろう。一人で守れない場合は、団結しよう。

「雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る」    小林一茶

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2008年3月22日 (土)

桜だより

 気象庁が3回目の桜の開花予想を出した。広島は昨年より数日遅れの27日だ。

 日本には数百種の桜があるが全国の桜の名所の80%はソメイヨシノで=桜だ。
 桜の開花予想や開花宣言は気象台や測候所が定めたソメイヨシノの標本木が5~6輪咲いたら“開花”、80%咲くと“満開”となる。
 
 古くから広島の桜の名所と言えば白島の長寿園だ。ホームテレビ周辺から安田高校裏の一帯は戦前からの名所で、今も古木と新木が入り混じった桜並木のトンネルは華やかだ。
 市内のお花見の代表格は何といっても平和公園だろう。元保川と本川に挟まれ緑の木々が取り囲む公園内には400本のソメイヨシノが咲き誇る。50年を超えた古木も多く、市の公園緑地課は秋から春先にかけて無駄な枝の剪定や腐葉土を敷いて桜木の養生をしてきた。枯れ死が心配された数本も見事に沢山の蕾を膨らませて開花を待つばかりになっている。

 縮景園は気象台が開花を予想する広島の標本木があるのをはじめ奥まった河岸沿いには長寿園に繋がる桜並木を眺められる。
 江波山公園は山頂から広島湾を見下ろしながら花びらの数が多い珍種のエバヤマザクラが有名だ。広島城はお堀に映る桜と散り始めるとお堀を薄紅色の花びらが水もを染める風情があって人気が高い。比治山は桜の下で焼き肉が楽しめる穴場。
 黄金山は頂上に向かって500本のソメイヨシノがトンネルを創る。民間放送局のTV開局で設置した放送塔に通う道沿いに記念の桜を植えて市に寄贈した。あれから50年、眺望と共に市内随一の桜の名所になった。

 県内では旧チチヤスのちゅーピーパークや音戸の瀬戸公園、尾道の千光寺に三次の尾関山公園や庄原の上野公園が知られるが宮島が桜の名所ということは以外に知られていない。
 沿岸部と県北の開花時期は2週間以上ずれるのが例年だ。中国新聞の桜だよりで確認のうえで出かけるのが良い。

 1月に沖縄から始まる日本の桜前線は5月下旬の北海道の松前桜まで4ケ月あまりにわたって日本縦断する。花粉症を心配する向きもあるが日課の散歩で桜花を楽しみたいものだ。

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*左は昨年の桜   *右は3月20日平和公園の桜蕾 


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2008年3月21日 (金)

映画「草の乱」は現代の鏡

 「シネマ・クラブ・ひろしま」の立ち上げを準備中の若者たちの企画で秩父事件を描いた映画「草の乱」を見た。
 怒りと悲しみを重苦しさで包んだような気持の中に人の優しさと温かみが伝わる清々しさがる。120年前の歴史はまるで今を写しているような、同質の政治や社会問題を見事に切り取っている点は上映普及の対象映画としてお薦め出来る秀作だ。

 米作が難しい秩父の農家は養蚕を生計の柱にしていたが明治の元老山県有朋を頂点にした政府はデフレ政策を推し進め軍備拡大のための増税を強行した。結果、生糸の価格は暴落し養蚕農家はどん底に陥り、高利貸しの借金に喘いで破産や自殺者が相次いだ。そんな窮状に板垣退助が興した自由党が動きはじめ、生糸商家の若旦那の井上伝蔵が同志と共に“困民党”を立ち上げる。伝蔵らの魂を絞るような説得は観る者の胸を震わせる。
 「高利貸しが裁判官に賄賂」の事実を掴み、政府打倒しか無いと「税の軽減、高利貸しの借金据え置き」「自由自治」の旗をを掲げ、略奪や女性への暴行など禁止5ケ条の軍律を持って武装蜂起する。軍勢は1万人に膨れ上がるが政府軍と警官の前に9日で鎮圧され13名は死刑となる…。 

 秩父事件は明治17年1884年、埼玉県秩父郡で起きた重税に苦しめられた農民の政治向けた怒りの武装蜂起だ。政府は自由と民権への情熱を「暴動」の名のもとに鎮圧し、日本の近代史から長く封印してきた。隠されたこの事実に「事件120年の記念作品」として「郡上一揆」や「ひめ百合の塔」など社会派の神山(こうやま)征二郎監督が30年来夢見てきた映画化に取り組んだ。こうした自主制作映画では破格の4億5千万円を全国の数千人が出資し、全国各地から8千人のエキストラが出演する壮大なスケールで描かれ、全国各地の映画センターを中心にした上映会で50万人が鑑賞している。
 
 嘗て「井戸塀政治家」と言う人達がいた。私財を投げ打って政治に取り組んだ結果残ったのは“井戸と塀”だけだった。今時の金権政治家と違って私利私欲を捨てて国のため国民のために働いたことが「井戸塀」の誇りでもあった。
 ここに登場するリーダーたちは資産や家族も犠牲にし「命を懸けて権力に対峙した」民権政治家で“井戸塀”を遙かに凌ぐ政治家のルーツを見る事が出来る。

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『シネマ・クラブ・ひろしま』申し込み
『草の乱』上映希望などご相談は
<広島映画センター>へ
 TEL:082-283-1119

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2008年3月20日 (木)

平和市長会議「ノーベル平和賞」に推薦 

 ジュネーブに本部がある平和団体・国際平和ビューロー(IPB)が今年のノーベル平和賞の候補に「平和市長会議」(秋葉広島、田上長崎両市長連名)を推薦した。
 加えて核戦争防止国際医師会議(IPPNW)日本支部も3月上旬にインドで開く世界大会で「平和市長会議」と秋葉広島市長をノーベル平和賞に推薦する。

 IPBは1891年に設立された世界で最も古く歴史のある国際平和団体で1910年にノーベル平和賞を受賞し、全面完全軍縮の促進や戦争のない世界を目指すNGOでノーベル賞の推薦権を持っている。今回の推薦はIPBの運営委員の日本原水協が提案し「核兵器のない世界を目指す都市ネットワークづくりに共同して力を発揮した」点が評価されたと言う。

 平和市長会議は2006年IPBが平和や軍縮・人権に関して功績のあった個人や団体に贈る「ショーン・マックブライド平和賞」を受賞している。平和市長会議が「核兵器廃絶」というIPBと共通の目的に貢献していることを評価しており、従って順当な推薦と言える。
 同賞はアイルランドの政治家でIPBの理事長や会長を長年務めたノーベル平和賞の受賞者で度々広島にも足を運んだショーン・マックブライド氏を讃えて’92年に創設された国際的な賞で、日本では’03年に日本被団協が受賞している。

 米国ボストンに本部があるIPPNWは’80年に「人々の生命を守り健康を保つ医師としての立場から核戦争の防止に努力する」国際的な医師集団として結成、’85年にノーベル平和賞を受賞している。ノーベル賞の推薦権を持っており昨年一昨年平和市長会議をノーベル平和賞に正式推薦している。日本支部の碓井会長(広島県医師会会長)は「核廃絶を訴える平和市長会議を高く評価することで、世界の国歌やリーダーらが正しい判断をするように後押ししたい」と期待を寄せている。

 2020年までの核兵器廃絶を目指す「2020ビジョン」を推進する「平和市長会議」はここ3年で急速に支持を拡大し、1月末で世界の2,028都市・地域が加盟。従来は対象外だった国内の自治体への加盟拡大の方向付けは運動の大きな弾みになるものと期待される。

 核大国・米国はいま大統領予備選の真っただ中。キッシンジャー元国務長官らの「核は抑止力ならず…」の声明もあってか、オバマ候補は「核兵器廃絶」も視野に入れた発言をしていると言う。米国内を開催巡回中の「原爆展」で市民の間にヒロシマ・ナガサキが静かな理解が進んでいる…との報告にかすかな光明を感じるのは甘いのだろうか。

 かつて日本財団の創設者で国際団体などへ多額の資金提供をしてノーベル平和賞の候補と囁かれた時、多くの平和活動家や団体が眉をひそめブーイングをした事があった。また「非核三原則」を国是とした功績で佐藤栄作元首相が受賞した際にも疑問の声が上がった。

 残念なのは日本被団協が’85年と’94年の2回、IPBから平和賞候補に推薦されながら受賞に至っていないことだ。被爆者が命がけで発信してきた「反核・平和」のメッセージと行動は世界市長会議の活動と車の両輪として位置づけられ、「核兵器廃絶」が具体的に視野に入ってくれば近い将来、結果的に両者のW受賞も夢ではない。

 平和市長会議が目的に到達するまでに果たす課題はまだまだ沢山ある。しかし、ヒロシマ・ナガサキ市民をはじめ戦争を拒み、核を拒絶する世界の都市と市民の連帯を結ぶ役割の重要性をより高く掲げて前進し「核兵器廃絶」運動を世界のより大きなうねりにする為にも与えられる意味と力は計り知れない。
 秋葉市長を先頭にした被爆者と広島市民の受賞になる。
 年末のノーベル平和賞の発表を期待して待ち受けたい。(2月28日記)

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2008年3月19日 (水)

小さなサミット

 広島駅裏の小さなホテルで、このたびサミットが開かれました。「ひろしま国際交流サミット」です。県内で、二国間交流をしたりホームステイをしたり、街ぐるみで留学生を受け入れたり、ボランティアで通訳をしたり・・・さまざまな団体が一堂に会して意見を交換し議論する場です。
 アメリカ、韓国、インドネシア、カナダ…多くの国々と交流している親善団体や留学生を支援しているグループ、中国の帰国子女を支援している人たちもいました。講演会、分科会を経て懇親会となりました。副議長である広島平和文化センターのリーパー理事長が、乾杯の音頭に立ちました。
 「これだけの人が集まってこのパワーが発揮されれば、ヒロシマは天国です」
 「?」日本語が達者なリーパー氏ですが、「天国」には一瞬きょとんとしました。
 ああ彼が言いたかったことは「これだけのパワーが結集されれば広島の未来は磐石だ」ということなのかな、と納得しました。

 海田町の国際交流組織のひと、上下町でホームステイをしている人もいました。多くの人が、「平和」「国際親善」「友好」に努めていることを知り、心強く思いました。

 この企画は、県の外郭団体である「ひろしま国際センター」の主催です。
 私の知る限りでは県と市の国際交流部門の人たちが共同でこうした会議を行うのは、年間でこれだけです。
 世界の人々が「ヒロシマ」を思うとき、「県」とか「市」という行政上の区割りは考えません。人々は「ヒロシマ」へ心を向けるのです。
 国際交流と国際平和に取り組む人たちの熱意に接してみると、こうしたパワーが日常的に一堂に結集されたら、その経験の集積やアイデアは、ヒロシマの活動に大きな貢献をもたらすだろう、リーパー氏がいう「草の根の支援」もここにあるのではと、乾杯のアルコールがまわった頃ふと思いました。

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2008年3月18日 (火)

「このご時勢に官庁の新ビル?」

 広島市内紙屋町を市民病院のほうへ北上すると広島城。そこから北一帯の土地は国有地で、国の機関ビルが立ち並ぶ。合同庁舎、旧電電公社、裁判所、検察庁、郵政省…ただし民間の土地建物がただひとつある「中国放送」だ。
 その中国放送を左手に見ながら2~300メートル直進すると、突き当たりに新しいビルが建っていた。たしかむかし、郵政関係のビルがあったところで広島市内では1等地だ。
 車で通りすがり、ビルの看板を見た。「国保会館」と書かれていた。
ビルの裏側には、広大な駐車場も作られていた。何をするところだろう?

 「国保」といえば「国民生命保険」だろう。郵政省の跡地になぜ厚労省の建物が建てられたのだろう?郵政民政化で手放した土地だろうか、宿泊施設だろうか、会議場だろうか、ハンドルを握りながら考えた。瞬時に答えは出なかった。
 
 建造の目的や趣旨を調べてから紹介すべきであり、安易な批判は慎むべきかもしれない。が、社保丁の杜撰な運営管理、特定財源延長・廃止の議論、防衛庁、天下りとでたらめな国の行政をかほど見せつけられると「なぜいま新ビルなのか」と首をかしげてしまう。

 いつか広大な駐車場に車をとめて、正面から入ってみたいと思う。広島市民に役立つものか、この目で確かめてみようと思う。その上で納得したら、あらためて「大いに利用すべし」とご紹介しよう。

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2008年3月17日 (月)

中国映画「長江哀歌」

 2006年のベネチア国際映画祭のグランプリ・金獅子賞を受賞し2007年のキネマ旬報ベスト・テンの外国映画部門のトップを飾るなど評判の高い中国映画「長江哀歌」を見た。

 舞台は中国四川省から上海まで6,200キロの中国一の大河・揚子江。重慶から湖北省に至る揚子江の三分の一を遮断してダムを建設する。「長江下り」は人気が高く、李白や杜甫が多くの詩を残し、歴史と文化と伝統を秘めた中国の代表的な景勝地の「三峡」である。
 ‘94年に建設が始まった治水と発電の「三峡ダム」は「万里の長城」以来の大事業と言われ、流域の120万人を超える住民が移住を余儀なくされ、中国が威信をかけた国家プロジェクトで2009年には世界一のダムが完成する。

 画面は冒頭からドキュメンタリーかと思われる貧しい労働者や家族ずれで溢れた長江の乗合船上から始まる。16年前に3千元で買い、その後子供と一緒に姿をくらました妻を探しに山西省からやって来た炭鉱夫。2年間、音信不通の夫を探しに山西省から来た妻。夫々が新しい人生に踏み切るための旅を通して現代中国が抱える大躍進の陰で翻弄され苦しみながらも健気に生きる庶民の姿を愛おしく描き上げる。
 中国はいま、北京オリンピックに向かってまっしぐらだ。中国人民の経済格差は日本など較べようもなく大きい。ここに描かれた人たちは決して最下層ではない。年収が日本円で1~2万円と言う農村の貧民は今も大都市へ出稼ぎに出る“盲流”と言われる層がある。

 貧しい地域の農村を舞台に金で契約結婚し子供を産むと姿を消し、また他の土地で繰り返す「売買婚?人身売買?」が横行した報告がある。子どもはお前の実子かどうか判らないと言う妻の兄。いま妻が寝食を共にしている男は妻を連れ帰りたいと言う申し出に、兄貴の借金3万元払えば良いと同意する。まるで「人身売買?報告」を地で行くような背景が描かれている。その一方で夫を探す妻は夫と金持ちの女との関係を知り、離婚を申し入れて去って行く。
夢も希望もなく黙々とその日を送る庶民たちに「酒」と「煙草」に「お茶」と「飴」を暮らしの味付けに画面に取り入れて印象づける手法を取っている。

 若い監督は中国の現実に目を注ぎ、政治的な臭いはしないものの、失われる自然と歴史・文化や伝統に崩れる庶民の暮らしと人の絆に悲しみを込めて精一杯の告発をしているようにも思える“哀歌”『悲歌』だ。北京や上海など大都市や観光名所を訪ねる中国旅行からは計り知れない中国庶民の深層部に触れた力作だが見る人によって評価は大きく分かれよう。
 発展途上にある中国が抱える余りに大きく多い現実問題を「消えゆく三峡」に借りて描いた社会派の告発映画と見れば納得がいく作品だ。

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2008年3月16日 (日)

府中家具

府中市の街を走ると、街のいたるところに家具メーカーの看板を見かける。
町の案内図を見ても、家具のメーカー、店舗が街を覆っているのがわかる。

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街の端には府中家具木工資料館もある。
箪笥、長持ち等懐かしい家具が展示されている。しかし今ではだれも見に来る人はいない。
駐車場には草が生えている。今年の3月一杯で閉館されるという。寂しいことだ。
この府中市には、かっては全国から買いにくるトラックがあふれ、街の道路は渋滞したという。そうした人たちを接待する近郊の温泉街も栄えたという。
そんな面影いまではどこにもない。
府中家具のメーカーの惨状は酷い。
その理由はいくつかある。
戦後の焼け野原になってしまった街に建てられる住宅でも、マンションでも、箪笥に代わってクローゼットが、茶棚に代わってシステムキッチンが造られるようになり、本棚は壁にビルトインされるようになってしまった。畳の部屋に家具として置かれていたものが、どれも必要なくなってしまったのだ。生活のスタイルも欧米式の椅子の生活になったとき、ちゃぶ台や座布団も消えた。それが格好いい生活スタイルだと思われていたのだ。
豊かになって、狭い部屋に物があふれ出すと、組み立て式のスティール家具が普及した。そこでは木造の家具は、なにか古臭いもの、格好悪いものと見られていた。
そういえば、ヨーロッパでは、椅子は先祖代々受け継がれると聞いて、不思議な感じがしたことがある。
しかし、近頃になって、何でもかんでも壁に組み込まれ、扉の向こうに納められてしまうと、部屋の中がなんとも殺風景になってしまうことが感じられるようになって来た。組み立て式のスティールの棚も味気ないと感じるようにもなった。
そんなとき、田舎の家にある箪笥とか、気の利いたデザインの木製の棚があると何かホッとするのに気付かされる。
今改めて木製家具の良さが理解できるようになってきたようだ。
ダイニングルームにも、リビングルームにも、ちょっとシャレたデザインの木のテーブルと椅子、そして棚が欲しいという時代になったようだ。
府中家具の出番が回ってきたのだ。府中家具のメーカーでもそんな時代の変化に応えるように、新たに様々取り組みされている。
アメリカで開催された「ラスベガスマーケット展示会」へも出品した。
そこではJAPANブランド育成支援事業で開発した家具類を出展し、デザインや品質面で高い評価を得、多くのバイヤーと商談することが出来たという。
産地ブランド「府中家具」の商標登録と新しいロゴマークも決まり、これからは、ブランドのイメージアップとPRに努め、ネット販売での売上げをアップさせる活動も始めるという。
家具のように重くて、大きくて運ぶのも大変なものは、ネットでのPRと販売が有効だろう。
府中市には、まだまだ木製家具を作る伝統技術が残っている。
これからは府中家具のメーカーが手を組んで、家具デザイナーの養成、マーケッティング部門の強化をすることが必要だ。
府中家具もようやく復活の契機を掴んだようだ。
広島市内でも幾つものインテリアショップが生まれている。
そんなお店で、新しく作られる格好いい府中家具を見たい。
復活する府中家具が楽しみだ。

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2008年3月15日 (土)

身の丈にあったまちづくり

 府中市の街を走るとあちこちに府中家具のメーカー、お店の看板が目に入る。しかし街を歩いている人はいない。看板もお店もさび付き、なんとも寂しい街になってしまっている。
 府中市は、まちづくり3法を契機とし、最近「身の丈にあったまちづくり」をテーマをとして、まちづくりの基本計画を変えようとしている。
 府中市の変化の経過は、大変興味深い。人口集中地区(DID)が、1960年には32ha、2.3万人(赤く塗られた地域)であったが、1995年には面積は倍の70ha、人口は殆ど同じ2.5万人(色を塗られた全ての地域)になった。
 しかし膨らんだだけならいいが、その結果、いささか恐ろしい現象が起こった。街の発展を支えた府中家具を中心とした製造業の売り上げが減少したとき、人口も同時に減少し、そのあげく少子高齢化も起こっていたのだ。売り上げはこの10年間に4割近くも減少し、人口は1割以上減っていた。しかも現在に至るも、街の人口集中地区、DID地区内の人口の減少は止まらない。
 駅前商店街は寂れ、シャッター街になってしまった。街のあちこちにある家具の工場は錆付き、人の出入りも少なくなってしまっている。ちょっと買い物をするにも、車に乗っていかなければいけない。 医者にいくにも、どこにいくにも車がなければ生活できない街になってしまった。街からは賑わいが消えた。これでは生活するのに困るだけではない。街の魅力もない。見かけは発展したが、中身の充実は伴わなかったということである。
 何もこうした現象は、府中市だけのことではない。日本の都市のあちこちで見られることだ。府中市は、それをよりシンボリックに示しているだけだ。

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 市民も、さすがにこの状態には危機感を持ち、今では、さまざまの市民活動が始まっているという。閉鎖していた古い旅館「恋しき」の再開はその代表例のようだ。
 府中市は道路とJRは立体交差にし、道路網を整備したいということに、いままで拘ってきたが、立体交差はもう無理だ、止めるという。これからは「身の丈にあったまちづくり」を進めるという。
 こうして改めて見てみると、こんな殺風景な街にしてしまった犯人は、どうも車中心の街にしたからだといえそうだ。車社会は、誰もが便利だと思い、豊かな生活を保障してくれると憧れた。実はそうではなかったということのようだ。
 「身の丈にあったまちづくり」とはどうしたらこの車社会から脱皮できるか、そして歩いて暮らせる街にするにはどうしたらいいかを考えることのようだ。それは街を小さくする、街を縮めるということでもあるのだろうが、容易なことではなさそうだ。
 これからの府中市の変化に注目したい。

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2008年3月14日 (金)

恋しき

 この休日に、府中市にある「恋しき」にいった。街は寂れて、まったく人通りはないが、「恋しき」のある、ここだけが賑やかに人の出入りがある。20台ほど停められる駐車場は満杯だ。愛媛ナンバーの車もあった。かなり遠くから来る人もいるようだ。こうした類の施設はどこでもそうだが、中年の女性たちが多い。男はどうしちゃたんだろうといつも思う。
 敷地面積は約2700平方メートル、日本庭園(約1000平方メートル)の池も復活させた。母屋(延べ約800平方メートル)の1階には府中の特産品を扱う土産物店が入っている。木造3階建てというのは珍しい。歴史を感じさせる。2階大広間はイベント会場だという。離れ5棟のうち3棟を喫茶店、小料理店、茶室としている。

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 「恋しき」は明治5年1872年に創業され、一部は江戸末期のものもあるという。かっては吉川英治が滞在中に「新・平家物語」を執筆したという。備後地区の迎賓館として著名人も泊まる華やかな時代もあったようだ。
 しかし何処でも同じだが、旅館という宿泊形態は形態時代の波においていかれ、19990年に廃業、閉鎖した。
 2004年には国登録有形文化財として指定されたが、売却されて更地になる話もあったという。府中家具として一斉を風靡した産業が斜陽化したとき、街そのものも廃れてしまった。
 最近になって、地元の経済人が発起人となり、1億円で株式会社「恋しき」を設立し、国土交通省関連の財団から5千万円の出資を得、さらに8千万円の寄付を集め、全面的に改修して、2007年11月にオープンしたという。
 国認定の市中心市街地活性化基本計画の主要事業の1つにもなっているという。府中市ではいままでの都市計画の考え方も根本から変えようとしている。「恋しき」は殺伐とした街のイメージを大きく変える契機になりそうだ。地元経済人たちの見識と努力に感謝したい。
 こんなプロジェクトが、広島市周辺の街では、あちこちで進んでいる。いいことだ。

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2008年3月13日 (木)

春を呼ぶ“沈丁花”

 我が家のベランダにある鉢植えの沈丁花がいい香りを放っている。昨年の暮れに小さな赤い蕾がついて2ケ月余り、今年は咲かないのかと思っていたら気温が15度を超えた2日前に可憐な花が咲き、今年も馥郁とした香りのプレゼントが来た。
 春を呼ぶ花と言われているが自然は正直なものだと思う。

 「チンチョウゲ」とも言うが学名は“ジンチョウゲ”で原産地は中国南部で日本には室町時代に栽培されていたと言う記録があるそうだ。名前の由来は沈香という香り似ているのと葉形が丁子に似ている所から来ている。

 草花の栽培が下手でほとんど枯らしてしまうので、最近はあまり買わないが沈丁花だけは我が家で長寿を誇っている。もう10数年も前に買ってきた鉢植えの20センチほどの木は40センチくらいに生育し、毎年小さな花をつけている。

 夏のクチナシ、秋の金木犀と並ぶ香りのよい花木で中国では縁起が良い庭木としても珍重されて来たそうだ。実家の庭にも同3種があって季節ごとに良い香りを振りまいていた。

 因みに花言葉を調べてみると「栄光」「永遠」「不死」「不滅」など縁起の良い言葉があり、香りだけでなく中国で珍重された習わしが判る。
 それにしても沈丁花には雄雌木があるが花をつける日本にある木は雄木で種をつけないため専ら挿し木で増殖するそうだ。
 蕾から開花までが長いのが特徴で気温が上がるまでじっと寒さに耐えながら開花を待ち、開化で一気に甘酸っぱい香りを放つ木の持ち味が「春を呼ぶ花」の意味合いだ。
 
 公園や家庭の生垣にも重宝されると言うので平和大通りや平和公園を散歩中に探してみたが見当たらない、と言うか嗅ぎあてらず発見に至っていない。
 冬の間に大切に養生されていた平和公園の桜並木もシートや柵が解かれて蕾も膨らみを増し開花を待つだけになった。河岸の雑草の間に名も知れない小草が花をつけている。
いよいよ春本番だ。(3月9日)

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2008年3月12日 (水)

反省!「自転車放置」

 話題の映画を見終わって外に出ると置いていた自転車がない。
 駐輪していた歩道上に「撤去・西部保管センター」と黒マジック書きの白いビニールテープが張ってある。近くの市営駐輪場に置こうと思って出掛けたが、映画館前の広い歩道上の街路樹と信号BOXの間に4~5台が置かれている。ここなら歩行の邪魔にはならないと、つい横着をして路上放置をしてしまった。止む無く歩いて帰宅し、市の「西部保管センター」に電話した。場所と時間に自転車の特徴を告げると10分後にもう一度電話下さいとの丁寧な応対。再度の電話に「あります」と確認できた。

 術後、足腰に痛みが伴うここ2年は散歩を日課にしているものの足代わりの自転車は手放せない。繁華街に自転車で出かける時は市営駐輪場を利用する。従って「放置・撤去」は初体験だ。電車で出かけ、捌いているシルバー人材センターのスタッフに聞いてみた。

 商工センターの一角にある保管センターには7,000台前後の路上放置のバイクや自転車が保管されていると言う。次々に丁寧に毛布で包んだ自転車を積み込んだトラックが運び込むのを目撃した。多いい時は年間6万台を超える自転車・バイクを保管したが、ここ1~2年は4万台足らずまでに減少した。この内60~70%しか引き取り手が現れず1万5千台前後が廃棄処分にされている。

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 撤去に当たっては必ず自転車バイクの状態をチェックする。「グリップが折れて破損。ライトに傷。ブレーキが緩い…」と特徴をビデオに収録し、積み込みの際には1台ずつ毛布に包んでクレーム対策の対応をしている。自分の非は棚に、クレームは減らないと言う。

 2,100円の手数料を払って「お手数をかけました」と言うと「御苦労さん」の声が返ってきた。「広島の自転車撤去の丁寧さは日本一」だそうだ。以外にも気分爽快で引き取った自転車で10数キロを40分かけて帰宅した。
 今年も中心部の市営駐輪場は2ケ所が拡大され、新たに身障者の路上駐輪場の整備が進められる。「街と自転車の共生」は利用者のマナーアップが第一である事を改めて自覚した。

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2008年3月11日 (火)

「暫定税率」の怪?

 与野党対決の「すわ! 政局!!」と思いきや、議長の仲介で「衆議院再議決」は解消され、鳴りを潜めた感のある「道路特定財源の暫定税率」問題。それでも、「道路財源確保」緊急大会で自民党の伊吹幹事長と民主党の菅代表代行の対決、菅氏と東国原宮崎県知事の討論に冬柴国土交通相が「全自治体の首長から道路特定財源の維持署名が来ている」と答弁後「6人の市長の署名がない」と訂正して陳謝するなど話題に事欠かない。

 全国知事会など地方6団体は「廃止は多くの自治体を赤字団体に転落させる」とか「地方財政の運営を直撃し、福祉や教育の行政サービス低下などに影響しかねない」と声明して反対運動を進めている。この限りで見ると「使い道は自由?」なのかと思える。

 「道路特定財源」は高度経済成長に乗ってどんどん道路を造ろうと出来たが、道路族議員や有力議員の地元に対して、住民には生活が便利になると言う口実で、その一方では選挙運動に従業員を総動員して協力してくれる土建屋やゼネコンに対して大金を流せる一挙両得の財源になってきた。車が増えてガソリンの消費が増えて膨大に膨れ上がった為、暫定どころか手放せないモノに成り、県知事をはじめ市長村長を軸にした効果的な力を発揮出来る自民党の集票マシーンとして機能させ、ついつい30年に及んでしまった……のがガソリン税の“暫定税率”と言えば言いすぎだろうか。

 これに異議を唱えクレームをつける事は『岩国の補助金削減問題』と同様に「国からのしっぺ返し。見せしめ」が考えられる今の日本の政治・行政システィムからすると極めて難しいことだ。従って、異論反論があっても『鞭を恐れてアメの交付金』ほしさに従っていると考えると納得できる。
 その理由がよく判っている国交省大臣が当然のことのように「全自治体の首長から道路特定財源を維持すべしと署名が来ている」と早とちりしたのも当然と言えば当然だった。

 ガソリン税が教育や福祉に使われる訳はないので知事会などの言い分は「道路に費用がかかるので教育、福祉の予算が減る」と言う理屈であると推察できる。
 
 所が、いました6市長。冬柴大臣のおひざ元の尼崎市長に仙台、国立、狛江、綾部に広島市だ。廃止になれば広島市でも100億円の減収が見込まれていた。個々の市長の無署名の真意について詮索することは避けるが、小泉、安倍首相は一般財源化を公約したが福田内閣は道路族のいいなり?になっており、冬柴大臣は国交省の官僚の手のひらで踊っている様は国会答弁の様子から見て取れよう。

 道路族や有力議員の選挙区に無駄な道路が造られたり、広島や全国の主要都市にある大型の地下駐車場、国交省内部から「官舎や寮、カラオケ、マッサージ機」「ミュージカル」などの道路以外使用の尻尾が見えて来ている。

 “6人の侍”の意思表示にはそれぞれ言い分がある。諸手を挙げて賛成は出来ないと言う立場を取っている。
 知事や市町村長が政府・与党の応援団になっている限りは「特定財源の仕組み変更」や「一般財源化」は望めないだろう。政府与党はこの点の矛盾を十分吟味する必要があろう。

 真の背景は『参議院選の惨敗を取り戻し、再び土建・ゼネコン集票マシーンの復活が必要』と考える自民・与党内の道路族の巻き返しに福田内閣が流されている……と見るのは不自然ではなかろう。

 民主党や野党は『自民党・与党の税制』の手のひらで踊らされるだけでなく、改めて『暫定税率の怪にメスを入れ』与党になればこうすると言う『民主党・与党の税制と財政構造』を判り易く示して、堂々の国会論戦を巻き起こす時ではないか。

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2008年3月10日 (月)

登録有形文化財

 赤字に悩む3セクの鳥取県の若桜鉄道が駅舎、ホーム、ポイントなど16件の施設を国の登録文化財とするよう申請したという。蒸気機関車の向きを変えるのに使われていた手回し式の転車台も含まれているという。地域の人たちが大切に使ってきたことで、保存状態はいいという。いずれも1930年から32年にかけて作られたもので、山田監督の寅さんシリーズの「寅次郎の告白」の場面にも出てくるという。登録されると、修理の際に、設計料の半額補助があるというが、たいした額ではなさそうだ。その補助金の額よりも、観光客へのPR効果のほうが大きいと思う。若桜鉄道は全長19.2キロというからアストラムラインとほぼ同じくらいの長さの鉄道である。
 この登録有形文化財という制度は、消滅の危機に晒されている多種多様な近代の文化財建造物を保護しようということで作られた制度だという。重要なものを厳選し、許可制等の強い規制と手厚い保護を行うという有形文化財の指定制度を補完するものだという。原則建設後50年を経過することというのが条件になっているようだが、それをクリアすれば、後は届出をすればいいようだ。
 この施設は「登録有形文化財」ですというとなんとなくもっともらしいではないか。
 上手いところに目をつけたもんだ。いままでは地域開発、観光客誘致というと、すぐ何か箱物をつくるということになるが普通だが、そうではなく、こうした古いものに価値を見出そうという発想の転換に拍手を送りたい。
 日本全国の登録有形文化財の建造物は、すでに5913件あるという。広島市内にあるのは13件だという。ネットで検索してみると、リストアップされているのは広大付属中・高校の講堂だけだ。できてから50年経って、この制度の対象になる施設はもっと、もっと沢山あるはずだ。登録するのにも、HPに乗せるのも、さしてお金はかからない。どんどん申請し、HPに載せ、広島市にはこんな素晴らしい施設が沢山ありますよと宣伝したらいい。

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 立憲君主制のブータンの国是は、「国にとって大切なのはGNP(Gross National Product=国民総生産量)ではなくGNH(Gross National Happiness=国民総幸福量)である」という。
 この若桜鉄道の例に見られるように、広島市にあっても、これからは、通勤、通学、買い物の利用者が何人いるか、いくら儲かったかといったGDP面からだけで、事の価値を判断するのでなく、これからはその文化的価値、GNH的面から、事を評価する仕組みを育てていくことが必要だ。

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2008年3月 9日 (日)

いい店ひろしま顕彰事業

 「いい店ひろしま顕彰事業」で、イタリアの輸入家具等を売る「カッシーナイクシー広島」等7つのお店が選ばれた。
 この「いい店ひろしま顕彰事業」は広島市内で店舗演出や接客などが優秀な中小小売業を顕彰する制度で、今年度は3回目だという。まだあまりなじみがないが、299店の応募があり、その中から、スポーツ用の自転車を売る「バイシクル ネコモト」、スポーツ選手用眼鏡の「グラシーズ白島」、洋菓子店「ケー・サブール」、和服の「おかだや」、化粧品店の「森の朝きらら」が選ばれた。

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 広島市では、市内の小売業は94年には12,088ヶ所だったが、04年には9,848ヶ所になったという。この10年間に約2割、2,240ヶ所も減ってもいる。イオンモールや、アルパーク等の郊外型大型SCに客を取られたのが最大の理由だろう。紙屋町、八丁堀で買い物をするという割合いも年々減っている。鷹の橋商店街も昔に比べ、随分と寂れた。そうした状況にあるとき、こうした制度ができたことはいいことだ。歓迎したい。
 この制度のいい点はいくつかある。
(1)悪いところ指摘するとか、文句をいう、クレームをいうということはたやすい。しかしいいところを見つけて誉めるというのは難しい。こうした誉める制度、表彰制度は、それだけでも価値がある。
(2)表彰する主体が、お役所の広島市だけでないのもいい。商業センター、商工会議所が作る実行委員会が主催する制度だという。
(3)物を作る製造業関連では、多種多様な表彰制度がある。店舗の建築デザインを表彰する制度もあるが、お店のソフトを評価する制度は少ない。それだけ難しいということのだろう。今回の小売業のお店の営業状況=ソフトを表彰の対象にしたというのは大変いいことだ。
(4)今回表彰を受けた店には、皆それぞれに経営者の思い入れ、拘りを感じる。こうした思い入れは郊外型大型SCにはない。そんなことはあまり必要としていないからだ。こうした経営者の思い入れの込もったお店こそ、人の住む街を創るのだと思う。そうした思い入れを表彰する制度でもある。
「いい店ひろしま顕彰事業」が上手く育ち、広島の街の価値を高めていって欲しい。

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2008年3月 8日 (土)

ユーティリティ・カー

 日本全国で鉄道の廃線が進んでいる。そして中山間地ではバスの便も減り、深刻な問題となっている。広島市の郊外の団地でも、利用者の少ない昼間のバスの運行が削減され、住民は大変困っている。利用者が少なく、採算ベースに乗らなければしょうがないと、現状はただ手を拱いているだけだ。
 しかしよく見ると、そうした地域でも、スクールバス、学校給食用の車、郵便局の集配車、宅配便の車、障害者の送迎の車等いくつもの多様な種類の車が走っているのがわかる。運輸資源としての、車も人も充分あるといえる。それぞれの目的にしか使えないから、車も人も効率はそれほどいいとは思えない。儲かっているとは到底思えない。このまんまでは、さらにバスは減り、郵便局はなくなり、スクールバスもなくなってしまう。
 それらを運輸資源として活用する手はないのだろうか。そうしたことができないのは、どうも各種規制にあるように感ずる。ちょっと調べてみると、旅客は「道路運送法」、貨物は「貨物自動車運送事業法」で規定されている。
・「貨物運送事業」は有償で貨物を運送する事業と定義されており旅客の運送は出来ないし、想定もしていない。(貨物法 第2条)
・旅客運送事業」は旅客を運送する事業とだけ定義されているが、特例で郵便物、新聞などの運送が出来ることとされている。(道運法 第82条)
・貨物事業、旅客事業のどちらも具体的な禁止行為としては「事業区域外の運送」が条文に明記されている。(貨物法 第10条、道運法 第20条)
・貨物事業は許可、旅客事業は免許であり安全管理面の基準体系が格段に異なり、厳しい。
・いづれも事業としてではなく、無償で行う運送は法の適用はないので、原則として自由に行うことが出来る。(過疎地の自治体が行う無料バスなど)とある。
 いずれにしろ旅客の安全性が最優先されていることがわかる。
 故に、郵便局の車は人を乗せてはいけないことになっているのだろうし、スクールバスは、小中学校の生徒の送迎以外の旅客の乗車や、宅配はしてはいけないことになっているのだろうと思う。郵便局の車は旧郵政省、スクールバスは文科省の管理と支援を受けていることも、目的以外の他の業務をすることを難しくしているように思う。これも縦割り行政の成せることといえるのだろうか。
 それなら、そんな規則をこの際撤廃し、それぞれの車が何をしてもいいということにしたらどうだろうか。一つの車が、人も物も乗せてもいいし、なんでもやってもいいようにしたらいい。郵便局の車が通学の小学生を乗せてもいいし、老人、障害者を乗せてもいいというようにしたらどうかというわけだ。無償で行うならOKというなら、有償で行っても、安全性が妨げられることはないだろうと思う。 安全性と有償、無償は本来関係のないもんだろう。便数は確実に増えるだろうから、住民にとっては便利になるし、運行する企業にとっても採算性は向上するだろうと思う。
 自家用車に頼らなくてよい生活ができるようになれば、中山間地域に住む人も増えるだろうと思う。そうなれば地球環境的にもいいことだ。
 人が乗るだけでなく、物も載せられる、障害者も乗せられるような多目的車、ユーティリティ・カーも販売されている。

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 野球にはユーティリティ・プレイヤーと呼ばれる選手がいる。いくつものポジションをこなせる選手のこという。それは1流になれない選手でもあるが、そんな悪い意味ではなくて、良い意味での「便利屋」がいる。utilityとは本来“万能の”、“使い勝手のよい”という意味でもあるようだ。
 車の世界ではユーティリティ・カーは、オフロードのレジャーにも使える車ということの意味に使っているようだが、多様な目的に応えられる車はすでに販売されている。
 ハードはすでにある。問題はそれを可能にするソフトだ。突き詰めれば規制緩和が必要だということのようだ。
 日本全国どこでも規制緩和をしなくともよい。たとえば広島市が一括して、それらの免許権を各省庁から譲り受け、中山間地域とか、団地とか、その地域の実情にあわせて認可し、運行できるようにすればよい。今盛んに言われている地方分権の大きなテーマにしたらよい。

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2008年3月 7日 (金)

PASPY

 広島でも、ようやくICカードPASPYが使用できるようになった。パスピーはパスとスピードとハッピーを合わせた造語だという。響きもいい。デザインもなかなかいい。
 2008年1月26日から使えるようになったのは、市内中心部と、市北部のバス、広島空港リムジンバス、白市~広島空港バス、クレアラインバス、広島蒲刈線、福山市東回り西回り市内線、高速広島線(広島~三次、庄原、東城)、広電路面電車の白島線(3月利用開始)だ。まだまだ使えるのは1部だが、これから順次導入をすすめ、平成21年度中には、広島県内のほとんどの交通機関で利用できるようになるという。
 広島県内にはバス、船、路面電車、新交通、ロープウエイ等様々のモードの交通機関があり、今回ICカードの導入を決めた会社は18社もあるという。ICカードを、こんな多様な交通機関と会社に跨って使える都市は他にはないという。広島はこうした面でも最先端を行っているようだ。不思議な都市だ。
船は出入り口が1ヶ所だが、バスは乗り口と出口と異なる。グリーンムーバーは中央部に入り口が2ヶ所、両端に出口が2ヶ所ある。アストラムライは21駅もあり、乗る駅と降りる駅は違うというように、それぞれ皆使い方が異なっている。それだけに開発は大変だったようだ。その費用も合わせると総額で60億円を越えるようだ。大変な額だ。
 しかし今までのように、バスから船、そして電車といくつもの乗り換えがあっても、それぞれ別のカードを持つ必要がなくなったから、そのメリットは大きい。今までのバスカードと同様、1割のプレミアムも付いている。

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 ICカードは非接触型カードということでちょっと触れるだけでいいから、いちいち財布から取り出し、改札機に入れる必要はない。便利なことは確かだ。いずれスイカ、イコカと共通して使えるようになるだろうし、PASPYで買い物もできるようになるだろう。そうなればさらに便利になる。
 しかし、電話に磁気カードが使えるようになって、便利になったと感激したのはついこの前のことだ。それが、いまでは誰もが携帯電話を持つようになり、街から公衆電話そのものが消えてしまった。しかし財布の中は、様々のカードがあふれて困っている。PASPYの機能を携帯電話に載せるのも、もうすぐだろう。そうなればこのICカードはまたすぐにいらなくなるのだろうか?
 あまりに技術の進歩が早く、戸惑ってしまう。導入する方も金がかかって大変だろうが、「便利」に付き合うのも大変だ。

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2008年3月 6日 (木)

長島一茂企画・主演の映画「ポストマン」

 突然のお誘いを受けて映画「ポストマン」の試写会に出かけた。
郵便配達をテーマにした外国映画は2~3ある。
 プロ野球引退後はタレントやスポーツキャスター、巨人の代表特別補佐に俳優の顔を持つ長島一茂さんが企画・制作総指揮に主演までを背負った映画がどのようにして生まれたのか興味を持った。テレビ番組のレギュラーとして画面でお目にかかる一茂さんは天然系?の長嶋茂雄の息子、長島家のお坊ちゃんと言う感じで受け止めていた。
 どうせ新郵政=日本郵便事業株式会社の仕掛けだろうと思いながら見た。

 映画は妻に先立たれて男手一つで中学3年の長女と小学生の長男を育てる郵便配達員が主人公。デジタル全盛時代の今も“バタンコ”と呼ばれる昔ながらの赤い配達自転車で配達することにこだわる主人公が、進路に悩み母を慕って反発する娘と担任教師との触れ合いを通して「家族の絆」と愚直な郵便配達人の仕事“手紙”を通して人の温かさとコミュニティーを繋ぐ「地域の絆」の大切さを描いている。
 随所に父と子、母への思い、祖母の言葉などを通じて感情の高まりを刺激する味付けが施されて涙を誘う爽やかな人間ドラマに仕上がっている。

 日本郵便事業株式会社と全国特定郵便局長会がこの映画の鑑賞を勧めて応援する。
郵政省時代には配達途中に地域の一人住まいのお年寄りの買い物を手伝ったり声をかけるなど地域の頼りになる配達人が各地にいたり組織的な取り組みもされていた。
利益優先で徹底合理化した日本郵便事業株式会社になって、はたしてこの映画の鑑賞支援が現在の郵便事業の理解や協力につながるのだろうか。どうかすれば、今は消えてしまったものへのノスタルジーや逆に郵便事業の現状批判につながる側面さえ持っているように思うのは私だけだろうか?

 新しい郵便事業が抱える社会的責任と現状に照らした場合、企画の狙いが何だったのか今ひとつ理解しにくい面がある。最初に思った“郵便事業者の仕掛け”ではなそうだ。
 日の目を見ないで蔵入りする映画が年に100本を超える時代。商業映画と一味違う自主映画に挑戦した長島一茂さんの事業家としての才覚?が創らせたものかどうか判らないが、
家族で楽しめる映画だ。                          
全国上映は3月22日からロードショー。
<映画館上映以外の問い合わせ>広島映画センター082-293-1119

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2008年3月 5日 (水)

米国大統領選挙とヒロシマ

 開催中の米国「原爆展」の長期出張から帰国した広島平和文化センターのリーパー理事長に7日午後、面談した。 

 米国101都市での開催を目指している原爆展は昨年秋から南部を中心に開催中で、各地で大きな反響を得ている。開催地の地元紙や大学新聞の取材、テレビニュースに生出演とメディアの注目が大きく、アメリカ市民へ「ヒロシマのメッセージ」が確かな形で発せられ広がっていることをリーパー氏は熱をこめて聞かせてくれた。

 1月22日のこの欄で書いたネバーアゲインキャンペーン(NAC)の活動に米国がビザ発給を拒んでいる件の相談に乗って頂くのが目的だった。(対応は別途記載予定)リーパー氏は今の米国政府は間違いなく、外国から平和活動家が入国することは好んでいない。しかし、展開中の大統領選挙の予備選では大きな変化が生まれつつある…と目を輝かせた。

 スーパーチュースデーの結果、民主党の予備選はオバマ、クリントンが互角に闘い、21州中13州はオバマでクリントンはカリフォルニアやNYの大票田で勝利し五分の闘いをした。
 しかし、民主党の代表に必要な2025の代議員にはほど遠く、闘いはこれからが本番だ。
 
 リーパー氏は今回の大統領選で、嘗て米国大統領選では無かった事が起きようとしていると言う。候補者の中に「核軍備」について否定的発言が見られる。オバマは「核兵器が存在しない世界を探求していく」、クリントンも「あらゆるオプションから排除するであろう」と発言していると言う。イラク戦争について日本の報道は「オバマは最初から反対、クリントンは当初は支持・今は反対…」の報道はあったが、核軍備についての報道は全く知らない。クリントンが核抑止論に立って核兵器保有を根本的に否定していないのに対し、オバマは「核兵器廃絶」の方向を示している…と言う。

 こうした議論を引き出した背景に9・11テロを口実にしたブッシュ政権の核兵器政策の強硬、イラク戦争の泥沼化と失敗。イラン北朝鮮などの核拡散の動きに対する国民の危機感。とりわけ米国の核戦略を推進してきたキッシンジャー元国務長官ら元高官4人の「核抑止論の破綻と核軍縮」支持表明などがあると指摘し、オバマ大統領が実現すれば秋葉市長が先頭に立って進めている「2020核廃絶」は有りうるところに来ていると言う。

 米国で開催中の「原爆展」のタイムリーさ、役割と意味は極めて大きい事がわかる。
 ヒロシマ・ナガサキが今、アメリカを突き動かす可能性は高く、期待できる。
 頑張れ! アメリカのリベラル達!! 頑張れ! オバマ!!! 頑張ろう! ヒロシマ・ナガサキ!!!

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2008年3月 4日 (火)

宮島トライアスロン

宮島トライアスロンが今年も開かれる。開催日は6月15日というが、今選手の登録を受け付けている。今年が2回目だというから、まだまだ生まれたばかりである。
宮島の厳島神社の鳥居をスタートし、ウッドワン美術館前にゴールする。全長100KMというから、かなり距離の長いレースである。

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そもそもトライアスロンは、酒の席の冗談から始まったというから面白い。1977年にアメリカの海軍のジョン・コリンズ中佐が、酒の席で、「ハワイで3.84キロのwaikiki rough water swimと、179.2キロのオアフ島1週サイクリング大会と、42.195キロのホノルルマラソンのうちで、どれが一番大変な競技だろうか?」と議論になり、そこから「それなら3種目を一度にやってみてはどうか」ということになり、1978年2月に第1回大会がオアフ島で開かれたという。
そのレースには日本からも参加したというが、「世の中には物好きな人がいるもんだ」というように見られ、まさに冒険へのチャレンジという感じであった。
その後国内でも、宮古島や琵琶湖などで大会が開催されるようになり、今では全国あちこちで、大小合わせると、100回以上の大会が開かれているようだ。1994年からはオリンピックにも正式採用され、その正式距離はスイム 1,5キロ、バイク 40キロ、ラン 10キロとなっている。
当初はこんなにも過酷なレースに、どれだけ人間は耐えられるかということに関心があったが、近年では、スピードレースを競うスポーツに変貌していっている。
この「宮島トライアスロン」は、イベントとしてみてもなかなかよくできている。
●トライアスロンという競技そのものが面白い。
(1)泳ぐ、漕ぐ、走ると素朴な行為を通して、人間の体力の限界に挑戦している。
(2)水泳、自転車、走るという全く異なる種類の競技を纏めて見られる。その異なった競技を続けることで、選手の得意不得意があり、順序が入れ替わるという駅伝のような面白さがある。
(3)競技内容が今の時代のテーマ地球環境にも適っている。
●宮島で催されるということの意味は大きい。
(1)世界遺産である宮島の厳島神社の海の中に立つ大鳥居をスタート地点としている。人間がその極限に望むレースのシンボルとしては最高だ。
(2)宮島から対岸の廿日市まで泳いで海を渡る。その距離2.5KM。宮島へは、普段からフェリー行き来しているから、皆良く知っている海だ。そこを泳いで渡るのだという。潮の流れも強いだろうから、結構大変だろうと想像できるような馴染みのあるコースである。
(3)上陸してからは、自転車で国道を北上する。ゴールの吉和魅惑の里海抜900Mまでの間77.5KM。コースは殆ど上り坂できつい。しかし周辺の景色は素晴らしく綺麗だ。
(4)魅惑の里からゴールのウッドワン美術館までは、ランで20KM。西の軽井沢といわれるさわやかな吉和の高原を走る。季節は新緑の6月だから、緑が綺麗だろう。
(5)レースの面白さの中で、広島県の西の地域の素晴らしさを、全国に紹介される。
こうしてみてみると、この「宮島トライアスロン」は、数あるトライアスロンのレースの中でも、飛びぬけて良くできていることがわかる。
「宮島トライアスロン」が、トライアスロンを代表するレースとなると思うが、それだけでなく、広島を元気にするイベントの一つになることが期待される。
上手く育って欲しい。

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2008年3月 3日 (月)

知の危機 ?

 大学全入時代になった。誰でも希望すれば、大学に入れるようになった。こんな時代が来るとは、誰も予想していなかった。学士さまとして、大学生が尊敬された時代もあった。今でも大学さえ出れば何とかなると思って、親は懸命になって子供を大学にいかせている。
 しかし現実は大学をでたからといって、特別待遇されることは殆どなくなってしまっている。すでに、広島市役所の採用試験は学歴不問だ。日本の大学は昔から入るのに難しく、出るのは易しいといわれてきた。そんな状態で、大学卒といっても価値がなくなるのは当然だろう。ある大学では、中退したほうが偉くなるとさえいわれている。優秀な奴は大学に早く見切りをつけるが、バカはいつまでも大学に残っているといわれていた。
 それはさておくとして、先日の中国新聞に、中国地方には大学は36校あるが、その3分の2、24校は定員割れを起こしているという。4校は定員の半分にも満たないという記事が載っていた。
 大幅な定員割れから経営難に陥り民事再生法の適用受けた萩国際大は、福祉系の学部に改組し、山口福祉文化大と名称も変更したが、それでも昨年の入学者は24人だったという。
 どの大学も学生の確保に必死だ。とりわけ広島は受験生の草刈場になっているという。昨年は県内の進学者15,300人の半分が県外に進学しているという。また下の図をみれば、広島市内の大学の学生数はここ10年間については少し減っている。この図では広島市の学生数がやけに少ないように見えるが、本来広島大学の11,036人、近畿大学工学部の2,300人を足した数字、約44,000人が広島市内の学生数と見なすのが妥当だろう。ということでは、広島市がとりたてて学生数が少ないわけではない。人口比でみれば、札幌や仙台より多いくらいだ。この図だけでみては誤解してしまう。図や表を見るときは、そうしたことにも注意する必要がある。中国新聞の記事もそれがわかっているからだろう、広島市だけが少ないとは書いていない。

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 しかしいずれにしろ広島県内の大学は、何か抜本的な手を打たないとやばいということは確かだ。広島市内でパイの奪い合いをしている隙に、東京の大学にごっそり持って行かれてしまっていたのだ。広島市内の大学、専門学校が手を取り合って、共同戦線をはって頑張ることが必要なようだ。
 まあ、東京がそれほど魅力的な都市でなくなっていうことは確かだし、大学の価値もなくなってきているから、それほど慌てることはないともいう人もいる。しかしなんとかしないと、広島から大学が消えてしまう恐れがある。
 アメリカの大学にも危機はあった。その危機を乗り切った典型的な例はハーバード大学だという。まず財政的基盤を安定させるために積極的に寄付を集め、それをベースにした基金が、今では297億ドル=3.2兆円になるという。凄い額だ。それの運用益が毎年20%近いというのにも驚く。単純に計算すれば、運用益だけで年間6千億円になる。ちょっとやそっとで、太刀打ちできそうにない。その豊富な金に物を言わせて、世界各国から優秀な頭脳の教授と学生を集めているのだ。留学生も多い。学部学生で9%、大学院は30%という。東大の大学院が外部からの学生を30%にするというのは、こんなところに根拠があるのだろうか。
 しかしハーバード大学では、毎年年度末になると、教職員に学部毎の決算書が作られ、お前の年俸はいくらだといわれる。これは、ちょっといい感じはしない。年俸交渉もあるようだ。日本の大学でそんなことをしている大学は1つもないだろう。


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2008年3月 2日 (日)

近頃の若者

近頃の若者に顕著に見られるようになってきた現象があるという。
・車に乗らない。お金がかかるし、運転は面倒だからだという
・スキーをしない。お金もかかるし、行き帰りに時間もかかる。練習しなければ上手くならないのは嫌だ。寒いのも嫌だ。仲間で予定を調整するのは面倒だ。
・先輩とお酒を飲むのは嫌だ。飲むなら、友人と自宅でのんびりと飲むほうがいい。
・カラオケは一人でいくのがいい。人の歌にオベンチャラをいうのは嫌だ。自分だけの方が、気が楽だ。
・自宅でTVをつけて、携帯でメールをしているほうがいい。直接あって話をするのは面倒だ。
というような現象が近頃顕著になってきたという。
要するに余計なことはさけるーこれを「ノイズリダクション」というのだそうだが、こうした若者を称して「ミーイズム」というそうだ。
・先日のTVでは、「デートDV」が近頃問題になっていると報じていた。
2割近くの女性が被害にあっているのだという。
気に食わないことがあるとすぐに切れて、暴力を振るう男が増えているのだという。女性の行動を携帯のGPSで監視し、それこそ数分おきに報告させるのだという。
・最近の大学生は、授業に興味がわかないというのが60%もいるという。月に1冊も本を読まないというのが29%だという。携帯、パソコンでみればこと足りるということのようだが、1冊の本を読みきるということをしないようだ。
・大学も全入時代に入り、AO入試とやらで、何か取り柄があれば入学させるということをいいわけにして、誰でも入れるようになってしまった。AO入試とは、アホでもOKという意味だ、とさえいわれている。大学はその昔レジャーランドだと貶されたが、いまやアホ養成所になってしまった?
「近頃の若者は駄目だ」というと、そんなことをいうのは年取った証拠だ、年寄りの僻みだといわれるが落ちだが、これはちょっと由々しき事態だ。
日本人は、見かけは立派だが、心身共にスカスカになっている。骨粗しょう症になっているのは骨だけでない。
しかしその自覚症状がないのが怖い。
ちょっと触れば、グズグズと崩れていってしまいそうだ。
私の好きな歌に「君の行く道は、果てしなく遠い/だのに何故歯を食いしばり 君は行くのか/そんなにしてまで・・・」
という歌がある。
・・・・・・

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2008年3月 1日 (土)

NHK

 NHKの「小さな旅」というTV番組は、なかなかシャレている。いい番組だ。1983年から始まっているというから、すでに30年近くも続いているということになる。日本各地を訪ね、そこに住む人々の生活を、NHKらしく生真面目に記録した番組である。近頃は数十年前に放送した内容に、今の姿をオーバーラップさせて、番組を構成している。その頃若々しく元気で活躍していた人も、いまではもう亡くなり、映像に写っていた小さな子供が、いまでは父親の後を継ぎ、活躍している。その姿はそれぞれになんとも感動的である。
 1993年4月5から続いているというク「ローズアップ現代」もいい。その他にもいい番組は沢山ある。こうした番組を作れるのはNHKだけだろう。
 民放の番組は、近頃、どこをみても同じようなお笑い系の番組ばかりだ。面白がっているのは、そこに出ている出演者だけという感じである。そんな番組は、BGMのようにただ部屋の中にあるというだけになってしまっている。放送を見ているわけではない。ニュースも、民放のそれは、何が起こったかを報道するというのではなく、キャスターが、ニュースをきっかけにして、自分の思い込みでの喜怒哀楽を表現しているだけというだけになってしまっている。これではいずれ飽きられ、見放されるだろう。視聴率を云々し、視聴者とスポンサーに媚びた成れの果てだといえる。
 先日はたけしが「TVタックル」で、お笑いタレントが食えなくなったら、天下り先は政治家だといっていた。恐ろしい話だが、的を突いている。末期的症状だ。
 そんな時代にあって、NHKの良心的な番組が、改めて価値を持ってきたように思う。NHKの聴視料にとかく批判があり、支払い拒否をする人も増えているが、こうした状況をみると、NHKには頑張って欲しいと改めて願わずにはいられない。
 またなんでもかんでも広告収入にたより、無料化すればいいというものでもないだろう。お金を払っても見たい番組であればお金を払うのに、だれでも異存はないだろう。今だって有料の放送は幾つもある。
 支払いを拒否する理由の一つに、今のNHK総合とNHK教育の2つのチャンネルでは、料金が高すぎるということもあるように思う。視聴者にとっては、つまり費用対効果が合わないということだ。
 NHKには膨大な映像のストックがあるだろうし、もっと多様で良質な映像をつくる能力も充分あるように思う。
 日経新聞は日経流通新聞をはじめ、いくつもの新聞を発行しているが、それだけでなく、日経流通新聞を発行し、日経ビジネス、日経ベンチャー、日経アーキテクチャー、日経メディカル等いくつもの雑誌を発行している。TVにも進出し、ネットでの配信もしている。その持っている取材力を、多様な媒体で発信している。取材力の充実→発信力のアップ→販売力の強化→取材力の・・・という正の循環の仕組みを作っているようだ。
 NHKだって、能力的には、そうしたことは充分できるはずだ。放送のチャンネル数が、技術的に制限されているというなら、デジタル放送化を契機に増やしたらよい。過去に放送した膨大な量のストックもあるはずだ。かっての放送内容をDVDのシリーズにして、販売するとかもしたらどうだ。無料で見られる放送のチャンネル数ももっと増やすべきだ。膨大なストックの映像を死蔵しているのはもったいない。
 TV放送も最初は生放送であった。そのときは、カメラに写る生中継のみが放送可能であった。ビデオの時代になり、録画での放送が可能になった。それでもまだ放送には人手を必要としていた。デジタルの時代になって、放送するにもボタンを入れさえすれば、膨大な量のコンテンツをコントロールし、放送することが可能になった。そこに誰もいなくとも放送するとも可能になった。がされるようになった。情報を発信する費用も格段に安くなっているはずだ。
 そうした技術を使い、NHKはその放送を、例えば倍の4つのチャンネルにする等、チャンネル数を増やす、さらに24時間放送するということも、それほど費用をかけずとも、充分可能なことだろう。情報発信の量、質共がアップすれば、料金の支払い拒否も少なくなるように思う。
NHKは、古い規制に守られているともいえるが、古い規則に縛られているといったほうがよいのかもしれない。韓国ではネットでニュースを見る人が増え、新聞社が倒産しているという。ネットでの動画の 配信も進んでいる。このままではNHK本体の存続も危ぶまれる。
 NHKのコンテンツを作る能力は素晴らしいものがある。これを失いたくない。
 会長も20年ぶりという民間人の元アサヒビール社長の福地氏になった。視聴者にもスポンサーにも媚びない番組つくり、そして規制を超えた多様な活動をするNHKになって欲しいと願っている。

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