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2008年2月

2008年2月29日 (金)

「フリーター、ニート、臨時、パート…」

 少し前、テレビのワイドでショックを受けた。まだ30代のホームレスの男性がゴミ箱をあさっている。やがて1冊の漫画本を拾い上げた。彼は、次のゴミ箱へ移動する。カメラは丹念に彼の後姿を追った。「1冊50円で売れます。今日は8冊拾ったので400円、晩御飯にありつけます。」彼はインタビューに答えていた。
 「派遣」「嘱託」「臨時職員」「日雇い」「アルバイト」「パート」「ニート」「フリーター」「ネットカフェ難民」あげくは「ホームレス」……身分の不安定な人たちの呼称が満ち溢れている。なぜ、このような時代になったのだろうか。多分ここ20年間ほどの間で起こったいくつもの複合的な条件によってもたらされたものだと思う。しかも、それは自然条件ではなく、一定のある意思が働いて今日に至ったのではないか。バブルがはじけて日本経済にかげりが見え始めた頃、「低賃金労働者」を作り上げて労働コストを引き下げる、つまり人件費の抑制が資本にとって重要な命題となった。

 問題のひとつは、「労働者派遣法」で専門職種の人材派遣が法律で認められたことだ。特殊な「専門職」であるべき「派遣」が見る間に拡大されていった。同一会社で一般社員と派遣社員が同じ仕事に携わる光景が当たり前になった。
 これによって会社が負担する人件費は、半額から三分の二に減った。「グッドウィル社」の悪行は、その副産物である。

 もうひとつは、労働組合の弱体化である。新しいデータによれば、広島県内の組織率はわずか20・2%で、データの存する昭和30年以降では、最低の数字だそうだ。労使対等を謳い、労働者を保護すべき労働3法はすでに無力化している。言葉は悪いが労組の存在は「ごまめの歯軋り」「蟷螂の斧」に成り下がってしまった。 

 ほかにもまだまだ問題はあろう。だがこうした中でいま「派遣」や「フリーター」の労働組合が声を上げ始めた。大正の「女工哀史」昭和の「三池炭鉱」につづく平成の「フリーター運動」になるか、七転び八起きのすえの労働者の知恵と力の結集を期待したい。

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2008年2月28日 (木)

ギョウザ騒動で思うこと(2)

一連のギョウザ食中毒事件で、いまの日本の家庭における食生活の問題点にかかわるともいえる報道に接した。問題のギョウザは、1パック40個入りである。
これが398円で売られていた。これと同じ内容のギョウザを、国産の材料で作る実験を行ったという記事である。野菜、ミンチ、にんにくなどすべての食材の合計金額が、810円になったそうだ。中国製品の倍以上になる。私はよく厨房に入って包丁を手にするが、その経験で言えば生の食材をつかって40個のギョウザを作ろうとすると、ゆうに1時間はかかる。もちろん手作りのギョウザと冷凍の既製品とは、味に格段の差があることは確かだが、そうはいっても昨今の既製品も相当なものだ。
 
仕事や育児に追われ疲れきって時間がない主婦が、安く、手っ取り早い冷凍食品に走るのは、むべなるかなである。まして子や主人の翌朝のお弁当を作らなければならない主婦には、冷凍食品は必需品だろう。幼稚園などでは、色とりどりのきれいなお弁当を競い合う傾向もあると聞く。

事件が起こってまもなく、郊外の大きなスーパーへでかけて「冷凍食品コーナー」をウォッチした。長さ10メートルはあろう冷凍食品棚には、ありとあらゆる食品が並んでいた。現存するメニューでないものはないという活況である。
しかも、食欲をそそる写真、デザイン、キャッチフレーズで思わず手が出そうになる。だが商品の原産地をみると、中国、タイ、ベトナムなどほとんど外国産である。
 「時間がない」「疲れる」「お金がない」という生活環境の中でおいしく、手軽な食品を調達しようとする人たちを待ち構えているのは「コンビニ」と「冷凍食品」だ。こうした食環境が発達していく中で事件が起こった。

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2008年2月27日 (水)

ギョウザ騒動で思うこと(1)

一連のギョウザ食中毒事件で、2つの古い話を思い出した。
昔私が勤めていた会社は、中国の上海に社員を派遣していた。ある日その社員が仕事を終えての帰路、道端で売っていたサザエを一山みやげに買って帰った。
自宅でそれを広げた奥さんは仰天した。サザエのなかに、こぶし大の石が数個入っていたという。気丈な彼女は、抗議に走って料金を取り戻したという話を聞いた。
 
もうひとつ、友人のO氏は、広島市内で海外取引の小さな商社を経営していた。彼は、中国から桃の缶詰を輸入するため、現地に赴いて商品を手にした
O氏は缶を開いて自ら試食した。半月型にカットされた大きな桃は色も鮮やかで味も満点、即刻商談をまとめた。後日送られてきた商品は国内で販売された。と同時に抗議の電話が鳴り始めた。缶詰の桃は、彼が試食した見本とは比べようもないクズ商品で、とても食べられた代物ではなかったそうだ。この事件で信用を失った彼は、やがてして社を閉じた。

 この二つの事実と今回の騒動を結びつけて「だから中国は…」と断じるつもりはない。ただ、先の段ボール入りギョウザ(結果はヤラセだった)事件といい、「だまされるほうが悪い」「日本人相手なら少々のことも」などともいわれるこの国の食に関係する杜撰な背景は、どうなっているのだろうかと考える。
(1)急激な経済成長で、生産性の追求が優先されている。
(2)市場経済インフラが未整備で、国際市場との整合性がとれていない。
(3)農政が後手にまわり、統制がとれていない。
(4)貧富の極端な格差が、全体より自己を優先させる。
(5)歴史的な対日意識が根強いなどさまざまな社会要因があってのゆえではないだろうか。
 骨董の贋物をつかまされるなどは愛嬌ものだが、この事件は、食に関することだけに厄介である。

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2008年2月26日 (火)

広島市が「障害者の自転車路上駐車OK」へ

 広島市が今春から取り組む自転車の放置対策の一環に「障害者の路上駐輪を撤去の対象外にする制度」を新設する。

 この新制度は下肢や心臓、肝臓などに障害がある身体障害者者手帳を持っている約2万4千人を対象に申請を受け付け、市が認定した人には縦7、5センチ横5センチのステッカーが発給される。

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 このステッカーを自転車の後部に張っておけば紙屋町、八丁堀、JR広島駅周辺など6ケ所の「自転車放置規制区域」の路上に止めていても撤去しない。

 障害のある人たちの日常生活や社会活動を支援するのが狙いで、嬉しいのは障害の程度が軽く障害者手帳を持っていない人でも長距離の歩行が困難な人も対象になることだ。

 早速、市役所の担当セクションに問い合わせてみた。道路管理課の担当者は役所に寄せられた市民の声を反映させた施策だと言う。目下、不公平にならないような、悪用を避ける基準作りを検討中と言う。障害者手帳がない人にも条件付きで活用できるように、是非基準を早く纏めて実施に漕ぎつけて欲しいとお願いした。
 
 私の場合は1年10ケ月前に胃と脾臓、胆嚢を摘出した後、右の大腿部・臀部、腰辺りの痛みを伴うようになった。整形外科やペインクリニックでの診察で明確な痛みの原因はつかめなかった。医師の判断は手術後一気に16kの減量が筋肉を退化させて筋の伸縮が衰えて痛みが出ている…リハビリは散歩が一番との診断だ。

 以来、毎日の散歩が日課だ。平和公園で1日6千~7千歩の散歩だ。連続歩行はせいぜい2千歩で、休みながらの歩行の半分は背筋の強化に背面歩行をしている。
 私のように街中に住んでいて自動車免許も障害者手帳も持たず歩行が難しい者は自転車が何よりの移動手段である。これまでに本欄に、本通りや街のあちこちに椅子やベンチの配置を希望する「障害者、高齢者に優しい街づくり」を書いてきた。

 今回の広島市の取り組みは“全国でも珍しい取り組み”と言う。障害者や歩行が難しい人にやさしい街づくりの一環として評価が出来よう。性善説に立った「基準」作りと早い実施を希望する。

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2008年2月25日 (月)

映画「寒川」に見る『限界集落』

 ドキュメンタリー映画「寒川」(SABUKAWA)を「いい映画を推薦し、上映の機会をつくろう」と準備中の『シネ・クラブひろしま』の若者たちの企画で鑑賞した。

 宮崎県西都市「寒川」地区を中心に、農山村の過疎化、高齢化の急速な進行の中で農林業の衰退と年寄りだけが取り残され田畑や山林の管理が出来なくなって災害が襲い、やがて廃村に追い込まれて行く様子にカメラが向かい合う。
 ~日本の山村の四季~サブタイトル通り、舞台は九州山脈の中ほどに400年の歴史に抱かれた「寒川」や同じ運命を辿る高知や長野の山村の悲しいまでに美しい四季を追いながら『限界集落』の問題を浮き彫りにしていく。

 65歳以上のお年寄りが半数を超える20世帯未満の集落が『限界集落』と呼ばれている。政府が過疎地域に指定した市町村の7800ケ所の集落が『限界集落』で、このうち2600は消滅の危機にさらされており、ここ7年で200の集落が消滅したと言う報告がある。

 国は’70年に過疎対策法を制定後’04年までに過疎対策事業に76兆円をつぎ込んできた。
 どれだけの効果があったのだろうか。全国的には「限界集落」症状は依然として進行中で、ストップをかけられないのは何故だろうか。

 子供がいなくなり、学校が廃校になり高齢化は生活道の管理や冠婚葬等共同体としての機能が衰える。体が動かなくなり病院や施設に入り、集落はやがて消滅の道をたどる「限界集落」が徐々にくる。一気に発生しない為に社会問題化しにくいと指摘する人もいる。

 1月19日のこの“タウンNEWS”に掲載された元安川氏の「農業の起業化」は限界集落脱出の成功例ではなかろうか。補助金漬けの国の農業政策から自立する農業を切り開く住民の知恵を結集した結果で「限界集落脱出のひとつのヒント」があるように思う。

 集落が消えれば山野は荒れ、災害に弱くなり更に荒廃する。「寒川」に脱出の答えや具体的ヒントはない。しかし、“集落再生の道は何なのか”を深く考えるインパクトは大きい。

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<映画に関する問い合わせ>
『シネマ・クラブひろしま』
広島映画センター:239-1119

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2008年2月24日 (日)

TVドラマ「はだしのゲン」のDVD発売

 昨年夏、二夜にわたってフジTV系で放送された中沢啓治原作の劇画「はだしのゲン」がDVDになって発売になった。

 「はだしのゲン」は劇映画、アニメ映画それに舞台劇に続く第四弾。テレビドラマとしては初めての作品で、関東地区で30%の視聴率を獲得した優れものだ。
 
 脚本は「踊る大捜査線」の君塚良一、音楽は「ALWAYS三丁目の夕日」の佐藤直紀、監督は「拝啓、父上様」の西浦正紀と「電車男」の村上正典。プロデューサーの増本淳は「白い巨塔」などを手がけた新進気鋭の31歳で、小学校3年生の時に学校図書館で出会った「はだしのゲン」に感動し、フジTVへ入社以来ドラマ化を温めてきた。

 増本は「ゲン」に取り組む意図を『いま、日本人は三世代にわたって戦争をしらない。…戦争という大いなる過ちの歴史が風化しつつある日本で、一年に一度いくら子、親、祖父母まで家族みんなで戦争について考える番組が必要ではないか…。「ゲン」の家族の目線を通じて、戦争と原爆に面と向かい合い、戦争への怒りと悲しみと、そこから立ち上がる人たちの勇気と力強さを描きたい』と企画した。

 中井貴一や石田ゆり子、小林康など俳優陣はゲンや進次役の子役たちと今時珍しい合宿で演技に打ちこんだだけに戦時下の苦しみや怒りと悲しみを熱演している。特に8時15分、原爆の炸裂の瞬間はCGで見事に描いている。

 DVDと同時に全編に挿入された「千の風になって」と16曲のオリジナルサウンドトラックのCDも同時に発売された。

 若い世代のTVマンが一冊の劇画との出会いを大切あにした取組がDVDになり「ヒロシマ修学旅行」を目指す小中学生の事前学習の手引きとして広く普及することを期待したい。
 作品は海外の映像コンクールにも出品されおり英語版の製作の可能性も有り期待したい。

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購入は[7イレブン]で。
インターネットでも購入可。
7Yセブン アンド ワイ
http://www.7andy.jp/dvd/detail?accd=R0308863
価格 5087円(税込)、15 %=(898円)off
宅配も可。

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2008年2月23日 (土)

「平和市長会議」の国内拡大へ発進

 平和市長会議は新たに国内の自治体に加盟の呼び掛けを始めた。
 平和市長会議は核廃絶を促進する世界の地方自治体で構成され、秋葉忠利広島市長が会長を務める国際組織で、1982年(昭和57年)に当時の荒木市長が「平和都市市長連帯会議」を呼びかけ、継承されてきた。
 2005年に「平和市長会議」に衣替えし2020年までの核兵器廃絶を目指す「2020ビジョン」を掲げ、緊急行動をしている。この結果、最近46都市が加盟し、この3年で3倍の都市が加盟して127ケ国・地域2028都市に拡大した。

 国内で核兵器廃絶や非核三原則を目指す自治体宣言や議会決議をする自治体は一頃2600を超えたが平成の大合併で宣言や議決が失効して激減している。
 一方、‘84年(昭和59年)安芸郡府中町の山田町長の呼びかけで結成された「日本非核宣言自治体協議会」(会長:田上長崎市長)は加盟240自治体で足踏み。運動の趣旨は同じだが国内は「非核自治体協」が海外を「平和市長会議」が分担してきたが、「非核自治体宣言・議決自治体」の数から見ると停滞気味だった?しかも、平和市長会議には広島と長崎が加盟しているだけで国内の自治体との連携が課題だった。
 きっかけは昨年5月、伊藤市長の後を継いだ田上市長が秋葉市長を訪問した際に提案したのに加え、国内の自治体からの加盟要請も相次いでいたことも手伝って「国内自治体の加盟呼び掛け」の運びになったことは喜ばしい。

 しかし、これで世界の市長が平和市長会議に結集出来たとしても5核大国をはじめ核保有国のすべての核兵器を廃絶に追い込む道程は決して容易ではない。核保有を口にするような知事が就任した自治体もある。各都市・自治体が意思の疎通を図りながら市民の理解を促進し運動に巻き込む役割はそれぞれの自治体にあるからだ。

 国連の2010~20年にかけて「軍縮の10年」に沿って核兵器廃絶を積極的に推進し、専ら広島市が負担してきた運営経費を新たに加盟都市や企業や個人からも募金する。
 資金集めの受け皿がベルギーにでき、イタリア、ドイツ、アメリカで動き始めている。
4年に一度の総会は来年長崎で開かれ、国際NGOの「核兵器廃絶―地球市民集会」も開かれ機運は高められる。

 国連を動かし、核保有国、非保有国の各国を動かす原動力は「ヒロシマ・ナガサキ」であり「被爆者」「唯一の被爆国」であることに間違いない。
 国内の1000を超える非核宣言自治体が新たに平和市長会議へ参加できる道を開いた意味は大きく、全国的な理解と促進が期待できる一歩だ。

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2008年2月22日 (金)

縮景園

縮景園は1620年、広島藩主となった浅野長晟が茶人であった家老の上田宗箇に命じて作らせた庭園である。
幾度となく全焼もし、様々の歴史を経て現在に至っている。
こじんまりとしているが、内容は充実し、緊張感もある。
年を経て、大木に育った樹木には風格がある。
被爆樹木もある。
被爆から立ち直った象徴でもある。
上田宗箇流のお茶会も度々開かれている。
ハードとしての庭と、茶道というソフトとが、ここでは一体となってある。
一般的に公園には、こうしたソフトはない。大変難しいことなのだ。
市民球場跡地も単に緑地としての公園を作るのでなく、何か思いの篭った公園を作りたい。

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県立美術館が敷地の1部に建ち、美術館から出入りできるようにもなっている。
1Fのレストランで縮景園の庭園を眺めながら食事するのは、また風情がある。
京橋川とも繋がり、瀬戸内海の水位に合わせ、池の水も上下するという。
こうして広島の街と様々に繋がりがあることが、この縮景園の特徴である。
ビルの中に埋没しているという人もいるが、そうではない。
それだけ街との関連性が高いということでもあるのだ。
そのことが、またその街の価値を高めてもいる。

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2008年2月21日 (木)

和風堂でG8議長サミットを

広島市の中心市街地の3キロほど西の己斐に、上田宗箇流宗家の茶室和風堂がある。
上田宗箇流は、浅野家の家老として仕えた戦国時代の武将上田宗箇に始まるという。
その歴史は相当に古い。
現在の家元、第16代の上田宗冏氏は江戸時代の茶室を再現しようと、すこしずつ手を加えていっている。
上田流は武家茶というが、建物もどこかがっしりしている。
お正月の初釜では、松葉が覆われた庭はなんとも美しい。
これだけきれいな松葉を、これだけ沢山集めるのは大変だったろうと思う。
何気なくみせてはいるが、その実大変な心遣いがされているのが茶道の精神だという。
茶道は、日本人のエッセンスだと改めて感じる。

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縮景園の作庭も上田宗箇だという。
上田宗箇流茶道は、広島の誇る文化だ。
今年はG8の議長サミットが広島で開かれるという。
喧々諤々の公式会議が終了した後、この上田宗箇流の和風堂で、各国の議長がお茶をたしなんだらいかがであろうか。
昔、武士は茶室に入るときは、腰の刀をはずし、小さなにじり口から、腰をかがめて入ったという。
世界の平和を願うには、ベルサイユ宮殿のような豪華絢爛の場ではなく、街の一角にあるこの小さな和風堂の方が相応しい。
日本に、茶道という平和を願う文化があることを知ってもらうには格好のチャンスでもある。

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2008年2月20日 (水)

茶道と茶室と縮景園と“茶畑

前回、緑茶、抹茶は、軟水の方が美味い、広島はお茶に適しているはずだと書いた。
本当は広島で摘み取られたお茶で飲むお茶の方がもっと美味しいのだろうと思う。
しかし広島に茶畑があるとあまり聞かない。
縮景園には小さな茶畑がある。茶畑がこんなところにあるとは知らなかった。
殆どの人は気づかないだろうと思う。
上田宗箇の時代からあるのであろうか。
いずれにしろ凄いことだ。
この茶畑を、中国地方全域に広め、広島特産のお茶を生産したらどうだろう。

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広島には、茶道の上田宗箇流という素晴らしい文化もある。
縮景園もあり、茶室もある。
先日は、縮景園の一般客に対しても、上田宗箇流のお茶のサービスをしていた。庭園があるからといって、どこでもできることではない。
アンデルセンは、お店で売る商品を自ら作ると、農業を始めた。アンデルセンの哲学を感じる。
広島のお茶をビジネスとしてみたとき、欠けているのは、お茶畑だ。
「広島産のお茶を、上田宗箇流の茶道に則って、縮景園でいただく」ということになれば、お茶に関連して、作ることから販売することまでの一貫した事業として、広島に新しい地域産業を生み出すことになる。
広島に新しい文化を創出することにもなる。
そのためにも、まず広島に”茶畑”を作るべきだ。
「広島には、茶道と茶室と縮景園と、そして茶畑がある」
となったら、なんとも素晴らしいことではないか!

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2008年2月19日 (火)

コーヒー・紅茶・酒・お茶と水

 お酒の通は、辛口を好むといわれている。甘口を好きだというと、なんとなく通ではないような雰囲気がある。灘の酒は辛口といわれ、灘の酒が上等だと思われてきた。広島の酒は甘口だという。それは単に硬水で造られるから辛口となり、広島の酒は軟水で造られるから甘口になるのだという。
 私は甘口の方が、美味いと思っている。だから広島の酒の方が、上等だと思っている。どうも辛口の方が、上等な酒だというイメージは、灘のほうが、イメージ戦略が上手かったからにすぎないのではないかと近頃感じている。
 ある人に次のようなことを聞いた。紅茶は硬水の方が美味いのだそうだが、ロンドンの水は硬水なのだという。故にイギリスで紅茶が好まれているのだそうだ。コーヒーは軟水のほうが美味いのだそうだが、ニューヨークの水は軟水なので、コーヒーが美味いという。だからアメリカ人はコーヒーをがぶ飲みするのだろうか。
 広島のコーヒーは確かに美味い。東京で飲むコーヒーよりも美味い。インスタントラーメンも断然美味い。ご飯も美味い。違う品種のモノであるかのようだ。しかしそうではなくて、これは全て広島の水は美味いから、軟水だからのようだ。
 緑茶、抹茶も、軟水の方が美味いように感じる。
 鹿児島で焼酎を飲むとびっくりするほど美味い。焼酎ってこんなに美味かったかなと不思議なくらいだ。これも水に関係するのだろうか。
 イタリアのローマで安いキャンティーを買って、歩きながら水代わりに飲んでいたが、これがやたら美味かった。これも水質によるのだろうか。それに、いくら飲んでも全く酔わなかった。日本に帰ってきて、キャンティーを飲んだら、値段はびっくりするほど高いのに、全く不味かった。以来日本では、ワインを飲むのは止めた。
 アンデルセンのパンは、広島で食べる方が、東京で食べるより美味いように感じる。それは広島の水で、パンを作っているからだろうか? 
 キリンビールは、広島で作らなくなったから、不味くなった? 
 「キリンさん、広島でビールを作ったほうが美味しいと評判になって、売れると思うよ! 広島のビール工場を再開すべきです!!!」
 インスタントラーメンだって、広島の水で作った製品ならもっと美味いだろうにと思う。インスタントラーメンの製造工場も広島に作ったらいい!!!
 観光客には「広島のコーヒーは美味いよ。酒も旨いよ。パンもウマイよ。お茶も美味いよ。」と教えてあげたい。

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2008年2月18日 (月)

ふるさと“寺家の人口急増”と開発

 1月23日付けの中国新聞の呉東広島版に『人口増加 寺家に集中』の記事が掲載された。
東広島市は20年くらい県内唯一の安定した人口増加地域を維持している。何よりも広島大学の移転や工業団地への優良企業の進出が人口増加を支えている。

 寺家?“じけ”と読むこの地区は東広島の西の端にあって旧山陽街道が八本松から西条に通じる旧国道2号線(現:国道486号線)に繋がった地域からJR山陽線を跨いで寺西小学校を中心にしたほぼ中央を黒瀬川が流れている、古く寺西村の西半分にあたる。

 私たちが育ったのは「塚の垰(つがのたお)」と言う集落で、旧山陽街道筋には子供が数人で抱えきれない黒松の大木が数百メートル置きに植えられた“大名松”があった。
我が家から街道に沿って山道を数百メートル登ると、木々の谷間のてっぺん辺りに小さな祠あった。“飢坂(かつえざか)の神様”と呼んで子供心に何となく怖い場所だった。
 「その昔、腹が減った多くの旅人がここにたどり着いて亡くなった」と言う祖母の話を思い出し、前を通る時は頭を下げて小走りに通り過ぎた。

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 街道沿いの大名松は木の寿命もあったかもしれないが自動車の増加とともに昭和30年代に入って少しずつ枯れはじめ、今では飢坂付近の山中にも一本も見られなくなった。
 欝蒼としていた飢阪付近の国有林はアカマツ林で松茸の産地だったが今は見る影もなく松枯れして白い枯れ木の林になった所もみうけられる。
 黒瀬川沿いの桜並木もすっかり消え去って当時の面影は全く見受けられないのはさみしい限りだ。

 その『寺家の人口増加が際立っている』と伝えている。2004年から毎年300~700人規模で増え続け、市の増加分の60%余を占めている。

 寺家は東広島でも下見、高屋、吉川、原、白市、三永、吉土実と旧市街地を離れた開発が進み、かつての農道が拡幅されてトラックが走り各家に数台の車がある時代にむしろ開発から取り残された地域と言えるほどの田園地帯で宅地化は進んでいなかった。

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2008年2月17日 (日)

新作落語が生んだ映画「歓喜の歌」お勧め

 庶民の悲喜劇を絶妙の観察力で切り取った語り口で人気の高い落語家立川志の輔の新作落語を「東京タワー・オカンとボクと時々、オトン」の松岡錠司監督が映画化した。

 落語はいま静かなブームと言う。落語に興味を持つ子どもが増え、プロの指導で高座に上がる小学生が現れた。NHK朝の連ドラ「とてちりちん」も落語家一門が中心のドラマだ。
 私たちが学生時代を過ごしたS30年代の大学では落研(落語研究会)が花盛りで、落研出身の学士落語家が誕生し始めていた。志の輔師匠(S51年明治大卒)もその一人で今「最もチケットが取れないライブ表現者」と言われている落語家だ。
 
 舞台はアストラムラインが走る広島?と見間違いそうなとある地方都市。
 日本の年末イベントと言えばベートーベンの「第九」大合唱“歓喜の歌”で締め括る。
 押し迫った市民ホールの使用を巡って、紛らわしい名前の二つのコーラスグループのWブッキングから起きる騒動を、ふんだんに音楽を取り入れ個性的な人情を絡めて“歓喜”を歌上げる笑いと涙のハートフルな音楽喜劇だ。

 市役所本庁でトラブルを起こして飛ばされた主人公は典型的なダメ公務員。二つのグループの間で調整に乗り出すがどちらも一歩も譲らず大問題に発展する。万事ことなかれ主義で生きてきた落ちぶれ役人の主人公は板挟みとなって途方に暮れる。所が、あきらめずに練習に励む二つのグループの間を右往左往するうちに、「何とかしてあげたい」と彼の中で次第に変化が起きて来る。思いもよらない「合同演奏会」に至る悲喜こもごもが軽妙に描かれ『歓喜の歌』は盛り上がる……。

 企画・制作・配給は「パッチギ」や昨年度最優秀映画の「フラガール」を送りだした独立プロのシネカノン。シネツイン1(本通り) TOHOシネマズ緑井で2月29日まで上映。
 きっと、あなたの心に灯をともす、今年の一押し作品だ。

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<問い合わせ>
                        シネツイン1:082-241-7711
                        
                        TOHOシネマズ緑井
                              :082-831-8060


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2008年2月16日 (土)

パチンコショック

 パチンコ産業が今日本のサブプライムローンになりかかっているのだという。エッ?、何それ?  である。アストラムラインの毘沙門台の駅の近くには、最近大きなパチンコ店ができたばかりではないか。それなのに?

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 パチンコ産業は売上高30兆円、30万人近い雇用があるといわれる。バブル崩壊後も、一人急成長をしてきたが、今倒産するパチンコ店が出始めているというのだ。全国6位の売上高を誇っていた福島県のパチンコ店ダイエーは600億円を越す負債を抱えて民事再生法を申請したという。すでに全国各地で1,038店が廃業しているともいう。
 その理由は、少子高齢化で人口園もが減っていること、若者はパチンコでなく、ネットでのゲーム、任天堂等のゲーム機に移って行った等のこともあるようだが、最大の理由は、改正貸金業法によって消費者金融の融資基準が厳しくなったことで、金を借りてパチンコをするというお客が減ったからだという。過激な大当たりを禁止したのは、北朝鮮への経済制裁の一環だという人もいる。
 多重債務に陥った者の4人に1人は、ギャンブル(パチンコが大半)だという。多重債務者が減ることは、それはそれでいいことだ、といえるが、問題はあの極めてハイテク化しているパチンコ台のメーカーであるオムロン、東芝、シャープ、ヤマハ等が軒並み減収になっているという。1台100万円といわれるが、パチンコ店の設備投資額は年間6,000億円にもなっているようで、各社とも相当のダメージを受けるのだという。
 それだけならまだいい。銀行も相当に貸し込んでいるようで、銀行もかなりの影響を受けるのだという。
 バブルが崩壊した後、「PHS」といわれるパチンコ、ラブホテル、消費者金融は銀行にとって喉から手が出るほど美味しい顧客であったようだ。そこでは激烈な融資獲得競争もあったという。消費者金融の融資基準が厳しく適用されるようになったとき、いくつかの消費者金融の会社が潰れ、裏にいた銀行も大幅に利益を落とし、おかしくなった銀行もあった。
 しかしパチンコ業界にも大きく影響するとは、ちょっと思わなかった。女性はブランド物を買わなくなったという。消費者金融が起点となった今回の消費の減速で、GDPで5兆円が消える試算もあるという。というようなことで、パチンコショックは、関連企業への影響も含めると日本発のサブプライム問題になりかねないとすらいう。
 中国のマカオは、いまではラスベガスを追い抜き、世界一の賭博都市になったという。パチンコ店は日本全国津々浦々まで浸透している。不思議な賭博産業だ。ITをベースにしたハイテク産業でもある。パチンコ産業は、日本が世界に誇る産業でもあるのだ。こんな賭博産業はちょっと世界に類がない。友達にもパチンコを趣味にしている人は多い。なんとか健全な形で育っていって欲しいと願っている。それにしても、なかなか世の中上手くいかないもんだ。

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2008年2月15日 (金)

交通科学館と被爆電車

 交通科学館の広場に、2006年7月から、広島電鉄の被爆電車654号が展示されている。この電車が作られたのは1942年という。ここに展示されるまで、現役で走っていた電車である。というから、60年以上働いていたわけである。乗用車の寿命は大体10年ちょっとであるから、凄い。

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 古いというだけでも、この電車の歴史的価値はあるし、交通機関としての路面電車は、今全国各地で見直されているが、その路面電車をきちんと守ってきたということにも価値はあるが、被爆電車としての価値、意味はもっと遥かに深く、大きい。
 戦時中、男は皆戦地にいっていなかったため、被爆した当日も、今の鈴峯女子短大の女生徒が運転に当たっていたという。この路面電車は、当時としては最新鋭の電車であったため、皆運転することに大変な誇りを感じていたようだ。広島が被爆し、全てが破壊され焼け野原になってしまった時も、被爆した翌日には、もう広電の社員は出社し、路線の片付けをし、架線の整備をし、電車の修繕をし、被爆した3日目には、電車を動かすことが出来たという。被爆した市民は、それこそ何も持っていなかったので、料金はとらなかったという。皆無料で乗せたという。
 こうしたことは、市民をどれほど勇気付けたかは容易に想像できる。広島市が復興していく上で、広電の果たした役割は大変大きかったであろうと思う。その社員の努力と、志をこの被爆電車を展示することで、永遠に語り継がれていくことの意味は大きい。先人たちの努力に対し改めて感謝したい。
 広電には、現在は6両連結の低床のLRTグリーンムーバーが導入されている。被爆電車でもあるこの電車は1両で運行されるから、公共交通期間としては極めて効率が悪いということもあって、新しい電車にどんどん変わっていくのは止むを得ないことだ。
 しかしこうして被爆電車が保存されることは、人類にとって大きな意味があることなのだ。そしてそれは交通科学館にとっても、大きな存在意価値が生まれたことにもなる。
 被爆電車が永遠に保存されることを願っている。

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2008年2月14日 (木)

クレーマー

 近頃、何事にも、すぐクレームをつける人が増えているという。お店や駅で、すぐ切れて怒鳴ったり、殴ったりする人が急激に増えているのだという。怒り、不満を、他人に対して爆発させるのだという。
 警視庁の調査では、暴行事件にまでなっての検挙者数が、ここ5年くらいの間に、5倍にもなっているという。
 クレームには、それなりの根拠があることも確かだが、どうも近頃はちょっと様子が違ってきているようだ。
 そうした状況を、神戸女学院大学の内田樹教授は「市民が自分の所属する共同体に、当事者意識を持たなくなったとき、クレーマーと化す。自分の利益の獲得のために、共同体の破壊も辞さなくなった。1億総クレーマー化している。クレーマーは、自分なんかが蹴っても、叩いてもシステムは壊れるわけがないと思っている。だからそこから利益をどれだけ引き出せるかだけを考えるようになっている。」と分析する。
 以前「妊婦が搬送中に死んだ事件があった。そのとき病院は悪い、行政は何をしているのかと、誰が悪いのか犯人探しがされた。しかし、救急車で運ばれる妊婦は、いままで診察をしてもらったこともなく、どんな病歴があるのか解らず、危なくて医者としては触れないのだという。また病院としては産婦人科の医師不足ということもあり、今抱えている妊婦で手一杯だということもあるようだ。さらにはそうした類の妊婦は料金を払わない、払えないということもあるという。そうした様々の事情が背後にあることがだんだんわかってきた。さらにはこうしたクレームに晒されることが嫌で、産婦人科医のなり手がいなくなっているともいう。
 「マスコミがそうした権利要求に唱和してクレーマーの大群を養成してきた。そろそろそうした“モンスターペアレント”を育てるようなネガティブなありかたを止めたほうがいい」という発言も見られるようになった。大きくなったクレーマーをモンスターペアレントというようだ。
 クレーマーの増加に、法科大学院の設置で弁護士の急増がさらに拍車をかけそうだ。
 アメリカでは、交通事故の現場に最初に駆けつけるのは、パトカーでも救急車でもなく、弁護士だという。裁判は弁護士にとっては儲けになるのだという。熱いコーヒーを飲んで火傷した客が、出した喫茶店が悪いと裁判を起こし、結局かなりの額の補償金を取ったという例があると聞いたこともある。日本でもそうなってきた。
 補償金目当てに文句をいう人も、事実多いようだ。数十万円であれば、金で解決したほうが、面倒がないと払ってしまう企業があることもよく聞く。それに味をしめて、何かといってクレームをつける人も増えてきているという。
 暴走族は、迷惑をかけていることがはっきり見えているから、まだ対処しやすいともいえる。
 しかしクレーマーの言い分には、一応それなりの根拠があるだけに、対応は厄介だ。
 アメリカは、裁判で消滅するという人もいる。クレーマーに対し、しっかり社会が見張っていかないと、社会が壊れてしまう怖れが出てきた。社会はそんなに頑丈ではないということを理解する必要があるようだ。

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2008年2月13日 (水)

駅伝―イベントビジネスの可能性

 1月20日の日曜日、全国県別対抗男子駅伝が行われた。広島は残念ながら過去最悪の24位に終わった。しかし冷たい雨にも関わらず、沿道からの声援はとぎれることがなかった。その数13万人という。NHKTVで、全国放送された。近頃は休日にTVをつければ、駅伝を放送しているという感すらある。そのくらい数多くの駅伝がいま全国各地で行われている。いまでは駅伝は、日本を代表する文化になっている。広島では、この駅伝を契機に、全国各地の県人会も生まれている。
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 その駅伝のシンボルともいえるのは、毎年正月に行われる「箱根駅伝」だろう。
 1月2日、3日の両日、朝7:30から昼の2:00まで箱根駅伝がTVで中継された。2日間合わせて14時間も放送されたのだから凄い。お化け番組だ。当初はお正月で適当な番組がなく、その穴埋め程度だったのだろうが、今では正月といえば箱根駅伝というくらい、メインの番組になっている。
 我が家では最初は女房が嵌り、それに付き合っているうちに、こっちも嵌ってしまった。「走るのは嫌いだ。努力するのは大嫌いだ」といっていたのに、駅伝は努力そのものだと思うが。正月となると、旦那はスキーに夢中になって出かけてしまい、仕方なくTVを見ているうち嵌ったようだ。
 沿道の観客も以前に比べ随分と増えたように思う。皆この箱根駅伝に嵌った人たちだろう。嵌るにはそれだけの理由があるのがよく解る。それを、この箱根駅伝を例に見てみたい。
1)物語がある。本来マラソンは個人競技であるから、そこには一人ひとりの喜怒哀楽の物語がある。その一人ひとりが繋がって、団体競技になったことで、さらに新たな物語が加わった。一人ひとりの頑張りが優勝に繋がるが、一人が故障で倒れたら、そのチームは失格してしまう。そうならないためにフラフラになっても、倒れても立ち上がり、チームのために走ろうとする。監督が選手の体に触れたら、その時点で失格になる。監督が何度も車をおり、水を与え、声をかける。それを振り払い、選手は走ろうとする。その姿は広の心を揺さぶる。感動的である。そんな物語が様々に展開する。しかし今年は、なんと3チームが失格になってしまった。
2)勝負としての興味がある。どこが優勝するかに興味があるのは当然であるが、それだけでなくシード権争いはまた大きな意味がある。J1残留か、J2降格かのような話である。これは、見ているほうからすれば面白い。18時間も走ってきて、ほんタッチの差で、シード権を逃し、泣き崩れる大学もある。来年はまた予選から戦わなければいけない。箱根駅伝に出られないかもしれないのである。
3)観客は、沿道の人たちを巻き込むことで、軽く数百万人を越えるだろう。沿道の人たちは観客となり、走る選手と一体となって喜び悲しみを分かち合っている。
4)今年は84回の歴史があり、雨の日があり、雪の日があり、またたくさんの選手の、関係者の数多くの物語がある。
5)TVの放送技術と上手くマッチングしたイベントである。
6)大学にとっては大きな宣伝効果が期待できるので、総力を挙げて支援する。
 まだまだこのほかに沢山の理由があるだろう。それにしても、これほど沢山の物語が、ひとつのスポーツに詰まっているのは他に例がないだろう。
 この箱根駅伝を、広告費用に換算したら、それこそもの凄い金額になるだろうと思う。
 この箱根駅伝をイベントビジネスとしてみれば、極めてよくできていることがわかる。
 これだけのイベントを誰か特定の個人が仕掛けたということではない。長い歴史の中で、皆が少しずつ知恵を出しあい、育まれてきたのだ。
 まちづくりを進める上で、イベントの効果は大きい。イベントを育てるには手間隙がかかるが、それだけの価値はある。広島に、もっと沢山のイベントが生まれ、育てていくことの必要性を改めて感じる。

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2008年2月12日 (火)

NHKへの疑念

 NHK記者が放送前のニュース原稿を悪用したインサイダー取引をしていた。
 
 3年余前にディレクターが女性や遊興費博打などで多額の横領事件を引き起こし130万世帯を超える聴取料の不払いが発生し、改革を掲げた取り組みがされてきた。しかし、相変わらず不祥事は断ち切れないままである。
 
 今回の事件を通じて新聞社やマスコミ出身の評論家やコメンテーターは一斉に「NHKの内部規約に株取引禁止項目や社内教育がないのはおかしい。解禁前の株情報が入手可能なマスコミ関係者が株の売買に手を出さないのは当然のこと」と口をそろえている。

 NHKの番組制作費やニュース取材費、協力者に差し上げる謝品などの高額化は民放関係者の間では古くからやっかみ半分も手伝って言われてきた。事件や事故の現場に駆け付ける人の数や弁当の質、アルバイトの賃金まで格差の大きさは語り草だった。

 NHKは放送法でテレビを購入すると同時に自動的な聴取契約を前提に聴取料の支払い義務が発生する仕組みだ。従って、改革の一番手として不払い者を訴訟に持ち込むこと丈が進んでいる。税金に準じる扱いでありながら対応に幾つもの疑念がある。
 
 不思議なことに以前は新世帯がテレビを購入するとすぐに契約・支払いを求める営業マンがやってきた。販売店から購入者のリストを入手する契約があったという噂があった。個人情報保護法の下で現在こんな取引があるとは考えにくいが転居者の元には今でも素早くやってくる。自治体が情報提供をしているとは考えられないだけに不思議なことだ。

 改革検討の一つ、料金値下げで外部経営委員との意見対立が続いている。
実はNHKは巨大な役人天国的な組織で固まっている。人事的には中央採用で全国を転勤する人とブロック内を移動する人の二重構造は今も歴然とある。そのうえ組織的には30を超える制作や技術などの関連会社があり一定条件にあてはまると天下って63~5歳迄の勤務先になっている。
 これら関係会社創業は民業圧迫になると民放連をはじめ地方局も強く反対した経緯があるが昨年度で見てもこれらの関係社は総て好調で総額300億円を超える黒字を残している。

 たとえばのど自慢や大河ドラマの誘致に地方の自治体や商工会などが動く。NHKが受ければ関連会社が制作費や経費をはじいて営業し、自治体は予算化して支払う仕組みで“NHKはただ”どころか視聴料の二重とりになっていることはあまり知られていない。

 にもかかわらず、こうして生まれる黒字が視聴者に還元されることはなく、経営委員の中には視聴料値下げの原資にするよう求める声もあるようだが今のところ結びついていないのも不思議だ。

 民放で出来ない優れた番組は多い。しかし、現場に潤沢な予算を与えてチェックが甘い体質は社会保険庁のようなお役所的体質を引きずっているのではなかろうか。
まず、少なくとも上記のような疑念に応える事がNHK改革のスタートではなかろうか。

 列挙した中には旧聞だったり、改革された点もあるかもしれない。
私は料金引き落としを辞めて2月ごとの支払いに切り替えた。いっこうに改善されないNHKにそれなりの声を反映するためには自動振り込みでは「文句なし」の扱いを受けます。
従ってその都度払いだと時折職員がやって来たり電話をかけて来る。これらの疑念について何度か質問したが未だ一度も答えを頂いていない。

 決して不払い運動ではありません。NHKの運営をただし良くなって貰う為の一策です。
あなたはこれらNHKの疑念?をどのように受け止め、お考えになり、対応されますか。

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2008年2月11日 (月)

平和大通りの青空喫茶

 土曜日の午後、ANAクラウンホテルを出て前の緑地帯の石に座って電話をしていたら
 「コーヒーはいかがですか」と中年男性に声をかけられた。
 見ると木陰というかクスノキやケヤキの大木の下の石畳にテーブル4脚に各4つの帆布風の折畳み椅子がセットされた喫茶店風なセットがある。
 趣味が高じてやっていますと言う。出てきたコーヒーは香りがよく旨い。

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 10年前に小町サイドの緑地帯に夏場の1ケ月、カフェテラスが開かれ、3年間続いたことがある。市の喫茶環境衛生共同組合や観光協会が「平和大通り有用活用実行委」を作りブースを設けて試行的に取り組んで好評だった。

 その後、京橋川の緑地帯に数件のレストランが出来て、営業を続けている。シーズンに
カキが食べられるレストランは広島らしい特異なレストランで好評のようだ

 コーヒーを頂きながら主催者のカフェテラス倶楽部の山崎学さんにいろいろ聞いてみた。
 なんと‘95年6月に「広島の街にパリのシャンゼリゼのようなカフェテラスをたくさん作りたい。仕事帰りにのんびり過ごせる場所が欲しい」と仲間がよって倶楽部を結成した。
 
 結成以来、市の協力も得て月に一度広島のどこかでカフェテラスを開いてきた。’97年10月からは第三土曜日の午後、ANA前の緑地で続ける広島オープンカフェテラスの元祖だ。
 第四土曜日は基町環境護岸の「基町POP‘RAポプラ通り」で2時から日暮れまで開店している。1月26日と2月23日は焚火を囲む水辺の青空喫茶になる。
 営利を目的にしておらず無料でコーヒーをサービスしている。
 
 時間をかけて取り組んできた経験は前述の緑地帯レストランなどに活かされている。
 嬉しい時間を過ごせたことに感謝し、近所に住みながらこれまで全く知らなかったことを恥じるばかりだ。寒さを超える楽しさと癒しがあった。いい気分を味わえた。 
 せっかくの青空喫茶だ。皆に教えて賑わいを作り盛り上げる協力をしたいものだ。  

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2008年2月10日 (日)

原爆症認定に新基準

 被爆者が認定を求めて国を相手に起こした集団訴訟で六連敗中の厚労省は新しい原爆症の認定基準の原案を示した。
 「前進」と評価される一方「薬害肝炎」と同じように、どこまで認定されるか運用に不透明な点もあって、なお不安を残している。

 この見直しは係争中の裁判が相次いで敗訴する中で、昨年8・6式典に出席した安倍首相が言及し、与党プロジェクトチーム(PT)が昨年末に纏めた案を厚労省が丸呑みした形の「新基準案」となった。
 当初、厚労省は従前から使ってきた被爆と病気の因果関係を統計的に判定する「原因確率」に拘った。しかし、被爆者や与党PTは現在の審査が少ない予算の枠内(被爆者の1%に満たない2200人:月14万円の医療特別手当支給)に認定数を抑え込む「被爆者認定切り捨て」施策と反発が強く取り下げた経緯がある。

 新しい基準は全面的に改めて「迅速かつ積極的に認定する」との画期的とも言える方向を示し、①爆心から3、5キロ以内の直接被爆②百時間以内に爆心付近への入試市被爆を軸に癌や白血病など特定の病気は自動的に認定する。年間の認定は亡くなった後を埋める20人程度だったのを最大1800人まで増やし、新年度予算に36億円を上乗せする。
 
 放射線を浴びた被爆者の対策について国は長年一貫して何の対策もない一般戦災者を引き合いに遅らせてきた。これに対し被爆者は癌や白血病が“死の病”と言われた時代から40年余、命をかけて司法の場で「放射能を浴びたという原爆の特殊性」を訴え続け国から結果的に医療法から援護法まで引き出した。集団訴訟では多くの死を乗り越えて、ここ2年間に相次いで被爆者の勝訴判決を導き定着して来た。

 これ以上裁判を継続しても国が逆転勝訴できる可能性が極めて低い状況の下で、昨年夏から与党PTが動いた。官邸も安倍首相を動かし…今回、福田首相も「薬害肝炎」に続く政治判断にいたったもので決して国が積極的に決断したものでは無い。従って、今後の厚労省の運用に不安が無いとは言いにくい問題がある。
 新被爆者認定にこれ程の時間を掛けなければならなかったかを考える時、国が掲げる「唯一の被爆国」や「非核三原則」「核廃絶」は米国に対して腰が引けた日本政府の政治姿勢が反映したお題目だったのではないかと疑いたくなる。

 遅きに失したとは言え新認定基準が名実ともに米国をはじめ世界の核保有国に対する『核廃絶要求の背骨』になるような日本の政治姿勢になることを期待したい。

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2008年2月 9日 (土)

汽車がトンネルに入った途端、原爆が・・運命を痛感

 戦前戦後を通して広島を代表する歌手といえば、二葉あき子さんだろう。「夜のプラットホーム」「フランチェスカの鐘」「水色のワルツ」など数多くのヒット曲を放ち、70年近く昭和の激動期を歌いぬいた日本の歌謡界の大御所の1人だ。
 吹き込み曲600。大正4年広島市大須賀町二葉(現在の東区二葉の里)生まれ。名前は「二葉の里」と「安芸の国」からとった。5年前老人性難聴のためやむなく引退。帰郷して余生を送っている。
 私の手元に、二葉さんを仕事でインタビューした時の録音テープがある。二葉の里にある鶴羽根神社の祭りや池、にぎ津神社のポプラの木、東照宮の階段や灯篭、旧練兵場から聞こえるラッパの音など子供の頃の思い出。
 昭和20年8月。双三郡布野村(現在三次市)の父の実家へ汽車で行く途中、芸備線の中山トンネルに入った途端原爆が炸裂。13分遅れの広島駅発の汽車がもっと遅れたり、トンネルに入るのが少しでも遅かったらと、運命の恐ろしさを痛感。二葉さんの生き方を変えた。「フランチェスカの鐘」は被爆者への鎮魂歌として歌っていることを話してくれた。
 取材の後、食事に連れて行ってもらった所が、焼肉レストラン。二葉さんは若い私に負けずに注文。飲みにと息子さんの妻が経営する「野いばら」(広島では「社長室」を開店)という店で二葉さんはピアノに合わせて踊った。この時82歳。私はそのパワーに驚かされた。
 二葉の里は現在「歴史の散歩道」として整備され、賑わいを見せ、開発計画も進行中。また「フランチェスカの鐘」のモニュメントが布野の実家に隣接して建てられている。除幕式には本人も訪れ、私も取材協力のため同行した。
 「夜のプラットホーム」は出征兵士を送る女心を歌ったものだが、65周年のディナーショーで「戦争は絶対いけないと思って歌っているのよ」と話していた二葉さん。いつまでもお元気でと祈るばかりである。

上村和博

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2008年2月 8日 (金)

平和公園・冬の木々

 毎日、平和公園を散歩していて冬の緑の多さに驚かされる。
クスノキが多いい事は既に書いたが、丁寧に木々の間を縫って歩いてみると多種の常緑樹があるのに気づいた。
 しかも、この時期に白や赤い色の花をつけたり真っ赤や黒い実をつけた木も多く、小鳥たちが群がって啄ばむ姿が見られる。

 樹の幹に名前や特徴を書いたプレートが吊るされていて、見学中の小学生のグループがにぎやかにメモを取っている姿によく出くわす。

 公園全体を緑に包むクスノキは5~6本に1本の割で多いいが秋にドングリを実らせるアラガシや初夏に赤い実をつけるヤマモモ、秋に黄色い小さな花で香りを振りまく金木犀も多いい。夏の終わりに黒い実をつけるクスノキの仲間のタブノキ、北米が原産地のモクレン科のタイザンボクも目立つ存在だ。
 備長炭の材料になるブナ科のウバメガシもまだ沢山のドングリの実をつけている。

 この時期に赤い実をつけているモチノ木の皮からは小鳥などを捕獲するのに使う”鳥モチ”が出来るとプレートに書かれている。
 また、クロガネモチも今を盛りに赤い実をたくさん付け、木によって遠目にはまるで紅葉樹のように多くの赤い実をつけている。
 ツバキやサザンカは赤や白、ピンクの花をつけあたりに薄い香しい香りを漂わせている。
 ポルトガルの木が語源というポルトノキは今オリーブに似た実をつけている。
 神木榊に似たモクレン科のオガタマノキは白い可憐な花をつけている。

 これらはいずれも濃い緑の葉をつけた常緑樹で名前のわからない木々もたくさんある。
 冬場でも目に優しい緑を蓄えた木々は間違いなく二酸化炭素を酸素に変えて市民に供給する工場だ。市民の共通財産として大切に守らなければならない。

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2008年2月 7日 (木)

伝家の宝刀?

 衆参の“ねじれ国会”で最大の焦点だった給油支援特別支援法が57年ぶりに衆議院の「伝家の宝刀」が抜かれて決着した。通常国会で再び「伝家の宝刀」が抜かれる恐れが心配だ。

 衆参で議決が異なった場合、「衆議院で出席議員の三分の二以上の賛成で再議決すれば法律が成立する」という憲法59条に基づいた議決だ。だから福田首相は「国会状況からやむを得ない」と言うが、それで良いのだろうか。

 国会が厳しくチェックする文民統制が原則の日本の防衛・自衛隊をいわば“非常手段”で動かせる法律をつくることが、この先日本の平和を維持する上で禍根を残すことにはならないのか気がかりだ。

 業者との癒着で高官が逮捕され族議員と米国軍需産業の不透明な関係や給油量の隠蔽など国民の知る権利が保管されない問題が山積するなか、世論調査で「給油新法」に国民は半分以上が反対だった。これに対して米国が求め米国に配慮した“国際貢献の継続”に国民はどれだけ納得しているだろうか。

 当初は首相の問責決議で解散に追い込む予定だった民主党の世論作りの失策が、再決議という重大議決の段階で小沢代表が本会議を欠席して大阪府知事選の応援に出かけ、野党の足並みが乱れるなど国民に不信を拡大させた責任は大きい。

 9・11に始まる米国のテロとの戦いに東欧やスペイン、イタリア、オーストラリアと政権交代で協力を転換の方向にかじ取りした国は少なくない。日本の給油協力が米国内と関係国でどれだけ評価されているかよく分からない。あるのは日米の安保ロビースト間での評価に過ぎないと言う報道も多いい。

 通常国会が始まり民主党はガソリン税の暫定税率廃止を掲げ、政府与党は3月の期限切れを控えてこれらを含む予算案の年度内可決を再議決で乗り切る認識で一致している。

 無策の福田内閣では「違法ではない」と度々まかり通る恐れがあり、参議院の野党多数は何の力も意味もないことになる。与野党の協議が進まなければ解散総選挙しかない。

 通常国会は「伝家の宝刀」で一気に政局はらみに展開するのだろうか。
 再議決が頻発すれば「伝家の宝刀」も国民の血を吸う「辻斬りの刀」になりかねない。
 与野党とも「ねじれ」時代の政治の在り方進め方を探る厳しい努力が求められる。

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2008年2月 6日 (水)

シャレオ

シャレオの南北通りの柱にシャレオの広告が貼られていた。
天井から下がる広告と一緒になって、賑やかさを作り出している。
こうした広告は出されたのは、開業以来、初めてのことではないだろうか。
いいことだ。
なにか人通りが増えたようにすら感じる。

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シャレオには東西の端には3方壁に囲まれた広場があるが、ちょっと寂しい。
もうちょっと有効に使いたい。
その壁に取り付けられている小さなTV画面を、今流行りの長薄型大型TVに変更したらどうだろうか。
松下電器は、最近縦1.87M、横3.31M、厚さ2.47CMの超薄型プラズマTVを開発したという。
こんなでかいのが壁に付いたら、それこそ壁がそっくりそのままTV画面になったような感じだろう。
厚さが3センチにもならないのだから、壁に動くポスターが貼られたようなもんだ。
人が行き交いするにも支障はないだろう。
それならあおのお堅い国土交通省も文句をいうまい。
超薄型TVの価格も急激に下がっている。
いずれ、そんなことが可能になりそうだ。
パセーラの前の広場にあるジャンボTVともコンテンツについては提携したらいい。
これだけでかければ、通りがかりの人も見るだろう。
ちょっとした情報発信基地になる。
シャレオは冷暖房もされている。雨の日だって関係ない。
シャレオは広島市の臍、中心市街地の広場だ。
楽しい広場になって欲しい。

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2008年2月 5日 (火)

西原駅前マンション街

アストラムライン西原駅前に、ここ1~2年の間に、10棟近くのマンションが建った。
駅周辺の景色が一変した。
それに以前に建てられたマンションを加えると、その数は悠に30棟以上はありそうだ。
西原駅は都心まで10分程度と近いのと、周辺にはマンションを建てるに充分な広さの土地が残されていたというのがこれだけ沢山のマンションが建った理由だろう。

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東京にしても、仙台、札幌、福岡のどこでもそうだが、地下鉄の駅前だからといって、いわゆる駅前商店街とか、大きな建物が建っているということはない。途中の沿線の風景と特別変わったところはない。
色々理由はあると思うが、どうも1番大きな理由は駅がどこにあるかがわからないからということによるように思う。
その点アストラムラインは、電車がどこを走っていて、駅がどこにあるかがはっきりわかる。
人は見えると安心して、集まってくるようだ。
アストラムラインの駅周辺には、このようにマンションが建ったり、パチンコ店ができたりしている。
安東駅前には、安田女子大もある。
アストラムラインの駅周辺には、それなりに駅前というのができている。
しかしそれでも、商店街ができるほどには乗降客が多くはないのだろう。上安の駅前の建物は空いている部分もある。
アストラムラインは高架を走ることで、景観もいい。
工事費は地下鉄に比べたらはるかに安いということで、新交通システムにしたのだろうが、結果的にはいい選択だったといえるようだ。
アストラムライン沿線の工事はまだまだ活発だ。
西風新都もどんどん開発が進んでいる。
アストラムラインの延伸も、いずれ可能になるだろう。
期待したい。

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2008年2月 4日 (月)

垣根

 先日大変綺麗な住宅地を見つけた。庭の木と生垣が一体になり、コンクリートの擁壁部分には、そのコンクリートを隠すように、生垣が植えられている。高級感もある。
 昔建築家の村野藤吾氏が建物はその足元で決まる、足元のデザインは大切ですといっていた。私は、街の美しさは塀で決まるといってもいいだろうとすら思っている。
 日本の街並みは、欧米に比べるとどこかまだ美しいとはいえず、まだまだ貧しさを感じる。アメリカの住宅地は前面に広がる芝生が美しい。休みになると父親が芝刈り機でせっせと芝を刈っているのがよく映画の場面で、目にする。日本はそんな芝生広場を望むのは難しい。1軒1軒の住宅が塀で囲われているのが普通だ。
 塀に囲われているからから美しくないということではないようだ。
 街がそれなりの美しさを醸し出しているところは、1軒1軒の建物がどうのこうの、庭が広いか否かというより、どうもそれは塀が美しいか否かによるようだ。この写真の住宅地のように、コンクリートのブロック塀でなく、生垣と呼ばれる植栽の垣根、あるいは木や竹の塀で囲われた住宅と住宅地は美しい。

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 生垣には、四つ目垣、建仁寺垣竹で作った塀もあるし、椿、シラカシ、マキ、アベリア等色々ある。本川小学校の生垣は広島市の花、キョウチクトウである。季節になるときれいな花をつけ、大変に綺麗だ。植えられてから大分経つのだろう、軽く5Mを越える高さになっている。
 生垣は、維持管理に手間がかかるということあって、戦後暫くの間、コンクリートの塀が全盛だった、しかし生垣は、防風・防災にも強く、適度の通風、大気浄化との効果があり、地球環境的にもいい。
 垣根はなにも1種類でなくともよい。何種類もの垣根、塀が繋がっていって、パッチワークのような美しさを創り出すこともできる。
 垣根にも配慮がいきとどき、生垣できちんと住宅が囲われるようになったら、それこそ日本らしい美しさの街並みになるのではないだろうか。そうした美しい垣根の街ができるまで、もう少し時間がかかるようだ。
 「垣根の垣根の曲がり角/焚き火だ、焚き火だ、落ち葉焚き・・」という童謡があった。しかし今ではそんな風景を目にすることはなくなってしまった。殆どの住宅の塀が、コンクリートのブロック塀になってしまったからということもある。かつて日本には、いわゆる「垣根越し」と呼ばれる、お隣さんと垣根越しに話しをするような生活もあった。そんな垣根の文化を取り戻したい。

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2008年2月 3日 (日)

無人式有料駐輪場

 先日と東京に出かけた際、コイン式有料駐輪場を見かけた。乗用車のコイン式有料駐車場のその自転車版というわけだ。1台づつ金属性の溝に、自転車を置くようになっている。整然と置かれているので見た目も綺麗だ。それにしては、ちょっとこの料金精算機とテントはいかさない。でも、システムとしてはなかなか良さそうだ。

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 こうした有料駐輪場は、駐輪ラックはコンピュータ制御され、コインパーキング同様に駐輪後に自転車がロックされ、退出時に精算するようになっているようだ。通路をいれても、坪あたり3台は置けそうだ。立体化すれば倍は置けるだろう。2時間で100円というから結構な金額だ。商業施設に付随しての駐輪場では、買い物すれば4時間まで無料としているところもあるようだ。
 乗降客の多い駅周辺などの通勤客を対象にした駐輪場では、月契約で1,000円から3,000円程度だという。とすれば、月契約の有料駐輪場の売り上げは、3台×10坪×1,000円としても3万円になる。駐車場は1台あたり10坪程度の面積を必要とするが、広島市内の中心部では、月2~3万円であるから、これだけ取れれば、有料駐輪場は充分商売になりそうだ。立体化すれば、おつりがくる。
 広島市内で今後、急速に普及するのではないだろうか。そうなれば、自転車の違法駐輪はなくなる?いずれにしろ違法駐輪に対し、極めて有効な策ではあるだろう。
 広島市内の公共駐車場の収益性は落ちているという。コイン式有料駐輪場への転用も検討したらどうだろう。

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2008年2月 2日 (土)

公園の顔・ベンチの修繕

 広島市内の河岸公園のベンチの修繕が進んでいる。工事中の業者に尋ねると「もったいないので部分修理で凌ぎます」とのことだった。
 
 私の毎日の散歩コースはこの河岸沿いの緑地公園と平和公園で、元安川沿いの大手町界隈の河岸公園には数百メートル置きに木製のベンチがある。夏場は勿論だが冬場でも昼休みのサラリーマン達の憩いの場として、散歩の人の休憩の場として重宝されている。
 私のように足腰が痛いリハビリ散歩の人にとってこのベンチは無くては成らない有難い存在であり“ベンチは公園の顔”である。
  
 平和公園には安定感があって座り心地よい木製のベンチが150机もある。これは広島市がH8~10年にかけて市民に募金を呼びかけ、約6300の個人と企業が寄せた3000万円余の浄財で設置したもので各ベンチには寄付者の名前を刻んだプレートがはめられている。

 市の公園緑地課に尋ねると市内8区にある約1100ある大小の公園管理は定期的なパトロールでチェックしているが市民からの苦情や通報も大きな情報源として照明燈やトイレ、遊具、ベンチの修繕管理している。今年度の修繕費は1,2億円余だが全市の公園の修繕管理には決して十分ではないと言う。

 従って件のように随時、部分的な修繕を進めている。市の財政が厳しい時代に当然と言えば当然な措置であるが工事をしていた業者の人の言葉が自然で気に入った。「全部を変えるのは勿体ないですからね、修理したことが目立って使う人も大事にしてくれるでしょう」
 業者にとってはきっと手間賃仕事で一括取り換え工事がありがたいに違いないが、さりげない一言が妙に快く響いて「ありがとう」という気分になった。

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2008年2月 1日 (金)

再び「岩国市長選」・裁いて!! 黄門様

 いよいよ岩国市の出直し市長選挙が始まる。米軍の空母艦載機を受け入れるかどうかが争点だが直接的には「国の市役所建て替えの補助金カット」の是非を問う選挙だ。
 この補助金は沖縄の普天間基地の空中空輸機の受け入れに伴うもので「厚木の艦載機移転を受け入れない」との理由で補助金カットするのは、まるで数百年前の悪代官の乱暴狼藉に値する。国が今時、堂々とこんな嘘をつくことが許されていいのだろうか。
 
 「アメとムチの手段は取るべきでない」と言った石破防衛大臣の発言(’07年11月6日テロ等特別委)や艦載機移転は収賄容疑で逮捕の守屋前次官の主導・横車だったと言う情報?からすると今通常国会での追及いかんによって「補助金回復」の筋が通せる可能性が無いとは言えない。
 
 岩国市は普天間から12機の受け入れの見返りに’97年に約束された35億円で老朽化した市庁舎の建て替えを進め3月に完成する。
 これに対し今起きている混乱は‘5年秋に日米政府が地元に何の相談もなく在日米軍再編計画で厚木から59機の艦載機の受け入れを決めたことに始まる。
 井原市長は「米軍機が現在の2倍になって市民生活に深刻な影響が出る」と反対の立場を崩さない。そこで防衛省は昨年暮れになって、’07年度分の庁舎建設費への補助金の打ち切りを決め、圧力をかけて来た。

 井原市長が一貫して反対する背景には一昨年3月、合併前の住民投票と昨年4月の合併に伴う市長選で「移転反対」を公約に掲げ「移転容認派」を抑えて高い支持率で当選した経緯がある。

 井原市長は昨年秋には工事中の滑走路の沖合移設が完成後に改めて騒音測定し、場合によっては受け入れも考える妥協案を提示したが防衛省は「受け入れ決定が先」と拒否し、返す刀で補助金カットを通告した。

 窮地に立った井原市長は昨年暮れの議会で補助金に代わる市庁舎建設費の財源を合併特例債に求める予算化を提案したが移転受け入れ容認派が多い市議会に抵抗されて市長を辞職し、出直し選挙となった。

 日米安保や防衛問題は確かに国の専権事項であるが、国民、市民の意向を無視し、しかも一旦約束した事項を一方的に無視するやり方は岩国市民や国民を裏切る国の約束違反として許されない。
 民主主義の根幹を揺るがせるこんな悪政があって良いのだろうか。
 まるで水戸黄門に出てくる悪代官さながらの手口ではないか。
 井原前市長にとっては背に腹を変えられない命がけの選挙だ。
 こんな筋の通らない選挙が蔓延したら日本はおしまいだ。
 黄門さま!!!出てきて悪代官を裁いて下さいと言いたくなる。
 選挙は2日告示。10日投開票。

 受け入れ容認派は自民党の衆議院議員だった人を立てて井原前市長に対抗する。
 これまで井原支持をしてきた人達の中に保育費補助のカットなど市の財政改革ばかりで市民生活問題が疎かになってきており、井原氏が当選しても政府が強行すれば市長に阻止する権限は無いと反井原派に鞍替えする人が出始めたと言う報道もある。
 
 市民の苛立ちは判るがこれは「無理が通って道理が引っ込む」ことを防ぐ日本の民主主義を守る闘いであると考えてほしいと思う。
 米軍機が倍増されれば広島市民も少なからず影響を受ける事は避けられまい。無関心ではいられない問題だ。

 基地問題を沖縄や岩国市民だけに押し付け「アメとムチ」で強行突破するならば次の国政選挙で必ずしっぺ返しが来るに違いない。

 民主党よ!!!野党各党よ!!! 井原前市長を再選に導き、通常国会でガソリン税問題と並ぶ重大問題として政府を厳しく追及し国に約束を守らせてほしいものだ。

 黄門様に変わる人はあくまで岩国市民・有権者だ。
 悪代官の無体な乱暴狼藉を冷静に判断してほしいと祈るばかりだ。

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