「突発性難聴」の体験的教訓
人気歌手の浜崎あゆみさんが突発性難聴になって音を失ったことを発表してテレビのワイドショウの話題になっている。最近、著名人の“癌闘病の告白や宣言”は多いが極めて稀な例だろう。歌手が音を失うことがどれだけ重大なことか…。それでも「残された右耳で限界まで歌い続ける」決意をしている。
突発性難聴といえば私には苦い思い出がある。既に18年前のことだ。東京へ出張のため自宅を出て空港(現・西空港)へ向かうタクシーの中で突然左耳に虫でも入ったようなガサガサという音に見舞われた。たまたま職場に2人の経験者がいて体験を聞いていた為咄嗟に突発性難聴と考え、空港から自宅に電話して保険証番号などを聞いて東京へ向かった。
機内で乗務員に医者はいないか確かめたがあいにく同乗者はなかった。
機内では大きな変化は無かったが羽田に到着し外に出て驚いた。タクシーなどの騒音でいきなり頭をハンマーで打たれたようなショックを受け、至急の診察が必要と考えた。
当時は東京在勤時代から引き続いて国会記者の登録をしており院内に全診療科があることを知っていたため国会内の診療所へ走った。
診察に当たった医師は開口一番「音を取りますか、仕事をとりますか」と質問した。
どういう意味ですかと尋ねると「国会議員の中には結果的に仕事を優先して、聴力を失う人が多いい」と答えた。患者の三分の一は回復するが三分の一は難聴に、残る三分の一は音を失う結果になっていると説明し即入院を勧めて慈恵医大を紹介された。
出張先での入院を断って広島にとんぼ返りをして2週間の安静治療をはじめた。幸い手当てが早く音を失うことなく治癒を得たが、いまだに確たる治療法がない。しかし、不思議なことに、この病気は両方の耳を患うことはないと聞いた。その後の調音チェックでも“正常”との診断を得るが実際には左右のバランスが悪くいまも難聴を引きずっている。
発症の原因はウイルス感染説もあるがまだ解明されていないため根本的治療法がないのが現状であるが、発症の背景に疲労やストレスの蓄積があげられている。特に蓄積されたストレスを一気に解放する状況は発病の引き金になると教えられた。私の場合はまさしく一週間近い半徹夜の後の出張と数日の休養を入れていたことが見事に重なっていた。
ストレス解放は徐々に行わなければならない事が重要で私の体験的教訓は今も活きている。
若い歌手の告知は病気と闘う多くの人に勇気を与える決断としてエールを送りたい。
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