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2007年12月14日 (金)

一本の鉛筆

 歌は人を感動させ、夢を与え、癒してもくれる。世相風俗を反映し、人生の“ひだ”として、いつまでも心の奥に残るのが歌である。
 これまで広島にもたくさんの歌が生まれた。しかし全国ヒットした歌は少ない。被爆地だから当然反戦・平和の歌が多い。
 昭和の歌姫ひばりさんが歌った「一本の鉛筆」(松山善三詞・佐藤勝曲)がある。1974年(昭和49年)から開催されている広島テレビ主催の「広島平和音楽祭」で誕生した。ヒロシマの願いを歌に託している。“一本の鉛筆とザラ紙があれば、戦争は嫌だと私は書く”という平和のメッセージだ。ひばりさんは2回(第1回と第15回)歌っている。
 最初の会場は広島県立体育館(広島市中区基町)。当時は冷暖房の設備はなかった。館外に冷房のある部屋を用意されていたひばりさんは、リハーサルを待つ間「広島の人たちは、もっと暑かったのよね」とつぶやき、氷柱が立てられた器具置き場の控え室からしばらく動かなかったという。
 2回目は88年。入退院を繰り返しながら「世界平和のために歌う」と、会場の広島サンプラザ(広島市西区)にベッドを持ち込んでの出演。終了するとそのまま福岡の病院に再入院した。
 翌年の89年(平成元年)6月24日永眠。私はその前日、帰郷中の「悲しい酒」の作詞家・石本美由起さんと一緒だった。翌朝、滞在中の広島全日空ホテルが、急遽、石本さんの取材現場となり、マスコミの対応をしたことを今でも思い出す。
 「こんな名曲がなぜヒットしなかったのか不思議だ」と広島市長の秋葉さん。200年(平成12年)の平和宣言では「一本の鉛筆があれば『人間の生命』と書き、『核兵器廃絶』と書き続ける」と一部を引用した。海外でも自ら歌って紹介している。
 日本クラウン歌手真木洋介さん(安芸高田市出身)は、私が推薦したこの曲を最近カバーした。毎夏、広島、ニューヨークの平和コンサートで歌い、継承している。
 この歌のメッセージが世界の人々に、もっと広まることを願っている。

上村和博

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コメント

この歌が広島から始まった、そしてひばりさんがそんなにこの歌に強い思い入れがあったとはとは知りませんでした。
いい話です。
記録として残していきたいですね。

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