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2007年12月28日 (金)

西風新都-負から正の遺産へ

 西風新都は広島市の市街地から山一つ越えた地域に広がる広大な地域を指す。五月丘団地、修道大学、広島市立大学、広域公園、そして工場、倉庫、店舗等の開発されている。
 1970年代当時、広島市の発展は目覚しく、この地域もテンデンバラバラに開発が進められ、どんどんアーバンスプロール化していった。困った市はそうした土地買収をきちんと整理するために、1986年「広島西部丘陵都市建設基本計画」が策定し、広島市市制100周年記念事業として、1989年西風新都の開発として改めて事業着手された。
 世はまさにバブルの真っ最中であった。しかしその後のバブルの崩壊を受け、この西風新都は、開発を進めていた企業にとって、大きなお荷物となってしまった。広島市内では、他都市に比べ、バブルの遺産は比較的少ないが、それでも西風新都は大きな負担になっていた。
 当時の土地利用計画の考え方は、用途によってきちんとその利用は区分することが好ましいとされ、そうしたことが、用途間の摩擦を少なくし、効率を高めることにもなると考えられていた。
 しかし最近になって、西風新都の分譲率が8割を越えたため、広島市は、住宅団地に予定していた地区を産業団地に変更し、合わせて、土地利用についての規制を緩和するということを決めた。

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 それは、妙に用途の制限をせず、多様な使い方をしたほうが、より人間的環境を作り出すことにもなり、かえって開発を進める上で効果的でもあるといわれるようになってきたというkとが背景にある。
 こうした開発の仕方は「複合開発」ともいわれ、都市開発の成功のための必須条件とさえいわれるようになってきた。今回の用途の変更及び規制緩和はその流れに沿ったものだといえる。
 世の中の景気も、ようやくバブル崩壊から抜け出し、回復してきた。その西風新都も、ようやくその価値を発揮し始めたといえる。官は、とかく時の流れに遅れがちだが、今回のこうした規制緩和処置は、開発を後押しするものとして歓迎される。
 西風新都は、自動車道のICにも近く、アストラムラインも近くを走る。高速4号線を通れば、市内にはすぐいける理知にある。消費地にも近く、働く人も近くにいる。
 今まで負の遺産であったものが、今「正の遺産」に変わろうとしているのだ。そして広島市発展の起爆剤になろうとしている。世の中、変化は激しい。
 西風新都の開発はこれからだ。

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