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2007年10月18日 (木)

朝鮮通信使に学ぶ

 1607年、朝鮮半島の使者が江戸幕府を訪ねて今年で400年。これを記念して
各地で通信使の関連行事が行われています。広島でもフラワーフェスティバルで行列が再現されました。が、厳密に言いますと通信使の来日は、これより古く、1428年室町時代に始めての使節が来日しています。当時は、双方の国内事情を探るといった目的もあって、純粋な友好親善とは言い切れませんでした。

 秀吉の朝鮮侵略(文禄・慶長の役)はつとに知られていますが、徳川家康は
この侵略に批判的であったことが、歴史学者や作家(司馬遼太郎氏ら)によって伝えられています。この通信使を派遣する前、韓国の松雲大師が家康を伏見城に訪ね、1400人に及ぶ捕虜の交換や国交回復を話し合って「通信使」が実現するのです。300年間に12回という事業ですから。ふつうの人は一生に1回か2回しか目にすることができない大きなイベントであったようです。

 対馬を経て馬関(下関)通過、上関、蒲刈、鞆の浦、牛窓に宿して大坂に上陸、中仙道から東海道を歩いて江戸に入りました。500人をこえる華美な大デレゲーションで、出迎える地元の人たちも、最高のホスピタリティを発揮したそうです。そのことはゆかりの上記の土地に記録が残されています。

 この外交の窓口だったのは、対馬藩でした。ここの藩主に友好親善の役割を
説いたのが、儒学者 雨森芳州というひとでした。彼の言葉が正鵠をえています。「お互いに欺かず、争わず、誠意をもって交わる」ことが大切だと、対馬藩主に説いているのです。

 「韓流ブーム」で昨今韓国との接近・交流は深まってはいますが、「朝鮮侵略の後遺症」「拉致の未解決」「国家と民族の分断」「戦争状態の継続」と、いまだ朝鮮半島とわが国をめぐる情勢は、大きく変わっていません。

 雨森のいう「欺かず・争わず・誠意をもって」永続的な平和と東アジアの安定をめざすという大義こそ、「朝鮮通信使」に学ぶ歴史の教訓だと思うのですが‥……

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コメント

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

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