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2007年7月17日 (火)

新藤兼人監督の遺言

 「陸に上がった軍艦」の試写会を見た。
新藤兼人監督が自身の痛切な戦争体験を最下級兵の目線で戦争を告発したドキュメンタリー・ドラマだ。

 新藤兼人監督は日本映画界で最高齢95歳の現役の監督である。広島に生まれ映画界に入って73年、一貫して戦争や原爆を通して世界の不条理を追求してきた。(6月11日当ブログ掲載)
 その監督が「言っておきたいことがある」と自らの戦争体験をスクリーンで初めて証言したいわば「新藤兼人の遺言」である。

 監督は長年“新藤組”で助監督として新藤監督を支えてきた山本保博。監督デビュー作。
新藤監督は終戦前年の昭和19年春に32歳で召集され、呉の海兵団に二等水兵として入隊し、翌年宝塚海軍航空隊で上等水兵として敗戦を迎えた。一緒に入隊した100人は大部分が戦地に散って終戦時には6人だけになった。

 映画は当時の様子を証言する新藤さんをカメラが追うドキュメンタリーと新藤さんの体験をリアルに再現したドラマで構成している。
1年半の兵役のうち1年は徹底的に軍人精神を叩き込まれる。18~9の士官が30歳を過ぎた新兵を殴り蹴る体罰を喰らわす。
 
 戦地に向かう前の兵士が妻からの手紙を見せた。「今日はお祭りですが、あなたがいらっしゃらないので、何の風情もありません」と書かれていた。
新藤証言は「残った妻の人生も破壊され、何もかも破壊される大きなことがその個人には起きているが、大局から見れば一人の兵士が死んだということなんですね。戦争とは要するにそういうものなんだ」と下級の兵士のしかも個人に目を向けて戦争をえぐる。

 戦記物の読み物は多いが弱者の記録はないと新藤さんは言う。なぜなら、彼らはタコつぼの穴を掘り、殴られ、雑役に追い回されただけだからだ。そんなみじめな戦記をだれが書くか、思い出したくないのだ。戦争そのものを・・・。

 海軍に入隊し一度も艦船上で海軍らしい訓練をすることがなく「陸に上がったカッパ」同然の海軍は戦争の不条理だけが優先し階級が幅を利かし、下級兵士の目にも悲しくも哀れな存在であった。戦争能力を失った「陸に上がった軍艦」であった。
 東京では7月末から広島では9月初めからシネツイン(本通り)で上映。若い人にぜひ見てほしい作品だ。
 このところ「蟻の兵隊」「戦争をしない国 日本」「日本の青空」「ヒロシマナガサキ」そして「陸に上がった軍艦」と戦争や核開発を告発し平和憲法を擁護する作品が続く。
 いずれも心を打つ作品ばかりだ。

 こうした作品が生まれる背景は今われわれを取り囲む現状にあることを敏感に感じなければならないし、より多くの人に見せる工夫を凝らせねばいけない。

 参議院選挙を控え、改めてその思いを一層強くする。

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