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2007年7月11日 (水)

広島記者塾の設立を!!

 広島マスコミ九条の会結成2周年記念の集いに参加し、
いろいろ考えさせられた。
 特に胸に響いたのは、締めくくりの平岡代表の挨拶。
「史上最低の内閣、それに対しマスコミは怒らない、国民も
怒らない。戦時下、すべての新聞は、”鬼畜米英”とか”ざまあ見ろ”
といった、読むに耐えないような記事で戦意高揚を煽った。
中国新聞も例外ではなかった。
 そうした記事は恥ずかしいが残っている。そんな先輩たちの
仕事を振り返りながら、今こそ後輩たちにジャーナリストの使命を
引き継ぐ取り組みをすべきではないか。
 「そうだ!現場の塾だ!」と思った。出来るところから始められないか、
と思う。
 さらに、集い全体で感じたのは、現状分析、運動の展望について、
人間の「顔」が浮かばない、ことだった。
 例えれば、出来上がった「農作物」についての論評はいろいろされるが
それを産み育てる「畑」についての分析がない。地質のこと、肥料のこと・・・。
 論説や記事は誰かが書いている。番組やニュースも誰かが企画し制作
している。
 どんな仲間がどんな理想と制約のなかで、仕事を進めているか、あるいは諦めているか。
ジャーナリスト出身の、多くの人脈をお持ちであろう識者は、文献資料など
の活字とともに、現場の生産者の肉声を精力的に取材し、メディア現場の展望
を示唆して欲しい。
 ジャーナリストとしての使命を考えるとき、私には浮かぶ「顔」がある。
城戸又一氏、東大新聞研究所所長時代聞いた最後の退任講義。
「私は、言論の自由を守るために、クビしか賭けられなかったが、君たちはイノチを
賭けて欲しい」。毎日新聞論説委員のとき、戦後の講和条約で「全面講和」を譲らず
社を辞したひとだった。
 報道デスクの日々を克明に記録し続けた、大和田次郎こと原寿夫氏。さらには、
「竹ヤリでは勝てない。と書いて弾圧を受けた毎日の記者、新名丈夫氏。などなど
報道陣というより言論人。少なくともテレビ局から声がかかるのが嬉しそうな方々
とは違った先輩が、私の青春時代のともし火だった。
 「ひと」に学び、「ひと」と腕を組み、自分の頭で考え、自分の足で歩く、
その原点を考え直す集会であった。

 訴え(講義ではない)の実感と迫力はそこから生まれる。

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