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2007年7月 9日 (月)

「記者クラブ」って(3)

 「記者クラブ」の部屋に入ることができるのは、登録されている加盟記者と、広報担当者、会見者、それに世話係の職員(大半は女性)だけといってよく
一般の人が入ってくることは皆無です。
それゆえに「記者クラブは聖域か」という批判も浴びました。
 記者クラブには、牢名主のような古参の記者が何人か決まっていました。
広報の職員を、あごで使うようなこともしばしばありました。「記者会見」が
もたついたり、要領を得ないようなとき、彼らは「本部長を呼べ」「知事を呼べ」
と怒鳴りつけ担当者を泣かせたものです。
 若手記者の中にも、父親のような官庁の幹部職員から丁重な扱いをうけてふんぞり返る勘違い者もいました。

 年末年始、警察の記者クラブは、忘年会や新年会のラッシュでその日程調整が大変な仕事でした。とくに、県議会の忘年会は、桁外れの豪華なものでした。
市内最高の料亭「新月」で宴会を催し、帰りには袋いっぱいのお土産を頂戴して帰ったものです。おそらく当時でもひとり数万円のもてなしであったでしょう。紙袋の中には、「靴下」「高級洋酒」になぜか「酒粕」が入っていました。
 この宴会は、のちほど良心的な幹事記者たちによって廃されることになります。

 こうしたなかで、現状に疑問を抱く若手記者たちの中から、職能の組織が
作られます。「日本ジャーナリスト会議広島支部」で、戦争のために再びペンとマイクを握らないという不戦の誓いのもと、正義の活動を展開していきます。この記者クラブの枠をこえた活動は、権力側からはもとより、政党、被爆者運動、当時活発だった公害闘争のひとたちなどから注目を集めました。地域ジャーナリズムの確立、とりわけヒロシマ報道の追求に大いに貢献したのです。活動の成果と記録は、膨大なものがあり紹介しきれませんので、ここでは省略します。

 この「日本ジャーナリスト会議広島支部」はいまも活動を継続しており、今年は、40周年を迎えます。

 つぎは、お隣の県庁記者クラブを覗きます。

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 戦後の記者クラブはいわゆる商業新聞が官庁や大企業の広報と引き換えに部屋代(場所代)電話使用代をただで使えるようにしてきた新聞社にとっての合理的手段としてのニュース源です。これを使う記者たちの意識次第で変わった価値を生む場所でもあります。時に”酒・金・女”で籠絡するのもあったり、仲良しクラブでもあり、えぐりしだいで生きるニュース源になります。しかし、①②であったような作為がまかり通ることもあります。無くするこちと有効に活用することの難しさは記者しだい?

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